名教師と知られ、2020年に100歳で亡くなったファニー・ウォーターマンが地元で創設し、1963年から続く世界屈指のピアノコンクール。ルプー、ペライア、内田光子、シフ、ケフェレック、小川典子など、歴代の入賞者には錚々たる顔ぶれが並ぶ。今回は、ジェンダーフリーの観点から女性作曲家の作品を積極的に課題曲に取り入る方針を打ち出し、話題を呼んだ。(中略)セミファイナルまで進出した牛田智大が、オンライン視聴者の投票によるMedici.tv聴衆賞を受賞したほか、各特別賞は以下の通り。

 

リーズ国際ピアノコンクール最終結果
第1位(金メダル) ジェイデン・アイジク=ズルコ(カナダ/24歳) Jaeden Izik-Dzurko
第2位(銀メダル) ジュンヤン・チェン(中国/23歳) Junyan Chen
第3位(銅メダル) カン・ニ・ルオン(ベトナム/27歳) Khanh Nhi Luong
第4位 カイミン・チャン(台湾/23歳) Kai-Min Chang
第5位 ジュリアン・マイルズ・トレベリアン(イギリス/25歳) Julian Miles Trevelyan

・ヘンレ原典版賞 ライアン・チュー(カナダ/20歳) Ryan Zhu
・ヤルタ・メニューイン賞(室内楽最優秀演奏賞) ジュンヤン・チェン
・ロイヤル・リヴァープール・フィルハーモニック協会賞(現代作品最優秀演奏賞) カイミン・チャン
・アレクサンドラ・ダリエスク賞(女性作曲家作品最優秀演奏賞) ジュンヤン・チェン
・Medici.tv 聴衆賞 牛田智大(日本/24歳) Tomoharu Ushida

(出典:ぶらあぼ

 

リーズ国際ピアノコンクールといえば、世界的にも名のあるコンクールである。前回は第2位に小林海都が入っている。正直、リーズ国際ピアノコンクールは、音楽性以外の要素(ジェンダー平等や多様性等)を重視するので、音楽性のみで評価されていない。英国の音楽ジャーナリストのノーマンレブレヒは、審査員の指針に同点であれば女性を優先させること、及び、男女比に著しい差があればすべての順位で再投票をすることの規定をあげ、「Fair, or unfair?」(平等または不公平?)と問題を提起している(LINK)。そもそもLGBTの観点でいえば、男性女性という二分論が古めかしい。

 

邪推だが、おそらく国籍についてもバランスを考えており、この2大会でみると、特別賞除くと、同じ回で同じ国から2人の入賞者はおらず、主催国のイギリスが2回連続で入賞者を出しているが、それ以外は2回連続の入賞国はない。この国別問題も難しい。演奏だけで例えば入賞者は全員一定の地域勢で占められて、それが続いた場合、他の地域の出場者は白けてしまうだろうし、地域的な偏りがあるのに国際コンクールといえるのだろうかという疑問もある。一定の地域バランスは必要になってこざるを得ないのは仕方がないとは思う。さらにいうと、スポンサー企業の国にも一定の配慮が払われるだろう。

 

上記のような背景もあり、そもそも論として私はあまりコンクールの結果自体に執着する必要はないと思っている。もちろん、入賞された方には拍手を送りたいのではあるが。コンクールはそもそも若手が世に知ってもらう手段であり、予選で落選しても聴衆に認められればコンサートピアニストとしての道が開かれる。ショパンコンクールで奇抜な演奏で落選したが、結果に憤慨したアルゲリッチが審査員を辞任したことで、落選により有名になったポゴレリッチのような人もいる。エフゲニー・キーシンは神童で有名で国際ピアノコンクールの入賞歴はないが世界的に有名である。結果より何より要は演奏を観客がどう感じるかである。

 

牛田智大さんも小学生のころから活躍されており、知名度もあるのに、いまさら国際コンクールの箔が必要なのだろうかと思ってしまう。名伯楽だった中村紘子女史にも才能を認められていたし、また、コンクール歴でみても浜松国際ピアノコンクール第2位の実績だけでも十分ではないのだろうか。逆にショパンコンクールの二次予選敗退、リーズ国際ピアノコンクールのセミファイナリストにとどまったことがスティグマになってしまいかねないという現実的な問題も付きまとう。

 

そこで観客が理解しなければならないのは、コンクールとは政治的なものであるということだ。全く公平な審査などあり得ない。審査員の構成を変えるだけで結果など簡単に覆る。ショパンコンクールで、一度は落とされたのに名ピアニスト・フーツォンの異議申し立てで救済されてそのまま優勝したユリアンア・アヴデーエワのような例もある。

 

音楽を何で評価するのかも一様の基準などない。技術なのか、表現力なのか、独創性なのか、楽譜への忠実さなのか。一律の基準がないからこそ演奏は創造的で多様で面白いのに、順位をつける試み自体が本質的には誤っているのかもしれない。しかし、競争型のコンクールにすることで聴衆はアドレナリンが出て熱狂しコンクールは盛り上がり、コンサートにも人が入る。コンクールに入賞すれば一定程度、演奏の品質保証機能にもなるので、お客さんも入りやすい。若手ピアニストの顔見世なら、コンクールではなく音楽祭で良いという人もいるだろうが、やはり競争を観たいというのが人間の浅ましい性なのだと思う。それに一般の人は年に何度もコンサートに足を運ばないので、年に1~2回のコンサートであれば、演奏が確かなピアニストを望むだろうから、その点でいうとコンクールの上位入賞者か否かというのは良い選別材料になる。

 

コンクールとは複雑な産物なのである。コンテスタントも聴衆はここらへんの事情は知ったうえで、コンクールでうまく付き合っていくほかないのだろうと思う。入賞者だけではなく、予選等もみてお気に入りの音楽家を見つけるのがコンクールの正しい観方なのかもしれないと思う。

 

牛田さんのセミファイナルの演奏。