「2010年本屋大賞」ノミネート作7冊目は、川上未映子くんの『ヘヴン』を読みました。
前に読んだ『乳と卵 』は、あまりの出来(の酷さ)に、つい、「ちょっと顔が良いからって舐めてますね世間を」などと感情的なことを書いてしまいましたが、川上くん、着実に成長しています。
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中学二年生の僕は、斜視で、学校ではイジメを受けている。
ある日、そんな僕はふで箱のなかに〈わたしたちは仲間です〉と書かれたメモを見つける。
それは同じクラスの女子生徒コジマが書いたものであった。
そしてまた、コジマもクラスの女子にイジメを受けているのだった。
彼女は実の父親と暮らしていた貧しかった日々を忘れないために、風呂にも入らず靴も洗わず何時も汚らしい恰好をしてい、そのためにイジメられているのだった。
二人は何度も手紙のやり取りをし、夏休み最初の日、僕はコジマに連れられてヘヴンへと向かう。
正直、ヘヴンが何を指すのか、分かりませんでした。
二人が向かったのは美術館なのですが、結局ヘヴンの絵に辿り付く前に帰ってきてしまうのです。
そして、この後もヘヴンの絵は登場しません。
何かの象徴だったのでしょうか?
エスカレートしていくイジメ。
ある日僕は、体育館でサッカーのボールにされる。
顔面を蹴られ大量に出血し鼻が曲がってしまうが、治療に訪れた病院で、斜視が簡単な手術で治ることを知る。
その事をコジマに伝えると、彼女は怒りだす。
僕の目は生まれもったしるしであり、そのおかげでわたしたちは出会えたのに、出会いは大事なことではないのか、と。
コジマの考えがよく分かりません。
彼女は、主人公の少年の斜視という可哀想な身体的特徴を、羨んでいるようにも思えます。
現在は裕福な継父と暮らしているのに、貧乏時代の実父を忘れないために汚らしい恰好をしている、というのにも何か病的なものを感じます。
二人の手紙のやり取りはバレていた!
初めて二人で会った場所で、僕とコジマは男女7人のクラスメートに囲まれ、セックスをするよう強要される。
抵抗をするが無理やりに脱がされ、下着1枚の姿にされてしまう僕。
続いてコジマを裸にしようとする彼ら。
僕は大きな石を手にする。
その時、コジマが自ら服を脱ぎ始めた……。
こういう結末で良いのでしょうか。
何か、納得がいきません。
苛めた奴らは何らかの処罰を受けたのでしょうか。
分からないことだらけですが、あといくつか。
どうして、現代ではなく(著者が実際に中学生だった)90年代を舞台にする必要があったのか。
イジメる側の二ノ宮と百瀬の間に同性愛的な関係があるのでは? と思わせるようなことを書く必要はあったのか。
ストーリー紹介の中では触れませんでしたが、彼ら苛める側の理屈というのは、非常に自己中心的です。
要約すると、「僕は君ではない。従って君の苦しみは僕には無関係だ。僕はそうできるから君を苛める。君もできるのであれは僕を殺せばよい」とでもなりましょうか。
これを受けて、主人公は一旦は石を手にするわけです。
ですが、イジメのシーンの描写自体は、読む前に想像していたほどではありませんでした。
凄惨、陰湿、たしかに。
でも残念ながら、嫌悪感を催させるまでの表現力ではありませんでした。
このあたりは、川上くん、精進して書き続けていくことにより、さらに上達するように思われます。
評価 ☆☆☆
- これまで読んだノミネート作品。
- 気に行った順に並べると、こんな感じ。
- ③ 『猫を抱いて象と泳ぐ』小川洋子
⑥ 『ヘヴン』川上未映子
ビールと活字がガソリンなんです。 のchikaさんが、「本屋大賞ノーミネート作品で好きな本は?」というアンケートを作ってくださってます。
こちら から投票できますので、皆さん投票してくださいね。
1月23日の時点での図書館での予約状況は、
夏川草介「神様のカルテ」(小学館) 10人待ち
東野圭吾「新参者」(講談社) 33人待ち
ということでしたから、大賞発表前に読めるのはここまでかな。
そろそろ投票させていただこうかな。