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使わなくなった物の話


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今日はいつもにもまして内容がない。あらかじめお断りしておく。

身のまわりを整理していると、これ全然使わなくなったなあという物がある。

・布のハンカチ


小物入れに引き出し一杯持っているのだが、ここ数年全く使っていない。使うのはタオル地のハンカチばかりだ。

布はあまり水を吸わないし、洗濯したらアイロンをかける必要があるしで、全く使う場面がない。見た目は格好いいのだが、実用性に著しくかける。

・デジカメ

私が持っているのが、コンパクトデジカメなのだが、これが、めったに使わなくなった。iPhoneのカメラ機能がかなり性能がいいので、ほとんどこちらばかり利用している。

ふつうはiPhone。よっぽど重要な局面では一眼レフデジカメ(今、持ってないけど)と考えると、コンパクトタイプの出番があまりない。

・ネクタイピン

私が社会人になった頃は、既に使っている人はほとんどいなかった。たまに贈り物でいただくが、使わないので小物入れの肥やしと化している。

実用的にはネクタイがぶらぶらしないというメリットがあるのだろうが、別にしても構わないしな。

・万年筆、ボールペン、シャープペンシル、消しゴム、修正液、修正テープ


要は普通の筆記具を一切使わなくなってしまった。では何を使っているかというと、前にもブログで書いたが、 消せるボールペンFrixionである。繰り返しになるので、もういろいろ書かないけど、これは超便利である。

Frixionはメーカーからの注意事項として、公式書類や宛名等には使わないで欲しいとある。60度以上の温度が生じると、インクが透明になってしまうのだ。まあ普通の環境でそんなことはないけどね。

今度真夏の自動車で実験してみるか。ダッシュボードにこれで書いたメモを放置しておくの。

うん、夏までには間違いなく忘れて、やらないだろう。


スピリチュアル方面では、物にも魂があり、粗末にしたり、使わないと悲しむことを学んだ。

今度慰労の意味も込めて、しばらく使っていない布のハンカチと万年筆とコンパクトデジカメを持ち、ネクタイピンをさして外出してみようか。

うわっ、地味な挑戦だ。

19xx年、新入社員だった自分への言葉


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今は2013年、私はXX歳だ。

19XX年4月2日の自分自身に話しかけようとしている。聞こえているね?

外資系IT企業に入社したばかりの君は不安でいっぱいだろう。本当に入りたい会社ではなかった。いや、業界ですらなかった。行きたかった業界の入社試験に失敗し、泣く泣く大量採用をしていたその会社へ入った。

今からちょっとだけ君の未来を教えてあげよう。

残念ながら、あまり具体的な話はできない。それをしてしまうと、君の生きる楽しみを奪うことになるからだ。ゲームは結果がわからないから面白いし、価値がある。まわりの人は誰も未来など知らないのに、自分だけ回答を知ってもつまらないだろう?そんなのは、ずるだもんな。

だから、人生というゲームに影響のない範囲で話すことにする。

会社に関しては、君が漠然と感じている不安は大当たりだ。そこは結構たちが悪い。XX年後の今、あんなに大勢いた同期入社で、会社に残っているのは2~3割だろう。いや、もっと少ないかな。中には死んだ奴もいる(本当だけど、脅かしすぎか)。

でも、君は今、自分で思っているより長くその会社で働くことになる。いろいろあるけど、腐らずに頑張れば、やがて別の会社で働く機会が得られるだろう。ありがたいことに、そこでは前の会社とは比較できないほど仕事や同僚に恵まれる。

その転職は流れるようにスムーズだ。だから、決して自分から動こうとしてはいけない。時が来れば、「縁」とはこういうものかと実感する出来事が次々に起きるから。

今、君がいる会社は飛ぶ鳥を落とす勢いだが、xx年後の今は見る影もないほど凋落している。まだその会社にいる元同僚からは、私がいい時に辞めたなと言われているぐらいだ。

でも、最初から今、私がいる会社に君が就職していたら、そのありがたさはわからなかっただろう。今、君がいる会社でいろいろ苦労したからこそ理解できるのだ。そして、そこはきつい会社だが、仕事はしっかり覚えられるところだ。学んだことが、今の私にはたいへん役に立っている。

人生に無駄なものはない。だから、自信を持ってその会社で働いて欲しい。

話を変えよう。

次に君が感心があるのは、私がどんな結婚をしているかだろう。結婚して子供がいるのか?いないのか?離婚したのか?そもそも一度も結婚していないのか??

これは微妙なヒントを出せないので、完全黙秘とさせてもらおう。ごめんな。いいじゃん、自分でがんばれよ。

いずれにせよ、今の君が想像するxx歳の自分と現在の私は相当かけ離れていることだけは言っておこう。クイズで100回、君に回答を許したところで、今の私がどんな生活をおくっているかを決して当てられないだろう。

世間的に言っても、2013年のxx歳は、今の君には考えられないほど若い。私は丸くなってないし、守りにも入っていない。むしろ、人生の最盛期はこれからと、アクセルを踏みまくろうとしているところだ。

これからのxx年間、君の人生には楽しいことがある。嬉しいことがある。そして悲しいこともある。自然災害も君には直接の影響はないけれど、2回ほど大きいのがやってくる。

でも、これだけは言おう。

君の未来は、それほど悪くない。

私の挑戦

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ブログ始めました。

大老が必要だ

おかげさまで、昨日の記事 がたいへん好評でした。皆さんの江戸時代へ戻りたいという熱い想い、確かにいただきました。

ひとつ書き忘れたのですが、将軍の補佐役が必要だと思うのですよ。徳川家の子孫だって、いきなり将軍にされたらとまどいますよね。やはり政治の実務経験者がきっちりサポートすべきかと。

老中じゃなくて、ここはそれなりの権力がある大老を任命すべきでしょう。候補者として私が思い浮かぶのは、こういう面々です。現在の日本に大きな影響を与えた有力政治家であります。

できれば、順番にでも大老になってもらうべきです。

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とても優秀な政治家の皆さんです。大老になっても桜田門外で襲われたりはしないでしょう。

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たぶん。

江戸時代からやり直せ!

しかし、TPPなんて狂気の沙汰みたいなこと、本気でやるんですかね?どこが問題かというのは中野剛志氏や三橋貴明氏の言説をお読みください。

TPPに参加してしまうと関税を自由に決められないのみならず、国内法より優先されるISD条項があったりします。要はですね、

・関税自主権の喪失
・治外法権を認める


ということになってしまうわけですよ。先祖たちが命を賭けてこれら不平等条約の撤廃を勝ち取ったのに、子孫の我々がこれらの権利を放棄するなんて狂っています。私たち日本人は、なぜこんな情けないことになってしまったのでしょうか?

そんなに昔に戻りたいなら、私から提案があります。

日本国は江戸時代からやり直しませんか?

明治、大正、昭和と続く時代のどこかで大きな間違いがあったから、こんなことになってしまったのです。一回、世の中を江戸時代に戻して、そこからあるべき歴史を検証していきましょうよ。

私は本気です。具体的な手順をご説明しましょう。

(1)将軍
まず、徳川家の末裔を探し出してきて将軍にします。これぞ大政逆奉還です。すべてはここから始まります。将軍の側近には見た目が老けた連中を選びます。役職名は、もちろん若年寄。

(2)身分制度

士農工商を定める必要がありますが、現代に合わせてアレンジしましょう。人口比からいって、公務員がまず武士ですね。

現代の農家の方々は昔の農民とイコールではありません。むしろ、サラリーマンを農民の位置に置いた方が正しいと思います。ただ、おまえら明日から百姓と呼ぶぞと言うと怒るでしょうから、一応武士の仲間に入れてあげましょう。南アフリカに昔あった名誉白人みたいなものです。

サラリーマンには武士として、名字帯刀を許します。日本刀を腰に下げて会社に行くのです。夜の有楽町や新橋では、酔っぱらったサラリーマンたちの壮絶な斬り合いが見られることでしょう。仕方ありません。社会改革に多少の犠牲はつきものです。

仕事でミスをしたり、商談の受注に失敗したサラリーマンは当然、切腹を命じられます。きびしい世の中になりますね。

もちろん、OLも常に短刀を携帯して構いません。電車内で痴漢にあったら、その場でやっちゃってください。

(3)経済
日本国の経済は金本位制ならぬ米本位制に戻ります。こうしておけば、諸外国に余計な茶々を入れられずにすみます。食糧自給も可能だし、一挙両得ですね。

銀行の金庫には米俵が積まれ、ディスペンサーからは生米がさらさらと出てきます。サラリーマンの給料も当然、一升、二升と米で払います。ただ標準米とササニシキの交換レートはどうするとか、タイ米やカリフォルニア米は通貨になりえるのか?といった検討課題はありますね。

(4)鎖国

日本は江戸時代に戻っている間、当然、鎖国を行います。外国人との接触を断ち、私たち日本人だけで考える時間が必要です。

外国との交流は長崎に限定します。長崎空港を唯一の窓口とし、外国航空機の就航はKLMオランダ航空とAIR China中国国際航空のみを認めます。

貿易のため、必要最小限の外国人は日本に滞在しますが、一般社会から隔離します。出島をもう一回作ろうかと思いましたが、そんなことをしなくても、長崎にはいいところがありました。

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ハウステンボス

ここならオランダ人も望郷の念にかられることなく、楽しく日本生活を過ごせることでしょう。


他にも参勤交代をやると経済が活性化するなとか、学習塾はそのまま寺子屋にできるなとか、いろいろ考えたのですが、今日はここまでにしておきます。

えっ、この江戸時代生活をいつまでやるつもりかって?

もちろん、黒船が来るまでですよ。

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運命の日

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「看守さん、時間ですか?」

父と猫、3つのシーン

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実家は私の家と同じ関東にあるので、月に1回は顔を出す。

母は既に亡くなっており、父と一番上の妹、そして猫が一緒に住んでいる。

これは実家に帰った時の話。

その1


私が帰ると駆け寄ってくる猫を見て、父が必ず言う。
「すごいな。おまえのことを覚えているよ」

私は猫の記憶力より、毎月同じことを言う父が心配だ。

その2


父が隣の部屋で誰かと話している。私が顔を出すと、父が抱き上げた猫とにらみ合っていた。父は猫に言った。
「おまえ、偉そうにヒゲなんかはやしやがって」

今年で76歳。父の頭は、まだしっかりしているはずだ。

その3


抱き上げられたのが嫌で暴れる猫を嘲笑して、父がひと言。
「おまえが暴れて何ができる。おまえなんか、ひとひねりだ」

いや、いざとなれば、猫も結構いい戦いをするはずだよ、と私は思った。

(実話)知人が買ったマンション

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知人がバブル崩壊のちょっと後ぐらいにマンションを買った。都心の幹線道路沿い。高層階の部屋からは見晴らしが抜群。

彼の口ぐせは「これからは持つものと持たざる者の差がハッキリ分かれる」だった。土地や建物を持つ者が最後に勝つというのだ。彼はやたらと資産というか、財産にこだわる男だった。

だから、たいして広くもないマンションをたぶん当時の彼の年収で10倍以上の値段で買った。当時のまだ高かった金利も含めると、彼は途方もない金額を住宅ローンに費やしている。

ところが、彼はせっかく購入したマンションに何年も住んでいない。海外赴任が長く、人に貸している期間が長かったのだ。日本に帰ってきても、すぐに借りた人を追い出すことなどできないから、結局別に住む家を借りざるを得なかった。

そのマンションに一番長く住んでいたのはフリーのカメラマンだった。業界では有名な人らしい。彼はその部屋をいたく気に入り、知人に買い取りを申し出たそうだ。

だが、金額は折り合わず、売買は成立しなかった。カメラマンの提案金額は当時の相場以上だったが、知人の購入金額を大幅に下まわっていた。世間の不動産価格自体が下がっているから当然なのだが、知人は納得しなかった。

こんな極上物件の値段が、このままであるはずはないというのである。いつかまた必ず上がるはずだと。

彼は私にメールをくれた。
「あのカメラマンが何年住もうが、家賃を総額何百万円払おうが、マンションの釘一本、彼のものにはならない。しょせん借りているやつには何も残らないのだ」

そうかなあと私は思った。残っていると思うけど。

そのカメラマンには、お気に入りのマンションで何年かを過ごしたという思い出がある。そして、それはかけがえのないものだ。

だって人が死ぬ時、あの世に持っていける財産は思い出だけなのだから。

(実話)天丼屋での悲劇

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誰でも知っている天丼のチェーン店。

その日、ぼくはカウンターで天丼を食べていた。2つ離れた席には作業服姿のおじさん。天丼を半分ぐらい食べた時、そのおじさんはトイレに立った。

その姿を店員は見ていなかったらしい。あっと言う間に彼女は食べかけの天丼を下げてしまった。ぼくが「食べている途中だよ」と言ってあげる暇もなかった。

トイレから帰ってきたおじさん、何もないテーブルを見ると、のども裂けよとばかりに絶叫した。
「あーっ、俺の天丼がないーっ!」

それは、愛する料理を失った男の魂の叫びだった。

お代は結構ですと平謝りする店員を制し、おじさんは「いいよ、食べたんだから払うよ」とプリプリ怒りながら支払った。彼は少し泣いていた。

「食べかけだって、わかりそうなもんじゃないか」
その言葉を残して、おじさんは店を後にした。その背中はとても寂しそうだった。

ぼくは今でも思う。あのおじさんにせめて海老を食べさせてあげたかったなと。

彼は好きなものを最後に食べる人だったのだ。

占いなんて100%詐欺か?

ネットゲリラ という有名な2chのまとめサイトがあります。普通、サイトの運営者は完全匿名で正体不明だったりするのですが、ここは誰だかわかります。静岡県三島市にある会社の社長です。

私はある機会にこの人と名刺交換をしたことがあります。第一印象としては、結構どす黒い方だなと思いました。悪人というわけではなく、醸し出す雰囲気が世の中の不平不満をめいっぱい溜め込んでいらっしゃるように見えたのです。

ネットゲリラのポジションとしては親中国、反韓国、親民主党、反自民党、反原発と非常にわかりやすいです。一言で言えば、チョイ左翼という感じでしょうか。若干、学生運動世代の臭いもあります。

政治的な立場としては私と相いれない点が多いのですが、ウェブサイトは読み物として面白いので、毎日目を通しています。

で、ここにあった本日のトピックが「占いなんて100%詐欺w」

ざっと目を通したところ、看板に偽りありですね。

これ、要は占い師がなかなか占い結果を出さないまま、追加料金をどんどん請求しているところが詐欺なんですよ。ここに書いてある内容では、占い自体が詐欺にあたりません。

私自身が趣味で師匠 から習っているから言うわけなんですけど、占いって当たるものは結構当たりますよ。面白いぐらい本質を突いたりします。

要は非科学的だから詐欺だと言いたいのでしょうが、そもそも「科学的」って、そんなに絶対的なものなのでしょうか?私は科学を人類が知り得ていることの最大公約数に過ぎないと考えています。

身近なところで例をひとつあげましょうか。

誰かの視線を感じて振り向くってことは誰にでもありますよね?それも何メートルも離れたところからの。これって科学でどう説明するのでしょうか?できないと思いますよ。

自分たちが知っていること以外はすべてあり得ないと決めつける態度は、ガリレオ・ガリレイを宗教裁判にかけたそれと変わりありません。それが間違いだという証拠は、その当時では決して知り得なかった、今に至る科学の進歩です。

もちろん、何でもかんでも信じろというのはあり得ませんし、特に占いなんかは怪しいものが多いのは事実です。そこの見極め方は実際に当たっているか否かを自分で判断するしかありません。あまり高額の鑑定料を請求するところは敬遠した方がいいでしょうね。

ただ言えることは、あまり物事を枠にはめてしまわず、「科学的じゃないけど、本当にこういうことがあれば面白いかも」ぐらいの余裕を持っていれば、人生が楽しくなるということです。


※今日のおまけは、土曜日の夏菜子のひと言。いつもながら、ほれぼれする字です。
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