希死念慮の謎 | kyupinの日記 気が向けば更新

希死念慮の謎

これは僕の臨床経験から来る「希死念慮」の1つの考え方であり、真の意味で根拠はない。僕の発想のようなものだ。ひょっとしたら妄想かもしれないが。(笑)

実はこの記事はずっと以前に書いていたのだが、最近は特に主観で勝手なことばかり書いているので、このクラスの記事はアップするのが憚られていた。このエントリのファイルは僕のパソコンのデスクトップに半ばボツ原稿のまま長く放置されていたのである。このようなものが他に7つくらいある。

今日のエントリは、いつアップするか決めてもいなかったのだが、読者さんの希望があったこともあり急遽アップすることにした。興味のある読者の人は上に書いたことをふまえて読んでほしい。

希死念慮および自殺既遂は、必ずしもうつ状態の程度と連動していないようにみえる。うつ状態はぼんやりとしてあることはあるくらいなのに、ダラダラ希死念慮が続いていたり、また人によれば、中等度以上のうつ状態なのに全く希死念慮がないこともある。希死念慮が決して出てこないうつ状態の人もいるのである。

今までの種々な臨床経験で最も驚いたことの1つは、友人のうつ状態の女性にECTをかけた日のことだ。僕はあの日のことを一生忘れないだろう。

彼女は子供の頃から続く慢性的な希死念慮があり、僕が診始めた当時も全く改善していなかった。過去ログから抜粋。

最初、1~2回は少しは良いかなと思った。しかし、数回目のECT直後に希死念慮が消えていないことを発見し、愕然としたのである。これは、あまりにセオリーに反していて、たぶんこのような人は1万人に1人だと思う。1万人もECTをかけたことはないけど。つまり、抑うつ悲哀感などコアな症状の近くには彼女の「希死念慮」は存在していない。全然、別な次元にあるのである。そうとしか思えない。

僕の記憶だと3回目のECTだったと思う。彼女の場合、ECT直後に深い眠りには落ちず、意識障害、短い浅い眠りのあとすぐに目が覚めていた。いつも15分以内である。この時、目が覚めて5秒後くらいに、

「あっ!希死念慮が消えていない」

と叫んだのである。これはECTをかけたことがない人には理解できない驚愕すべき事件であった。実際、過去ログでも「たぶんこのような人は1万人に1人だと思う」と書いている。

僕は、うつ状態が始まって期間が短い人の希死念慮に比べ、彼女のように数十年続いている希死念慮は異質なもののような気がしている。これはここ数年でそう思うようになった。まだ発病後まもない「激しい希死念慮を伴う」うつ状態の患者さんにECTをした場合、

1回目はともかく2~3回すれば、希死念慮自体が消失し、何が何で死のうと思ったのかはっきりしなくなるような人もいる。

というようなことを過去ログにも書いている。ところが、長い期間希死念慮が続いている人は、その「希死念慮」はうつ状態と分かれて、ある種、独立した症状になっているようにも見える。これは帯状疱疹のかつての傷が、時間が経ってもたまに痛みを生じることに似ている。これはあたかも脳内に「うつ状態」と独立して「希死念慮を生じる神経伝達経路」が形成されているようにも見える。

それはセロトニン優位の神経伝達なのかもしれない。

過去ログに希死念慮は「ある物質」と書いたこともある。僕が「物質」と言った場合、器質的というニュアンスがある。長期間の希死念慮は、既に脳内で傷が生じていて、それから発現するという感覚なのである。これは心理療法家の発想とはあまりにもかけ離れている。自分でこんなことを書きつつ、思わず苦笑してしまった。

その「希死念慮の神経伝達経路」はセロトニン系なので、それが活性化すると、かえって希死念慮が激しくなるという性質を持つ。だからSSRIはセロトニンの作用を強めるため、潜在的にリスキーな薬物と言える。これは希死念慮の強い人にはSSRIは非常に処方し辛いと感じる臨床経験とも一致している。

SSRIはセロトニン再取り込み阻害作用によりうつ状態を改善するが、希死念慮に関しては悪化させる要素がある。これが長期にわたる希死念慮の人の治療を難しくしているのだろう。

若い人にSSRIを投与すると、自殺を煽る面があるので良くないなどと言われるが、これはこの神経伝達経路と無関係とは言わないが、そこまで関係が深くないように見える。その年齢だと年余にわたる希死念慮が続いているとは言えないから。だからセロトニン過剰が焦燥感を煽っているとか、人生に対し虚無的になるとか、あるいは決断力を増すなど、そういう面がむしろ大きいと思われる。(参考

ECTは一斉に神経末端から伝達物質を一斉に放出させる面がある。もし太い希死念慮の伝達経路が形成されていて、しかもセロトニンが伝達物質として関与しているなら、ECTのためにかえって神経伝達経路が活性化され、ECT直後に希死念慮が感じられるというのはありうるような気がする。うつ状態が一発で改善しているのに、希死念慮だけは取り残されているのである。これこそ、うつ状態とは離れ、独立した「希死念慮症候群」といえるのかもしれない。

例えば、プロザックで過食症を治療している際、概ね安定しているのに、ある日突然、過食のラッシュが生じファミーレストランなどに駆け込んで、1万円以上も食べるなどという奇妙な症状が出現することがある。これは僕の感覚だと極めてSSRIらしいと思うのだが、この瞬間はセロトニンの不均衡が生じているのだと思う。

SSRIはセロトニンをコンピューターのように脳内制御することはできない。

臨床的には一時的に足りなくなったり、あるいは過剰になったりするように見える。この逆噴射的な所見と、SSRI服用時に突然生じる恐慌状態のような希死念慮は機序が似ている。たぶんSSRI服用中の希死念慮発作は、セロトニン症候群とまでは言わないが、一時的なセロトニンの過剰状態ないしセロトニン優位な状態が生じ、希死念慮の神経伝達経路を刺激するのであろう。すなわちセロトニンの不均衡が関与しているのである。

僕の友人をSSRI併用治療中の出来事であるが、激しい希死念慮が生じていた時、同時に胸の苦しさを訴えていたことがあった。その胸痛は今までになかった出来事であった。その胸痛はいつも2~3時間くらいで消失していた。この胸痛が出現し始めてたぶん2日目だったと思う。僕は彼女をじっと見ていて、なんとなく脳内のセロトニンが溢れ出しているようなイメージが湧いた。

そこで、ペリアクチンシロップを10ccだけ服用させてみることにしたのである。

ぺリアクチンは一般には湿疹などに使われるが、抗ヒスタミン作用を持ち、かつては拒食状態にも適応があった。これは抗ヒスタミン作用が食欲を増す副作用を利用している。しかし今日では、ペリアクチンは抗セロトニン作用を有するため、セロトニン症候群の治療薬としても知られるようになった(正式な適応があるわけではない)。

彼女にペリアクチンを飲ませてみると、しばらくして、魔法のように希死念慮と胸痛が消失した。たぶん30分以内だったと思う。

やはり、そういうことだったのか・・と思ったが、その後2~3時間後に症状が逆戻りしたのであった。だから、この推論が当たっているのかどうかは不明である。

過去ログに、友人の激しい希死念慮の際にトロペロンを筋注し、30分以内にそれが消失するという話が出てくる。トロペロンが希死念慮に有効な理由は、トロペロンがセロトニン2Aの遮断作用を持ち、しかも筋注だったからと今では思える。希死念慮ルートのセロトニン伝達をあの瞬間、遮断したからである。そのようなメカニズムなら、あの時はリスパダール液でも良かった。なぜなら、リスパダール液も即効性がありセロトニン2A遮断作用を持つからだ。即効性はトロペロン筋注ほどではないにせよ。

トロペロンの薬物プロフィール
D2  ++++
α1  ±
mACh -
5HT2 +++
H1  -


リスパダールの薬物プロフィール
D2  +++
α1  ++
mACh -
5HT2 +++
H1  ++


こういう風に考えてくると、あの日はやはりセレネースは良くはなかったのかもしれない。彼女は、「軽躁状態」にも「希死念慮」にもトロペロンは有効という奇妙な臨床経験になっていたが、過去ログではエビリファイとの関係を指摘していた。エビリファイももちろん関与していると思うが、彼女に関しては、軽躁状態ではトロペロンは鎮静的メジャートランキライザーとして働き、希死念慮にはセロトニン2A遮断薬として効果を発現しているように見える。だから双方に効くのである。こういう風に考えると、ほぼ辻褄が合う。

では、長年、希死念慮で悩まされている人たちはどのような治療を行えばよいのだろうか? 

これは今までの考察から容易ではないことだけはわかる。SSRIのセロトニン再取り込み阻害作用が、場合によっては希死念慮を促進する要素があるからである。

子供の頃から続く希死念慮の人たちの治療方針

① 脳内の「希死念慮セロトニン伝達経路」をレーザーで焼ききる。これが脳神経外科的にできて、しかも後遺症が残らないならベスト。(これは架空)

② セロトニンをさほど過剰にせず、うつ状態治療のパフォーマンスを上げる。

この②が現実的な対処方であろう。今までの考察から、SSRI単剤治療は極めて成功率が低いことはわかる。SSRIは単純にセロトニンを増やすだけなので希死念慮の改善がうまくいかない。SSRIで全般の精神症状が良くなり、いったん希死念慮が消えたとしても、突然、希死念慮発作に襲われる危険性がある。

理想的な治療法として、セロトニンにあまり関与していない抗うつ剤をメインにし、SSRIを使用しないことが挙げられる。その理想の薬物に近いものとして、ルジオミールがある。ルジオミールはノルアドレナリンのみに作用しておりセロトニンへの作用を持たない。長年、うつ状態で悩まされている人はわりあいルジオミールの成功率が高い。希死念慮はともかく、これは概ね臨床経験と一致している。ルジオミールは、一度はトライする価値のある薬物といえる。また、ルジオミールに準じる薬物は、アンプリット、ノリトレンくらいだろう。アンプリットはノルアドレナリンしか作用を持たないが、代謝物のデシプラミンはセロトニンへの作用があるので完璧ではない。しかし他に代替薬があまりないのも事実で、ルジオミールが飲めないならまずアンプリットくらいしか良い薬物がない。またノリトレンもノルアドレナリン優位というだけで、セロトニンにも作用があるが、ルジオミールに準じると言えるだろう。

こういう文脈で考えていると、テトラミドとテシプールの謎にぶち当たる。この2つはノルアドレナリンに対し効果が強くセロトニンへの作用を持たない。だから、ルジオミールと同じように、希死念慮の人たちには有効であってよいはずだ。しかし臨床的にはそれほど有用ではないのである。この矛盾だが、テトラミドとテシプールはルジオミールほどの抗うつのパワーが欠けているのが1つと、やはりこのような旧来の抗うつ剤は効果の厚みみたいなものがSSRIに比べてあるので、ノルアドレナリン、セロトニン以外の作用の部分もあるのかもしれない。とにかく、ルジオミールとテトラミドではかなり違うのである。こういう相違は慢性疼痛などの治療の際にも感じる。3環系、4環系のようないろいろなところに作用を及ぼす薬は、作用に奥行きがあるので、単純なノルアドレナリン、セロトニンだけの議論では片付けられないような気がしている。

ルジオミール 
抗うつ剤の中では推奨できる。


アンプリット、ノリトレン 
ルジオミールに準じると思われる。


テトラミド、テシプール
よくわからない理由でそこまで有用ではない。


しかし、現実的にはルジオミールでもうまくいかない人たちが存在する。というより、ルジオミールで長年のうつ状態と希死念慮がおさまった人はむしろ幸せと思う。なぜなら希死念慮は強迫、引きこもり、過食嘔吐などとセットになっていることも稀ではなく、セロトニンをアップする、つまりSSRIを処方した方が良さそうに見える人も多いからだ。つまり希死念慮を持つうつ状態の人たちは、往々にしてノルアドレナリンのみの調整では片付けられない。

SSRIを必要とするうつ状態の人たちの治療が難しいのは、SSRIでセロトニンをアップさせつつ、しかも希死念慮の伝達系のセロトニンを過剰にしないことが必要だからである。これは極めて難しいことを要求している。これはちょうど、統合失調症の治療で、中脳~辺縁系のドーパミンの過剰を抑え、前頭葉のドーパミンをむしろ増やすことを要求しているのに似ている。

パキシルの場合、抗コリン作用を有する上に離脱を生じることや、力価も高いことがマイナスに働いている。このような希死念慮を持つ患者さんには普通は合わないと思われる。パキシルがフィットするケースは、一発でうつ状態を改善し、意外にパキシルが少なくて済む場合であろう。一般にはパキシルの場合、うつ状態はいくらかマシになったとしても、他がうまくいかない。パキシルの最も大きな敗因はその薬物特性から離脱を生じ、それが希死念慮にマイナスになるような焦燥感を生じることである。

パキシル
おそらく不適切と思われる。


ジェイゾロフトの場合、離脱はパキシルほどではないがセロトニンの再取り込みの選択性が高くやはり苦戦にはなるだろう。よい面はドーパミンを増やすことだと思われる。僕はジェイゾロフトのドーパミンをいくらか増やす作用は色々な点で標準的なSSRIの欠点を緩和していると思う。

ジェイゾロフト
おそらく不適切だが、まだパキシルよりはマシかも?


問題はデプロメールである。デプロメールは強迫症状を改善しパキシルのような離脱症状が少ない。またデプロメールは低力価の上に用量依存性がある方なので細かい用量設定も可能な薬物である。だからSSRIの中では希死念慮の人にはまだ選択しやすい薬物と言える。しかしデプロメールはすっかりうつ状態を改善するほど力がないことも多く300mgくらいまで増量する誘惑にかられる。実は、そう思うところが迷彩なのである。250mg~300mgになると、今までに書いたことから、セロトニン刺激性の希死念慮発作が生じやすくなるのであった。

デプロメール
本邦で発売されているSSRIの中ではまだ可能性はあるが、大波乱になるリスクもある。使わないで済めばその方が良い。基本的に、過食・嘔吐系の人はデプロメールを併せないと仕方がないような気もしている。やり過ぎないことが重要。不足分はノルアドレナリン系の薬物との併用を行うが、デプロメールは相互作用としてこれらの作用を強める場合があり注意が必要。(旧来の薬物とSSRIは併用すべきではないという医師もいる)


代表的なSNRI、トレドミンはセロトニンとノルアドレナリンのダブルアクションなので良さそうに見えるが、臨床的には希死念慮の人には厳しいことの方が多い。特に、現在進行形で焦燥感や希死念慮がある人には良くない。ちょっと落ち着いた時期なら悪くない場合もある。この理由はトレドミンはセロトニン、ノルアドレナリンの双方の強い再取り込み阻害があるからだろうが、時折、あそこまで酷い恐慌状態を来たすことがあるのは謎である。このような話は過去ログ(テリ造の日記)にも出てくる。

トレドミン
経験的に不適切な場合が多い。特に悪くなってくると積極的に希死念慮を煽っているようにすら見える。


少なくともSSRI単独の治療は厳しく、SSRIだけでなく抗精神病薬や他の薬物も併用した方が微妙な調整がしやすく見えるのである。

非定型抗精神病薬はセロトニン2Aを遮断する作用を持ち、これだけでうまく希死念慮をコントロールできる可能性を秘めている。最も可能性がある薬物はたぶんエビリファイであろう。エビリファイは少量処方した場合、賦活的に作用する上にセロトニン2Aの遮断作用も持つ。エビリファイは抗うつ剤に補助的に使用する上でも、まだ成功率がある薬物といえる。

エビリファイ
可能性を秘めている。しかし単独で十分な確率は案外低いかもしれない。


それに準じる薬物はセロクエルであろう。セロクエルはいわゆるMARTAであるが、あらゆるレセプターに抑制的というのがこういう患者さんには良いように見える。あと、セロクエルはジプレキサのように無茶なことをしないことも大きい。これらの薬物はSSRIと併用する際にも、SSRIの欠点や暴走をやや緩和しているようには見える。

セロクエル
抗うつ剤に併用だと良いかもしれない? しかし僕はセロクエルをこのような人にはほとんど使わない。


ジプレキサであるが、元々この薬物は希死念慮には相性が良くない。特に統合失調症の人の希死念慮にはそれを感じる。統合失調症の人の希死念慮に対しリスキーなのは、たぶんいつか話した「つづれ織り」をしていることと関係がある。ジプレキサは架空世界から現実世界に引き戻すようなところがあるので、厳しい現実を統合失調症の患者さんに突きつけるのかもしれない。実際、彼らは「しらふ」だと、死ぬしかないような現実の中にいることがあるからである。その点も踏まえて、ジプレキサの処方は慎重でなくてはならない。

ジプレキサ
一見、良さそうに見えるがリスキーである。僕は使いたくない。


ルーランはセロトニン2Aレセプターに親和性を持ち、こういう患者さんにマイナスにはならないように見えるが、現実に良かったというのをあまり見たことがない。これはルーランの作用がわりあい厚みがないことと関係しているような気がしている。ただ、ルーランはライトなうつ状態は改善するのを時々見る。

ルーラン
良かったのをあまり見たことねーぞ・・(笑)


リスパダールに関しては、希死念慮を液剤などで急速に抑える際にはそう悪くないし実際に有効なこともある。しかし長期的なビジョンがないような気がする。リスパダールを長期にある程度処方し続けた場合、引き際に希死念慮が生じやすくなるからだ。まして長年希死念慮が続いていたような人にはなおさら。これはリスパダールが離脱を生じやすいとか固有の問題のような気もしている。あと肥満、高プロラクチン血症、多飲水などを来たしやすいことを考慮すると、統合失調症でもなんでもないうつ状態の人に、長期的にリスパダールを投与して良いのかという問題もある。

リスパダール
緊急避難的には良いこともあるが、長期に使ってしまうと対応が難しくなるかもしれない?


定型抗精神病薬のクレミン、クロフェクトン、プロピタンが良いかは人による。このあたりの薬物が出る時は既にエビリファイやその他の非定型抗精神病薬でうまくいかなかった人たちである。そのような人は、こういうタイプの定型薬を順番に試みるほかはない。

気分安定化薬は希死念慮を伴ううつ状態の人たちにとって、重要な薬物であろう。実際、デパケンRを追加するだけでわりあい希死念慮やうつ状態が改善する人たちが存在する。デパケンRに限らず、リーマス、テグレトール、リボトリールなどが、どの程度関与するのか僕はまだよくわからない。1つの考え方として、これらの気分安定化薬が神経の興奮を抑えるので、間接的に希死念慮発作を緩和するというのはあるかもしれない。

デパケンR 
経験的にはマイナスになる確率は低い。効果があると断言もできないが。無難な併用薬には見える。


リーマス、テグレトール、リボトリール 
不明。


これまで書いたことで、矛盾するように見えることは、まさにセロトニンが涸れてしまったような「激うつと希死念慮」の人の存在である。彼らは、どうみてもセロトニンが涸れているのに希死念慮が生じている。これは本来、激うつ状態と希死念慮~自殺企図には深い関係がある。うつ状態が極端に酷くなると、希死念慮は自然に湧いてくるものなのだろう。この状態に至ればセロトニンが多い少ないはあまり関係ない。伝達物質が涸れて生じる希死念慮と、セロトニン不均衡で生じる希死念慮があるのかもしれない。

若い人やまだ病歴の短い人は、激うつだからこそ希死念慮が生じる。ところが、そういうパターンが何度も繰り返されると、「希死念慮」は独立性を帯びて来る。希死念慮は癖になってしまうのである。だから、若い人やまだ病気になって間もない人で、希死念慮がいつもあるような人たちは、一刻も早く治療を開始すべきだ。希死念慮は放置してはならない。

初期の段階で、重いうつ状態および希死念慮の激しい人たちにECTをかけた場合、上に出てきたように、

1回目はともかく2~3回すれば、希死念慮自体が消失し、何が何で死のうと思ったのかはっきりしなくなるような人もいる。

これって、今から考えると、「出来たばかりの伝達経路」を破壊しているように見えなくもない。初期ではこれで済むのである。しかし僕の友人のように数十年続いている人は、もうそのパイプが太すぎてECTでもどうにもならない。僕は長年希死念慮が続いている人は、ECTはむしろ不適切だと思う。いずれは自分にあった抗うつ剤を選ばないといけないから。その方を真剣に考えた方が現実的だ。

このような考察から、長年続いている慢性的な希死念慮は、少しずつ治療を進めてうつ状態を改善していくしかない。それは生物学的には既に脳の傷になっているからだと思う。また、本人にとって心理学的にも大きなトラウマになっている。(←僕には珍しいフレーズ)

うつ状態を発症し急激に出現した希死念慮は、急性期を乗り越え適切な薬物治療を行えば跡形もなく完治する可能性の方が高い。しかしまずい治療や、本人が不十分な治療しか受けず、希死念慮が慢性化した場合は治療が難しくなるのである。

急性期に限れば、おそらく精神療法を重視した治療は良い方法とは言えないんだと思う。なぜなら時間がかかりすぎるから。時間が経てば経つほど、その脳の傷は深くなるような気がする。最もこの対極にある治療は間違いなくECTであろう。この治療は場合によればその日に完治する可能性すらあるからである。適切な抗うつ剤治療を行えば、ECTを使わなくても改善する可能性が高い。十分な薬物をそのような際に使わないから長患いになるのだ。

慢性化した希死念慮は時間をかけて治療するしかない。それは長年のトラウマが一朝一夕では消失しないことに似ている。このような長患いになった希死念慮を持つ患者さんは、ルジオミールなどのシンプルな抗うつ剤に加え、スターオブベツレヘムなどのトラウマに深く関係するバッチフラワーを併用すると良いかもしれない。

それにしても、ルジオミールは癒しの抗うつ剤というイメージはこれにぴったりである。