自殺に追い込まれるような発作は・・
テーマ:日記彼がすごいと思うのは、かなり悪いときの心の状態を細かにうまく言葉で表現できること。これは、ほとんどの患者さんにはできない。彼のこのような文章は、最初、カイゼルひげ氏の掲示板の書き込みで初めて見た。その時、これはすごいと思った。数年後、どうしてもその文章が見たくなり、カイゼルひげ氏の掲示板を探したが、既に削除されてしまっていたのである。
今、彼のことを理解するために日記をずっと読んでいるのだが、まだ最初の頃の2001年8月の日記を読んで泣いてしまった。しかもそれを嫁さんにも見られてしまったのである。嫁さんは僕が感受性が強いのを知っているので、たぶん知らないふりをしてくれたんだと思う。
今日、このブログを書くために、彼のホームページに行ってコピペしようしたのだが、また泣いてしまった。これが2001年8月20日の日記なのであるが、他にも微妙な心の状態を書いているものがたくさんある。
8月20日(月曜日)「自分が何なのか分からない」
どうしてこんなに憂鬱になったりするのでしょう・・・。
先ほどまで気晴らしに 「2ちゃんねる」にカキコしていたりしていましたが、やっぱり気持ちがソワソワしています。 処方がトレドミン(SNRI系抗うつ剤)になった為でしょうか・・・? トレドミンは脳内のノルアドレナリン受容体の数を減少させ、かつ、ノルアドレナリンの 元の受容体に再取込されることを阻害して意欲を高めるお薬です。 しかし、効果が表れた実感はなく、なんとなく副作用である目眩、酩酊感、心悸亢進が起こっています・・・。 まだ効果が表れるのには時間がかかりそうですが、時たま躁が刹那に盛り上がって返って辛いです・・・。もう機嫌は最悪です・・・。 私の我が儘なのでしょうか・・・? 今、コンスタンを頓服としてほおばり、それでも落ち着かなくてこの文章を書いています。 なにかしていないと押し流されてしまいそうで怖いのです・・・。
時々思うのです・・・。もう15年以上苦しんだのだから、ここで死んでしまっても 神様がいると仮定するならば、命を粗末にしても許してくれるのでは・・・と。 でも、いけない考え方なんでしょうね。それは分かっているつもりなんです・・・。 それでも、そのような考え方が頭を擡げてくるのです・・・。 私は私であって何者でもありません。それ以上でもそれ以下でもなくて、ただの 小さな人間でありたいのです・・・。 でも、苦しくて苦しくて仕方がないときがあるのです。 みんな誰しもが悩み、困難に直面し、家庭の問題を抱え、それでも仕事をこなして日々が過ぎ去って行くわけです。
だけど、何故、こうも不愉快な思いが、何もないときでさえ、次から次へと湧いて 来るのでしょうか・・・。 それは、みんな誰しもが経験して、それでもなお堪えて日常を送っているのでしょうか? だとしたら、自分は敗北主義者に過ぎないのですね・・・。 精神的自立のない未成熟な心の歪さに自身が堪えられていない事なのでしょうか・・・。
支離滅裂です・・・。
体の節々も痛んでいます・・・。今日、涙こそ出ませんが、心の中は指針を持たないまま慟哭しています・・・。 兎に角、何か書くなりしていないと本当に何処かに吸い込まれてしまって、 そこから出られなくなりそうです・・・。閉塞状態の一日なのでした・・・。
ちょうど同じような激うつで自殺に追い込まれるような発作は、カイゼルひげ氏も一時はたくさん経験している。このような人を見るたびに、今、僕が治療している友人のSさんを思い出し、病状を重ね合わせてしまうのである。
専門的にいえば、うつ病の苦しさは骨折の苦しさを超えるのである。うつ病の場合、みかけ上、血を流しているわけではないし、包帯をしているわけでもなく、一般の人からは理解されにくい。この文章はそんな理解ができず、うつ病の子供を叱責している親に読ませてやりたい。
Sさんについては、このブログでもわずかに触れられている。(2007年1月1日のブログ参照)病気になった年齢といい、学歴的なものといいよく似ている。今の処方も、テリ造氏とは似ているのである。しかし今の病状は、テリ造氏の方がだいぶん軽いように見える。彼女は今仕事がほとんどできないから。彼女は病状を言葉ではあまり表現できないのだけど、たぶんこのような感じなんだと思うのである。
最近、僕は、彼女の場合、根本的にやり方を変えないと難しいと思い始めた。きっとその治療法も、テリ造氏の治療法ともオーバーラップすると思うのである。







1 ■テリ造氏
前からここでのテリ造氏のコメントを読んでいてただ者ではないと思ってましたがすごい表現力です。
私もうつ状態のひどい時にはほとんど何も表現できません。口を開くのも億劫になってしまうので診察の時に主治医に長い時間をかけさせてしまいます。