さて、昨夜はミューザ川崎シンフォニーホールまで行ってきた。お目当ては「イム・ユンチャン ピアノ・リサイタル」。イム・ユンチャンは韓国人ピアニストであるが、クーパー国際コンクールで最年少コンテスタントでありながら第3位に入賞し、聴衆賞を受賞。ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールにおいては、史上最年少(18歳)で優勝し、聴衆賞・最優秀新曲演奏賞も受賞し話題を集めた。

 

ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールは、チャイコフスキーコンクールの初代優勝者のヴァン・クライバーン創設のコンクールである。辻井伸行が優勝したことで有名なコンクールであるが、世界最高のリリシストとも讃えられたラドゥ・ルプも同コンクールの優勝者である。

 

さて、プログラムは全てショパンである。

(前半)

ショパン: 3つの新しいエチュード

ショパン: 12のエチュード Op.10

 

(後半)

ショパン:12のエチュード Op.25

 

(アンコール)

ショパン:ノクターン第20番及び第2番

 

さて、演奏であるが、圧巻である。「3つの新しいエチュード」は鋭敏な感性で情緒豊かに演奏していた。「12のエチュード Op.10」の第1番は、とてもキレがあり爽快。第3番の「別れの曲」は、感傷と激情が鮮烈な色彩の濃淡を見せており名演。第5番は快活で煌びやかかと思いきや、とても愛らしい。第11番は主旋律がまるで真珠のように煌めく。第12番の革命は荒々しく凄まじく劇的で前半のクライマックスをドラマチックに締めくくった。「12のエチュード Op.25」は、前半でノリに乗ったのか、全体的にテンポが早い早い。まるで疾走する馬の如く。ただ全体的に曲の連なりを意識しており、一編の物語のようであり、非常に楽しめた。第10番~第12番は怒涛の勢いだが、いずれも単体として聴くと名演。彼の演奏を支える技巧が凄まじいものである点は異論なかろう。

 

全体的に曲の緩急や濃淡のつけ方が明確で、それが大変に分かりやすいので、聴衆受けするのだろうなと思う。たしかに聞いているとハリウッド映画のように展開が分かりやすい。ただスピーディなのは良いが、叩きつけるようなタッチのせいかオクターブになると乾いた音に感じるし、繰り返しの多い曲ではやや単調に感じる。そして、アンコールのノクターンを聴いて確信したが、ロマンティズムが甘ったる過ぎる。

 

個々の演奏は素晴らしい技巧に支えられた圧巻の演奏なのだが、通しで聴くと過度な演出に「食傷気味」になってしまう。演奏も進化するし、多様であるべきであるが、一方で教会と貴族社会で育ったクラシック音楽がそのオリジンから、遠くかけ離れてはいけないとも思うのである。クラシックの演奏には、ハリウッド映画のような通俗性のスパイスはほどほどにしないと、本来の味を失ってしまう。彼が素晴らしい技巧を備え、大衆受けする演奏家である点はその通りだろうが、好き嫌いは分かれるだろう。

 

ちなみに、今回のリサイタルにはお忍びでクリスチャン・ツィメルマンがいたそうだが、私は気が付かず汗。それにしても韓国から来日していた観客も多かったようで、会場で韓国語が随所で聴かれた。そのせいか、普段のクラシックコンサートではあり得ないフライング拍手やら、歓声もクラシックとは思えない「フォー!!」など、お国柄を感じさせる。スタンディングオベーションしているのは一部だし、拍手も私の周囲はほどほどで、意外と日本人の観客の反応はそこそこだった。ただハマる人にはハマる演奏だと思うので、一度は足を運んでみると良いと思う。