W.D.の日記

W.D.の日記

パニック障害の事とか、国内外のメンタルヘルスの事とか色々書いてます。

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詳細は失念したんですけど、百数十年前のヨーロッパの上流階級が集まるサロンで、科学者と貴婦人がこんな会話をしたらしい。

「あなた、なんの研究をなすってるの?」
「電気についてです。」
「まぁ!そんなもの研究して何の役に立つの?」
「(´-ω-`)…ご婦人、あなたは生まれたばかりの赤子が、将来どんな仕事に就き、どんな社会貢献をするのか、いちいち予測しますか?最先端の研究とはそのようなものです。」
「・・・」



たしか、電池を研究していたボルタ(電圧の単位ボルトに名を残す)と、どこかのご婦人のやり取りだった気がします。

彼がやっていた研究は、いわゆる「基礎研究」という分野に属します。このような研究は、研究している本人たちも「恐らくは、●●に役立つかもしれないけど、詳細は分からんです。」という状態で研究を行っています。

では、彼らは何を目的にして研究をしているのか?それは「研究対象とする事柄の謎を解き明かしたい」というもの。純粋に知的好奇心を原動力として研究をおこなっているのです。


基礎研究の延長線上。そこには「応用研究」というものがあります。この研究の特徴はというと、「何らかの物事に研究結果を役立てるためのもの」といえます。

つまり、基礎研究は単に謎を解き明かすもの、応用研究は社会に貢献するものという構図があると思います。



このような構図は多くの人が認識しています。そのような人の中に前述したように「その研究は、何の役に立つのか!?」「金の無駄ではないか!?」ということをいう人がいます。さて、果たしてそうなのか。


ヴィルヘルム・レントゲン。彼は第1回ノーベル物理学賞の受賞者です。レントゲンという名前から分かるように、彼は放射線であるX線を発見しその研究を行いました。
エックス線の不思議なところは、カルシウム塩やバリウム塩を透過することができないという点にあります。

ご存じの通り、この性質はいわゆる「レントゲン写真」に応用されており、骨の異常を見つけたり、胃のバリウム検査に用いられたり、あるいはCTスキャンに用いられています。

レントゲンが上記のような性質を見つけたのは19世紀後半のことです。CTスキャン装置が実用化されたのは20世紀後半になってからです。
はたしてレントゲン自信は、自らの研究が医療に大きく貢献するとは思ってもみなかったでしょう。
X線の応用技術はまだまだあります。
たとえば、ある化学物質の構造を調べる「エックス線回折装置」。この装置があったからこそ、「DNAは二重の螺旋構造をしている」ということが発見されました。
あるいは、「体を切り開かない治療」いわゆる「放射線治療」。これも、無駄に思えたX線が発見されていたからこそ、応用研究の対象となり、我々がその恩恵を受けることができているのです。


基礎の研究がなければ、応用の研究は絶対的にその進捗率がていかします。基礎研究を疎かにすることはできないのです。だから、科学者に対し「その研究、絶対に無駄じゃないか。金を浪費しているだけではないか。」等とは、絶対に言ってはいけないのです。

現実世界でのことが忙しくなると、

仮想空間でのことがおろそか?になります。

これは、誰でもそうではないでしょうか。


私の場合は、仕事とかあれこれ忙しくなったので、

いつの間にかブログで文章を書くことが無くなって

しまったという感じ。


ただ、やはり、うつ病であるとか、神経症であるとか、

そういう方がこのブログにたどり着いて、何やら

過去のエントリを読んでいらっしゃるのは間違いのない

事実ですので、そういう方のために、私の病状の現状が

どうであるか書いておこうと思います。




現在、私が処方を受けているのはサインバルタ20㎎と

リボトリール1mgです。


サインバルタは毎日服用していますが、長く服用していると

「効いているのか効いていないのか、さっぱり分からん」

という感じです。(劇的に気分が良くなったのは、三環系

抗うつ薬であるアナフラニールでした。ただ、これは、

震戦(謎のふるえ)が副作用として発現したため中止。

・・・中止するまでもなかったかなと思いますが、

自分から医師に中止をお願いしました。)


病気は仕事に影響を及ぼしていません。しかし、自律神経が

不調であるなぁという感覚は拭えません。疲れやすいです。



そして、気分が落ちて上がらないことがままあります。

が、これにはリボトリールが効いており、

「どうも気分が沈んでダメだ」というときには、リボトリールを

0.5㎎毎朝飲んでおきます。すると、気分の落ち込みは

無くなってしまう。数日連用し、休日に服用をパッタリと

やめてしまっても離脱症状とかは全く出ません。



こういった感じで、常用:サインバルタ、間欠的な常用;リボトリール

で、今の所、問題なし・・・と言えると思います。




恐らく、今、病気と闘っている方は、「いつまで苦しんだら・・・」

とか「なんでこんなにも薬が効かないんだ」とか、そいうことを

考えていたりするかもしれません。

ですが、病気が安定的(臨床心理士には寛解;なおっている)と

言われている人間から言わせてもらうと、


『焦らなくていいから、打てる手を一手、一手打っていこう』


という事が最大のアドバイスです。メンタルをやられると、

本当にきついです。私も、病状が芳しくない時には、

死んだ方がマシなんじゃないかと思ったこともしばしばありました。

だけど、自分のやれることからやる。階段を飛ばさない。

・・・・そうしていけば、必ず病気と折り合いを付けられるはずです。



聖書の中に「求めよ、さらば与えられん」という言葉が有ります。

簡単に言えば「求めなさい。そうすれば、与えられます。」と言う意味です。

この言葉は、精神的病気の治療については、限りなく「真」で

あろうと思います。


絶対に治したい・・・そう思うなら、絶対に諦めずに

薬剤、心理療法・・・色んなことを試してみてください。

志村動物園を見てました。動物と会話できる女性・・・・・何て言う名前なのでしょうか?


彼女は動物と意志疎通ができるらしいけど、僕はああいうことをハナから「真実」として理解することが出来ません。その理由は、「論理的な裏付け」がないからという単純なものなのですが。


だから、ああいう映像を見ても「おもしろい」とか「すごい」とかいう感想を持ち得ません。しかし、そのくせ、なにがしかの科学者が「これは、こうなってる」と言ったとすると、「ああ、そうなのか・・・」と素直に信用してしまいます。

要は「情報源の信頼性」だけを見て正しいか正しくないかを判断しているんですね(笑)



誰かが言っていることを素直に信じられるかいなか・・・病気の治療においては、これはとても重要な要素になるでしょう。つまり、主治医が言うことを素直に受け止められるかどうかということ。

なぜそれが重要なのかというと、治療の効果には患者の気持ちのありようが大きく関与するからです。少し難しく言えば「プラセボ効果」というやつです。例えば、単なる片栗粉を誰かに投与する場合、「この薬は非常に効果がある」と伝えておくと、実際に思ったような効果を発揮するんですね。

ということは、逆に、本当の薬を投与する場合「これは片栗粉だから効かないよ」と言っておくと本当に効果がでない。



別に「効果がでないよ」と言われずとも、主治医が信用に足る人物ではなかった場合、治療効果は半減です。だから、「このお医者さん・・・うーん(´-ω-`)」と思いながら治療を受け続けるぐらいなら、さっさと主治医を変えてしまった方が患者さんの利益になると思います。

4月は仕事が忙しく・・・忙しいといっても、時間的な

労力がいるわけではなく肉体的、頭脳的な労力が

必要で2時間も残業すれば、疲れ切って、あとは

帰って飯食って寝るだけ・・・・そういう生活をしてました。



色々と書きたいことは、うっすらと有ったんだけど、

頭の中で何となく整理してみても、書いておきたいことが

ぼやけてしまい「これはダメやねー」という、そんな

ものばかりだったので、何も書かずにいました。





さて、近況についてですが、通院は相変わらずしています。

処方はサインバルタ20㎎、リボトリール1.0㎎(頓服で・・・あんまり

飲んではいないんだけど。頭痛がする時とかには飲んでるかな。)

の処方のままです。


薬の効果感としては「・・・?・・・・効いているのかいないのか」

という感じは否めないのですが、まぁ、パキシルとゾロフトよりは

マシではないかと思っています。



また、私の母親も似たような症状で精神科に掛っているのですが、

母親の場合、パキシル+アモキサンで劇的に症状が改善しました。

嘗ては、家族での食事も「行きたくない」の一点張りでしたが、

今では普通に行くようになってます。

1ヵ月ぐらいで、本当に劇的に病状が改善しました。

思うに、「薬は試行錯誤した方がいい」ですね。



また、このアモキサンという薬は、古いタイプの薬で、

今ではあまり処方されません。しかし、年配の精神科医は

その切れ味、自分が使い慣れているということから、

今でも治療の選択肢に入れていることが多いようです。

この辺りのことについて、主治医に聞いてみました。




①SSRI、SNRI以外の抗うつ剤は使わないのか?

使わないことは無い。古いタイプの抗うつ剤は副作用が

多いため、あまり使いたくない。だから、自分は、

第一選択肢として三環系や四環系の抗うつ剤を用いる

ことはほとんどない。



②じゃ、いつ使うの?

まずはSSRIなどを処方し、効果が無ければ増量したり、

ほかのSSRIを使ってみる。それでもダメな時に三環系、

四環系・・・という感じになる。




確かに、抗うつ剤が合わなかった時の副作用は

尋常ではないです。僕がサインバルタを飲んだ時は、

1週間ぐらい「乗り物酔い」のような感じで、シャレに

なっていませんでした。


古いタイプの抗うつ剤は、単にそのような「悪心」などの

副作用だけでなく、心臓に対する副作用なども

有ったりするので、「こと勿れ」と思う人が多い昨今に

あっては、そのような薬をホイホイ処方する方が

珍しいのかもしれません。




しかしながら、病気は、その症状を早急に改善できる

のであれば、早急に改善した方が良いに決まっています。

だから、第一選択肢としてSSRIやSNRIだけを使うというのは、

「最も患者に適合する薬剤を見つける」という精神科医の

仕事を停滞させてしまうのではないか。ひいては、患者の

社会復帰を遅らせてしまうのではないかと思うわけです。

12月から、自分の所属部署に新人さんが入りました。

性別は女性で、見た目は端麗な方であろうと思います。

芸能人で言ったら・・・広末涼子・・・というと言いすぎですが、

同系統の顔だろうと思います。


ただし、彼女には問題が・・・・・・。

話していて「なんかこの人雰囲気が変だな・・・」という

印象を受ける。何がおかしいのかは分かりません。

例えて言うなら、知的障害の人を見ると、「あ、そういう

障害を持っているな」という、何とも言えない印象を

受けると思いますが、アレのうっすらした印象を

彼女から感じるのです。


別な例え方をすると・・・オタクの人が話しているのを見ると

「なんか雰囲気違うよなー」という感覚に陥ると思いますが、

あれを少し濃くしたような印象を受けるわけです。




それで、「まぁ、少し変な子だけど、俺も変だし?教えることは

教えていかなきゃなぁ」という程度に見ていました。

ところが、この「変だな」という印象は、どうやらある

障害のためによるものではないかと思われたのです。



ある時期に、特段変哲のない・・・小学生にも出来るような

仕事を教えたことが有りました。最初は遅くても仕方がない。

我慢、我慢。教える方も必死、教わる方も必死。

3日ほどやらせれば、普通に出来るようになるだろうと

思っていましたが・・・全然できない!


ものごとの習得の速さには、個人差があるため、仕方のないこと。

だから、時間が経てば、私が求めるようなレベルには到達する

だろうという楽観めいた考えで見守っていました。

が・・・一ヵ月たっても、そうならない(-_-;)

その間、新しい仕事もどんどん教えているわけですが、

そのどれもが全て中途半端なレベルにしか到達しない・・・・。



そして、あるとき、同僚の一人が私に向かってこんなことを

言い出しました。

「なあ、あのこ、もしかしてアスペ???」

アスペとはアスペルガー症候群のこと。私は、この系統の

障害には詳しくありません。だから、

「さぁ・・・でもさ、変よね。マジメなのに仕事覚えらんないし、

雰囲気も変わっているし・・・。」

「あの子、やってけるん?っていうかさ、人事はなんで

あんな子を・・・」

「おっと、それ以上言うのはやめとこうや(-_-;)嫌になる

ばっかりやけん」



変なことをグダグダと考えても始まりません。どうやったら

マトモに仕事をやってもらえるか、そっちに心を砕いた方が

いいに決まっています。ところが、同僚との会話の一週間後、

彼女は考えられないことをやらかしたのです。




つづく

To commit suicide・・・こういう単語をあてるわけですか、これは日本語で「じ●つする」という意味のイディオムです。

なんでそのようなことを言い出したのかと言うと、ヨーロッパで起きた飛行機の墜落事故の原因が「副操縦士による自殺」だったから。


これは、無理心中ということばの範疇に包含されることなのでしょうか・・・。副操縦士は抑うつ状態であるという診断を受けていたようです。つまるところ、これは副操縦士の鬱状態を起因とする飛行機事故だったわけですね。

似たような事故が日本でも有ったことをご存知でしょうか。Wikipediaでも見てもらえればと思いますが、羽田空港の沖合いで飛行機が墜落するという事故があったのです。これは、機長が統合失調症で、訳の分からないまま、ジェットエンジンを逆噴射したことに因る事故でした。


しかし、 先日の事故と日本での逆噴射墜落事故では意味合いが全く違います。ヨーロッパでの事故は、副機長が抑うつ状態で、少なくとも「判断能力は有していた」ということ。出なければ、飛行機を操縦する補佐なんてできんでしょ。しかし、日本での事故の場合、機長の判断能力は完全にぶっ飛んでいました。



ただ、どちらの事故にも言えることは、「航空会社の乗務員管理の不行き届きが原因で事故が起きた」ということ。何ゆえ、彼らの心の異常を会社側は察知できなかったのか。これは、今後問題になってゆく事ではないでしょうか。



しかしながら、それを問題視して管理して行こうとするにも、中々難しい部分が有ります。それは何故かというと、「うつ病も統合失調症も、理化学検査で診断をすることが出来ないから」です。医師の問診や、アンケートへの記入しか判断する方法が無い。つまり、「ウソをつこうと思えば、監視の目をかいくぐることが出来る」というわけ。もっとも、統合失調症の人が精神科医の問診をくぐりぬけられるかは、甚だ疑問であるとは思いますが。


果たして、当事案はどのような決着がつけられるのか・・・。まぁ、ニュース的に「航空会社がどのような対策をするようにしたか」という事までは報道されないような気がしますけどね(-_-;)

1つはtwitterでテキトーに心境を呟いているのと、

あとは、仕事から帰ってくると疲れて書く気にならない

という理由でブログが放置気味になってます。


以前は多少疲れていても、何がしか書いていましたが、

最近は「ブログ・・・うーん・・・書くことないし、文章を

ひねり出して、疲れを増強したくない」と考えて放置。



海外の情報を読んでいれば、また、色々書くのだろうけど、

最近はそっちも怠っている感じ。・・・英語の読解力が無くなって

いってしまうので、どうにかしなきゃいけないんだけど。



まぁ、このブログは消したりするつもりは無いので、

「何か情報は無いのか」と思ったら過去ログを見てもらえば、

私が実践したりしたことは大抵、掲載しているので

そっちを見てもらえれば・・・と思います。

お久しぶりでございます。


もう、1ヵ月近くブログの更新をしていませんでした。

理由は、書くことが無い、仕事が忙しくて帰ったら

爆睡・・・ということですな(-_-;)



書くことが無いのは、やはり、自分の体験を通して

何か誰かの役に立つのではないかというインプット

が無いから。私の場合は、そのインプットを自分の

中で咀嚼して、アウトプットするという発信の

方略を採っているため書くことが無いのです。。。



あと、もしそれが有ったとしても、最近は帰宅して

夕飯を摂った後、すぐに寝てしまっているため、

更新が疎かになっています。。。



もしかすると、自分が「別に大したことではない」と

思うことでも、誰かの役に立つことは有るかもしれない。

しかしー、それを読みやすくまとめることが出来るか

というと、ちょっと自信がありません。



というわけで、これからもエントリは少ないかも・・・

アリの巣を観察していると、どういうわけか3割ものアリが

働かずにブラブラしているという。さらに、その3割を選り抜いて、

巣を形成させると、そのうちの3割が、また働かずに

ブラブラしているという・・・。

これは何を意味しているかというと、結局、その3割が

遊びの部分になっていて、アリの集団に一大事が起ったとき、

その3割が役に立つ。とまぁ、そういう仕組みになっているらしい。



人間の世界でも7:3の法則のようなものがある。

いや、3:7と言った方がいいかもしれない。

我々は常に、なんらかの情報に触れ、何かを経験して

生きている。ほとんどの物事は、私たちが生きていく上で、

役には立たないどうでも良いことである。

役に立つ情報や経験は、せいぜい3割ぐらいと言ったところ。



3割ぐらいしか役に立たないなら、その3割の部分だけを

選んで見聞きすればいいじゃないか・・・と考えたくなる

ところではあるが、世の中そう簡単には出来ていない。

「これは役に立つだろう」と足を踏み入れたら、全然意味が

なかった。逆に、「どうでも良いと思っていたら、あとになって

役に立った」そういう経験は誰にでもあるはず。



つまり、目の前にあることが役に立つか否かは時間が経たないと

分からないことなのだ。だから、我々は、なるべく多くのことを

経験しておいた方が、その役に立つ「3割の部分」を多く

確保できるということになる。


さらに、重要なことは、経験を「良いか悪いか」で判断しないこと。

もちろん、法に触れるようなことはするべきではないが・・・。



世の中、色んな経験を積んだ方が、生きやすいに決まっている。

だから、『こんなもん、面白くないだろう』と目の前のことに

否定的な考えを持って取り組んでいると、損をすることになる。


ものごとに取り組むときは、「とりあえずやってみよう」という

気持ちでやって行く方が遥かに自分のためになる・・・と言える。




とりとめのない話でした。おわり。

全く、自慢ではないんだけど、僕はわりと多くの知識を持っていると思う。
だけど、それを人に話すのはあまり好きではない。・・・というのも、自分の上司が物凄くウンチクを語りたがる人で、それを聞かされる度に面倒くさく感じるから。。。

でもねー、話したくなる気持ちも分かるんだよね(笑) 「これって、実は1500年前にできたものなんだよ!?すごくない?」「これを作った人は、この会社の始祖と言えるんだよ!」とか・・・意外な事実を知ったことへの喜びを他人と共有したいんだと思う。・・・ひけらかしとはまた違う感覚。

しかしながら、語られる側の気持ちも分からんではないので・・・語りたくなったらこういうところに吐き出すわけですな(笑)blogであれば、見る側が能動的に情報の取捨選択ができるから、「その情報は聞かなくていいわ(´д`|||)」って、うんざりされることも少ないでしょう?(笑)