フランスの高級ブランド、LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンを率いるベルナール・アルノー氏がツイッターのオーナー、イーロン・マスク氏を抜き、世界一の富豪の座に就いた。ブルームバーグ・ビリオネア指数によると、アルノー氏(73)の資産は13日時点で1708億ドル(約23兆1450億円)。同氏が富豪番付で首位となったのは初めて。フランスのみならず、欧州全体でも、世界一の富豪の座に上り詰めた人物はこれまでいなかった。ー Bloomberg
ベルベール・アルノーはLVMH モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンという巨大ラグジュアリーブランドのコングロマリットの創始者である。新興国の台頭で需要が拡大し売り上げを伸ばし、いよいよ世界最大の大富豪となったそうだ。為替の問題等もあるが、総資産は23兆円を超すようだが、英国王の個人資産が600~700億円、英国王室全体の総資産が4兆円程度と言われており、そのほか、欧州で王制のある国家元首の資産は、1ドル100円計算で、モナコ公国アルベール2世1000億、ルクセンブルク公国アンリ大公4000憶、リヒテンシュタイン公国アダム2世5000憶円と言われているので、国家元首と比較しても、アルノー氏の資産は桁違いである。
19世紀までは欧州では貴族が領地を持ち、豊かな生活を送っていたが、産業構造の変化の中で階級社会は崩壊し、自由民主主義と資本主義が浸透していく。旧来の貴族階級は没落し、ブルジョワ(中流階級の上層)が台頭し、議会には平民出身が集うようになった。依然として欧州では法的に爵位が認められているケースもあるが、何の特権もなく、高貴な血統の証明ぐらいにしかならない。こうした資本主義社会の勝者はアメリカであり、特に近年はIT長者が上位を占めていた。アメリカのIT長者がズラリと並ぶさまは、第四次産業革命を象徴していたように思う。
しかし、ここにきて要はアパレル(服飾業)が主軸の企業の創業者が世界一位の富豪になったわけだが、デジタルという二次元空間が拡張される現代で、逆に19世紀以前の物質的な豊かさを象徴する会社がトップが世界一の大富豪になるというのは、興味深い。結局、メタバースだなんだと言っても、結局、物質的な豊かさを人間は捨てられないのだと思う。人間の本能的な欲望というのはそう簡単には変わるものではない。いくらネットで音楽が聴けるといっても、生のコンサートやライブに人は殺到し、人気アーティストのチケットの取得は困難だ。このデジタル空間が広がることで、逆に三次元や物質やリアルの良さが強調されるという側面もあるのではないかと思う。
ベルベール・アルノーは、イーロン・マスクやビル・ゲイツのようなアイコニックな”大富豪の顔”にはならないだろう。あまり日本のメディア露出もしないし、ブルジョワよろしくマスク氏のような下品のアピールもしないからだ。アルノー氏は裕福な家に生まれ、子供の頃はピアニスト志望だった。名門グランドゼコールを経て、父親の経営する企業でビジネスをスタートさせた。現在の奥さんはカナダ人ピアニストで、子供の一人Frédéricさん(25歳でタグホイヤーCEOに抜擢されたアルノーの第4子。グランドゼコールの名門エコール・ポリテクニーク卒。以下の動画で演奏している。)はコンサートを開くレベルのピアノの腕前。典型的なフランスのブルジョワ趣味の人間なのだ。彼の趣向だからこそラグジュアリーブランドのコングロマリットを作り上げることができたのだろう。
アルノーと奥さんとフレデリックさんとの演奏。極めてブルジョワ的である。
ちなみに、野村総合研究所は、金融資産(不動産除く)を基準に、準富裕層5000万以上、富裕層は1憶以上、超富裕層が5億以上と定義している。UBSなどの海外の金融機関は超富裕層は金融資産で10~30億ぐらいを定義にすることもあるので、日本は基準が緩い。共働きで公務員や大企業勤務であれば、地道に貯蓄すれば、退職金で準富裕層~富裕層にはなるだろう。ただ超富裕層はやはり経営者や投資家や大企業の重役クラスではないと難しい。
そして、肝要な点であるが、階級とは経済資本だけではなく、文化資本と社会関係資本によっても定まる。たまたま教養もない下品で乱暴な人が宝くじに当たってお金が入ったところで中流とすらみられず、金を持ったチンピラにしかみられない。いくらホストやキャバ嬢が稼いでも誰も上流とはみなさない。日本は総中流で、特に文化資本への感度が低い。ただその文化資本の一端を担うラグジュアリーブランドが、成金の食い物になっているというのは現代社会の滑稽な一面だろうか。かつての風雅な階級は崩落し、ただの成金から猫も杓子も、価値を理解できる知性も教養もなくハイブランドに群がる。そのうえで、ブルジョアが経営陣として鎮座しているところをみると、消費者と経営者という新たな階級社会の幕開けをみているようにすら思われる。