◇本稿の主張内容
●国連は世界連邦や世界国家、まして、「地球国家」なるものの萌芽ではない
●国連は安全保障に関する一般的なルールを形成するための常設の
国際会議場組織である。それはいわば、主権国家が会員権を持つ半官半民の
「結婚式場組織」「葬儀場組織」、すなわち、<国際的な玉姫殿>にすぎない
●国連憲章には三種類の安全保障制度が規定されている。すなわち、
集団的安全保障・自衛権・地域的取極の三者である
●集団的自衛権と個別的自衛権はいずれも主権国家の固有の権利であり、
世界における現在の国際法学の通説と実務では両自衛権の区別はない
●集団安全保障制度に貢献することは国連加盟国の法的義務である
●集団安全保障制度は画餅にすぎなかった
●集団安全保障制度が作動しない以上、自衛権・地域的取極という
バックアップシステムの起動は必然である
●冷戦構造崩壊により国連の実質的役割も終焉した
◆国連と主権国家
国際連合(国連:United Nations)は、国連公用語の一つである中国語で「連合国」と表記されているように、周知の如く第二次世界大戦時の「連合国:United Nations」を母体にしたものです。国連自体の成立は1945年10月24日と第二次世界大戦後ですが、その成立の法的根拠である国連憲章は連合国がまだ日本と交戦中の1945年6月26日に制定されたこと、また、国連憲章に日本やドイツ等を意味する「敵国条項」(53条、77条、107条)が存在することが「国連=連合国」であった経緯を雄弁に物語っていると思います。
けれども、この「国連=連合国」という認識は法的には間違い。第二次世界大戦中の連合国と国連はそれぞれ別個の法的根拠に基づく存在だからです。他方、国連を巡ってはそれがあたかも「世界連邦や世界国家の萌芽」であるかのように捉える論者が日本にはまだ存在しています。
実際、(現在は過渡期であり、一応、「主権国家」のみが国連の正式な加盟メンバーであるけれども、多くのNGOが多くの国連の委員会や会議にオブザーバー参加資格を認められているように)本来、国連とは主権国家を超えて個々の「地球市民」が形成し運用すべきもであるという言説もこの国ではしばしば耳にするものではないでしょうか。
国際法上は、そして、国際政治の現実においても国連はどのような意味でも世界連邦や世界国家とは関係ありません。また、現在に至るまで(否、グローバル化の荒波からその国民を護るためにも、主権国家の役割が一層高まっている現在では)、国際法の(少なくとも、安全保障領域での)主体は独り主権国家でしかない。而して、このことは国連憲章自体にも明記されていることです。すなわち、
2条1項
この機構は、そのすべての加盟国の主権平等の原則に基礎をおいている。
2条7項
この憲章のいかなる規定も、本質上いずれかの国の国内管轄権内にある事項に干渉する権限を国際連合に与えるものではなく、また、その事項をこの憲章に基く解決に付託することを加盟国に要求するものでもない。但し、この原則は、第七章に基く強制措置の適用を妨げるものではない。
この2条7項但書を根拠に、国連憲章第7章「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」については、各主権国家はその主権の一部を国連に移譲しているのではないか、少なくとも、国連安保理に安全保障政策にかかわる主権の一部を委譲しているのではないかとする向きもある。しかし、これは、論者の願望の表明にすぎず、大甘に見てもこの議論は「主権」や「移譲」や「委譲」の意味をどう捉えるかという<用語法の問題>に収斂すると思います。
一般論として、ある国家がその締結する条約によって通常は主権国家として取り得る選択肢の幾つかを自ら禁じて、ある国際機関にその権利行使の権限を委任/委譲することは別に珍しいことではありません。
けれども、この委任や委譲によって、当該の国家がその最高独立の国家主権を持たなくなったと考える論者は少ない。なぜならば、主権国家はそれが自国の国益を毀損すると考える場合には(例えば、北朝鮮が1993年3月、核兵器不拡散条約(NPT)からの脱退を表明した如く)、いつでも、当該の国際機関を脱退して、自分が一度委任/委譲した権利を回復することができるからです。而して、国連憲章「第7章に基づく措置の適用」に納得できない加盟国は国連を脱退すればよいのですから(あるいは、除名されるまで(第6条)その第7章に基づく措置を無視すればよいのですから)。
◆国連とは常設の国際会議場
国際連合は、第二次大戦の連合国が、戦争に勝利した時点の(当然、自分達に有利な)国際秩序を保持するために造った安全保障に関する多国間外交交渉のための常設の国際会議場システムです。繰り返しますが、国連は主権国家の上に聳える世界国家や世界連邦の萌芽とかではなく、それは主権国家が加入する多国間交渉のサロンであり、それは主権国家が会員権を持つ半官半民のいわば「結婚式場組織」「葬儀場組織」にすぎません。蓋し、「国連=玉姫殿」という理解が国連の実相に近いと思います。
◆国連憲章に規定された安全保障制度の種類
国連憲章は<平和を維持し回復するためのシステム>を第7章「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」で規定しています。国連憲章が想定する原則は、安保理が主導する集団的安全保障制度です。そして、いわば、集団的安全保障制度を補完し<平和を維持し回復するためのバックアップシステム>として、国連憲章は個別的と集団的の自衛権の行使を定めており、また、国連憲章第8章「地域的取極」において、(集団的自衛権と相まって)地域の軍事同盟が国連憲章下でも有効な<平和を維持し回復するシステム>とし機能する道を開いています。
すなわち、国連憲章には三種類の安全保障制度が規定されている。尚、日本ではいまだに、集団的自衛権が「固有の権利=自然権」であることを否認して、個別的自衛権と集団的自衛権を区別する論者が存在しますが、そのような議論が成り立たないことについては本稿末尾のURL記事をご参照ください。
◎国連憲章の定める三種類の安全保障制度
(a)集団的安全保障(第7章:42条乃至50条)
(b)自衛権(第7章:51条)
(c)地域的取極(第8章:52条乃至54条)
以下、主な条文根拠を掲げておきます。
42条【集団的安全保障】
安全保障理事会は、第41条【非軍事的強制措置のこと】に定める措置では不充分であろうと認め、又は不充分なことが判明したと認めるときは、国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍、海軍又は陸軍の行動をとることができる。この行動は、国際連合加盟国の空軍、海軍又は陸軍による示威、封鎖その他の行動を含むことができる。
43条1項【集団的安全保障】
国際の平和及び安全の維持に貢献するため、すべての国際連合加盟国は、安全保障理事会の要請に基き且つ一又は二以上の特別協定に従つて、国際の平和及び安全の維持に必要な兵力、援助及び便益を安全保障理事会に利用させることを約束する。この便益には、通過の権利が含まれる。
51条【自衛権】
この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。
52条1項【地域的取極】
この憲章のいかなる規定も、国際の平和及び安全の維持に関する事項で地域的行動に適当なものを処理するための地域的取極又は地域的機関が存在することを妨げるものではない。但し、この取極又は機関及びその行動が国際連合の目的及び原則と一致することを条件とする。
52条2項【地域的取極】
前記の取極を締結し、又は前記の機関を組織する国際連合加盟国は、地方的紛争を安全保障理事会に付託する前に、この地域的取極又は地域的機関によつてこの紛争を平和的に解決するようにあらゆる努力をしなければならない。
52条3項【地域的取極】
安全保障理事会は、関係国の発意に基くものであるか安全保障理事会からの付託によるものであるかを問わず、前記の地域的取極又は地域的機関による地方的紛争の平和的解決の発達を奨励しなければならない。
53条1項【地域的取極】
安全保障理事会は、その権威の下における強制行動のために、適当な場合には、前記の地域的取極又は地域的機関を利用する。但し、いかなる強制行動も、安全保障理事会の許可がなければ、地域的取極に基いて又は地域的機関によってとられてはならない。
◆加盟国の安全保障を巡る法的義務
国連憲章の規定に基づいて「国際の平和及び安全の維持に貢献する」ことは加盟国の義務です。つまり、憲章42条と43条1項による安保理の決定は、(それ以外の条規を根拠とする)国連総会や安保理の決議とは異なり加盟国に一般的に法的な義務を課すものなのです。
ちなみに、通常の安保理の決議や議長声明は白黒はっきり言えば加盟国に対する勧告にすぎず、加盟国すべてを法的に拘束する効力はありませんが、そのような安保理の決議にも、ある加盟国がその軍事力の行使を正当化する「効果」はある(このことは湾岸戦争-イラク戦争の経過を想起されれば分かりやすいと思います)。これらの経緯を関連条項で確認しておきましょう。
24条1項【安全保障理事会】
国際連合の迅速且つ有効な行動を確保するために、国際連合加盟国は、国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任を安全保障理事会に負わせるものとし、且つ、安全保障理事会がこの責任に基く義務を果すに当って加盟国に代って行動することに同意する。
24条2項【安全保障理事会】
前記の義務を果すに当っては、安全保障理事会は、国際連合の目的及び原則に従って行動しなければならない。この義務を果すために安全保障理事会に与えられる特定の権限は、第六章、第七章、第八章及び第十二章で定める。
25条【安全保障理事会】
国際連合加盟国は、安全保障理事会の決定をこの憲章に従って受諾し且つ履行することに同意する。
44条【集団的安全保障】
安全保障理事会は、兵力を用いますことに決定したときは、理事会に代表されていない加盟国に対して第43に基いて負った義務の履行として兵力を提供するように要請する前に、その加盟国が希望すれば、その加盟国の兵力中の割当部隊の使用に関する安全保障理事会の決定に参加するようにその加盟国を勧誘しなければならない。
48条1項【集団的安全保障】
国際の平和及び安全の維持のための安全保障理事会の決定を履行するのに必要な行動は、安全保障理事会が定めるところに従つて国際連合加盟国の全部又は一部によってとられる。
48条2項【集団的安全保障】
前記の決定は、国際連合加盟国によつて直接に、また、国際連合加盟国が参加している適当な国際機関におけるこの加盟国の行動によって履行される。
<続く>