リスパダールvsジプレキサ(付録 ルーラン) | kyupinの日記 気が向けば更新

リスパダールvsジプレキサ(付録 ルーラン)

このブログではリスパダールの評価が高くない。実は精神科業界では統合失調症の治療に最初にリスパダールを試みるようになっているのである。今、リスパダールを服用している人は、統合失調症、あるいは統合失調症的な症状に対しアルゴリズム的に処方されているだけで、主治医が失敗しているわけではないことを最初に言っておきたい。実際、リスパダールについて僕ほど低い評価をする精神科医は稀だと思うよ。

僕は向精神薬それぞれにあるイメージを持っている。それは経験から来るものであり、患者さんの長期的な予後、副作用の程度、長期の臨床経過などから評価している。それはファジーな面も含まれておりアナログ的なものだ。処方頻度が低いものはイメージの曖昧な薬物もあるが、リスパダールのような汎用される薬物は時間が経てば自然とイメージが固まってくる。だから主観といえば主観なのだが、理由もなく避けているのではなく自分なりに根拠があることをこのエントリでは書いていきたい。

このブログの中でリスパダールはincisiveであるという言葉が出てくる(参考)。リスパダールは高力価の薬物なのでまあそうなのであるが、僕が避けようとする理由は、もう少し繊細な面を意識しているからである。これは何か例を挙げて話さないとさっぱりわからないと思うので、サッカーに例えてみよう。

リスパダールはデフェンシブに強いチームなのである。守備に関しては、いつもDFががっちり引いている。冒険はしない。最初から1-0か2-0くらいで勝つのが見えているので、ゲームとしては面白くない。劇的な場面も乏しくゲーム内容も淡々としている。

しかし、ルーランはリスパダールとはずいぶん違っている。守備がボロボロだ。技術的には下手過ぎ。いつも前に出て行こうとするサッカーで2点取られてもなんとか3点取ろうというサッカー。しかも、攻める時も3人ぐらいで攻めに行く。わりあい高い位置で攻撃的に均衡しているのである(賦活的という意味)

しかし、こういうサッカーだともちろん負けやすい(うまくいかないことも多い)。

中田がセリエA、ペルージャにいた頃、ラパイッチ、ペトラッキ?の3人だけでASローマ相手に1点を先制し、これはいけるかと思っていたら、結局1-5くらいで負けた。その試合はガゼッタ・デロ・スポルトなどのスポーツ紙では中田を含め前の選手はなかなかの好評価だった。まさにこんな感じだ。

だから圧倒的有利になり、3-0くらいの点差でいつも攻め込んでいるような時は良い。守備が欠点にならないから。勝つ時は1点差でやっと勝利なんてケチなことにならない。面白い攻撃を見せてくれて、4-1くらいで圧勝してしまうのである。これは安定後の維持療法や病状の質的な改善には優れるといったところであろう。(参考1参考2

リスパダールは勝ちはするが面白くない。試合内容が良くないのである。実はこのリスパダールのあり方が、治療上の繊細な問題に関係しているように見える。

僕にはリスパダールは統合失調症の人たちの知・情・意を統合しているようには見えない。バラバラになったジグソーパズルのピースをすり合わせようとする気配がない。知・情・意、それぞれを力で抑え込んでいるだけだ。バラバラのピースを布団の下に放置したまま寝ているとも言えようか。何年か経って嵌ったかな?と布団を開けてみても、まだバラバラのままなのである。

僕がそんな風に思う大きな理由は、時間が経っても対人接触性やプレコックス感が改善して来ないということがある。だから7年くらい経って、根本的に何も良くなっていないことがわかる。人によれば大量を服用させられていたために後遺症が出ている。(口渇、多飲水、ジスキネジア)

少なくとも、リスパダールの遠景には治癒は見えない。統合失調症の「統合の部分の修復」をしようとしないからである。

しかし、ジプレキサはそうではない。まだ知・情・意をすり合わそうと努力しているように見える。その点が決定的に違う。ジプレキサはある意味、知・情・意の「つづれ織り」の仕事をしている。それは服薬し始めて数年経っても、まだ少しずつ改善している様子をみるとわかる。(参考

セロクエルやルーランもジプレキサほどではないにしろ、そういう面が少しだけある。そのすり合わせの努力のあり方は、セロクエルよりルーランの方がいくらか上回るような気がしている。ルーランは下手糞だけど、ドラマ性があるというか、ファンタジスタなのだと思う。

ジプレキサ>>ルーラン>セロクエル>超えられない壁>リスパダール

実際、僕の患者さん(統合失調症でない人)で、完全に治癒した人を見ても、ルーランを経由している人が多い。特に治療の最後頃はルーランで治療されているケースが多い。うちの病院では薬こそ服用しているが究極の寛解状態に至っている人(統合失調症)は、ジプレキサ、ルーランのどちらかが処方されていることがほとんどなのである。一方、今まで高度な寛解状態に至った人で、リスパダール単剤だった人がいない。

だから、どうしてもリスパダールを使わざるを得ない場合に「他剤と併用する」という意味が出てくる。例えば、

リスパダール 0.5mg
セロクエル  150mg


ルーラン   4mg
リスパダール 0.5mg


このような併用処方だ。これだと僕の感覚だとリスパダール2~4mgの単剤処方よりずっと良い(参考)。もちろんセロクエルやルーランも合うという条件だけど。これらの処方は「知・情・意の統合への配慮」が見て取れる(参考)。つまり臨床の視点からいうと、単剤治療をバカみたいに推奨するのはちょっと違うのではないかと思っているのである。

僕の処方では、ジプレキサとリスパダールの併用処方は存在しない。一時的にすることもあるが、切り替え途中とか過渡的なものだ。ジプレキサが合っている時点でリスパダールは邪魔にしかならないから。たまにジプレキサの最高量でも決着がつかないこともある。それでもなおジプレキサを使いたい時、併用薬はリスパダールでない方が良い。この理由はやはり高プロラクチン血症や認知の障害など、副作用の有無なんだと思う。

リスパダールは8mgくらい使えば、たいていの人ははっきり「薬を飲んでいますよ」といった表情になる(参照)。感情の動きが遅く、注意も低下しているように見える。広い意味での認知の障害は、本来、統合失調症にみられる症状だが、リスパダールでは改善しないどころか、かえって悪くなっているように見えることすらある。リスパダールでは、ほんの1~2mgでもけっこう影響が出ているような人も現実にはいる。

一方、シンプルにジプレキサやルーランの単剤治療は問題ない。これらは質的な面でエクセレントだからである。ただ、残念なことにルーランは単独ではやや安定感が乏しい。長期的には再発の危険をはらんでいる。しかし質的な面では優れていると思う。

少し前のエントリで次のように書いている。

治療の過程で、どうしてもリスパダールでしかまとまらないような気がしたので泣きたくなったが、ルーランも良いようなので、この処方で将来的にルーラン単剤という含みを持たせた形になった。(ルーラン1mgの世界

泣きたくなった理由は、上のような考えがあるからである。個人的に、ずっと以前から考えていることであるが、

では、リスパダールの何ミリまでなら有害ではないのか?

ポイントは「薬剤性パーキンソニズム」、「高プロラクチン血症」、「薬剤性抑うつ(認知の障害を含む)」なんだと思う。おそらく指標としてはプロラクチンのあり方が関係している。これはプロラクチンが直接脳に悪い影響を与えているのではたぶんない。リスパダールの悪い側面をスコアとしてわれわれに見せてくれるだけだ。例えば女性なら、0.5mg~1mg服用して高プロラクチン血症が生じなければ、そこまでの有害作用はないような気がしている。これは個人差があると思うが、少なくともその数字が6mgであるはずはない。

ルーランを使っていて恒常的な高プロラクチン血症が出現することはほぼありえないのだが、振戦、ジストニアなどが出現するレベルなら、リスパダールと毒性は変わらない。もちろんジプレキサでもそうだ。

リスパダールは陽性症状を抑える力は優れていて、もちろん幻聴や妄想への効果も良い。しかし知・情・意を統合しようとする力が弱いのである。陽性症状を抑えたところで、知・情・意がバラバラのままだったら仕方がない。

そう思うのは、相手は強敵、統合失調症だからである

過去ログで参考になる記事を拾ってみると、

その患者さんはセレネースの少量でもジスキネジアが生じており、本当は非定型抗精神病薬に変更したかった。しかし、何十年もの間きちんと働いている人に非定型抗精神病薬に変更なんて危険なことはできない。セレネースも3mgくらいしか処方されていないことも変更しなかった理由だった。(もちろん、本人が変更を嫌っていたこともある)ある時、ちょっと調子が落ちたので本人を説得して、清水の舞台から飛び降りる気持ちでリスパダールに変更した。すると、ぴったりとジスキネジアが止まった。ここまでならハッピーエンドなのだが、この人の場合はそうならなかった。それから半年後、急激に悪化したのである。本当に18年ぶりくらいの増悪だった。本当に非定型は不安定と思われても仕方がない。安定度は定型に劣るのである。(メージ症候群(前半)から)

リスパダールはD2受容体に強力に結合しているのに、なぜこの患者さんは再発したんだ。これは推測だが、リスパダールが統合をしないまま抑えてこんでいるだけなので、何かの拍子に知・情・意に歪みが生じるのだと思う。セレネースで20年近く落ち着いているのに、リスパダールに変えてすぐに悪くなるならともかく、半年後に再発なんて不自然すぎる。この人が悪化した時、特別なライフイベントなんて全然なかったのである。(この患者さんは現在ジプレキサザイディス5mgで寛解し会社復帰している)

優れた抗精神病薬は服用期間に比例して良くなって行くものだ。これは精神科以外の薬物でも不治の疾患を除けばだいたいそうなっている。ところが、リスパダールは治療時間が長くなっても、どこか変調を来したり妙な症状が消長しているということがみられる。これこそ、リスパダールが肝心なところでたいして仕事をしていないことを示していると思う。

リスパダールを推奨している人は、統合失調症治療に対するこころざしが低すぎると思う。たいして良くならないと内心思っているからこそ、その程度の感覚なのだろう。

抗精神病薬は、D2レセプターの親和性のあり方について、4種類のタイプがある。

リスパダール  強く・持続的
ジプレキサ   弱く・持続的
ルーラン    強く・一時的
セロクエル   弱く・一時的


おそらくレセプターの結合の仕方が、「強く」または「持続的」のどちらかが否定されないと優れた非定型抗精神病薬とはなりえないのだろうと思う。上記のリスパダール以外はそうなっているのに、リスパダールはその条件を満たしていない。

僕の感覚では、リスパダールは統合失調症の本質への働きかけにおいて現状維持でしかない。しかしすべてを抑え切れていれば、ある程度の自然治癒力は期待できるということはある。リスパダールのようなincisiveな薬物の支配下では知・情・意の自由度が低下していると思うからだ。だから「少量」で改善させることが可能なら、それ以後は体の方でやってくれるかもしれないと言うのはある。リスパダール1mgくらいですごく良くなっている人はつまりそういうことなんだろう。もしリスパダールの大量でしか陽性症状がまとまらないなら、リスパダールのマイナス面が強く出てそれ以上の改善が難しい。だから、リスパダールの大量はダメなのである。

臨床上、急性期の患者さんでリスパダールの内服で、かなりのスピードで改善する人たちがいる。そういう時期はリスパダールがいくらか多かったとしても、副作用的には問題ない。そのような時期は体の方で薬を受け止めてくれるからだ。その証拠に、このような急性期は例えばセレネースやトロペロンの多めの量を用いても副作用すら出ないことも良く診る。だから逆に言えば、そういう時期にリスパダールをそこまで積極的に使う意義があるかどうかはやはり疑わしい。理由は、いきなりリスパダールを10mg以上使ってしまうと、後で減量にあまりにも苦労するケースがあるから。(参考

結局、急性期にリスパダールを使うことはそこまで悪くはないと思うのだが、その後が問題なのだ。急性期が過ぎ、安定期には相対的に薬物が多すぎるような感じになる。これは時間が経って患者さんにパーキンソニズムや自律神経症状(起立性低血圧など)が出てくることでわかる。こういうとき、その症状を診て、うまく減量できれば良い経過になりうるのである。ところが、今までにも書いてきたが、リスパダールの場合、この減量が謎の悪化をもたらすことも稀ではないので、長期間の高用量リスパダール投与に繋がっている(6mg以上)。本当はそこまでの量は必要ないのに。

昭和の時代よりむしろ平成の時代の方が、精神科では多剤大量という点で薬物治療の質が悪化しているように見える。1996年に発売されたリスパダールが、もし洗練され優れた薬物であったなら、たぶん様相は一変していたと思われる。リスパダールを第一選択のように使っているからこそ、経過中に破綻を起し、多剤併用となるのである。(減量も難しそうに見えるため)

僕は、今、セカンドオピニオン的に他の病院の外来を診ているが、主に薬物整理の仕事をしているようなものだ。そこで僕の診ている患者さんは、おそらく80~90%は僕が診る以前より改善している(過去ログ参照。いずれまた他の人を紹介したい)そこでの統合失調症の患者さんへの仕事は、いかにリスパダールを整理し、うまく減量、中止できるかどうかなのである。中止が無理だとしても、ある程度減量しているだけでずいぶん病状が改善している。

うちの病院の精神科療養病棟の婦長は、今ではリスパダールがいかに良くない薬かよく理解している。なぜなら、リスパダールを中止して、病状不安定が消えたとか、衝動行為や希死念慮が消失したとか、そういうのばかりだからだ。(参考

ここで、ちょっと視点を変えてみると、統合失調症でない人たちへのリスパダールはそこまで悪くはないように見える。彼らには知・情・意のスプリットが最初から存在しないからである(参考)。苦手な部分をリスパダールはする必要がない。だから長期に使っても、パーキンソン症状や多飲水は出るかもしれないが、繊細なものがそこまでは劣化しない。それと統合失調症でない人たちには、リスパダールの大量処方がほとんどないことももちろんある。逆説的だが、リスパダールは統合失調症の人以外にはまだ使えるように見える。(もちろん使いたくはないが、統合失調症の人に使うよりはマシ)

リスパダールとジプレキサはそのクオリティの点でジプレキサに軍配が上がるのであった。

リスパダールの病状悪化には辛い評価なのに、ルーランやセロクエルの病状悪化には甘いではないか?という反論もあると思う。ルーランやセロクエルはやはり結合が緩いか持続期間が少ないかどちらかがあるので、不安定なのである。しかしその悪化は、陰性症状改善の面で前進していての悪化なのでまだ許せる。僕はルーランやセロクエルの不安定時期を定型薬の追加で乗り切るようにしている。ただ、あまりにも頻回に不安定になるケースでは、もはやその薬は抗精神病薬として実用になっていない。その場合は2剤の併用か、全く別の定型薬(クロフェクトン、クレミン、プロピタンなど)での治療に切り替えるのである。場合によってはリスパダールの併用も行っている。

ジプレキサに肥満と高血糖の副作用がなければこれほど良い薬はない。未だかつて、統合失調症の治療薬でクロザピンより優れている薬は出現していないと言われる。しかしこの流れを引くジプレキサは、クロザピンの良い点をある程度持っているのである。クロザピンは重篤な血液系の副作用を持つが、かなりの肥満も来す薬物と言われる(クロザピンは高プロラクチン血症は来さない)。この点でジプレキサへの肥満の嫌悪感はクロザピンでも解消しない。こういう系統で、もう少し気の利いた薬物はできないものだろうか?

このようにリスパダールについて、他の精神科医とちょっと違った感覚を持っているのである。このエントリの中ではエビリファイのことが出てこなかった。未だに僕にとってエビリファイはジョーカーのような存在である。この薬の質的な面の評価は少なくとも5年くらい経たないと言えないと思っている。


補足と考察
このエントリは読み返してみると、われながら内容が偏りすぎており酷いと言えば酷い。現在、日本にはたくさんのリスパダールユーザーがおり、しかも急にはどうすることもできないというのもある。そんなことを考慮すると、こういうことを主観で書くというのは、いったい何だろな?とは思っている。

リスパダールが発売されて今年で12年目。僕がリスパダールについて、ちょっとこれは・・と思い始めたのは7年くらい前だ。それはプロピタンからリスパダールへ切り替えを行っていた時に最初に気付いた。その後、しばらくは「あまりリスパダールを使わないようにする」くらいの曖昧な対応をしていた。更に臨床経験を積み、特に昨年からの他病院での診察、治療を経て確信に至ったのである。現在、普通に行われているリスパダールの推奨は、統合失調症治療の本質が見えていないとしか言いようがない。あまりにセンスが悪すぎる。

単剤推奨についても同様だ。考慮のない単剤推奨のために、最も汎用されるリスパダールの単剤ばかりになるではないか。

まあ、たまにはこういうことに警告を発する人がいないと、誰もこのようなことを考えてもみないと思うので、あえてアップしてみた。このエントリはあまりにもバカみたいな内容だけど、20年後くらいにはきっと答えが出ていると思うよ。(高プロラクチン血症の謎および「強く・持続的」が良くない話)

本当は気付いてほしかったのであるが、少しリスパダールの処方量を減らしてほしいということももちろんある。(実はこのエントリの別の意図でもある)

リスパダールは0.25mg~0.5mg程度でも十分に有効なことはよく経験する。

例えば、リスパダール6mg単剤程度の患者さんがいるとして、もしリスパダール1mg+セロクエル300mgくらいの処方に変更が可能なら、体も楽になり質的な面で改善する人がたくさんいると思うから。複雑な併用処方でもトータルのCP換算値が低いなら、そこまで脳に有害とは言えないし、服用する患者さんから見れば、リスクの分散になっていると思う。

だいたい、クロザピンのようなMARTAの薬物プロフィール自体、多剤併用になっていると思うよ。漢方薬のように。

もちろん、真にリスパダールでしかうまくいかない人たちは案外少ないこともある。