2022年にヒジャブのつけ方を理由に道徳警察に暴行され亡くなったマフサ・アミニさんをきっかけにした抗議運動に揺れるイランを舞台に、ある家族が一丁の銃の紛失を巡って崩壊していく様を描く。本作でモハマド・ラスロフ監督は、カンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞している。
銃の紛失から家庭内に疑心暗鬼が広がり、徐々に人間の本性が明らかになっていくサスペンススリラー。167分となかなかの長編だが、緊迫感が続き全く飽きなかった。
主人公の家族はイラン社会のメタファーになっている。革命裁判所に勤務する父親が強権的で伝統的な政治・宗教的な権力、従順な妻はイランの伝統的価値観に従う女性、疑問を呈し反抗する娘は自由を求める新世代を意味している。銃はパワーであり、父親はその喪失に異常なまでの不快感を感じ、暴走し始め、家族を抑圧し始める。そして、それを最後にその暴走を止めるのは娘だった。これはまさに国家権力の暴走と、抑圧される無辜の市民の対立のメタファーであり、歴史ある遺跡での結末には、過去への決別という強いメッセージ性を感じた。
タイトルの無花果(イチジク)であるが、預言者ムハンマドがいちじくの木の下で啓示を受けたこともあり、イスラム教において重要な果物となっている。アダムとイブの知恵の木の実(禁断の果実)でもあり、その葉で体を隠したことから羞恥を意味する場合もある。また、映画冒頭でイチジクの説明(イチジクの種は鳥の糞に混ざって移動し、地に落ちて発芽すると地中に向けて根を伸ばす。そして宿主の木に枝を巻き付けて伸びていき最後には独り立ちする)が表記されていることからもイチジクが本物語の着想において重要な要素だったことがわかる。イチジクは本作で、女性の自立や権利拡大、ヒジャブなどのメタファーであり、映画のラストの示唆でもある。
本当に素晴らしい映画だった。ただ途中まで物語に入り込んで、その素晴らしさに感嘆していたのだが、途中から腑に落ちなくなった。娘の動機が少し曖昧だし、父親の言い分(いい暮らししてて何が不満なの?)もその通りだと思うし、父親も20年以上勤務して昇進目の前にして刑罰課されるかもしれないと思ったら怒りたくもなるものではないかと思った。イラン社会へのメッセージという点では父親の最期には納得がいくが、家族の物語として見ると、父親が気の毒に思えてならなかった。
★ 3.8 / 5.0

