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なぜ電波が遠くへ飛ぶとうれしいのか

アマチュア無線家はなぜ電波を発射するのか、という大きなモンダイがあるわけです。(問題か?)

自分の発射した電波がどこか遠くでキャッチされてほしいと思う。どこかに届くとなんだかうれしい。これは何なのか。砲丸投げやゴルフの距離がのびたとか、フットボールの長いパスが通ったとか、そういう感覚なのでしょうか?(ちょっと違うと思う)

純粋に技術的な興味から、電波がどのように伝わっていくのかを追跡する楽しみなのでしょうか。しかし自分が中学生くらいの頃を思いだしてみても、既製品の無線機に説明書通り組み立てただけのアンテナをつないだような設備から発射された電波がどこかに届いてうれしい、というのは純粋に技術的な興味の問題だけではなかったと思うのです。

なぜ電波が届くとうれしいのか。大声で呼べば聞こえそうな距離でも、玩具のトランシーバーを通じて聞こえる友人の声が何か特別なもののように感じた、あの感覚は何なのでしょうか。
(疑問だらけのまま、いつかつづく)


zone25
写真は本文と関係ありません

「遠い未知の場所」は地球上にまだあるのだろうか

トロリーバスの通りから二本くらい奥の道にあるアパートの三階あたりでしょうか。古い東欧製の真空管式の無線機が、質素な木の机のうえにそっと置いてある。机に向かっているのは二十歳くらいの若者で、左手の細い指先が同調ダイヤルをゆっくりまわしています。橙色の照明に浮かぶ針式の丸い受信メーターの針がゆらりと振れて、若者の指が止まります。右手は持っていた大きな紅茶のカップを置いて鉛筆にのびていき、ノートに何かを、おそらく誰かのコールサインを書き留めます。左手は年季の入ったハンドマイクを握り、横に付いている送信ボタンを押し込んでいます。
アパートの屋上に張られたダイポールアンテナから電波が出て行き、若者は短く自分のコールを言って受信に移ります。そんな部屋がこの地球上にはおそらく数え切れないくらいあって、その部屋がどこにあるのか私は知らないし、知っている人はそう多くないだろうと思います。

というような事を同じように想像している誰かがこの地球上に何人かは存在しているのではないだろうか、と考えたりして遊んでいるわけです。「遠い未知の場所」はまだたくさんあると考えた方が楽しいし、それを数えたり数を競ったりするのもあまり意味がないのではないかと。

というこの文章が一番無意味だったり。

自分の電波を43光年の彼方まで追跡する想像力

「アマチュア無線 再開したよ!」というブログに素敵な記事を発見。今年4月の記事ですが
http://ameblo.jp/hamfreak/entry-10241934668.html

開局して初めて出した電波が電離層をつきぬけていたとすると、いま43光年の彼方まで届いていることになる。 という話です。こういうことが書ける人はアマチュア無線家としても人生の先輩としても信用できるような気がします。