どのようないきさつで医学を志したか | kyupinの日記 気が向けば更新

どのようないきさつで医学を志したか

2000年頃の過去ログから。
落ち武者とのやりとりには、僕がどのようないきさつで医学を志したかが書かれている。


70投稿者:kyupin  投稿日:07月23日(日)23時04分06秒

>落ち武者 さん 
僕は理系の頭のためか、あるいは仕事が全く無関係のためか、落ち武者さんが
考えるような「理想」についてあまり考えないですね。おそらく、僕がロマンチストではなく現実主義者だからと思う。一応、日経新聞は読んでいるし自分なりの意見もあるのだが、だからどうだとか主張はしない。たぶんこういう性格なんだと思う。実は14回ぐらい入院したことがあるんだ。高校の時、長期に入院して休学寸前までいった。入院中、同室の人がパラパラと死んでいくんで、普通の人があまりしないような経験をしているよ。


当時、将来に対し全く絶望していたので、きっと僕はあの時、大切な何かを失ったのだと思う。なんとなく刹那的な生き方になったのはそのためだろう。今から考えると、まだ15~16歳だったので将来への絶望の一方、生命に関しては子供が考えるような「万能感」があった。つまり、「人は死ぬが自分は大丈夫」ってことだ本当は全くアテにならないのだがね。家族は(特に父親)まるっきり諦めていて、なにか変な違和感があったよ。


自分は体格がいいし、けっこう今は元気なので周囲の人には想像ができないらしい。(その証拠に医学部に入学した際、ラグビー部などに強く誘われた) そういう経験は今の自分の医療に色濃く影響している。例えば、うつ病の治療に自分が良いと思えば、未発売のプロザックやゾロフトあるいはヒーリング・ハーブなどかまわず使う。客観的に違法なことや患者さんにとって結局悪い結果になるだろうと思えること以外は何だってする。こういうところが現実主義的と思う。


結局、医療は福祉というかヒューマニズムを実践するところがあるので、自分だけ忙しいとかそういうので不満はない。だからやりがいはあるし、自分はこの仕事はわりあい向いていると思ってるよ。あの時の同じ自分が人のために役立っていると思えばうれしい。あれほどの経験がなければ、おそらく理学部ぐらいに進学してコンピュータ関係の仕事についているか、学者を目指し失敗して、オーバードクターぐらいをしているかもしれない。


仕事の際いつもまず最悪の事態を考える。患者が快方に向かっても、ほどほどの所で妥協しない。欲張りなのだ。中途半端な片肺飛行などは好まない。(しかし焦らないようには努めている) 精神医療というものは、全力を尽くしてもダメなケースがある。自殺さえしなければ、ずっと自分が診るようになることが多い。良くなった人は自分の前から消えるが、治療がうまくいかなかった人ばかり目の前に増える結果になる。これは非常に精神衛生に悪いと思う。何年かたって、その患者の予後が悪い時、「あの時、全力を尽くしたんだからこれは仕方がないな。」と思えればそれでいい。そのくらいでないとやってられない。だから薬物治療にしても「まぁいいか。このくらいで」という選択肢は無い。ましてプロならば。常に合理的に説明できる処方を心がけている。


参考

ジェイゾロフト