ここまで、AIの暗い面をわざわざ書いてきたんだけど、
最後はちゃんと希望で締めたい。
怖い話って、書いてると増幅するんですよ。
でも、怖さを直視した上で「じゃあどうする?」って話ができるのが、人間の強みだと思う。
① 人間とAIを“融合”するという対策(イーロン・マスクの話)
まず一つ目は、ちょっとSFっぽいけど、現実寄りの話。
イーロン・マスクがよく言っているのが、
人間とAIを融合させるという発想です。
要するに、脳みその中にAIを組み込んでいく。
思考したことがそのままテキストになったり、情報にアクセスできたり、アウトプットできたりする世界。
これ、実現したら「できないこと」「困ってること」が、かなり薄れると思うんですよね。
人間がAIに置き換えられるんじゃなくて、人間がAIを内側に取り込んで拡張する。
もちろん、ここには怖さもある。
それってもう人間と言えるのか?
脳が変容した時、魂としての“自分”はどこまでが自分なのか?
もし僕がAIを脳に入れたら、僕はどこからどこまで僕なのか?
こういう問いは残る。めちゃくちゃ残る。
でも「AIに負けない方法」としては、現時点ではすごく有効な手の一つに見える。
② AIが身体を持った時、人間は“感じる”ことに戻れる
二つ目は、AIがロボットみたいに身体を持った場合の話。
もしドラえもんみたいな存在が本当に来たら、
人間がやりたくないこと、嫌なこと、しんどいことを代わりにやってくれる可能性がある。
ここで大事なのは、
AIがどれだけ綺麗な音楽や素敵な小説、うっとりする画像を作れるようになっても、
それを見て感動できるのは人間だというところ。
人間には、楽しんだり、悲しんだり、震えたり、涙が出たり、腹が立ったり、
そういう“面倒くさいけど尊い”機能がある。
AIが働いて、人間は芸術や遊びにフォーカスできる。
中世みたいに、というと言い過ぎかもしれないけど、
「感じること」こそが人間の仕事みたいな時代になる可能性はある。
これはかなり希望だよね。
③ 資本主義のバグが、AIで“改善”される可能性
三つ目は、社会の構造の話。
いま起きてる多くの問題って、結局資本主義の歪みでもあって、
財産が一部に偏ったり、働く人がすり減ったり、
ピラミッド型で回っていることに起因してる部分がある。
でもAIが入ってきて「働かなくても回る」領域が増えていったら、
ある種の平等が生まれる可能性がある。
さらに言うと、AIが人間の可能性を超えた時、
人間では思いつけない社会の改善策を提示してくれる可能性だってある。
ただ、これって自動でそうなるわけじゃなくて、
優しさとか、互いを思いやる気持ちとか、共存していこうっていう人間側の意志がないと、
普通にディストピアに転ぶと思う。
ここが分岐点。
④ だからこそ「東洋思想」「日本的な共存」が効いてくる気がしてる
で、ここからが僕の本音なんだけど。
こういう“共存の時代”を作るのに必要なのって、
実は日本的な価値観とか、東洋思想みたいなものなんじゃないかなって思ってます。
西洋の個人主義がダメって話じゃなくて、
東洋の「互いを思いやる」「心のあり方を整える」みたいな思想が、
この時代にはめちゃくちゃ重要になる気がする。
世界の経営者が禅寺で学んだり、瞑想したり、そういうことをやってるのも、
結局“心のOS”がないと、強すぎる道具を扱えないからなんじゃないかなって。
八百万の神様を大事にする、見えないものを大事にする、
そういう感覚って、バカにされがちだけど、
AI時代の共存にはむしろ必要になってくるかもしれない。
結局、AIがどうなるかは誰にも分からない。
だけど、僕はこうやって考えると少し元気になる。
「終わり」じゃなくて「変化」なんだって思えるから。
怖さもあるけど、希望も作れる。
ノンアルワインもなくなったので、これくらいに。



