「年末詣」で靖国神社へ行ってきた。1年の最終日ということで大祓が行われていました。
さて、2023年は「克服の2023年」と言っていたが、2024年を振り返るとどうだろう?
「年末詣」で靖国神社へ行ってきた。1年の最終日ということで大祓が行われていました。
さて、2023年は「克服の2023年」と言っていたが、2024年を振り返るとどうだろう?
2023年も個人的なベスト映画をランキングしたので、今年もやろうと思うが、2023年の視聴本数86本だったが、2024年は56本ということで、仕事が多忙だったこともあり、視聴本数が激減してしまった(;^ω^) 仕事は好きですが、あまりにも残業が多い仕事は考えものですね。
さて、2024年の個人的映画のベスト10はこちら!
第01位 ソウルの春(4.8点)
第02位 関心領域(4.6点)
第03位 哀れなるものたち(4.5点)
第04位 恋するピアニスト(4.5点)
第05位 PERFECT DAYS(4.4点)
第06位 悪は存在しない(4.2点)
第07位 美と殺戮のすべて(4.2点)
第08位 ジョイランド わたしの願い(4.2点)
第09位 シビル・ウォー(3.9点)
第10位 ベルナデット 最強のファーストレディ(4.2点)
[ノミネート作品:ジャワーン(4.2点)、梟(4.2点)、デューン(4.2点)、ジョーカー:フォリア・ドゥ(4.2点)、花嫁はどこへ?(4.0点)、ジョン・ガリアーノ(4.0点)、ジャンヌ・デュバリー(4.0点)、破墓(3.9点)]
Filmarksでのレビュー記録からランキングを決定。基本的には3.9点以上の作品をラインナップして個人的趣味、斬新さ、新規性、内容の重みなどを考慮してランキングを決定しており、一部順位の入れ替えがある。シビルウォーは視聴時の点数は3.9点であるが、やはり内容的にトップ10に入れた。一方で、視聴時の満足度は高かったが、ジャワーン、梟、デューンなどは内容の新規性や重さを踏まえてノミネートにとどまった。
第1位の「ソウルの春」は本当に興味深い内容をエキサイティングにエンターテインメントな映画に仕上げてあり、見事だった。まさか年末に戒厳令が布告され、粛軍クーデターが再びかとぎょっとさせられることもあり、内容の現代的な迫真性も含めて堂々の第1位だ。第2位の「関心領域」は、ホロコースト映画だが、まざまざと残虐なシーンを見せずに、ドイツ人将校の幸せな家庭からホロコーストを描くという斬新な切り口で高評価としている。第3位の「哀れなるものたち」は、一見するとエキセントリックな内容であるが、内容の奥深さと新奇的な映像描写が見事だった。第4位の「恋するピアニスト」はフジコヘミングさんのドキュメンタリー映画の第二弾で、ドキュメンタリーが公開された今年2024年に惜しくも天国へと旅立った。国民的人気を誇った女流ピアニストを映した名ドキュメンタリーである。第5位は「PERFECT DAYS」。カンヌ国際映画祭で役所広司が男優賞を受賞し話題になったヴィム・ヴェンダース監督作品。トイレ掃除人を主人公にした珠玉の名作。
今年は欧米作品以外が目立つように思われる。ジャワーン、花嫁はどこへ?、ジョイランドはインド・パキスタンであり、ソウルの春、梟、破墓は韓国映画となっている。ここらへんは個人的な趣味も大いに反映されているのだが、新興国の台頭により、映画市場のシェアにも変動が出てきていると思う。
さて、3.9点ながら第9位にランクさせた映画「シビル・ウォー」。これは個人的に世界の覇権国であるアメリカのゆらぎを示す作品であり、今後、重要なメルクマールになる作品だと思いランクさせた。米国は経済的には世界最大の経済大国だが、貧富の格差は重大であり、州ごとの軋轢もある。こうしたアメリカ合衆国の瓦解をテーマにした作品ゆえ、大変に興味深いし、近い将来に映画の内容が現実になることも荒唐無稽とも言い切れないのだ。イスラエルがハマスから襲撃されて戦争へと発展し、ウクライナにロシアが侵攻し、シリアの政権が崩壊するなど誰も予測していなかったことだ。そうした世界情勢にあるひずみは大国にもあると告発してくれているようだった。
今年はあまり映画を観れなかったが、来年は残業が減って映画とか趣味に避ける時間が増えるといいなぁ( ̄▽ ̄;)(遠い目)
新書としては珍しく20万部以上売れており、また「書店員が選ぶノンフィクション大賞2024」にも輝いた「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」を読了。スマホゲームはできるし、Youtubeも観れるのに、なぜ読書はできないのか?という問に対して、労働と読書の関係性を明治時代から遡って分析している。実はこの本のきっかけとなったのは、読書好きだった著者(大学院で万葉集を研究するほどの本好き)が、社会人になってから本を読まなくなった経験から執筆したそうだ。なお、読書というのは例示であり、ある人にとっては映画鑑賞かもしれないし、スポーツかもしれない。社会人になると本を読まなくなる(趣味が楽しめなくなる)ということは、多くの人は経験があるだろう。かくいう私もやはり忙しい時期になると読書量が減る。私は映画も好きだが、明らかに映画鑑賞の本数も減る。このブログの執筆する心理的な余裕もなくなる。これは個人の問題に帰結されがちだが、本書によると、これは社会情勢の変動などにより労働や読書のあり方が変わったからだという。
明治時代は大卒というのはエリートであり、読書というのはエリート層の教養であった。読書というのは社会的なステータスでもあり、一方で、庶民は読書を通じて社会階層を上げられる(または同じ社会階層の人より少し上の階層と見せられる)という事情もあった。しかし、徐々に読書が大衆化するにつれて、エリートの教養から庶民への娯楽へと変わっていった。高度成長期になると郊外化が進み長時間通勤が当たり前になる。そうなったとき、電車の中で暇つぶしで、ビジネス小説などが消費されるようになる。
そして時代は流れて現在は「情報化社会」である。情報化社会では、情報量も多いし、変化も大きい。現在求められるのは情報を次々に素早く摂取して、理解して、アウトプットへと反映するスピード感である。そこで求められるのは不必要な情報の排除であり、重宝されるのは必要な情報だけがまとまった媒体(まとめサイトなど)だ。本は必要な情報以外の歴史的背景などの”ノイズ”が多い。それゆえに現代人は読書を徐々に避けるようになったというのである。
しかし、読書を避ける行為というのは、社会的な要請によって生じたものであり、読書というノイズだらけの媒体を楽しめないほどに、我々は「全身」(仕事に没頭すること)を強いられている。「半身」(半分は仕事、半分プライベート)の働き方ができる社会こそが健全ではないかとまとめている。
労働と読書の関係性を踏まえた議論は面白かった。ただ正直、結論の労働を変えるくだりについては実現可能性は低い。「半身」で働いてプライベートを楽しめればいいが、インフレも進んでいるし、増税が続く世にあって、「半身」の労働はリスクが高い。そうした社会を変えようというのはわかるが、即効的な処方箋はないし、あるのかもわからない。ただそうした視点を持つことは重要だなと思った。読書を楽しめない(趣味を楽しめない)社会というのは病んでいると思う。
さて、昨夜はフランス人ピアニストのアレクサンドル・カントロフさんのピアノリサイタルを聴きにサントリーホールへ行ってきた。カントロフさんはパリ五輪でピアノ演奏していた人というと見覚えがある人もいるだろう。カントロフさんはチャイコフスキーコンクールのピアノ部門でフランス人としては初めて優勝を飾っている。ちなみに、カントロフさんの父君はエリザベート王妃国際音楽コンクールなどで入賞歴のあるヴァイオリニストのジャン=ジャック・カントロフさんである。
【曲目】
(前半)
ブラームス:ラプソディ ロ短調 Op. 79-1
リスト:『超絶技巧練習曲集』より第12番「雪あらし」
リスト:『巡礼の年 第1年 スイス』 S. 160より「オーベルマンの谷」
バルトーク:ラプソディ Op. 1 Sz. 26
(後半)
ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第1番 ニ短調 Op. 28
J. S. バッハ(ブラームス編):シャコンヌ BWV 1004
(アンコール曲)
リスト:イゾルデの愛の死(ワーグナー S.447)
シューベルト/リスト:宗教的歌曲 S.562 R.247より第1曲 “連祷”
様々なブログや評論などで絶賛されているピアニストであるが、たしかにずば抜けた才能だった。圧巻の演奏に瞠目である。深遠な音楽の創造に立ち会うかのようであり、畏怖を感じるほど神々しい演奏だった。前半では、荘厳な演奏の合間に拍手することも憚られたため、曲の合間の拍手はなく、観客はただ次の曲を息をのんで待っていた。それほどに圧倒的な演奏だった。
リストの「オーベルマンの谷」は、セナンクールの小説『オーベルマン』に着想を得て作曲された作品である。小説『オーベルマン』は、主人公オーベルマンの苦悩や憂鬱、厭世観などが描かれている長編小説だ。そして、ラフマニノフの「ピアノ・ソナタ第1番」は、ゲーテの戯曲『ファウスト』を題材として作曲され始めた作品で、結果的に標題性は放棄されているが、各楽章にファウストの影響が垣間見える。そして、アンコール曲はワーグナーのオペラ「トリスタンとイゾルデ」の「イゾルデの愛の死」をリストが編曲したもので、イゾルデの法悦が再現されている。全体的に文学的なモチーフの作品を好んでいるようであるが、その影響か、聴いていると物語の世界へと迷い込んで戻れないのではないかというような不思議な感覚にもさせられた。それにしても浄化された魂だったが(バッハのシャコンヌ)、しかし、人間の悲哀をふと追憶し(「イゾルデの愛の死」)、最後は鎮魂して終わる(「連祷」)。この流れがなんとも美しい。
27歳らしいが、転生して人生を何回も繰り返しているのではないかと疑うレベルの驚愕の才能。もはや巨匠の風格を感じさせるが、繰り返しになるがまだ27歳。一体、彼が円熟したら演奏はどのようになるのだろうか。末恐ろしい。
5年に1度のショパンコンクールであるが、来年開催予定だ。前回は第2位に反田恭平氏、第4位に小林愛実氏が入賞したことで日本でも話題を集めた。
さて、次回も日本勢の活躍が望まれるが、そんな中でショパンコンクールの審査員が公開された。前回はネルソン・フレイレ氏の急病でアルゲリッチ氏も審査員をキャンセルし、名演奏家の審査員が減ってしまったが、今回はブゾーニコンクール・モントリオールコンクール・ショパンコンクールで優勝を飾った米国人のギャリック・オールソン氏が審査員長となっている。米国人からはKevin Kenner氏(ケヴィン・ケナー)も審査員に入っているが、ショパンコンクール第2位・チャイコフスキーコンクール第3位と二大コンクールの上位入賞者である。
ただ当初公開されたJanusz Olejniczak氏が急逝されたことで、Wojciech Świtała氏が追加となった。Wojciech Switala (ヴォイチェフ・シュヴィタワ) はカロル・シマノフスキ音楽アカデミーで教鞭をとりつつ様々なコンクールの審査員として活躍しているピアニストである。ロンティボーコンクールでの第2位入賞者でもある。
審査委員一覧。
・Garrick Ohlsson
・John Allison
・Yulianna Avdeeva
・Michel Beroff
・Sa Chen
・Nelson Goerner
・Krzysztof Jabłoński
・Kevin Kenner
・Momo Kodama
・Robert McDonald
・Piotr Paleczny
・Ewa Pobłocka
・Katarzyna Popowa-Zydroń
・John Rink
・Wojciech Świtała
・Dang Thai Son
(追加)Akiko Ebi
まず、Yulianna Avdeeva(ユリアンナ・アヴデーエワ)は、ショパンコンクール優勝者である(ジュネーブとパデレフスキーコンクールでは第2位)。30代で着実にコンサートピアニストとしてキャリアを築いている。同じく女流ピアニストのEwa Poblocka(エヴァ・ポブウォツカ)もショパンコンクール入賞者で1980年に第5位に入賞している。
同じく女流ピアニストのSa Chen(サ・チェン)はリーズとショパンコンクールで第4位で、その後、ヴァンクライバーンコンクールで第3位に入賞した中国人ピアニストである。アジア系でいうと、Momo Kodama(児玉桃)が審査員に入っている。欧州で活躍しているため日本での知名度はさほどだが、ロンティボーコンクールの優勝者の亀井聖矢氏が慕っているピアニストだ。セニガリアコンクールとエピナールコンクールで優勝し、ミュンヘンコンクールで第2位に入賞している。アジア系だとダンタイソンも前回に続き審査員に名を連ねている。何を隠そうショパンコンクールにおけるアジア人としての初の入賞者で、最近は教え子のブルース・リウがショパンコンクールで優勝、同じくショパンコンクール優勝者のチョソンジンも彼のマスタークラスを受講しており、名教師・名伯楽である。
日本だとNHKのスーパーピアノレッスンで指導者として登場したMichel Beroff(ミシェル・ベロフ)も審査員に入っている。オリヴィエ・メシアン国際コンクールに初代優勝者であるが、現在はパリ音楽院等で教鞭をとっている。Nelson Goerner(ネルソン・ゲルナー)は前回に引き続き審査員であるが、リストコンクール(ブエノスアイレス)とジュネーブコンクールで優勝した。一度演奏は拝聴したが素晴らしい演奏だった(「ネルソン・ゲルナー ピアノ・リサイタル」(浜離宮朝日ホール))。
Krzysztof Jabłoński(クシシュトフ・ヤブウォンスキ)は、ルービンシュタインコンクールとショパンコンクールで第3位に入賞しフレデリックショパン大学の教授である。同じくショパン大で教鞭をとるPiotr Paleczny(ピョートル・パレチニ)は、反田恭平の恩師である。こちらもショパンコンクール第3位入賞者である。
Katarzyna Popowa-Zydroń(カタジーナ・ポポヴァ=ズィドロン)は前回審査員長を務めていた。ショパンコンクールの優勝者で特別賞も総なめにしたラファウ・ブレハッチの師匠である。著名コンクールでの入賞歴はないが名教師で極めて名高い。John Rink(ジョン・リンク)も前回に続いての審査員だが、プリンストン大で学びケンブリッジ大学教授を務めている音楽学者である。
Robert McDonald(ロバート・マクドナルド)は初耳だったが、ブゾーニ第2位入賞者で、カーティス音楽院で教鞭をとりつつ、音楽祭等の監督して活躍しているようだ。同じく、John Allison(ジョン・アリソン)も存じ上げなかったが、南アフリカ出身のオペラの著名な雑誌の編集者とのことだ。
審査員の経歴をみても国際色が豊かであり、主要なピアノコンクールの入賞者で構成されているが、音楽学者や名教師・名伯楽が揃っている。さてさて、審査員の経歴などどうでもいいと思うかもしれないが、やはり演奏にはなんとなく流派もあるし、職種によって見解も異なってくる。教師であれば将来性重視かもしれないし、一方で、コンサートピアニストだと演奏と観客の反応を観るかもしれない。音楽学者なら曲の解釈に耳がいくだろう。ロシンピアニズムとフレンチピアニズムでも奏法は異なる。何が良くて何が悪いという話ではなく、ショパンコンクールは何を重視して賞を与えるかという主義の問題なのだ。その点で、それを見極める審査員は極めて重要なのだ。
1年後にショパンコンクールが開催されるがどのようなドラマがあるだろうか。いまから楽しみだ。
ー追伸ー
日本人ピアニストの海老彰子さんが審査員に追加されたようだ。ロンティボーで第2位、ショパンコンクールでは第5位に入賞し、パリを拠点に活躍されているピアニストである。インタビュー動画を見たがフランス語に流暢であり、やはり国際的に活躍するには音楽家には語学力も必要だなと感じる。特に欧州では英語に加えて、アッパーミドル以上はフランス語・ドイツ語を話す人が多い。日本人の審査員が増えて、日本人としては喜ばしい限りだ。