謎の胸痛とアモキサン | kyupinの日記 気が向けば更新

謎の胸痛とアモキサン

これは僕の義母(嫁さんの母親)の話。今から10年くらい前、体調を崩して年内に死ぬんじゃないかというほど弱っていた。うちの嫁さんは高齢出産の子供であり、母親の年齢が高いのである。

近くの病院に行っており不整脈の薬を始めいろいろな薬を貰っていたが、体調は一向に良くならなかった。特に胸痛が見られ、じっと顔をしかめて苦しそうしている。聞いてみると、心電図異常があるのだという。検査で異常所見があるとはいえ、痛みが相応しないように主治医も感じていたのかもしれない。デパスやデプロメール(75mg)が併用処方されているようであった。

ちょうど帰省している時だった。急に具合が悪くなり、胸を押さえて苦しそうにしている。その時、僕は漠然と、「ほんとうに何かあるんだろうか?」と、その痛みや苦しみの存在に疑問を感じたのである。嫁さんに言った。「本当に心臓が悪いのかどうか調べてもらった方が良い。どうも、何もないんじゃないかと思っている。」

僕の大学の同級生が、循環器内科でも特に信頼できる総合病院の部長をしていたので、彼に頼むことにした。義母を彼に受診させ、徹底的に調べてもらうことにした。彼女は受診のため他県から呼び寄せたのであるが、結論が出れば以後は近医で頼めばよいし、僕はたぶん薬は必要ないという結果が出ると思ったので、後は何とでもなると思っていた。

結果は、やはり何もなかったのである。

友人の話によれば、心電図異常は心臓の壁の厚さがから来ており、特に臨床的意義がないらしかった。これは僕の推測なのだが、昔の人なのでたぶん若い頃の重労働のため、そのような微妙な心電図異常が出ていたのだろうと思った。

つまり、長いこと服用する必要のない循環器系の薬物を飲んでいたことになる。まあ、あのような胸痛があり、しかも心電図異常を伴い、たまに不整脈があれば薬を処方されても仕方がない。主治医は責められない。

それはともかく、友人には不思議な縁で久しぶりに再会することができたのであった。彼は非常に喜んでおり、僕が全然変わっていないと言ってくれた。そういえば去年くらいに僕の高校時代の友人に15年ぶりに会った時もそういわれた。「いったい何を食っているんだ」と。

彼には、今かかっている病院に検査結果について紹介状を書いてもらった。もちろん以後は心臓の薬は中止になり、精神科系の薬だけになったのである。

では、あの謎の胸痛は何であろうか?

実体がないなら、もちろん「慢性疼痛」である。このような人は、DSM風には「身体表現性障害」と言われている。女性に多く、臨床場面で他科疾患とみなされている人も相当数いるので、補足されない人々も含めると案外有病率が高いように思っている。

こういう慢性疼痛だが、経験的にはアモキサンがベストだ。これは忍容性も含めての評価である。なぜこれが良いかだが、アモキサンがドパミンにも関与するのがいくらか影響しているのかもしれない。一般的に言えば、抗うつ剤なら何でもいい。もちろんSSRIだって有効である。このブログでもジェイゾロフトのエントリで慢性疼痛が軽快した話が出てくる。普通、アナフラニール、トフラニール、トリプタノールくらいが良いのだろうが、アモキサンはなんだかんだ言って服用しやすいし、効果がわりあい早く、抗うつ効果が強いのが良いのであろう。

僕は、義母にデプロメールを中止するように言い、アモキサンを25mgから50mgまで増やした。アモキサンは服用できない人もいるので、アモキサンが不調に終わった場合は他の薬物を考えなくてはならない。でも、まずはアモキサンから始めたのであった。

そうして様子を見ていると、胸痛が消失し、見違えるように元気になってきた。その後、沖縄にも旅行に行き、一時の年内に死ぬんじゃないかという雰囲気も吹き飛ばしてしまった。

その後、2年くらい過ぎて、他の親戚にも同じようなうつ状態のおじいさんがいることを知った。遠い親戚なのだという。この人は一見、認知症なのか、うつ状態なのかわからないような人で、夜になると大声を出して困るのだという。帰省した時に実際行って見ると、認知症と言うより「うつ状態の亜昏迷」に見えた。こういう原始的な症状ならアモキサンがやはり良い。

ちょっと面白いと思ったのだが、このおじいさんにもデプロメール(75mg)が処方されており無効のまま継続されていたこと。デプロメールは非力なために、とても迷惑をかけていると思う。デプロメールは弱いこと以外は結構良い薬なんだけどね。

このおじいさんには、アモキサン100mgまで増やして様子を見ていたら、一発で軽快した。その後は車に乗ったり、畑で仕事をしたり何でもできるようになったらしい。義母は今も服薬しているが、このおじいさんはもう服薬を中断しており今も元気らしい。

さて、最近、僕が往診している総合病院で、まさに義母の状態に近い老齢の女性患者さんを発見し治療のためにうちの病院に転院させた。はっきりしない胸痛があり内科でももてあましていたようであった。面白いことに、彼女もデプロメール(75mg)の処方であった。

基本的に、このような慢性疼痛にSSRIは悪い選択ではない。特にこのような高齢な人の場合は。僕は彼女の場合に限れば、明らかに虚証なので、3環系をいきなり使うのはちょっと躊躇われた。結核で死にかねないような虚弱体質なので、アモキサンは重いかもしれないと思ったのである。

そこで、少しデプロメールを増量して経過観察し、疼痛の発作時にレスキューレメディを使用してみた。

わかったこと
○ レスキューレメディはこのような慢性疼痛の胸痛に対し効果がない。ダメすぎ。ワイパックスなどの抗不安薬もさっぱりだったが、それ以上であった。ちょっとだけ楽になることもたまにあったが、実際に見ていてプラセボ程度と感じた。

もう仕方がないので、デプロメール、レスキューレメディを諦め、アモキサンを少量から使ってみた。僕が少量からと言う場合、25mgからである(10mgカプセルを置いてないため)。不思議なことに、この虚弱な女性患者はアモキサンを難なく服用できるのである。これくらいなら、最初からアモキサンを使えば良かった。合う合わないはともかく、飲める飲めないは予想を裏切ることもある。

アモキサンは50mgくらいまで増やすと、胸痛がほぼなくなり、表情が断然明るくなってきた。ところで、不思議なことに胸痛が消失すると下腹部の痛みが出現したのである。こういう疼痛性障害はどういうメカニズムか知らないけど、痛みをかかえることでバランスを取っているのかもしれない。こういうのを見るとなおさらそう思う。

僕はめげずにアモキサンを75mgまで増やしてみた。50mgを服用した雰囲気では100mgまでは大丈夫そうに見えたことがある。薬を使用しているのに、なにがしか痛みが残っているのは非常に不満なのだ。

今も75mgで様子を見ているが、彼女の場合、入院時にみられた疼痛の80%は既に消失している。アモキサン以外の薬物として、ソラナックス0.4mgの2錠とチラージンSを処方している。この患者さんは入院時、甲状腺ホルモンの値が低かった。「橋本病」という疾患があり、甲状腺機能の低下のために症状性にうつ状態を来たす。この疾患ではチラージンSを補充するだけでかなりうつ状態が改善することもある。彼女の場合、チラージンSを追加しても疼痛はほとんど変わらなかったので、あまり関係ないように見えた。今のところ、こんな感じで治療を進めている。

参考
慢性疼痛と手術
Xファイル