リストカットはどのように治るのか? | kyupinの日記 気が向けば更新

リストカットはどのように治るのか?

リストカットは自傷行為の1つで、過去ログにも少しだけエントリがある。リストカットの原因だが、普通、トラウマだとか心理的なものを言われているが、僕はそう見なしていない。

リストカットは、自分自身への暴力性であり、おそらく器質的色彩の強い精神所見なのである。

僕が治療した範囲では、そういう風に考えた方が、いろいろな点で辻褄が合うし、ずっと合理的だと思う。治療方法、経過もその方が理解しやすく、僕は常にその視点で治療を進めている。

過去に虐待があったとか、あるいはトラウマになりそうな事件があったとか、そのような生育歴は単に器質性疾患を暗示するものでしかない。

ただ、うちの病院はリストカットの人がすごく集まるような病院ではないので、僕が知らないところに、とてつもなく難しい人もいるかもしれないとは思う。

過去ログにも少し出てくるが、僕はパニックやリストカットはあまり疾患として重視しておらず、精神疾患の1所見といった捉え方、つまり辺縁の症状と見なしている。だから、将来的にリストカットが良くなるとしても、どのように良くなっていくのか、さほど意識していなかった。このブログを始めるまでは。

ところが、このブログのコメント欄で、もう何年もリストカットに悩まされているとか、パニックが治らないという話を聴き、それ以後、特にリストカットの治癒に至る経過を意識するようになった。(このブログは2006年7月からもう2年以上続いている) もちろん、それで悩んでいる人たちに何かヒントになることが発見できるかも知れないと思ったこともある。(参考

僕はリストカットの人の治療で、なぜか過去に1人も失敗していない。治療継続したすべての人でリストカットは消失しているのである。(途中でどこかの病院に行ってしまう人もいる(笑)。過去ログ参照)

リストカットの症状はだんだん治るのでなく、ほとんどの人で、ある日、突然消失する。

ダラダラと時間をかけて治っていくのとは違うようなのである。(あるいは、ある日突然、著しく頻度が減り、その1週間~半月くらい以内に消失する)

最初、リストカットの治癒過程を意識した時、すべての人でいつのまにか消失していることに気付いた。なぜこのような書き方になるかというと、僕は「最近、リストカットはどうですか?」とか聞き辛いので、あまり聞かないから。いや、なんとなく・・(これは今でもそうだ) 

リストカットは本来の精神疾患の寛解とともにある時点で消失してしまうようなのであった。

この謎は僕もうまく説明できないが、僕がカウンセラータイプではないことを考慮すれば、おそらく脳の器質の部分の改善により、突然のリストカットの消失をもたらすのかもしれない。器質由来の機能不全が薬物により緩和し、不連続にリストカットの衝動が消失する。

つまり、ある日、彼女は急峻な断層を駆け上がるのであろう。

ある時(この1年以内の話)、うちの病院で両手首に生々しい傷を残しているような女性患者が受診していた。当初、僕以外のドクターが診ていたのだが、あまり良くならないこともあり、外来婦長が僕の診察日に来るように本人に言ったらしい。(初診後2ヵ月半頃)

最初に診た時、彼女はもう10年以上リストカットが続いていると話していたが、今風な所見が全然なかった。それは過食・嘔吐、買い物依存、浪費などの症状である。ただ、もちろんうつ状態はある。

手首に両方包帯をしているが、僕はそれを見せてくれとは言わない。僕は見たくないのである。

また、傷痕を見ることがあまり治療的ではないと思っていることもある。だから看護師さんが手当てした際などに、後で傷の様子などを聞いたりする。それどころか、どういう時にリストカットしたくなるかとか、そういうことすらできるだけ聞かないようにしている。これも治療的でないと思うからである。僕がそれを知ったところで、結果には大差ない。

この人は、あんがい早く良くなるような気がした。精神症状がシンプルだからである。最初の診察の後、外来婦長とそんな風に話していた。

僕は最初、アナフラニール主体で治療しようとしていた。毎日点滴に来ることを勧めたが、それは仕事の都合もありできないという。リストカットや慢性の希死念慮の人たちは働いていることが意外に多いので、日本には同様な症状で無治療の人たちが相当数いるような気がしている。

最初はうつ状態を改善することにし、リストカットを促進させていそうなものを中止するつもりだったが、初診のドクターが安易にSSRIを処方していなかったため、特に急いで減量する薬はなかった。

リストカットに悪そうな薬とは、SSRIやベンゾジアゼピンである。一見、ベンゾジアゼピンは直接、希死念慮を煽らないのでSSRIよりはマシのように思われるが、多い量ではもちろん良くはない。というより、ベンゾジアゼピンは脱抑制があるので、患者さんによればむしろマイナスだと思う。患者さんが飲みたがるのは、姑息的な一時の安定が得られるからだ。

若い人では、安易にSSRIを処方すると、治療を開始してからリストカットが出現するという事態に遭遇する。これは病状が進行したとか、医師からはなんとでも言えるが、結局は向精神薬の理解が足りないとしか言いようがない。ひとことで言えば、失敗なのである。

注意してほしいのは、リストカットは希死念慮と同列には語れないこと。彼女(彼)たちは決して死にたいから、リストカットしているのではない、特にDelicate cutterではその傾向が強い(参考)。だから、SSRIがリストカットを改善することはありうる。ただ、確率が低いだけだ。このブログではパキシルで幻聴が消失した話が出てくるが、ちょうどあの世界なんだと思う。(参考1参考2

リストカット≒慢性的希死念慮(←今から考えると、これはちょっと言い過ぎである。(2009年8月27日>参考))

何が似ているかと言うと、自分自身への攻撃性、暴力という視点において、器質的色彩がある点。ただし、慢性的希死念慮はあるがリストカットはない人はザラにいる。これは、やはり表現型の相違なんだと思う。

ベンゾジアゼピンでもリボトリールだけは気分安定化薬なので例外的に使って良いような気がしている(←私見)。ごく稀にリボトリールも悪そうに思える人がいるのは謎だ。

この患者さんの場合、リストカット以外に過食・嘔吐がないので、SSRIは選択肢に挙がりにくい。過食・嘔吐があれば単純ではない。

僕はアナフラニールとアンプリットを併用することにした・・(今回の主題ではないので以下省略。彼女は能力の高いタイプのウェールズの人であった。なお、ECT、バッチフラワー、エゾウコギなどは使用していない)

僕が診始めて、5日目まで、かえってリストカットが増加し、救急病院の医師から苦情の電話がかかってきたらしい。短い期間にあまりにも頻回にリストカットし受診したからである。たまたまその電話を僕は取ることができず外来婦長が対応したが、嫌なことを聞かないで済んで良かった。

あれはたぶん、救急医からすれば、何をやってんだ?といったところであろう。(処置する身にもなってみろ!と言った感じ)

僕は何か変なことでもしたかな?思ったが、これは後で考えると、薬物の好転反応みたいなものだったのかもしれない。(なぜかわからないが、僕の患者さんは最初いったん悪くなる人が多すぎると思う)

彼女のリストカットは、14日目に突然消失したのである。(もう少し正確に言えば、9日めに頻度がガクンと減り、14日目に消失したという。本人の話)

これは僕の過去の治療でも最短記録であった。

彼女によれば、気分がずっと良くなったという。どうしようもない衝動が起こらなくなったらしい。他覚的には顔色がかなり良くなっており、笑顔も見られるようになっていた。表情はすがすがしい感じなのである。

ちょっと不思議な所見が出ていた。それは物忘れである。彼女はいろいろなことをすぐに忘れてしまうので、いつも努めてメモするようにしていたという。これこそ、ウェールズタイプの人たちの非定型的色彩を帯びた精神所見である。これは若い人では時間が経つと良くなることが多い。(数ヶ月続くこともある。)

彼女に限れば、2週間以内にこの所見はほとんどなくなったしまった。このような微妙な症状変化にはバリエーションが多く、そうならない人も多い。このあたりは整理した人が未だかつていないような気がしている(リストカットの消失に至る精神所見の推移)。

過去ログではリストカットには疾患特異性がないという記事をアップしている。リストカットはあらゆる疾患に生じうるが、老人性疾患にはほとんど生じない。また、リストカットは精神疾患でも統合失調症でない人に出現しやすい。リストカット(特にDelicate cutter)は本来、統合失調症的所見ではないのである。もし、統合失調症の人にそれがあったとしたら、典型的でない人とは言える。(統合失調症の人の場合、本気で死のうとしてリストカットすることがある。)

これは良く考えると、リストカットは器質的所見であることを示唆しているような気がする。もともと器質性疾患と統合失調症は水と油の関係になっているからである。例えば、ECT治療の発想は、統合失調症にてんかんが極めて合併しにくいことがヒントになっている。

老人こそ、器質性疾患が多いのではないかという反論があるかもしれない。この答えだが、おそらく老人の疾患は器質的異常が生じる時期が全然違うからなんだと思う。ここで言う器質性とは、ほとんどが何か画像で見えるものではなく、生来か少なくとも思春期、せいぜい30歳までに脳に影響したために生じる極めて軽微な器質性異常である。(ソフトで濃淡のある器質性異常)

ウェールズの人たちにリストカットが生じることがあるのは、内因性と器質性の双方の特性を持つからなんだと思う。双極性障害のラピッドサイクラーの人のリストカットについても同様である(器質性背景があるという意味)。

少し話が逸れるが、ずっと年配の人で、躁うつ病かあるいは非定型精神病的精神症状で発病し、時間の経過とともに崩れていく人たちが稀にいる。ここでいう「崩れていく」と言うのは認知症になってしまうことを言う。これらの人たちは、実はレビー小体病かあるいはその亜型なんだと思う。

レビーの症状の浮動性(時間により良くなったり悪くなったりすること)の原因はたぶん、脳の下の方の機能が良くないからであり、意識に関連している。その点で非定型精神病に出現する意識障害(特に夢幻様状態)とかぶっていると思う。

レビーの人はデイケアに参加した際に歌ったり動いたりするので覚醒レベルが上がる。この揺さぶりみたいなものが症状の浮動性に効果的なのである。したがって老人保健施設などで実施されているデイケアはもちろん治療的である。レビーは家族関係も非常に似ているので、これらの疾患群は実は遠い親戚同士なのかもしれない。

誤解してほしくないのは、非定型精神病は認知症に至る病ではないこと。どうも、こうことを書かないと誤解して不安になるような人もいるようなので、注意を喚起するために一応、指摘しておく。

ベンゾジアゼピンについて少し補足すると、日本ではたいてい眠剤としてベンゾジアゼピンが処方されている。この眠剤としてのベンゾジアゼピンはリストカットの人たちには良くはない。しかしながら、このような人たちがベンゾジアゼピン系眠剤を中止することも容易ではないのであった。

「ベンゾジアゼピンは中止するべき」と言うのは簡単だが、非現実的なことを言うことは僕は嫌いなのである。これこそ臨床医っぽいところなんだと思う。(←現実派

最初に出てきた人とは違う女性患者さんだが、かなり酷いリストカットの人であったが、不眠も強く、結局以下の処方に落ち着いた。

ベゲタミンA  2T
ユーロジン   4㎎
ネルボン    10~20㎎


ややうろ覚えで、ユーロジンは違うベンゾジアゼピンだったかもしれない。この処方で、1ヶ月~2ヶ月でリストカットが完全に消失した。その後半年以上経つが、リストカットは再発していない。しかも彼女はこれといった副作用もなく働いているし、見た目、眠剤を飲んでいる雰囲気など全くなく、ピンピンしている。

この処方で最も重要なのは、ベゲタミンAとネルボンであることは間違いない。さすが神の薬である。やはり、こういう処方感覚が器質性を意識しているんだと思う。この処方はたぶん凡人には理解できないであろう。(参考

リストカットに限らないが、精神症状をどのように理解していたとしても、結果的に良くなれば良いのである。(←O型的考え方)

いろいろ難しい能書きがあっても、治らないのなら仕方がない。


僕はリストカットのようなシンプルな症状を、難しく考えすぎるから、かえって治りにくくなっているのだと思う。あくまで僕から見た範囲だけど。

(このエントリには少しだけ続きがある。実は、リストカットが治癒するにしても、上のような経過にならない人もいる。リストカットが消失するまで、なんと2年半もかかった人が存在するのである。この人のことをいつかアップしたい)

参考
ベンゾジアゼピンを止めないとリストカットは治らないのか?