六マリアと真の家庭(4) | ちゃぬの裏韓国日記

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カルト統一教会と世界支配層との関係をあばく
(統一教会=世界平和統一家庭連合)

文亨進世界会長が先日認めた(詳しくは「血統転換の奥義」(1)(4)を参照)「六マリア」(血分け)ですが真の家庭とどのような関連があるか具体的に考察したいと思います。

<血統転換の奥義シリーズ>
「血分けが統一教会内で隠蔽・秘儀化されていった経緯(1)~(5)」に詳細な内容がありますのでまず、読んでいただくと理解しやすいと思います。
<六マリアと真の家庭シリーズ>
(1)文先生と「血分け」した祝福家庭を優先的にメシアの血族とする・三位基台家庭同士で性も子供も共有・中には近親相姦婚の2世もいる?
(2)真の家庭内における近親相姦婚(兄妹婚)
(3)文先生とカインのお母様(崔元福先生)と真のお母様との3人の性生活(重婚状態)とそれを見ていた真の子女の苦悩



《第1子の真の子女は男だと文先生も統一信者達も信じて疑わなかった》
 その後、真のお母様は、すぐに身ごもられました。そして、そこで譽進様を出産され、それでお父様も、そのお宅との間を行ったり来たりされ、お母様も礼拝を受けに来られたりされながら、そのようにして一年間を生活されたと思います。そのころの記憶ですが、真のお父様は、出産に対して大変に厳しく指導されました。私たち三十六家庭のときも、「妊娠中には、悪いものを見てはいけない。」とか、「病気見舞いにも行ってはいけない。」、「喪中の家にも行ってはいけない。」、「汚いものを見てはいけない。」などと、心構えを正しくして、良いことだけを考えるようにおっしゃいました。
 そして、出産も病院でするのではありません。「この既存の世の中の医者や、助産婦の所に行くのではなく、家をきれいにして、そこで、私たち食口が赤ん坊を取り上げなければならない。」と、おっしゃったのです。ですから、お母様も同じでしょう。お母様も、初産のときには、とても苦労をされました。譽進様は大きかったのですが、「病院にも行ってはいけない。」と、お父様がおっしゃったので、家で出産されたのです。そのとき、折よく、助産婦であった金信旭先生がいらっしゃいました。そのかたは、霊的にも明るく、信仰も本当に素晴らしいかたでありましたが、その金信旭先生が、真のご子女様のほとんどを取り上げられました。真のお母様は、そのようにして病院にも行かれずに出産なさったので、現代医学の恵沢をお受けになることができなかったのです。
 そして、ご出産のときは、私たちは皆、礼服を着て、外で精誠を尽くすのです。お生まれになる真のご子女様をお迎えするために、特別な儀式をしながら、その部屋の外でお待ちしたのです。
 これは余談ですが、私たちは、“初産は、間違いなく男のお子様であられる。”と、思っていました。ですから、三十六家庭の古い食口たちは、お母様が出産なさる、その部屋の近くに集まって精誠を尽くし、一般の食口たちは、前本部教会で、お母様の出産の苦痛を共に感じながら祈祷をし、また、朴普煕会長が、大きなケーキを準備して、「王子様来られる」と、飾っていたのです。ところが、女のお子様でいらっしゃったのです。
 けれども、そのころからお父様は、お母様に「十二人の子女を生まなければならない。」と、おっしゃっていました。
ですから、王子様であられても、王女様であられても、このように早く妊娠ができてお生みになり、お子様が本当に健康であられたので、喜びの思いのほうが、大きかったことでしょう。しかし、当時の困難な環境の中でのご出産について、真のお母様は、後に回想されながら、「非常につらかった。」と、言われたことがありました。
★鄭大和先生(3家庭)の証(真のお母様にお仕えして)より



《第1子が女だったのでお母様が摂理に失敗したと統一信者達は思った》
「六マリア」「血分け」のブログを読んでいて・・・思い出したことがありました。私が教会で学び始めたころは(血わけ)ような話はまったくなかったのですが・・・何時だったかの修練会のときでした。講師の方が、メシヤ家庭のことを講義していた時でした。
その時、講師の方がとても熱心に(言い訳するかのように)お母様の第一子が女の子だったことについて話をしてくれていました。当時はとても大変だったと、お母様が摂理に失敗しただとか信者のなかでかなりもめただとか、お父様が弁護するようなみ言葉を語られただとか、私は学び始めたばかりだったので、何故第一子が男の子でなければならないのかがとても不思議だったのですが・・・
六マリアとか血分けの話を読むと・・・その時の疑問が解けました。それを考えると、血分けの話って、まったくあり得ない話でもないんですね。(中略)そういえば、先生のみ言葉に「血統転換とは具体的なのです」って言葉もあるけれど・・・そういう意味だったのでしょうか???
★わたしのブログ(拝啓 統一教会(御主人様)NO-32)よりhttp://plaza.rakuten.co.jp/kimusa/diary/201012070000/



《第1子が女であったことが原理の摂理上あり得ないこと》
258 名前: 50代 投稿日: 02/10/26 18:40
>257
どなたが転載されてるのか知らんがたしかに現象的にはそうなのだと思うが私はこどもたち孝進さんにさえある意味同情する。文先生はいわゆる子供愛のない人である。もちろんこの世的な愛には価値がないとの反論も承知の上である。そのうえ母親が馬鹿で自己管理の不可能なおんなであり、しかもかしづく取り巻きとあますほどの銭金にあふれている。まず第一に繰り返すが第1子が女の子であったことが原理の摂理上あり得ないこと。これはその子の責任ではなくただ単にその婚姻が子羊のそれではなかった。ひいては文先生はメシヤではなかったという論理をつくるのだが?とうぜん父親の文先生はなにかにつけてこの子(一番目の女のお子様)に当たる。かわいそうだよ。つぎの本命の長男はどこのうちでもありがちだろうが大きな期待がかけられる。本人もあるていどその気になるところが年とともにメシヤとしての血統転換の作業のなんたるやをわれわれの知らない機微までおしえられる。それも思春期にだよ。ここで李ヨハネ先生との争いが起きる。そうだろうよ。なかみはsex,sex,sexなのにうわべを繕えといわれるんだよ。ようするにうそをつけ、偽善者になれ、二重人格者としてふるまえと命令されるんだ。最後の決め手は「真のお母様」とのsexだよ。ああなっても不思議じゃないね。洪蘭淑さんの本も買って読んだよ。あれはまだかくしているね。ぜんぶはいってないよ。

260 名前: 50代 投稿日: 02/10/26 19:16
第二に「完全な無原罪の真の家族」これは問題である。なにがかというと「原罪論」。原理はこの言葉は使いながらこのもの自体にはなにひとつ解説していない、聖書を読んでも厳密な意味での原罪とはイエス様もおしゃってはいない。にもかかわらず上記のような用法で用いられる。さらにお笑いなのがいわゆる「二世」たちも無原罪だなどといわれてしまう。霊視できる人いないか?いたら見てもらったらいいわ。何の変わりもないとか言われて終わりだから(w

476 名前: 50代 投稿日: 02/10/03 08:34
イエスはザカリアの子これはいまでは統一の定説でしょう。
クリスチャンからは総スカンだが、なら、イエスがマリアとの間に女子をもうけて、それと結婚したら産まれてくる第1子は男だよね。だから文先生の第1子も男でなくてはいけなかった。逸話だがその出産のときは文先生怒ったそうな。
777のあと韓国の先輩諸先生が訪日することが多くなったその中で明らかなモラルの違いが影では重大な問題を引き起こしていた。
統一教会の何が悪い!!!!!【Part 7】【Part 8】より



《真の子女が聖進様のように文先生に似ないと疑問を持つ統一信者達もいた》
真のお母様が、ご子女様をお生みになったとき、ご子女様がたは、真のお父様にあまりよく似ておられませんでした。聖進様ほどは、真のお父様に似ていらっしゃらないのです。よく見ると、真のお母様によく似ていらっしゃるのです。それで、食口たちが心配しました。なぜならば、そのとき、真のお母様はお若かったので、食口たちは、お母様がどれほど素晴らしいおかたであられるのかが分からなかったのです。ですから、“どうしてお母様は、聖進様のように、お父様に似たご子女様をお生みになることができないのか?”と、思っていたのです。私は、お近くに仕えていて、また率直な性格であるので、真のお父様とお母様が座っていらっしゃる所で、そのことについて質問をしたことがありました。聖進様の話をしなければよいのに、正確に伺うために、その話までしたのです。「真のお母様。お母様は、譽進様をお生みになり、孝進様をお生みになったのですが、聖進様のように、お父様に似ているご子女様をお生みにならないので、食口たちは寂しがっています。」
このように申し上げた後、真のお父様の表情を拝見すると、にこにこと笑っていらっしゃるのです。真のお母様は、目をぱちぱちさせながら、“この子にどのような答えを、適切にしてあげようか?”と、考えていらっしゃるごようすでした。そのような質問をしてしまい、私はあまりにも申し訳なく、無礼な話なので、真のお母様にしかられると思いました。「あなた。何をそのような礼儀をわきまえない失礼な話をするのですか?」と、言われても、しかたがありません。私の質問は、真のご父母様にとって、ご気分の悪い話であるはずです。ですから、その質問をしたあと、“部屋から出て行きたい。逃げていきたい。”という思いに駆られました。しかし、その反面、好奇心があったのです。
ところが、真のお母様は、立腹なさいませんでした。もし、ご気分を害されたとすれば、「申し訳ありませんでした。」と申し上げて、私は、その場から逃げていたことでしょう。そのとき、真のお母様は、十八、九歳ぐらいでいらっしゃいました。しばらくしてから、真のお母様は、このようにおっしゃいました。「神様は、私を本当に愛していらっしゃるようです。ですから、私に似たのでしょう。」
★史吉子先生(3家庭)の証(真のお母様にお仕えして)より


50代さんの言われているように「逸話だがその出産のときは文先生怒ったそうな。」女の子は文先生の考えていたこととは違った結果だったのしょう。
文先生の口から「真のお母様から生まれた弟1子は女だったので摂理は失敗したと」は語られた事はないが、最初の鄭大和先生の証にあるように誉進様を生んでから「お父様は、お母様に「十二人の子女を生まなければならない。」と言われた」ということだ。私観だがこの12人というのは「12支族」を指すと推測できるが、支族の長は男でなければならないのではないだろうか?一人目は女で失敗を12人の男を持って摂理的に繋ぐという考え方はどうだろう?
弟1子が女なのですぐに別の真の母を準備して生ませるほうが自然かも知れないが、聖婚式までして弟1子が女だからと言っていまさら、真の母の選択が間違ってましたとも言えないだろうし。だとしたら弟1子に男を生んでくれる妾に合わせて12人の男の子を生ませる。
そうすると、聖婚後の女性関係も納得がいくような気がする。これは、あくまでも私の推測にすぎないが。最近文先生は皇族圏のみ言葉をよく語られているようですね。これも関係しているのでしょうか。(以下み言葉)

「これから再臨主の直系の子女たちには蕩減条件がありません。蕩減に引っかからないのです。皇族圏というのは直系ではなく、地上にカイン的母とカイン的息子を残すということです。聖進の母親も、聖進もそうです。それは何かといえば、カイン圏を皇族圏として認定するということです。弟は復帰された弟の立場に立ち、カインを皇族としてもてなすことによって、サタンが讒訴する道理がなくなるということです。サタンが自分の息子だといえる条件がなくなるのです。皇族圏を認定することによって、サタンは存在できなくなるのです。これが重要なことです。これを混乱してはいけません。」(み言葉はモラロリア・ダムのブログより転載)

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