プロスペル・メリメ『カルメン』 | 文学どうでしょう

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カルメン (岩波文庫 赤 534-3)/プロスペル・メリメ

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プロスペル・メリメ(杉捷夫訳)『カルメン』(岩波文庫)を読みました。

カルメンという名前は、みなさんきっとご存知なのではないでしょうか。カルメンというのは、女性の名前です。アカシヤの花を口にくわえて蠱惑的に踊り、男を手玉に取る女。情熱的で衝動的で魅力的。占いをしたりもします。「カルメンのような女」という言葉があるくらい、特徴のある女性なんですよ。

『カルメン』はビゼーのオペラも有名ですし、たくさん映画にもなっています。ただ、残念ながらぼくは原作以外は観たことがないです。もしなにかおすすめなどがあればぜひ教えてくださいな。オペラとか観てみたいですねえ。

なぜ『カルメン』を読み直したかというと、ナボコフの『ロリータ』の下敷きになっている部分があるからです。

あらすじ紹介のあとでまた触れますが、『カルメン』はカルメンという印象的なキャラクターが描かれている小説ということのみならず、恋愛についての普遍的なテーマを孕んだ小説だろうと思います。

ぼくは岩波文庫で読みましたが、今メリメを読もうと思うなら、新潮文庫が一番いいと思います。

カルメン (新潮文庫 (メ-1-1))/メリメ

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岩波文庫は『カルメン』だけですが、新潮文庫は他の代表作も収録された短編集なので、おとくです。ただぼくはこの間〈フランス文学月間〉の時に途中まで読んで挫折しちゃいまして。いや短編自体は嫌いじゃないんですが、どうも短編集って読みきれないんですよ。苦手です。

どこかでも書きましたけど、短編集というのは、短編ごとにスイッチをいれる必要があるというか、登場人物、設定を一々覚えないといけないわけです。このスイッチをいれるという作業は実は短編も長編もぼくにとっては同じで、10個短編が収録されている短編集は、10冊の長編小説を読むのと同じくらいの労力を使ってしまうんです。

すみません単なる言い訳です(笑)。もし『カルメン』だけが読みたいなら、岩波文庫は手頃でよいと思います。120ページくらいの短い作品なので、興味があったらぜひ手にとってみてくださいね。

『カルメン』という名前は聞いたことがあるし、なんとなくのカルメンのイメージもあるけれど、どういう話かは知らないなあという方。すごくラッキーですよ。大チャンスです。世の中的には『カルメン』はみんなもう知ってるよね、という空気が漂っているのか、いたるところでネタバレされています。

岩波文庫の表紙の短い文ですら物語の結末が書かれているのは一体何故なんでしょう。結末を知っていても楽しめるということもあるでしょうし、言うまでもなく周知の話だよね、ということなのでしょうが、当然知らないで読んだ方が面白いはずです。

なので、もし『カルメン』を知らない人がいたらですね、もうなにも見ないようにして、文庫本の紹介文すら読まないようにして読んだ方がいいです。

シンプルながら、なかなかに面白い小説です。面白い小説というか、カルメンという女性ですね。やっぱりすごく印象的です。一度読んだら忘れられないカルメン。

アレクサンドル・デュマ『三銃士』のミレディ、オスカー・ワイルド『サロメ』、メリメ『カルメン』のカルメンは悪女というか、世界文学の中でかなりインパクトある女性キャラクターです。

その他にぼくの中で、世界文学3大ヒロインと呼ばれる女性がいます。近々パール・バックの『大地』を紹介する時に、立宮翔太が選ぶ世界文学3大ヒロインを発表しますのでお楽しみに。予想してもらっても構いませんが、マニアックな選定なので、多分当たりません(笑)。

折角なので、ちょっとヒントを書いておきましょうか。1人は『大地』に登場する女性なのでともかく、あとの2人はイギリス文学のヒロインです。そしてここでのヒロインというのは、女主人公という意味ではなく、男の主人公の恋人的な位置にいる女性です。

しかもそれが相思相愛ではなく、男主人公を振り回す感じ。あのつかまえられそうでつかまえられない感じがリアルなんですよねえ。もうやめときゃいいのにと思いつつも、好きな気持ちはどうしようもないというのがいいんです。いかんどんどん脱線してゆく。

作品のあらすじ


物語は額縁小説の形式になっています。つまりフレームとフレームの中の話があるわけですが、このフレームがわりと長くて、物語の半分くらいをしめています。

まずはフレームの話から。考古学者の〈私〉は、古文書の実地調査をしに、アンダルシヤに行きます。案内人と色々巡っている内に、ある谷間で1人の男と出会います。「中背ではあるが、いかにも頑丈そうな若者で、暗い陰をおびた、ひとくせありげな目を光らせている」(13ページ)獰猛な男。手には小銃を抱えています。

〈私〉とその男はしばらく旅の道連れになります。やがてその男の正体が実は、お尋ね者の追いはぎ、ドン・ホセという怖ろしい男であることが分かります。しかし〈私〉はドン・ホセのことを助けてやります。

〈私〉はある時、河岸で水浴びしてる野性的で美しいボヘミヤ女、カルメンと出会います。ジプシーやボヘミアンというのは今では差別的な意味あいがあるということから、使われなくなっている語のようですが、放浪しながら暮らし、占いやまじないなどで生計をたてている感じです。

カルメンは占いが得意で、〈私〉のことを占ってくれると言います。するとそこへカルメンの名前を呼びながら男が飛び込んできます。ドン・ホセです。揉めている2人と別れて、宿に帰った〈私〉は時計がなくなっていることに気がつきます。

やがて時計を盗んだ犯人が捕まります。数々の悪事を行っていることから死刑が確定した犯人。もうお分かりですよね。ドン・ホセです。〈私〉はドン・ホセと会い、ドン・ホセがどんな人生を送ってきたかの話を聞きます。

ここからがようやく本編になります。1人の女を愛したが故に転落していったドン・ホセの愛と憎悪、喜びと絶望に満ちた数奇な人生。語り手はドン・ホセの〈私〉に変わります。ここから先は少しだけ。

〈私〉は元々兵隊だったんです。根っからの悪人では全然ありません。うぶで故郷のことばかり考えているような青年。ある時、魅力的な女性と運命的な出会いをします。そうです、カルメンですね。カルメンの様子はこんな風に書かれています。

 女は赤い下裳をつけておりましたが、短いので、白い絹の靴下がむき出しに見えます。靴下には穴がいくつもあいていました。赤いモロッコ皮のかわいらしい靴は燃えるような濃い紅のリボンで結んであります。わざとショールをひろげて、肩を見せ、肌衣の外にはみでているアカシヤの大きな花束を見せびらかしていました。口の端にもアカシヤの花を一輪くわえていましたが、コルドヴァの牧場の若い牝馬のように、腰を振りながら歩いて来るのです。(49ページ)


カルメンはある事件を起こして、〈私〉たち兵隊に捕まります。カルメンは逃がしてくれと言います。この辺りは『三銃士』のミレディとか、もっと分かりやすく言えば、『ルパン3世』の峰不二子のような感じと言えば分かってもらえるでしょうか。男の気持ちをうまく操作するんです。

カルメンは〈私〉と同郷のふりをします。片言なので、よく考えたらおかしいんですけど、〈私〉は騙されて、カルメンのことを逃がしてやります。不意をつかれて逃げられたように装うんです。しかし当然周りにばれて、罰を受けてしまいます。

スパイなどで、ハニー・トラップというのがありまして、女性を送り込んで男性の心を動かすというやつです。そうしたカルメンというハニー・トラップに利用されるような形で〈私〉は軍隊を去らなければならない羽目になります。山賊に身を落とし、それでもカルメンと情熱的に愛し合う〈私〉。

しかし気まぐれなカルメンの気持ちはあちらこちらへぶれ、〈私〉はカルメンの気持ちをうまくつかめなくなっていきます。果たして〈私〉とカルメンの愛の行方はいかに!?

とまあそんなお話です。真面目な青年が愛ゆえに身を持ち崩す物語であり、カルメンという魅力的かつ気まぐれなヒロインに振り回される物語です。そうした構造は、ロリータという少女に振り回される男に設定を変えて、ナボコフの『ロリータ』で使われています。

カルメンというのは、雲の形のように気まぐれで、その愛は熱帯のスコールのように刹那的です。激しく愛してくれるかと思ったら、もう気持ちは遠く離れたところにある。でもこの小説を読んでいてぼくが感じたのは、これは特別な物語ではないということです。

カルメンはたしかに特徴のある女性ですが、ぼくらの恋愛においても、愛しすぎて不安になったりとか、相手の気持ちを手に入れたいけれど、相手の気持ちがつかめないとか、そういうことはよくあると思うんですよ。そういった意味で、『カルメン』はうまくいかない恋愛の普遍的なテーマを扱っているのではないかと思います。

あなたはカルメンのことをどう思いますか? 気まぐれで悪いやつ? それとも自分の気持ちに正直な女性? カルメンというキャラクターも読者それぞれで受け取り方が違うと思います。ぜひ実際に読んでみて、カルメンのことをどう思うか考えてみてください。短い作品なので、わりとすっと読めると思います。

明日は、ガルシア=マルケス『予告された殺人の記録』を紹介する予定です。