ジェイゾロフト | kyupinの日記 気が向けば更新

ジェイゾロフト

一般名;塩酸セルトラリン

2006年7月に本邦で3番目に発売されたSSRI。一般にゾロフトと呼ばれているが、日本では既に似た名前の薬剤が発売されていたので、JAPANのJの頭文字をつけてジェイゾロフトとなっている。薬理学的には脳内セロトニン神経に存在するセロトニン再取り込み機構を強力かつ選択的に阻害し、脳内のシナプス間隙のセロトニン濃度を高めて持続的にセロトニン神経伝達を亢進し効果を発現する。ゾロフトはプロザックと並び存在感のあるSSRIであったのだが発売はかなり遅れた。これは日本での臨床試験での結果が思わしくなかったこともある。数年前にファイザーのプロパーさんに聞いたところ、いつになるかわかりませんというような答えだった。


剤型は25mgと50mの2つで、25mgは楕円形の形状で割線がない。50mgは円形で割線が入れられている。錠剤の表面には、pfizerの刻印が入っているが、25mgにははっきりわかるようにZLT25、50mgにはZLT50と書かれてある。ジェイゾロフト効能・効果はうつ病・うつ状態、パニック障害になっており、社会不安障害や強迫障害には適応がない。(もちろん効果はあると思うが) パキシルのように適応の疾患により上限の違いはない。ジェイゾロフトは100mgを超えない範囲で処方でき、1日1回投与でよい。血中半減期は24~26時間と言われておりパキシルなどよりは長いがプロザックほどではない。日本で発売されてからまだ日数がないので、多くの人に使っているわけではない。たぶん10人未満と思う。まだはっきりとした印象がないのだが、パキシルに比べ胃腸系の副作用、下痢などがややみられるといったところである。抗うつ作用はまあまあで、少なくともデプロメールよりは大きいように見える。パキシルとの差は微妙であるが、若干マイルドかもしれない。効果的に遜色ない感じはしている。薬価は25mgで131円くらい。これはパキシルの10mg錠と合わせているようである。


ゾロフトを僕が初めて使ったのは、1997年か98年頃だったと思う。まだ今の病院に来る前のことだ。80歳近いおばあちゃんが慢性疼痛で入院していた。一般に慢性疼痛は麻酔科などのペインクリニックで扱われているが、もともとうつ状態に伴うこともあり、精神科でもしばしば診る疾患である。普通、抗うつ剤か抗てんかん薬くらいを処方していればよくなることが多い。このあたりは麻酔科での対応とだぶるが、麻酔科では神経ブロックなどの外科処置もあり、やや選択肢が広いのである。そのおばあちゃんはどういう経緯だったかもう忘れてしまったが、麻酔科でもおもわしくなく、うちの病院に入院となっていた。その患者さんは、特に3環系抗うつ剤が副作用で服用できなかった。その後、いろいろな薬物で治療を試みたが万策尽きた感じになった。当時はまだ日本ではSSRIは発売されてなかったのである。遂にECTをすることにしたが、さすがにそのおばあちゃんには麻酔をかけないと危険と思われたので麻酔下のECTを実施した。麻酔薬はセポフルレン、筋弛緩薬はマスキュラックスを使った。結果だが、その酷い痛みは嘘のように消失した。しかしその後様子をみていると、ちょうど1ヶ月で痛みが再発してしまった。ECTの効果は計ったように1ヶ月で切れたのである。しばらくは1ヶ月ごとにECTを実施したが、これは根本的な解決にならない。もともと人間はそうそう全身麻酔をかけるようになっていない。ここに麻酔下のECTの問題があると思う(一般にECT以外で1週間に2~3回も全身麻酔をかけることは珍しいと思われる)


その80歳近いおばあちゃんに、1ヵ月ごとに麻酔下ECTを実施することは、やがて難しくなると思われたので、思い切ってゾロフトを手に入れて処方することにした。なぜプロザックにしなかったかというと、プロザックは血中半減期が長すぎ、何かあったときに対応しにくいと思われたからだ。(プロザックの活性代謝物の半減期が7~9日) パキシルは高くて手が出なかった。ゾロフトも安くはないが、パキシルはゾロフトの倍の価格であった。ゾロフトは評価も高いし、値段もパキシルほどではないので1つ選ぶならゾロフトが良いと思ったのがある。そのおばあちゃんにゾロフトを服用させたところ、慢性疼痛が軽快しニコニコして退院して行ったのである。この時、ゾロフトはすごい薬だなと思った。当時思ったことは、SSRIは3環系あるいは4環系抗うつ剤が飲めない人にこそ価値があり、効果がとりわけ強いというわけではないということだった。月日が流れ、なんとゾロフトは3番目に発売となったのに少し驚いている。当時の感覚と、その後パキシルを処方した経験から、むしろゾロフトの方が強いかもしれないと思っていたからだ。薬物プロフィールなどの情報から、ゾロフトはセロトニン再取り込み阻害作用の選択性がパキシル、プロザックよりは強いのである。


ゾロフト>パキシル>デプロメール、プロザック

再取り込み阻害作用の強さ自体はパキシルが最強らしい。


今、ここでゾロフトを手に入れて処方したと書いているが、現在の日本の保険診療では非常に問題があることを明記しておきたい。なぜなら日本では、混合診療が認められていないからだ。混合診療というのは、保険診療と自由診療が混在することである。病院や診療所は保険診療なのか自由診療なのか最初に明確にしておく必要がある。ある特殊な医療で自由診療を選択したならすべて保険が利かない。だから、例えば一部デパスだけ処方したとしてもそれは自費になってしまうのである。この自由診療は美容整形外科でよくみられる。だから部分的にゾロフトを処方するには、全くお金を取らないか、指導のもと個人的に輸入してもらい服用してもらっている形にするしかない。それに、万一おもわぬ珍しい副作用が出た場合も問題がある。誰もそんなリスクはとりたくはない。普通は良いとわかっていても、そんなバカなことをする医師はあまりいないのである。僕はかつてプロザックとゾロフトで大赤字であった。


その後、僕が今の病院の院長になったのは5年前なのだが、当時から未発売の薬物を扱うことはしなくなった。なぜかというと、自分はまだ良いとして病院に迷惑をかけることは避けたいと思ったからである。ちょっと疑問なのは、大学病院などで例えば輸入の抗がん剤や免疫系の薬物を使うことがあるが、これは認められていること。精神科関係ではメラトニンなども同様である。研究機関とみなされる場合は黙認されているのだろうかと思う。あと、歯科では一見、混合診療が認められているように見えるのはどうなっているのだろうか?


「シックスセンス」と言う映画があるが、最初の場面で主人公のブルース・ウイルス(精神科医)は過去に治療した患者に殺される。死後の回想みたいな感じでその後のストーリーが続くのだが、ある時、実は妻がうつ病の治療をしていたの気付く。この時の場面で、ブルース・ウイルスが洗面台でZoloftの小さなプラボトルを発見するのである。今度、この映画を観る機会があったらよく見ていてほしい。(パキシル、デプロメールなどの項目を参照)