株主構成(番外編)・・・後編 | 起業から、経営者へ、そして・・・

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全ての業務書類において、事前通知や、一定期間の時間的規定等が定めれられているが、中小企業のその殆どが、略式と称し所謂手抜きで日々の業務が流れている場合が多い。特に役員会議事録や、株主召集通知、株主決議議事録等々は企業規模に関係なく、正確に残しておく事に越した事はない。例え、オーナー企業であっても、第三者の合意事項の証明やその他において時間が経ったときに大変な効力を発する。先の、光○信も同様であった。



その後、その個人的な遺恨には留まらず、他の外部の圧力も相重なって、大きなスキャンダルとなったようである。その根底には、「見返り」の有無であると思われる。株主は、投資対効果として自分の懐が肥やせれば文句を言わないのである。よって、多くの他人が株主である企業は、あまり注目されないがオーナー色の強い企業は、必ずといっていいほどマスコミなどに刺される。用は、人間の卑しい命である怨嫉(ねたみ・やっかみ)が本質ではなかろうか?



先の、企業の代表はある部分では純粋な日本人でないが故の「人種差別」とも囁かれる。(定かではない。)人間とは、誠に愚かで情けなくも感じる生き物である。公明正大に、嫉みをスキャンダルとして扱っていないだろうか?

更には、機関投資家は、ある意味株価操作(インサイダー)をなんとも思っていない。用は、「儲かれ」ば何でもいいのである。そこには、モラルや人間性など微塵も感じられない。ゆえに、新進の若手の経営者は、誤解されがちである。

2006年今現在が、バブル期と似た好景気である事には違いないが、かつてと異なるのは、均一的ではなく偏重傾向がかなり強い。



このような、世相の場合個人的感情の制御(自制心)が簡単に崩れていく傾向が強いのではないだろうか?「なんで?」の疑問が不可思議な思考を生み、行動が起こる。

株主構成も、いつ何時心変わりするか分からない。(人間とはいつまでも同じ気持ちを維持することが困難である。)よって、リスクマネージメントの点から、法人運営の基本的なルールの点検に加えて、株主との距離感、温度感覚を改めて見直すというのはどうだろうか?