起業から、経営者へ、そして・・・ -26ページ目

起業から、経営者へ、そして・・・

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ある種の体調の異変を感じ始めていた。それは、1日24時間の中で睡眠を摂った感覚がまるでなくなっていた。いつも眠いのだが、思考回路は常に興奮した状態であった。これに比例して、顔面のまゆやまぶたが、長時間にわたり痙攣をしていた。寝ているときもそうであった。いわゆる、顔面神経痛である。

この状況の中で、通常の対話と並行して物事の判断を下すことがかなり困難になってきた。これまでの経緯で猜疑心を持つ事とは別に、思考回路が明らかにおかしいと自分でも感じ始めていた。特に、五感に関わる機能である皮膚感覚・味覚までもが全く感覚のない状態にまでなっていた。

それは、何を飲んでも食べても、味がないのである。また、寒いとか暑い感覚もない。明らかに、心身ともに異常をきたし始めていた。



しかしながら、日々の状況は全くと言っていいほど好転する気配はなく、出口のない洞窟を突き進むだけの感覚だった。親会社であるネクサスとのコミニケーニケーションもギクシャクし始めた。

社内のスタッフとのミーティングにおいても、耕一の発言の意味がその場で伝わらない事もあった。その様子を見かねた下田が「中澤さん、休みの日って最近何してますか?」と問いかけてきた。耕一は「いや、別に何も・・・」

下田は思い切って耕一に進言した。「中澤さん、たまには休んでください。物理的にではなく、24時間くらい仕事を離れる事は出来ませんか?」耕一は、このとき初めて気づいた。「俺、最近何かおかしいかな?」下田は、頷いた。



耕一は、ハッとわれに帰った気がした。そして、その日はそのままオフィスを離れたのであった。夕刻の4時過ぎである。夕焼けが見えた気がした。それから、ただなんとなく、歩いていた。いつの間にか、海岸が見える場所にいた。

「どうするべきか・・・要は、資金があればいい・・・」と呟き、耕一の頭の中は直接、最短で現金が獲得できる方法を考え始めた。



翌日、翌々日も・・・



先の広島での山崎氏との会話から一転、ネクサスからの株式譲渡に関する件に関して耕一は、取得する旨を山木常務に伝えた。果たして、耕一は自己資金の目途が立ったのであろうか・・・



親会社であるネクサスから、頻繁に電話や来訪が来るようになった。耕一は、一茶何も手がつかない状態であった。毎週のようにネクサスの役員が2~3人訪れては、会議である。内容は、さして意味の無い話し合いであり、早く売上をつくれとの話である。しかし、その本音は耕一に対しての怨嫉でもあった。もともと、エイペックスジャパンは、全員がネクサスの社員ではない。ましてや耕一はネクサスと一度も一緒に仕事をしたことが無い。どうにもこうにも、信頼関係などあるはずが無いのである。ましてや、耕一は「社長」の椅子に座っている。面白くないのは当然であった。

いわゆる、雇われ社長としての耕一は、責められるだけであった。



一方、株主構成を見直した結果、PEJの馬場氏と和田氏他数名の持ち株合わせて200株ほどを譲渡して再度整備する話が進んでいた。これは、対外的に資金調達をする際に、幾度かこの株主について指摘を受けていた。更なる展開をもくろむネクサスは、半ば強引に原価で引き取る話をまとめた。しかし、その株は誰が引き受けるか?

山木常務から、耕一に話が合った。

「中澤さん、やっぱり社長としてリスクをしょって、権限も持たんとやりにくいでしょ?」と・・・

しかし、耕一には、株を引き受けるほどの資金は持ち合わせていない。現金で2,000万円は必要であった。
全ての業務書類において、事前通知や、一定期間の時間的規定等が定めれられているが、中小企業のその殆どが、略式と称し所謂手抜きで日々の業務が流れている場合が多い。特に役員会議事録や、株主召集通知、株主決議議事録等々は企業規模に関係なく、正確に残しておく事に越した事はない。例え、オーナー企業であっても、第三者の合意事項の証明やその他において時間が経ったときに大変な効力を発する。先の、光○信も同様であった。



その後、その個人的な遺恨には留まらず、他の外部の圧力も相重なって、大きなスキャンダルとなったようである。その根底には、「見返り」の有無であると思われる。株主は、投資対効果として自分の懐が肥やせれば文句を言わないのである。よって、多くの他人が株主である企業は、あまり注目されないがオーナー色の強い企業は、必ずといっていいほどマスコミなどに刺される。用は、人間の卑しい命である怨嫉(ねたみ・やっかみ)が本質ではなかろうか?



先の、企業の代表はある部分では純粋な日本人でないが故の「人種差別」とも囁かれる。(定かではない。)人間とは、誠に愚かで情けなくも感じる生き物である。公明正大に、嫉みをスキャンダルとして扱っていないだろうか?

更には、機関投資家は、ある意味株価操作(インサイダー)をなんとも思っていない。用は、「儲かれ」ば何でもいいのである。そこには、モラルや人間性など微塵も感じられない。ゆえに、新進の若手の経営者は、誤解されがちである。

2006年今現在が、バブル期と似た好景気である事には違いないが、かつてと異なるのは、均一的ではなく偏重傾向がかなり強い。



このような、世相の場合個人的感情の制御(自制心)が簡単に崩れていく傾向が強いのではないだろうか?「なんで?」の疑問が不可思議な思考を生み、行動が起こる。

株主構成も、いつ何時心変わりするか分からない。(人間とはいつまでも同じ気持ちを維持することが困難である。)よって、リスクマネージメントの点から、法人運営の基本的なルールの点検に加えて、株主との距離感、温度感覚を改めて見直すというのはどうだろうか?
2001年に入り、あっという間に1ヶ月が過ぎようとしていた。

依然として、エイペックスジャパンの資金不足は続いていた。耕一は、重い体を引きずるように、親会社であるネクサスを訪問した。

待ち構えていたのは、山木常務である。「中澤社長、どないなってまんのや!いつになったら、売上が立って短月黒字に転換しますのや?あんた、頭いいけど、商売下手出んな!」なんとも、弁解のしようがない。黙って俯き、まるでいたずらをした小学生が、叱られている様であった。しかし、そこには山木常務の気持ちが伝わってきた。それから、具体的にネクサスからの援助としての融資の金額を決め、何とか月末を乗り切る事となった。耕一は「いつまでこの状況が続くのだろう?」と思いつつ、数ヶ月前の自信の誇りは、全くといっていいほど無かった。ただただ、毎月を維持するために、資金だけの事を考えるようになり、24時間全てをその事だけに支配されているようであった。



2月に入り、先日の山崎氏から電話があった。「中澤さん、そちらへの資金援助としての投資を考えないわけでもない。もし時間があるなら、こちら(広島)に一度来られてはいかがですか?」との事であった。耕一は、二つ返事で広島に向かった。

指定された住所をたずねると、そこには「株式会社総互企画」という社名であった。山崎を訪ねていくと、奥から出てきて「ようこそ」と応接室に通された。しばらくして、山崎氏とこの会社の代表である黒田氏が入ってきた。挨拶の後に、

黒田:「あんた、山崎さんから聞いとるけど、優秀らしいのう~」

耕一:「いや、そんな事はありません。」

黒田:「あんたの会社が上場するんであれば、喜んで投資したいのじゃが・・・実際どう?いけそうか?」

耕一:「いや~、キツイご質問ですね・・・」

いきなりであった。ただ、山崎氏が耕一をわざわざ広島へ呼んだのはこの話だったのかと理解した。

黒田:「じつは、これまでリキッドオーディオもそうじゃが、今はサイバーファームにも投資しとるんじゃよ。」「株式上場するんなら、資金援助するよ。」



なんとも、胡散臭い話である。耕一は「まずは、当社の概要だけご紹介しますが・・・」と言うと、黒田は「いやいや、ワシは難しい事はよう分からん。いいから・・・」「良かったら、今夜ゆっくりしていきんしゃい。」とその場を離れてしまった。



山崎:「まあ、いきなりでびっくりしたかもしれないけど、話の趣旨はそういうことだわ。」「正直、中澤さんという人間を見ている。後は、可能性の問題ですね。」可能性とは、株式公開である。如何せん、儲かるか?儲からないか?という事である。耕一は、なんとも答えられなかった。





その後、耕一は相田と何度と無く話をした相田の意見では、エイペックスジャパンが正直過ぎるのではないかとの話であった。問題は、現在の財務状況を脱すれば何とかなるであろうと誰もがそう考えていた。

ご記憶に残っているだろうか?
2000年4月まさに、ネットベンチャー企業が雨後の筍のように日本市場で脚光を浴び、現在のユビキタスの市場形成の一番の功労者と言える企業に激震が起こった。
ネットバブル時代にその名を轟かせた、あの重○氏が率いた光○信である。

光○信は1990年代、携帯電話販売店の路面店で全国展開をし一躍有名になり、96年には史上最年少の31歳で株式を店頭公開した。急成長を続けて最盛期の2000年初頭には株価が24万1000円にまで達し、時価総額は7兆4445億円。その前年には米経済誌「フォーブス」に、250億ドル(約2兆6000億円)の個人資産を持つ世界第5位の富豪として紹介されるまでになった。マ○クロソフトのビ○・ゲイツと同じランキングだったというから、驚かされる。
しかし、その絶頂期は長くは続かなかった。経済スキャンダルである。今でこそ、ライブドアのおかげ(?)でインサイダー、TOBなる言葉が、一般紙のトップを飾るようになったが、そのころは「時価総額」がキーワードでもあった。

この光○信、なぜスキャンダルに陥ったのか?一般的に言われる社長の傲慢ではなかった。むしろ、堀○氏より純粋でひたむきな経営者だった気もする。

ある人から、この件について話を聞いたことがある。
「あの事件の一番の引き金になったのは、株主構成における人事の問題」だと・・・
それは、元々光○信は重○氏が高校時代の同級生を含め3人で起業したと言われている。一気に駆け上がるまでには、彼らの情熱は非凡であった。ある時、経営方針についての論議が役員会で収集がつかないくらい迷宮した。
その際に、役員だった同級生が辞任するまでに至った。そして、重田氏に憎悪を持ちつつ会社を去った。それから暫くして、株式公開の話が具体的に進み始めた。

公開直後、その役員は商法違反として光○信に内容証明を送りつけた。そう、まだその役員は株主だったはずが、いつの間にか株主ではなくなっていた。光○信内部で、書類処理のミスがあったのであった。

(次回へ続く)

遠藤氏は、和田の会社で管理担当であり、中澤達がエイペックスジャパンの立ち上げ準備の際に手助けしてくれていたのだった。場が和やかになり、なんとなく1年も経っていないのに、昔話のように出会ったころの話に花が咲いた。

山崎氏はその中でも重みのある存在感で、和田の会社に居たメンバーにとっては、上司のような雰囲気さえあった。耕一は、その空気から信頼に足る人物かどうかを見極めようとしていた。



食事が一通り終わるころ、山崎が耕一に「中澤さん、どうだろう?相田くんと暫く話してみないか?明日以降、彼が空いているときに顔出すようにするから・・・」

耕一は、吉田の顔を見た。吉田は頷きながら「是非、是非!」

耕一は????であった。相田は「明後日、午後少し時間あれば話させてください。」耕一は「分かりました。」と答えて、その場は解散となった。



2日後・・・

相田と耕一は、エイペックスジャパンの会議室で話をしていた。

相田:「税務状況は、厳しいですね。でも、経理・計上の観点からすると非常にきれいな内容です。但し、1・2点の問題を除きますが・・・」

耕一:「問題と言うのは?」

相田:「ご存知のライセンス料支払いに伴う税金と和田氏に支払った紹介料です。これは、会計士としての視点でもひっかかります。」

耕一:「どうすればいいですか?というより、この問題以上に、今後の経営において何か打開策は無いのでしょうか?」

相田:「私も、今ここでは即答は出来ません。ただ、個人的な意見からすると御社のやろうとしていることと、実態としての内容はかなりいいと思います。私が以前勤めていたリキッドオーディオなんてひどいもんでしたから。是非とも、現状を抜け出して黒字転換していただきたいです。問題は、資金繰りと受注・売上との連動でしょうかね?実績的には、コマーシャル製作の売上は目立ちますが、いかんせん利益が無いですね・・・」

耕一:「はい、そうです。これには私もほとほとまいりました。しかし、現場のスタッフは責められないし・・・対外的な信用の一部も負っていますから、無視できないですしね・・・もう少し収益率が高ければ、営業方針も変わるのですが・・・」

相田:「そこで、もしよろしければ週に2日ほどお邪魔して、色々ご相談に乗りましょうか?最初はフィー(報酬)のお支払いも結構です。特に何か仕事をするわけでもないですから。一つ机を貸して頂ければ、何も必要ないですから。」

耕一:「でもそれでは、まずくないですか?無償でご相談に乗っていただくのはちょと・・・・せめて何か目安になるものがあれば・・・」

相田:「いや、いいですよ。山崎さんからもそういう指示ですから・・・」

耕一:「・・・・」「分かりました。よろしくお願いします。」



相田は、帰っていった。



耕一は、相田の最後の言葉がひっかかった。「指示」とは???また、もやもやといやな気分が襲った。本間を呼んで「本間さん、先日お会いした山崎さんですが、信用に足る人ですか?」と質問した。本間は「はい。当然です。」即答であった。



山崎氏は、一体何を考えているのだろうか?彼がこの会社に興味を持つものだろうか?



この答えが分かるのは、それから半年も経ったころであった。時、既に遅しなのだが・・・・











山崎:「中澤さん、この会社を創めたきっかけは?」

耕一は、最初の和田氏との出会いからネクサスとの関係を説明した。



山崎:「う~ん、珍しいね。というより、普通その条件で社長を請けられないでしょ?」

   「責任の割には、報酬が見合ってないよ。」



耕一:「そうですか?純粋に新規のビジネスを始め、形にすることに拘っているのですが・・・」



山崎:「それは分かるが・・・本間さんから概略は話し聞いてるけど、今の状況は?」



耕一:「はい。最悪です。とにかく必要資金の確保に追われています。しかし、自分ではこの会社の商売は進める価値があると信じています。」



山崎:「で、どの位の金が必要なの?ネクサスへの返済は除いてね。」



耕一:「そうですね、毎月1,800万円位の資金が必要です。仮に6ヶ月で見積もっても、1億円強は必要かと・・・」



山崎:「半年後には、見通しがあるの?」



耕一:「はい。少なからず今の売上に4割以上の見込みはあります。」



山崎:「で、財務管理の状況は?担当が居るの?」



耕一:「ええ、女性ですが吉田と言うのが悪戦苦闘しています。ただ、あまりいい管理方法ではないかと・・・」



山崎:「と言うと何か問題があるの?」



耕一:「問題と言うか、ゼロから会計ルール等作り上げているので、手間がかかって、彼女だけに負担がかかっているかと・・・」



山崎:「いま、彼女と話できますか?」



耕一は、内線電話で吉田を呼んだ。



山崎:「吉田さん、はじめまして。本間さんの紹介でお邪魔しています。ところで、仕事大変ですか?」



吉田:「はい。毎月の締めが未だにスムーズに進みません。仕掛の案件に対する経費の計上がばらばらで・・・あとは、経費の負担配布を手作業で行っているので・・・」



山崎:「そうですか・・・これからまだ少し、時間取れますか?」



吉田:「はあ・・・」



山崎は、携帯電話を取り出し電話をかけ始めた。

山崎:「ああ、相田くん?今どこ?・・・・・ああそう。もう動ける?・・・・そう、・・・昨日話していた・・・そうそう。どれくらい掛かる?・・・・・わかった待ってるから・・・」

   「これから、一人会計士呼ぶから、具体的な話しを少し聞かせてもらえますか?」

吉田:「はい・・・・」

耕一:「・・・・・・・・・」



それから、30分後、相田氏が訪れた。山崎氏は「彼は、リキッドオーディオジャパンを上場させた時の管理本部長だったんだよ。」



吉田:「!?・・・・ああ、ひょっとして以前、太田昭和監査法人にいらした方ですか?」



相田:「そうです。あれ?何で知ってるの?」



耕一:「いま、会計事務所は太田昭和ですから・・・・」



相田:「ああ、そうなんですか?誰が担当???」



耕一:「国際部の羽生さんですね。」



相田:「そうなんだ。一緒には仕事したこと無いけど・・・・まあ、いいや。ところで山崎さんこれって、どういう話になってるの?」



山崎:「とりあえず、吉田さんに現状を聞いて、あなたの意見を聞きたい。」



相田:「分かりました。じゃ。とりあえず見せてもらえる範囲で帳簿類を見せてもらえる?」



耕一:「分かりました。吉田さん、下の会議室で、よろしく頼むわ。」



山崎:「中澤さん、今の時点でどういうお手伝いが出来るかなんともわからないですが、少なからず可能な範囲で報酬がもらえれば出来る限りのことはします。」



耕一は、「またか・・・」と心のかなで呟いた。一体、第三者や外部の人間は何を考えて寄ってくるのか???嫌気がさしてきた・・・



耕一:「それは、無いようにもよりますね。」



山崎:「当然、内容の精査次第では、我々も投資として資金を提供できるかもしれません。しかし、今の段階ではお互いに何も分からないでしょ?」



耕一:「その通りですね。しかし、あまり時間をかけていられないですよね?」



そこへ、本間が入ってきた。



本間:「いや山崎社長、お久しぶりです。お元気ですか?」



山崎:「本間さん、社長はやめてよ。ところで、今日はこれから予定は?」



本間:「空けてありますよ。中澤社長も大丈夫ですよね? 30分後位にでましょう。」



耕一は、流れのままに本間と山崎と共に近くの居酒屋に向かった。

それぞれの個人は、各々に価値観は異なっているが絶対的価値観と相対的価値観に関してどう思うか?問われた。



う~ん・・・そもそも人間の気持ちや意思を言葉に置き換える作業はとても難しい気もする。表現方法も去ることながら、受け止める側の理解・解釈によっては180度意味が異なる。



人はなぜ言語を使うようになったのか?だんだんとりとめもない話に発展した。





私個人が一つ考えるのは、どんな価値観でもかまわないが、ヒトはその存在そのものに何の意味があるのか?自然の食物連鎖を見ても、人間と言う動物は実はその存在意義がない。しかし、なぜか人間の存在は物理的存在全てを支配しているかのようにさえ感じる。



日々の生活において、喜怒哀楽を感じ、果たしてヒトは何の意味を成すのか?





考えれば考えるほど、ループから抜け出せない。



権力・地位・財産・家族・仕事・・・大なり小なり人間はこれらに縛られている。

なぜだろう?自分も、仕事は好きだが、その意味を最近感じなくなるときがある。

楽しむために、仕事をするより、仕事そのものが楽しいほうが・・・と思うのは稀であって、楽しい時間を過ごす為に仕事をして、金を得て、時間を作り、・・・そんな当たり前の事に疑問さえ感じる。



答えはどこにもないのだろうが・・・・・・
資金調達の最後の望みを絶たれた今、自力での経営をどう維持するかが刻一刻と重くのしかかった。耕一は、スタッフの仕事の様子や顔を見る度になんとも複雑な気持ちで笑顔を作るのが精一杯であった。

一方では、親会社であるネクサスの役員が連日のように入れ替わり立ち代り訪れ、小言の一つを言っていくのである。ひたすら頭を下げ、侘びの言葉を繰り返した。そして、2000年の年が暮れた。

明けて、2001年1月5日の年頭の挨拶の時が来た。耕一は正月の間、殆ど眠れず思案を廻らしては、重圧を感じる時間に耐えた。そして、スタッフ全員の顔を前にして一瞬体が浮いた感覚を覚えた。

「明けまして、おめでとうございます。」「昨年、このエイペックスジャパンを立ち上げてから既に10ヶ月が経とうとしています。皆さんの日々の努力は十分に理解しているつもりではなるが、残念ながら結果は当初の目標とはかけ離れています。ここで、敢えて皆さんに激を飛ばすつもりはないが、今年はこの会社にとってまさに崖っぷちの状況である事は事実です。」一同は、神妙な面持ちで耕一の顔を見つめた・・・・

「唯一つ、皆さんに約束するのは、ご周知の親会社であるネクサスが何を言って来ようが、どんな圧力が掛けられようが、スタッフ全員の最低限の保障は守りたいと考えています。」「皆さんは、今年は勝負の年として明確な目標を個々で設定してください。お願いします。」



当たり前の内容かもしれないが、耕一には精一杯であった。



その日の午後、本間が耕一に「本日、夕方是非あって欲しい方が居ます。彼は、以前の広告製作会社の頃大変お世話になりました。よろしくお願いします。」耕一は、「どんな内容の話になるのでしょうか?」と問いかけた。

本間:「恐らく、今の当社の経営状況において相談に乗ってくれるかもしれません。」

耕一:「そうですか。しかし、いきなりではどのように話して良いか・・・」

本間:「実は、過去に以前の会社で色々な問題がありまして、大変な時期に何度か助けてもらった事があります。と言うのは、その彼も大々的に起業して実は一夜にしてその会社が飛んだことがありました。その経験はや知識はかなり参考になるかと・・・」

耕一:「どんな会社だったのですか?」

本間:「ファミコンソフトの中古売買の最初の会社です。関東だけでも結構3桁店舗の数まで伸ばし、株式公開まで一気に大きくなったのですが・・・一夜にして消えたのは、あるメーカーのゲームソフトに関して中古売買を云々口にしてしまったために、一瞬にして商売が頓挫したんです。」

耕一:「ほう、それはXXXXXという青い看板のお店だったかな???」

本間:「はい、そうです。当時、ロゴデザインや店舗開発のような仕事を一手に任せてもらってました。」

耕一:「話を聞くだけでも、面白そうですね。わかりました。会いましょう。」



耕一は、心の中で少し本間に対する見方が溶けた気がした。これまで、名ばかりの役員のように周りに言われ、なんとも歯がゆい思いをしたものだった。しかし、もう少し早い時期にこの話を持ってきてくれればと、口惜しかった。





その日の夕刻、長髪を後ろで縛り、大柄な人物がやってきた。本間の紹介で、「山崎です。」と握手を交わした。なんとも想像していたイメージとは異なる雰囲気を持っていた。
なかなか、先に進めなくて申し訳なし<m(__)m>





ところで「耕一」にはご興味いただけましたか?



一体、彼はこれからどうなるのか?そしてどこへ向かうのか?

次弾の章で、更に一歩踏み込むことになります。



是非、ご意見をお聞かせください。