ジバンシーにディオールとフランスの名門ブランドのデザイナーに抜擢された天才ジョン・ガリアーノ。彼の斬新なファションやそのファッションショーはエレガントで一世を風靡したが、2011年に人種差別・反ユダヤ主義的暴言を吐いたことで逮捕・有罪となり、ディオールを解雇された。そんな彼が栄光を掴むまでと、仕事に忙殺されて彼が堕ちていく様と、過去を清算し「マルタン・マルジェラ」のクリエイティブディレクターとして再始動する現在を描いている。

アカデミー賞を受賞している名匠ケヴィン・マクドナルド監督だけあり、非常に上質なドキュメンタリーに仕上がっている。単に時系列で描写するのではなく、関係者の証言がバランスよく配され、人種差別発言も被害者側や精神科医等の立場の異なる見解を踏まえ、ことの真相に迫っている。

それにしても劇中で映し出される彼のファッションショーをみるに、彼は本当に天才だったのだなぁと思う。そして彼の才能を認めてデザイナーとして抜擢したLVMHグループを率いるベルナール・アルノーはさすがだなと思う。

アルノーに導かれて成功した一方で、ガリアーノの抱えていたマイノリティとしての葛藤。彼の派手でエキセントリックな言動やショーは抱えるストレスの発散と自己防衛、自己承認欲求のせめぎ合いで生じたのだろうか。人間の心理は不思議だ。

ちなみに、名門ブランドのジバンシーはガリアーノの後はアレクサンダー・マックイーンが継いでいるが、彼はジバンシーとひと悶着あり、その後、自ら40歳の短い生涯を終えてしまった。彼のドキュメンタリー映画「マックイーン:モードの反逆児」は本当に素晴らしいのでぜひ観てほしい。

その他、劇中に登場する伝説的ファッションジャーナリスト、アンドレ・レオン・タリーのドキュメンタリー「アンドレ・レオン・タリー 美学の追求者」、ヴォーグ誌編集長のアナ・ウィンターのドキュメンタリー「ファッションが教えてくれること」も併せておすすめしたい。

なお、邦題は「世界一愚かな天才デザイナー」であるが、これではドキュメンタリーの内容が全く反映できていない悪訳である。原題は「High & Low」である。劇中の台詞だと、彼がブルジョア的な文化だけではなく、上流文化から庶民文化までをファッションに包含したという意味で使われているが、一方で、劇中ではモノクロ映画の「ナポレオン」の映像を引用し、彼を皇帝から没落したナポレオンと重ねている。「世界一愚かな」なんてよく言えたものだと思う。

ただ邦題はどうであれ、非常に上質なドキュメンタリーであり、ファッションに興味がない人でも、教養としてもぜひおすすめしたい一本だった。

 

★ 4.0 / 5.0