村上春樹『国境の南、太陽の西』 | 文学どうでしょう

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国境の南、太陽の西 (講談社文庫)/村上 春樹

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村上春樹『国境の南、太陽の西』(講談社文庫)を読みました。

『国境の南、太陽の西』というのは、物語の構造だけを取り出せば、単なる不倫の話です。満ち足りた幸せな生活を送る37歳の〈僕〉が、島本さんという女性のことを好きになってしまうんです。どうしようもなく。

奥さんと2人のかわいい娘に恵まれた幸せな家庭があり、義父の力を借りたとは言え、バーなどの飲食店を経営していて、仕事も充実しているのに。

ところが普通の不倫の小説とはなにかが決定的に違います。これは村上春樹の小説の特徴でもありますが、恋愛など感情としてのよろめきが描かれるのではなく、〈どうしようもないなにか〉が物語を動かしています。そうした感覚は実際に読んでもらうしかないと思いますが、そんな不思議な感じの小説です。

ノルウェイの森』のところでも多少触れましたが、日本文学には病妻ものとも言うべきジャンルがあります。たとえば島尾敏雄の『死の棘』などが印象的ですが、奥さんがヒステリーになってしまい、それに振り回されるさまを描いた小説です。

精神を病んだ人に振り回されるというテーマ自体は、目新しいものではありません。そういった意味では『ノルウェイの森』はそれほど驚くべき小説ではないはずです。ところが、『ノルウェイの森』はそうした病妻ものとは決定的になにかが違います。

直子という登場人物がいるのですが、この直子は単に精神を病んでいるというだけにとどまらないなにかがあるんです。〈僕〉と直子の間に起こったこと、そしてそれ以降起こらなかったことは、出来事としてはありふれたことですが、それも単なる出来事ではなく、もっと寓意的なものが表されている気がします。

もう少し分かりやすく言うと、登場人物の感情で物語が動くのではなく、〈どうしようもないなにか〉という論理の中で、振り回される登場人物が描かれている感じなんです。誰かが選択できる世界ではなく、不条理でも結論だけが目の前に現れる世界。

そういった要素が、『国境の南、太陽の西』の中にもあります。〈僕〉が島本さんに抱く想いは、恋でもなく愛でもなく、〈どうしようもないなにか〉です。そういった意味で、不倫の小説と構造は同じですが、全く違う小説という印象を受けます。

村上春樹の初期の3部作などでは、〈僕〉がどこか欠けたところのあるキャラクターとして描かれました。ガール・フレンドが〈僕〉のことをつかもうとしても、決してつかめないんです。『国境の南、太陽の西』の主人公である〈僕〉にも似たような要素はありますが、それよりもむしろ逆に島本さんのことがよく分からない。これが面白いところです。

謎に満ちた島本さん。結婚しているのかいないのか、どこでなにをしているのか、なぜ突然現れなくなるのか、一体なにを考えているのか。

『国境の南、太陽の西』は満ち足りた生活の中に、美女が登場して誘惑される話ではありません。〈僕〉と島本さんとの関わりはもっと昔。12歳の時から。

作品のあらすじ


書き出しはこんな感じです。

 僕が生まれたのは一九五一年の一月四日だ。二十世紀の後半の最初の年の最初の月の最初の週ということになる。記念的といえば記念的と言えなくもない。そのおかげで、僕は「始(はじめ)」という名前を与えられることになった。でもそれを別にすれば、僕の出生に関して特筆すべきことはほとんど何もない。(5ページ)


〈僕〉が生まれた頃は、1人っ子というのが珍しく、1人っ子というだけで「ひ弱で、おそろしくわがままな子供に違いない」(7ページ)と思われるような時代。事実、〈僕〉は自分以外の1人っ子には小学校の6年間でたった1人しか出会いません。

それが島本さんです。転校生で、小児麻痺のせいで左脚が少し悪く、足を引きずるようにして歩きます。頭もいいし、みんなから一目置かれるような存在だったけれど、そういった様々な要素もあって、〈僕〉以外に友達はいないんです。2人はそっと寄り添いあうように仲良しになります。12歳の頃。

ゆっくり歩きながら一緒に帰って、読んだ本や好きな音楽の話など、たくさんの話をします。島本さんの家でレコードを聴いたり。〈僕〉は島本さんにある種の〈吸引力〉のようなものを感じますが、まだ子供なので、恋にも愛にも発展しません。ただ手を繋いだだけの2人。

やがて2人はゆっくりと離れます。これはみなさん多かれ少なかれ経験があると思いますが、環境の変化で離れる気持ちは仕方のないことですよね。違う中学に行っただけで、それぞれ別の生活が出来て、離れたくなくてもいつの間にか離れてしまう気持ち。それは時間が経てば経つほど、なおさら離れていきます。

そうして〈僕〉は島本さんとは別々の人生を歩むことになります。高校生になると、イズミというガールフレンドができます。それほど綺麗ではないけれど、「自然に人の心を引きつけるような素直な温かさ」(29ページ)があるイズミ。

傷つけられるのを怖がっていたイズミと〈僕〉は、肉体的に繋がりそうで繋がらない微妙なラインで付き合いつづけます。そこである時、決定的なことが起こります。詳しくは触れませんが、〈僕〉が〈吸引力〉と呼ぶものによって起こった出来事。島本さんにはあって、他の誰かにはあって、イズミにはなかったもの。

これは単純に性欲とか、浮気心とか定義できそうなんですが、そした感覚とは少し違って、〈どうしようもないなにか〉として描かれています。

そうしていくつかの出会いと別れを繰り返した〈僕〉も大人になり、結婚して幸せな家庭を築きます。経営しているバーが雑誌に載って、昔の友人たちが訪ねてきたりします。

そしてある時、お店に島本さんがやって来て・・・。

とまああらすじの紹介はこの辺りでいいでしょうか。ずっと離れていた島本さんとの再会です。〈僕〉はずっと心のどこかで島本さんを追い求めて続けていて、28歳の時に島本さんに似た女の人の後をつけたこともあります。

島本さんがどこでなにをしていたのかは全く分かりません。結婚しているのかしていないのか。店に時おり現れるだけです。〈僕〉と島本さんの関係は変化しません。肉体的に浮気とかそういうのではないんです。でも〈僕〉は〈どうしようもないなにか〉で島本さんに惹かれていってしまう。

ぼくがこの小説の中で一番印象的だったのは、こんな場面です。〈僕〉と島本さんがピアノのコンサートの行った時のこと。

それはなかなか見事な演奏だった。テクニックは文句のつけようがなかったし、音楽自体も緻密で奥行が深く、演奏者の熱い感情も随所に感じられた。でもそれにもかかわらず、いくらじっと目を閉じて意識を集中しようとしても、僕はどうしてもその音楽の世界に没入することが出来なかった。(中略)コンサートのあとで僕がそう言うと、島本さんもだいたい僕と同じ感想を抱いていたことがわかった。
「でも、あの演奏のどこに問題があるんだと思う?」と島本さんは訊いた。「とてもいい演奏だったと思うんだけれど」
「覚えているかな? 僕らの聴いていたあのレコードでは、第二楽章の最後の方で二度小さなスクラッチ・ノイズが入ってたんだ。プチップチッって」と僕は言った。「あれがないと、僕はどうしても落ちつかない」
 島本さんは笑った。「そういうのは芸術的発想とは呼べそうにないわね」(205ページ)


この場面からは様々な寓意が読み取れますし、また読み取らなくてもいいとは思いますが、完璧な演奏よりも、スクラッチ・ノイズの入った演奏の方に惹かれるというのは、非常に印象的です。みんなが満足したコンサートでも、〈僕〉と島本さんの感覚は2人だけずれているわけです。

ところで、村上春樹の小説には音楽がたくさん出てきます。そうした音楽まで聴きたくなるのが、村上春樹の小説の魅力だと思います。昔と違って、youtubeなんかで手軽にどんな音楽かが確認できるようになりました。

この小説には「国境の南」というナット・キング・コールのレコードが出てきます。ところが、これがどこを探してもないんですよ。ナット・キング・コールが歌った「国境の南」の音源はないらしいんです。これは若干深い読みができる可能性があって、現実にレコードが存在しないだけではなく、物語の中でもレコードは消えます。

そのレコードが存在しない、消えるということがなにを意味しているのか、そして12歳の時に島本さんがレコードをまるでなにのように扱っていたのか(14ページ)、この辺りを重ねあわせると、ちょっと面白い読みができるかもしれません。

こうして書いているとまるでぼくが深い読みをしていて、それをあえてここでは書いていないような感じに見えますが、なにを隠そう、実はぼくはなにも考えていません(笑)。

物語に謎が残る小説の場合、なんとかしてそれを埋めようとすることもできます。たとえば、作者の経歴と重ね合わせて読み解こうとしたり、理論的にどうこうやろうとしたり。でもぼくは個人的にはそうした謎の部分は埋めない方が、そして物語は読み解かない方が面白い部分もあるのではないかと思います。

まあ単純にぼくが苦手というだけですけどね。まあそれはともかく、村上春樹の小説はすごく読みやすい小説です。会話のやり取りはユニークですし、使われる比喩はおしゃれで印象的です。起こっている出来事で分からない部分はほとんどないだろうと思います。

ところがその一方で、なにが描かれている小説なのか、はよく分かりません。島本さんがどういう女性なのか、どういう人生を歩んできたのか、一体なにが起こったのか。色々な謎が残る小説です。そうした謎を色々考えて埋めるのも楽しいですし、謎を謎のまま残してもいいと思います。

単なる不倫の小説のようでいて、なにかが決定的に違う小説です。興味のある方はぜひ読んでみてください。好き嫌いは分かれる作家ですが、村上春樹はとても面白い作家ですよ。