ノーベル文学賞を受賞したフランスの作家アニー・エルノーの自伝的小説が原作。1960年代、中絶が違法だったフランスで妊娠してしまった大学生の葛藤を描いた作品である。2021年のヴェネツィア映画祭で金獅子賞を受賞している。フランスで中絶が合法化されたのは1975年であり、いまではフランスはフェミニズムの国である。来年からは若者は避妊具が薬局で無料になるという先進ぶりであり、カトリックの規範が相当弱体化していることがうかがえる。
とにかくリアリスティックな描写が多く、特に中絶を試みるシーンは思わず耳を塞いで薄目になってしまった。当時犯罪だった中、中絶に奔走する主人公の経験を追体験するようだった。当時残っていた社会階層の格差やジェンダー意識の強さも描写されており、当時の様子をうかがい知れる。
中絶を描いた作品にはほかにも「4ヶ月、3週と2日」(カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドール受賞)、「ヴェラ・ドレイク」(ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞と主演女優賞を受賞)がある。「4ヶ月、3週と2日」は人口増加政策のために中絶が禁止されていたチャウシェスク政権下において中絶に奔走する女性を描いており(本作と類似している)、「ヴェラ・ドレイク」は中絶を行っていた女性を描いている。どちらも良質な映画なので鑑賞をおすすめしたい。
キリスト教では基本的に避妊・中絶を否定しており、英国などでも中絶は非合法だった。キリスト教は避妊・中絶を禁止したので、人口増加率が高かった。その結果生じた余剰人口は新世界を求め、世界中に布教・侵略・入植のかたちでキリスト教は広まった。日本では”間引き”も多く中絶などもあまり忌避されない文化だったため、平和だった江戸時代でも人口増加は極めて緩慢で安定していた。アメリカでもいくつかの州で中絶は厳しい制限を受けており、欧米諸国にとって中絶は今日的な問題である。
重い作品なので広くおすすめはできないが、教養を深めるために観て損はない。
★3.9 / 5.0