ハプスブルク家のエリザベートというと、フランツ・ヨーゼフⅠ世の皇后のエリザベートが有名であるが、本漫画は赤い皇女と呼ばれたエリーザベト・マリー・ペツネックの人生を描いた漫画である。フランツ・ヨーゼフⅠ世とその皇后のエリザベートの間に生まれたルドルフ皇太子は、ベルギー王女のステファニーと結婚。その間に生まれたのが本書の主人公エリザベートである。塚本哲也「エリザベート ハプスブルク家最後の皇女」が原作であり、本漫画は翻案漫画である。少女漫画風のタッチだが、原作が歴史書であるので、歴史ものとして楽しめる内容である。
エリーザベト・マリー・ペツネックは、当時は欧州の大国だったオーストラリア帝国の皇女として生まれ何不自由のない優雅な生活をして幸せに暮らすはずだった。しかし、数奇な運命が彼女に忍び寄る。幼い頃、父親のルドルフが「マイヤーリンク事件」で男爵令嬢と心中してしまうのだ。祖母エリーザベト皇后も無政府主義者に暗殺され、さらには帝国の皇位継承権者だったフェルディナント大公はサラエボで暗殺され、第一次世界大戦が勃発し激動の時代が訪れる。大戦の敗戦により皇帝は退位し、帝国は崩壊、挙句に第二次世界大戦ではナチスの侵略を受け、国土は蹂躙される。彼女の最後の夫は、社会民主党の指導者レオポルト・ペツネックであり、彼女は「赤い皇女」と呼ばれたそうだ。最期はひっそりと亡くなり、墓石には名前も碑文も記されず、遺産もすべてオーストリアに遺贈したという。なんとも数奇な人生である。
それにしても、皇后エリザベートが皇太子を亡くした際に「私たちはみんな変死する」といったそうだが、呪われているといってもいいほどに変死が相次いでいる。
・フランツ・ヨーゼフ1世の妃エリザベート:イタリアで無政府主義者に暗殺される。
・フランツ・ヨーゼフ1世の皇太子ルドルフ:マイヤーリンク事件で愛人と心中。
・フランツ・ヨーゼフ1世の弟マクシミリアン:メキシコ皇帝になるも共和派に敗れ処刑される。
・フランツ・ヨーゼフ1世の弟カール大公:ヨルダンで腸チフスにかかり病死。
・カール大公の長男フランツ・フェルディナント大公:妃とともにサラエボで暗殺され、世界大戦の引き金になる。
ちなみに、サラエボ事件で暗殺されたフェルディナント大公は、女官だったボヘミア伯爵令嬢のゾフィー・ホテクと貴賤結婚(身分差の結婚)をしており、自身は皇位継承権者だったが、その子供たちは母親が下級貴族のため皇位継承権を持たないとされた。この子供たちはハプスブルク家の正式な一員とはみなされず、また、ナチス占領下においてはナチスのダッハウ強制収容所に収容されるという憂き目にあっている。なお、ゾフィー・ホテクは大公との結婚により女公爵位を授けられているが、このホーエンベルク公爵家はまだ子孫により継承されているようである。
本作の主人公のエリーザベト・マリー・ペツネックの子女も、時代が時代であり高貴な血統とは思えないその後をたどる。三男のルドルフはナチスに入党し、レーサーになるも32歳で事故死している。長男フランツは家を出て、一時は身を落として貧民者リストに名前が載ったそうだが、その後、結婚して子供ももうけてケニアに移住したと書かれている(少し調べたがその後どうなったかは分からない)。次男のエルンスト・ヴェーリアントは画家になったようだ。長女について調べると、ベルギーの伯爵と結婚するが、彼は戦争で亡くなり、再婚して子供を残している。
ちなみに、オーストリア帝国最後の皇帝はカールⅠ世である。フランツ・ヨーゼフⅠ世の弟のカール大公の次男のオットー・フランツ大公の長男である。カールⅠ世は、第一次世界大戦の敗戦後、退位要求を拒絶し、スイスに亡命したが、このことにより莫大な財産を没収されてしまった。ポルトガル領マデイラ島に流され、ベビーシッターの給与も払えなくなり、粗末な家で困窮の中で病死したという。しかし、信仰心があつく現在では福者に列せられている。なお、こちらの子孫も存命である。
上記でカールⅠ世は財産を没収されたと書いたが、ハプスブルク法(1919年)が出され、同法により、ハプスブルク王朝と絶縁し、皇位継承権を放棄することで、市民として国内居住を認められるのであるが、カールⅠ世はこれを拒否したため、財産を没収され、国外追放にあったのである。この同法を受け入れた場合、私有財産も認められたため、同法を受け入れたハプスブルク家の子孫は現在でも莫大な資産を保有しているそうだ。ハプスブルク家トスカーナ支流の総資産は1億ユーロ(約160億円)程度と試算されているようである。ちなみに、ハプスブルク法は、ハプスブルク家を狙い撃ちにしたもので、エステルハージ家やリヒテンシュタイン家などは例外とされたため、いまだに莫大な資産を保有している。ハプスブルク家の子孫には、この財産没収は不当だとして返還請求している者もいて、今でも尾を引いている。
ドイツの方でも同様に王家などは財産没収になっておらず、例えば、バイエルン王家(ヴィッテルスバッハ家)の場合、玉座や領地と引き換えに、補償基金が設けられ、そこから一族は依然として年間1400万ユーロ(約23億円)を得ているそうだ。対照的に日本は戦後に莫大な財産税(最高税率90%)を課されて上流階級が壊滅したが(結果的に戦後に総中流といわれる社会になった)、欧州などでは貴族は制度的に廃止されたものの、その経済基盤は現代にも引き継がれており、階級社会が残っている。
さて話はだいぶズレたが、あまり知られていないハプスブルク家の皇女の興味深い物語だった。数奇な運命をたどったもう一人のハプスブルク家のエリザベート。漫画版は絶版のようだが、再販しても良いぐらい面白かった。