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何をやっても、やらなくても。文句垂れるだけならタダだ。ー【沖縄タイムス社説】「有事」住民避難 これで本当に守れるか
沖縄二紙に言わせると、「軍隊は国民を守らない」ってのが「大東亜戦争(*1)に於ける沖縄戦の教訓」なんだそうな。
ならば、その「沖縄戦の教訓」に則り、「新生日本軍たる自衛隊こそ、国民を守るべきだ!!」と主張するならば、未だ筋も通ろうモノを、沖縄二紙ときたら、「故に、自衛隊も国民を守らない(に違いない)。」と断定断言するばかり。「軍隊は国民を守らない」ってのが絶対不可侵の真理(*2)で、金科玉条の「神聖にして犯すベからざる絶対原理」になっている、らしい。
沖縄二紙が何を信仰しようが知ったこっちゃぁないんだが、下掲する様な言説で「国民を守る努力」を貶し(けなし)、貶め(おとしめ)、蔑ろ(ないがしろ)にするのは、看過する訳にはいかないな。
- <注記>
- (*1) とは、此奴らは呼ばないが。
- (*2) いやぁ、たった一回の「実戦」で、ここまで断定断言出来てしまうのだから、思い込みって、怖いねぇ。
(1)【沖縄タイムス社説】「有事」住民避難 これで本当に守れるか
「有事」住民避難 これで本当に守れるか
https://news.infoseek.co.jp/article/okinawatimes_1132765968071508053/
沖縄タイムス+プラス / 2024年2月21日 5時0分
政府と沖縄、熊本の両県が「台湾有事」への備えとして、多良間村の住民約千人を熊本県八代市で受け入れる計画の策定に向けて協議に入った。避難先を八代市の総合体育館とし、1カ月程度の滞在を想定している。
政府は宮古と八重山の全域で、計12万人に及ぶ住民の避難計画の策定を目指していて、九州と山口の各県に受け入れを要請していた。
多良間村の人口は約千人で、先島5市町村では最も少ない。避難計画を先行させ、今後のモデルにしていくとみられる。
南西諸島で防衛力の強化が進む中、国境に近い宮古や八重山の島々では住民の不安が高まっている。有事の実態が見えないまま、政府は自衛隊の配備を強化し、それと一体に住民の避難計画の策定を急ぐ。
多良間村では昨年10月、国の担当者も出席し、住民避難に関する意見交換会が開かれた。参加者からは、「万が一というが、有事はどのぐらいの確率で起こるのか」「避難よりもシェルターを造った方がいい」といった意見が上がった。
国民保護法に基づく武力攻撃予測事態を想定した避難計画案で、多良間村の住民はフェリーや航空機を使い、2日がかりで宮古島へ避難。さらに航空機で鹿児島空港に移動する。
少なくとも数日かかる避難で住民の命は本当に守れるのか。有事の中で避難はできるのか。そもそも有事とは何なのか。政府は疑問に答える必要がある。
■ ■
石垣と竹富、与那国の3市町は19日、武力攻撃事態が発生した場合の相互協力に向けて協定を締結した。救援物資や避難手段の確保が難しくなることが予想されるとして、国や県との連携にも取り組むという。
特定の国による武力攻撃を想定してはいないとするものの、念頭にあるのは中国による台湾侵攻であろう。政府が「有事」を強調しながら、南西諸島で自衛隊配備を強化したり、住民の避難計画を進めたりしている流れに呼応している。
国境に近い島々の不安や懸念は理解できるが、過度な反応は周辺地域の緊張を高めることを忘れてはならない。基地があるから、軍隊がいるからこそ、攻撃の的になることは歴史が証明している。平和外交と周辺地域との官民の交流が、何よりの抑止力となることをあらためて確認したい。
■ ■
政府は2022年12月に決定した「国家安全保障戦略」で、南西諸島の住民の速やかな避難計画の策定を打ち出した。24年度内の策定を目指している。
多良間村の避難計画を先行させているのは、受け入れ自治体を具体的に定めて23年度に前倒しすることで、全体の計画策定を加速させる狙いがある。
政府は実態の見えない脅威をあおるのではなく、国民に安心と安全を広げることに注力するべきである。有事を起こさせないための平和外交にこそ努めるべきである。
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(2)「平和外交」やっていれば「戦争にならない」と思い込んでいる、大馬鹿野郎。
対独宥和政策って「平和外交」が、結局第二次大戦を誘発した、と言う史実さえ踏まえない大間抜け。
「外交」と「軍事」が相反的・背反的としか考えられない単純お花畑思考。
まあ、言い方は色々ありそうだが、一言で言うならば「気違い」だろう。
「『平和外交』やっていれば『戦争にならない』」と考えているヤツバラには、「戦争にはならないかも知れないが、譲歩して屈服して占領されてお終い、って事はあり得るよね。そりゃ『不戦敗』ってヤツだ。それで『良し』とする向きもあろうが、私(ZERO)は御免被るね。」と言うさ。
「『外交』と『軍事』は相反的・背反的」と考える輩には、「『砲艦外交』って、言葉も概念も実績も史実も知らないとは、恐れ入谷の鬼子母神」と言うさ。
何にせよ、「外交さえやっていれば、軍隊は要らない」と言わんばかり(イヤ、実質「言っている」よなぁ。)の上掲社説は、沖縄タイムスの社説であり、沖縄タイムス社が新聞社として公式公的に表明している主張である。
先述の通り、「別に沖縄二紙が何を信仰しようが、知ったこっちゃぁない」のだが・・・一度ぐらい「ラインラント進駐」って史実・事実を調べちゃぁ、どうかね?
まあ、無理か。「心此処にあらざれば、見るとも見えず。」だからなぁ。
「思い込み」って、怖いねぇ。以て、他山の石としよう。
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人非人の主張-【朝日社説】海自でも参拝 靖国との関係 総点検を
「人非人(にんぴにん)」ってのは、余り「人口に膾炙しない言葉」であろう。「非人(ひにん)」ってえと多分「差別用語(*1)」って事になるのだろうが、それは「非人」が「穢多(*2)」と共にある種の職業集団(*3)を指すからであろう。「人非人」は、出自や職業とは無関係なのだから、少なくとも「出自や職業による差別では無い」。ある種の思想的傾向を非難する言葉ではあるが、な。他の表現をするならば、「非人道的」というのが近いか。「人」というモノを、今少し「広く」考えての「人道」ではある。
「決定的・致命的なほどに、人間味に欠ける」と表記すれば、ほぼ「人非人」と同義となろう。
そんな「差別用語と言われかねない様な、余り人口に膾炙しない言葉」である「人非人」をタイトルにとったのは、私(ZERO)が””差別用語”なてモノに頓着しない=好きなときに”差別用語”を、遠慮無く使う(*4)」と言うのもさることながら、下掲朝日新聞社説を人非人=「決定的・致命的なほどに、人間味に欠ける」と感じたから、である。
- <注記>
- (*1) 序でに書けば、私(ZERO)は「差別用語」なる言葉が、大嫌いだ。大凡「差別用語」とされる言葉は、単なる「レッテル貼り」であり、ある種の単純化にして知的怠惰の表明でしかない、と思っている。
- 「差別用語を使うな!」って主張は、「差別を無くせ!!」って主張と同根の胡散臭さとイヤらしさがプンプンして、敵わない。
- 有り体に言って、「差別は、差別用語なんか使わなくても出来る」。単純には隠語で言い替えれば良い。
- 「”差別用語"を無くす」事で「差別を無くせる」と思っているならば、最早気違いのレベルであるし、「差別を減らせる」と思っていても「大間抜け」のレベルは免れない。まあ、大抵は、「”自分は、差別なんかしていない”というアピール、乃至アリバイ作り」なのだろうが、実に下らない「格好つけ」であり、良い処、自己陶酔でしかない。
- 逆に「差別を込めずに、差別用語を使う」事だって、大抵可能だ。「気違い」「百姓」「片目」「非人」等、「差別用語」とされる言葉は多いが、それを禁じることが、自己陶酔の言論統制以外の何かになっているのかね?なってないだろうが。
- 「フランス人?ああっ、差別用語だぁ。」
- このギャグのおかしみは、「差別用語反対」とか抜かしているヤツバラには判るまい。それだけ世の中に対して「損している」ってこと、だぞ。
- (*2) ふざけたことに、ATOKの「えた」では、出て来ない。教育してやれ!
- (*3) 動物の死骸を解体して皮や肉や骨を得る職業で、「死穢(しえ)が多い」から「穢多」となったらしい。
- (*4) 大体、「片目」や「百姓」が「差別用語」ってなんだよ。挙げ句の果てに「片目」の言い換えが「目が不自由」だったりする。NHKがチャールズ・ブロンソン主演の異色西部劇「ホワイト・バッファロー」で”One Eye”を「目が不自由」と訳して字幕にしやぁがったのが、その例だ。
- 「目が不自由」では全盲と区別が付かないだろうが。多羅尾伴内の「あるときは、片目の運転手」が「あるときは、目の不自由な運転手」では、「全盲の運転手」の様ではないか。
(1)【朝日社説】海自でも参拝 靖国との関係 総点検を
社説
(社説)海自でも参拝 靖国との関係 総点検を:朝日新聞デジタル (asahi.com)
2024年2月25日 5時00分
終戦記念日に靖国神社に参拝する人たち=2022年8月15日、東京都千代田区、岩下毅撮影
【1】 陸上自衛隊に続き海上自衛隊でも、幹部を含む自衛官らによる靖国神社への集団参拝が明らかになった。憲法が定める「政教分離」に抵触するのみならず、旧日本軍と「断絶」していないのではないかと疑われる行動だ。他の部隊でも例はないか、総点検して明らかにする必要がある。
【2】 海上自衛隊の幹部候補生学校の卒業生が昨年5月、長期にわたる遠洋練習航海に先立ち、練習艦隊の当時の今野泰樹(やすしげ)司令官らとともに靖国神社に参拝していた。靖国神社の社報には、制服姿で本殿に上がって頭を下げる様子が写真つきで紹介され、練習航海前の参拝は毎年の恒例行事ととれる記述もあった。
【3】 酒井良海上幕僚長は記者会見で、卒業生165人の多くが参加したが、東京地区での研修の合間にあった、個人の自由意思による私的参拝だと強調。「部隊としての参拝」や「隊員への参加の強制」を禁じた防衛事務次官通達には反しないとの考えを示した。玉串料も自由意思で集め、まとめて納めたという。
【4】 しかし、制服姿での集団参拝は、外形的には組織的な振る舞いにしか見えない。幹部の育成過程の一環に組み込まれた行事のようにもみえ、若い自衛官が本当に個人の自由意思で、参加の有無を判断できるものだろうか。
【5】 酒井海幕長は、自由参拝なので記録がなく、問題はないので「調査する方針もない」と述べた。過去にさかのぼって実態をつまびらかにすることなく、なぜそんな判断ができるのか。海自任せにせず、防衛省がきちんと事実関係を確認すべきだ。
【6】 陸自で今年1月、陸上幕僚副長がトップを務める航空事故調査委員会のメンバーによる集団参拝が明らかになったばかりである。
【7】 靖国神社は戦前、旧陸海軍が共同で管理し、国家主義や軍国主義の精神的支柱となった。東京裁判で戦争責任を問われたA級戦犯14人が合祀(ごうし)されてもいる。もちろん自衛隊員にも「信教の自由」は保障されているが、組織的な参拝となれば、話は別である。
【8】 平和憲法の下で再出発したはずの自衛隊内で、過去への反省が風化していないか。この機会に組織全体をみわたしてチェックすべきだ。
【9】 木原稔防衛相は先月、部隊参拝を禁じた事務次官通達の見直しに言及した。「通達は50年前のもので、それ以降、信教の自由や政教分離原則に関する最高裁の判例もいくつか出ている」ことを理由に挙げた。その方向性は判然としないが、縛りを緩めるつもりなら論外である。
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(2)自衛隊は、「平和憲法の下で再出発」なぞしていない。その「平和憲法」には、自衛隊に関する記載が一切無く、追記もされていない。QED。
「自衛隊が発足するよりも先に"平和憲法"があった。」と言うだけで、「自衛隊は、”平和憲法”の範囲外にある/あった。」。
かかる説・主張を「暴論」と見なす者も多かろう。だが、
① 日本国憲法には、自衛隊に対する記載が無い。
② 自衛隊発足は、日本国憲法発布より後である。
と言う二つの事実・史実を説明するのに、上掲朝日社説が唱えるような、
(A案) 自衛隊は(日本の軍隊として)、平和憲法の下で再出発した。
のと、
(B案) 自衛隊の発足&存在は、平和憲法の範囲外である。
ってのでは、一体どちらがより整合性が高く、理に適っているだろうか?
③ 一国の憲法には、その国の軍隊に関する記述があるのが通例である。
って「常識論」を更に傍証としても良かろう。当然、私(ZERO)は(B案)を推す。
大体、(A案)「自衛隊は(日本の軍隊として)、平和憲法の下で再出発した。」が正しいのならば、長沼ナイキ訴訟はじめとして数多あった「自衛隊違憲訴訟」も、嘗てはかますびしかった「自衛隊違憲論」も、成立しない/しなかった筈ではないか?
そんな「自衛隊違憲訴訟」「自衛隊違憲論」が数多あったと言う事実/史実が、少なくとも(A案)「自衛隊は(日本の軍隊として)、平和憲法の下で再出発した。」なる説が「広範に受け入れられ、普遍的な説では無かった」事を、立証していよう。
更に言うならば、嘗ては数多あった「自衛隊違憲訴訟」「自衛隊違憲論」の先頭に立ち、旗振っていたのは他ならぬ、朝日新聞ではないか。「少年朝日年鑑」なんて子ども向けの本で、自衛隊の最新兵器(当時)と帝国陸海軍の兵器(当然、第2次大戦中の奴)とを並べて、「こんなに強い自衛隊は、おかしい」って誘導していたことを、私(ZERO)はハッキリと覚えているぞ。
それを、だ。「自衛隊違憲論」に嘗てほどの勢いが無くなり、「自衛隊違憲訴訟」は絶滅危惧種(イヤ、絶滅したかな?)状態となった今頃になって、(A案)「自衛隊は(日本の軍隊として)、平和憲法の下で再出発した。」と、「筈」などと姑息な婉曲表現を使いながらも主張出来てしまうとは、朝日新聞ったら、随分と良い面の皮をしているじゃぁないか。
だが、まあ、それだけならば、私(ZERO)も「無責任な言論者であり、ジャーナリストとしてもオピニオンリーダーとしても失格だ。」と断定断言するぐらいで、タイトルにした様は「人非人」呼ばわりはしなかったろう。
「朝日の無責任ぶり」については、先行記事にもしている通り、「慰安婦強制連行報道」から「旧日本軍の毒ガス使用写真」、更には弊ブログ記事には無いが、虚報に基づく「教科書検定問題」、「伊東リツ架空インタビュー記事」「珊瑚毀損自作自演写真」まで、幾らも前例先例があって、こちとら慣れっこだ。
今回そんな「無責任なのはデフォルト状態」の朝日を「人非人」と非難するのは、「自衛隊/自衛官は、堂々と靖国神社に参拝するな」とする、上掲朝日社説の主張故である。その主張に「人の心を持たぬ、人外の化生」と感じるから、である。
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(3)人外の化生(じんがいのけしょう)
チョイと哲学的な問いになるが・・・「人を、人たらしめているモノは、何だろうか?」
「哲学的な問い」だけに、幾通りも「答え」はありそうだ。生物学的な人・ホモサピエンスとしての定義も出来ようし、極端には「正解はない」と断定断言しても、良さそうだ。
だが、一つの考え方として、「死者を悼むこと」というのが、挙げられよう。同胞・同族の死を「悼む」と言うのは、一寸禽獣や動物には、在りそうに無い(*1)。人間だけの特徴、と考えられる。
言うまでも無かろうが、靖国神社は、我が国に身命を捧げられた方々を祀るところ。その中に、先の大東亜戦争に倒れた英霊方も、大東亜戦争敗戦直後に「刑死」させられた方々も、戦後その職に殉じた自衛官たちも含まれる。現職・現役の自衛官からすれば、その大半は「我が国防衛の任」を共有する先輩方・先人である。
「我が国防衛の任」を共有する先輩方・先人を、悼み、祀る事を否定することは、「非人道的」としては言葉が過ぎるかも知れないが(*2)、「人間味」か「人としての情」か「人間として根源的な何か」か、或いはその全てを、「欠いている」と、思われてならない。
故に、言うのである。上掲朝日社説は、「人非人の主張」だ、と。
百歩(と言うか、感覚的には「一万歩」、ぐらいだな。)譲って、かかる主張を外国人、例えばWall Street Journal(*3)の社説(って、あるのかな?)だったとしたら、私(ZERO)も「人非人」とまでは言わないだろう(*4)。「戦犯憎し(転じて、日本憎し)」に凝り固まって、「墓を暴いて遺骨の破壊」ぐらいは平気でやるような某国人でも同様だ。だが、上掲社説は日本の新聞社である朝日新聞の社説であり、それを書いたのは多分、日本人だ(*5)。
諸外国人ならいざ知らず、「死んでしまえば仏様」ってのが、「日本人としては普通の感覚」だろう。
そんな、日本人である筈の朝日新聞が、上掲朝日社説の通り、「自衛隊・自衛官は、堂々と靖国神社を参拝するな」と主張するからこそ、言うのである。「人非人」と。「人に似るが、人にあらざるモノ」と。
あ、もう一つ可能性があったか。
「朝日新聞記者もデスクも、新聞社を挙げて、日本人ではない。」
どうも「人非人である」よりは、こっちの方が可能性は高そうだな。
- <注記>
- (*1) 「同種の死骸を喰う」と言うのは、ゴキブリなど幾つも事例があるようだが、コレを「悼んでいる」とは認め難い。
- ある種の鳥は、捕獲され鳥籠に閉じ込められた仲間に毒入りの実を届けて「自殺幇助」を図るそうだが(アシモフ博士の雑学に、あった・・・気がする。)、コレも「死者を悼む」のとは異なろう。
- (*2) イヤ、「過ぎる」のかな?「至当」と言うべきでは無いか?
- (*3) 肥田美佐子はじめとする日本人・日系人女性記者に依る反日・侮日の与太記事連発していたことは、忘じがたい。まあ、格好の弊ブログネタになったし、その後は改善した、らしいが。
- (*4) 「毛唐」程度で、済ますだろう。
- (*5) 余り自信は無い推測だ。
今は、パーティー裏金か。訴訟に出来るかも知れない分、モリカケよりマシかも知れないが、やってる事は野党もマスコミも十年一日で、進歩が無いったら無いな。
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朝日待望の「反応」-【ハンギョレ】自衛隊、靖国神社に集団参拝・・・「事実上の命令」
「陸上自衛官が靖国神社を参拝したぁぁぁぁぁっ!!!」と、アカ新聞共が社説に取り上げてまで騒いだのは、記憶に新しいところ。言うまでも無かろうが社説というのは「新聞社の、新聞社としての公式公的な主張」であり、新聞社を「社会の木鐸」とか「ジャーナリスト」とか「オピニオンリーダー」とか考える限りは、「殆ど存在理由と言って良いぐらいに重要な記事(*1)」だ。それ故にこそ弊ブログでも記事にした。無論、弊ブログで取り上げた朝日社説などだから、肯定的で無いのは、デフォルトだな。
先達たる英霊方に、敬意を払うは当然ぞ。-【朝日社説】陸自靖国参拝 旧軍との「断絶」どこへ 他 | 日出づる処の御国を護り、外国までも率いん心 (ameblo.jp)
当該弊ブログ記事を書くに当たって、ザッと検索をかけて「陸自自衛官の靖国神社参拝報道に対する、中共や半島の反応」を探ろうとしたのだが、「靖国神社 参拝」ぐらいのキーワードで検索をかけても、古い記事が出て来るぐらいで、今回の「陸自自衛官靖国参拝」に関する記事はサッパリヒットしなかった。無論、日本語以外の記事ではヒットするのかも知れないが。日本語記事/日本人受け記事としての反応は、確認できなかった。朝日としては、教科書問題とか従軍慰安婦強制連行説のような反応を来していたのだろう、と推定推察邪推するのだが、そうはならなかった。
左様な経緯があったので、半島はチョウセンジン紙の中でも左巻きで有名なハンギョレ紙に「朝日待望(であろう)チョウセンジンの反応・反発記事」を見付けたので、早速読んでみた。
- <注記>
- (*1) だからこそ、弊ブログでもしばしば俎上にあげているのだが。
(1)【ハンギョレ】自衛隊、靖国神社に集団参拝・・・「事実上の命令」(2/21)
自衛隊、靖国神社に集団参拝…「事実上の命令」
2/22(木) 7:54配信
ハンギョレ新聞
昨年5月の航海前の参拝が判明 海上自衛隊「私的参拝、問題ない」 軍事評論家「事実上の命令」
日本の海上自衛隊の司令官と隊員が遠洋練習航海に先立ち、太平洋戦争のA級戦犯が合祀されている靖国神社に集団参拝したことが分かった。自衛隊は個人の自由意志だったとしたが、「事実上の命令」だとする批判が出ている。
朝日新聞は、昨年5月17日に日本の海上自衛隊の幹部候補生学校の卒業生165人を対象に東京九段下の近くで研修が行われ、休憩時間に希望者が制服姿で靖国神社に集団参拝したと、21日報道した。希望者は事前に募集され、練習艦隊が停泊していたふ頭から神社の近くまで官用バスで移動したと報じた。
これらの参拝は昨年7月の靖国神社の社報にも掲載され、社報には制服姿の隊員が参拝する写真とともに「航海に先立ち正式参拝した」と記されている。また、「(遠洋練習航海は)昭和32年(1957年)以降実施され、今回で67回目となる。出発前には当神社へ正式参拝に訪れている」としている。自衛隊の集団参拝が定例的に行われていたのではないかという疑惑が提起された。練習艦隊には海上自衛隊の幹部候補生学校の卒業生が配属され、遠洋練習航海は約6カ月の間に各国を訪問するプログラムだ。
海上自衛隊のトップである酒井良海上幕僚長は、20日の記者会見で「練習艦隊として公式参拝したということではない。研修の合間に個人が自由意思のもとで私的に参拝した」とし、「問題視することもなく、調査する方針もない」ことを明らかにした。自衛隊員が、日本の侵略戦争を美化する様々な物品が展示されている戦争博物館「遊就館」を訪問したかについては、「研修として訪問していない。自由時間に行ったかは把握していない」と述べた。1974年に定められた「宗教上の礼拝所に対して部隊参拝すること及び隊員に参加を強制することは厳に慎む」とする日本の防衛省の内部規定(通達)に違反するものではないという主張だ。
しかし、日本の軍事専門家は「事実上の命令」だと批判した。軍事評論家の前田哲男氏は朝日新聞に「参拝の意思を聞く機会があっても、卒業したばかりの実習幹部にとって参拝を拒否するのはかなり勇気が必要だろう」としたうえで、「事実上の命令だと言える」と強調した。この問題を初めて報道した日本共産党の機関紙「赤旗」は「自衛隊による靖国神社の集団参拝は、旧日本軍への回帰を懸念させる」と批判した。
これに先立ち、小林弘樹陸上幕僚副長と自衛隊員数十人が先月9日に靖国神社を集団参拝した事実が明らかになり、議論になった。陸上幕僚副長は、韓国の陸軍本部に該当する幕僚監部で2番目に高い職位だ。
東京都千代田区に建てられた靖国神社は、1867年の明治維新の前後に日本で繰り広げられた内戦と、日本が引き起こした数々の侵略戦争で天皇のために命を捧げた246万6000人あまりの英霊をたたえる施設だ。そのうちの約90%は、日本の太平洋戦争(1941年12月~1945年8月)に関連している。この戦争に責任があるA級戦犯14人は、1978年の合祀儀式を経て靖国に合祀された。そのため、日本の現職首相や政治家たちが靖国神社に参拝すると、日本が侵略戦争を反省していないという意味に解釈され、周辺国が反発するなど大きな外交的問題になってきた。
東京/キム・ソヨン特派員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
- (2) 元ネタとなった朝日記事を探すと、有料記事で・・・
☆【朝日】海自が靖国神社に集団参拝 練習艦隊の隊員、幕僚長「自由意志」(2/20)
海自が靖国神社に集団参拝 練習艦隊の隊員、幕僚長「自由意思」
有料記事
https://www.asahi.com/articles/ASS2N5D4KS2NUTFK00L.html
里見稔 田嶋慶彦2024年2月20日 16時16分
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吹き出しアイコン辻田真佐憲さんの
コメント
辻田真佐憲さん
写真・図版
春の例大祭が始まった靖国神社=2022年4月21日、東京都千代田区九段北3丁目
写真・図版写真・図版
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海上自衛隊練習艦隊の今野泰樹(やすしげ)司令官らが昨年5月、靖国神社(東京・九段)に集団で参拝していたことがわかった。酒井良海上幕僚長は20日の記者会見で、練習艦隊の165人を対象に九段下周辺の史跡などをめぐる研修を行った際、「その中の多くの人間」が参拝したと明らかにした。
海幕によると、集団参拝が行われたのは昨年5月17日。海自の幹部候補生学校の卒業者は練習艦隊に配属され、例年、この時期に歴史学習として九段坂公園や日本武道館を回る研修がある。その際の休憩時間に、希望者が制服姿で参拝したという。
今回の参拝は靖国神社の昨年7月号の社報に掲載されていた。朝日新聞が入手した社報の記事では、大勢の制服姿の海自隊員らが参拝する写真と一緒に、「(初級幹部らが)航海に先立ち正式参拝した」と記している。朝日新聞は19日から靖国神社側に事実関係の確認を求めているが、20日昼までに回答はなかった。
海自は自由意思による「私的参拝」と主張していますが、軍事評論家からは「事実上の命令だと言える」との指摘も出ています。記事の後半で紹介します。
【以下有料記事】
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(3)って事で、前回の「陸自のとトップクラスが靖国神社に参拝」した件とは別に朝日が報じた「海自自衛官の靖国参拝」記事に対するハンギョレ紙の反応だった、訳だが・・・
「今回は、チョウセンジンが即座に反応したのだな。」というのは兎も角、上掲朝日記事の「タダで読める部分」では「軍事評論家」とされ、「事実上の命令」と断定断言した御仁は、上掲ハンギョレ記事に依り「前田哲男」って人だと判明した。
で、ネット時代の有り難さ。「前田哲男」で検索をかけると、ウイキペディアに記事があって、「日本社会党(現社会民主党)の安全保障問題に関するブレーン」と出て来た。正直、吹いたぞ。
繰り返す。「日本社会党の安全保障問題に関するブレーン」だ。
あ・の・「憲法9条が最大の抑止力(*1)」と、素面で真面目に公言断言してしまう(*2)日本社会党の、「安全保障問題に関するブレーン」だ。
ってことは、「憲法9条は最大の抑止力」ってロジックを考え出し、主張している人って事、だな(多分)。そりゃ、朝日もインタビューするし、斯様な発言もするし、ハンギョレ紙が引用もする訳だ。
それにしてもなぁ・・・「軍事評論家」とされているくせに「命令」に対する認識が、随分と甘くは無かろうか。軍人/自衛官にとっての命令は、「己が身命よりも遙かに重く重大なモノ」であるのに、この軽さ。
「『事実上の命令』は『命令ではない』」ってロジックは成り立ちそうだが、そのロジックは当然、海自の側にも成り立つのだから、「自分の首締める」事になるぞ。
まあ、所詮「社会党の安全保障問題に関するブレーン」であり、恐らくは「憲法9条は最大の抑止力」理論提唱者なのだから、この程度か。
で、それに乗っかって「自衛隊の靖国神社参拝」を非難批判する朝日も、更にはそれに乗っかって朝日記事を引用しているハンギョレ紙も、「虎の威を借りようとしたら、狐ですら無く鼠の威だった。」って気がするんだがな。
更には、先日の「陸自自衛官靖国参拝記事に対する、中韓の反応の薄さ」に鑑み、今回用意したのが当該「社会党の安全保障問題に関するブレーン」だった、って線も、大いにありそうな話だな。まあ、そうだとすると、「社会党の安全保障問題に関するブレーン」が『虎になる』と思っていた、って事になるけれど(*3)。
あ、それでかぁ?上掲朝日記事の無料で読める部分には「前田哲男」って「軍事評論家の正体」を明かさず、予告部分で「軍事評論家は『事実上の命令』としている」とかナントカ「思わせぶりな書き方」して、有料記事を売りつけようって魂胆だ【ほぼ確信】。
だとすると、その「軍事評論家」個人名を明記特定してくれたハンギョレ紙には、感謝すべきだな。
- <注記>
- (*1) この日本社会党の主張そのものは、凄まじいばかりのトンデモ理論であるが、それでも「日本国憲法9条が、我が国の安全保障に資する/役に立つ」と主張している一つのロジックとして、私(ZERO)は「受け入れて」いる。
- と言うか、「日本国憲法9条が、我が国の安全保障に資する/役に立つ」ロジックとして、私(ZERO)が知っている唯一のモノが、これだ。
- 如何に日本国憲法学者共、「憲法変えちゃぁいけない」教徒共、「憲法擁護論」者共が、怠慢で堕落して廃退しているかと言うことの、一つの証左だと、私(ZERO)は理解している。
- (*2) それでも、「何故、日本国憲法9条が我が国の安全保障に資する/役立つか」を説明も主張も説得もしようとしない、数多の「憲法擁護論者」共よりは、マシである。気違いじみていても、間抜けでも、それなりの筋を通している。
- 「何故、日本国憲法9条が我が国の安全保障に資する/役立つか」を説明も主張も説得もせずに、殆どフィーリングだけで「憲法守れ」「憲法変えるな」と主張しているヤツバラは、社会党の爪のアカでも煎じて飲みやぁがれ。
- (*3) ハッ、今考えついたのだが、元ネタとなった朝日記事は、当該「軍事評論家」が「前田哲男」であることも伏せて、単に「軍事評論家」としか記事には記載していなかった、可能性があるな。
- 少なくとも「渡河点を隠蔽する煙幕の写真」を「毒ガスのジフェニル何某、通称『アカ弾』だ。』と断定断言した「専門家」は、氏名記載が無かった、と記憶しているから。ありえるな。
一周忌、になるのだなぁ。宇宙戦艦ヤマトシリーズは今でもアニメ化されているのだから、戦場マンガシリーズやザ コクピットシリーズも、アニメ化、再アニメ化されないかなぁ。
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そんなのは、現場警官の裁量だ。「職務質問」に、「公平」不要。ー【沖縄タイムス社説】見た目で職務質問 警察の人権侵害把握を
こう言うのを、「病膏肓(やまいこうこう)に入る(いる)」と、言うのだろうな。
最近じゃぁ余り聞かないが(*1)「悪平等」って言葉がある。「悪」と言うよりは「不当な」という意味で、「不当な平等」って意味。或いは一寸穿った表現を使えば「不公平な平等」と言っても良さそうだ。
例えば・・・学校のテストと成績を例にしようか。学校でテストしました。全く答えられない白紙回答から、全問正解百点満点の模範解答までありました。だけど成績は、全員百点満点とし、「5(*2)」を付けました。かかる状態は「悪平等」の例だろう。
事態は、仮に「全員を満点の半分の50点とし、成績は「3(*3)」としても同じ事で、やはり「悪平等」だ。努力も才能も運・不運も無視しての一律評価だから、「悪平等」としか、なりようが無い(*4)。
所が世の中には、「平等」を重視・・・と言うより「神聖視」するモノだから、「悪平等」を目指し、主張してしまう人々が居る。こう言うのは、「平等病」とでも言うべき病が酷くなって「手遅れになっている」と思えるからこそ、本稿冒頭の「病膏肓に入る」って感想になる。
そんな「手遅れな平等病」を思わせたのは、下掲する沖縄タイムス社説である。
- <注記>
- (*1) ひょっとすると「差別用語」とか「放送禁止用語」とかの指定を、受けているのかも知れない。もしそうならば、その様な基準が如何に言論封殺しているか、と言う証左だろうな。
- (*2) 無論、5段階評価の、最上位。
- (*3) 無論、5打開評価の真ん中
- (*4) ッてぇか、ハナっから「成績一律評価」と決めているならば、何だってテストなんかやったのかな状態。「アリバイ作り」って可能性は、ありそうだが。
(1)【沖縄タイムス社説】見た目で職務質問 警察の人権侵害把握を
見た目で職務質問 警察の人権侵害把握を
沖縄タイムスプラス
2024年02月02日(金)05:00
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外国にルーツを持つ人の見た目などに基づき警察が職務質問(職質)することは法の下の平等を定めた憲法14条などに違反するとして、外国出身の男性3人が国と東京都、愛知県に損害賠償などを求めて東京地裁に提訴した。 人種や肌の色を理由に犯罪捜査の対象とすることを「レイシャル・プロファイリング」という。
その違法性を問う訴訟は国内では初めてと見られる。
原告の一人、パキスタン生まれで日本国籍を取得した男性は昨年、たばこを吸おうと自宅玄関から路上に出た途端警察から職質を受けた。 警察官職務執行法は、何らかの罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があるときは職質できると定めている。 しかし「外国人だから」という理由で質問したのであれば明らかな差別だ。 アフリカ系米国人の男性は10年間に16、17回の職質を受けた。バイクに乗っている時にも警察に呼び止められ、「何の仕事をしているのか」など運転とは関係ないことを質問された。
インドにルーツを持つ男性は約20年間で少なくとも70回以上の職質を受けたという。
1回の職質で1時間以上足止めされた事例もあり、乱用されれば生活に大きな支障が出る恐れがある。理由も告げられず衆人環視の中で所持品を検査されるなど、人権侵害にも当たる事例もあり、原告側はこうした職質は「違法な警察権の行使だ」と訴える。
外国ルーツを理由に差別的な扱いが横行しているとすれば看過できない。
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本紙の取材では、県内でもこうした職質が相次いでいることが分かった。沖縄生まれで父が米国人の男性はたった4時間に那覇市や沖縄市で計4回も足止めされたという。
東京弁護士会が2022年、外国にルーツを持つ人を対象に実施したアンケートで沖縄は、東京や神奈川など大都市圏に次ぎ7番目に被害の訴えが多かった。
21年には在日米国大使館がSNSで日本の警察官によるレイシャル・プロファイリングを警告し国会でも取り上げられた。これを受け警察庁は同年初めて実態調査し、4道府県警で計6件の不適切な言動があったと認定した。
一方、先のアンケートでは約2千人が回答し、うち約6割が「過去5年間に職質を受けた」とした。多くの訴えが寄せられたことを考えれば、調査は不十分と言わざるを得ない。
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今回の訴状では、警察官の研修に用いられている資料で、人種など見た目に基づく職質を推奨する内容が複数あることも明らかになった。
国連はレイシャル・プロファイリングの禁止と、各国に防止のためのガイドライン策定を求めている。 日本で暮らす外国人労働者は23年10月末時点で過去最多の204万人超に上っており、社会の多様化が急速に進んでいる。
警察による差別的な扱いは許されない。政府も第三者機関による相談窓口を設置するなど差別や人権侵害の把握に乗り出すべきだ。
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(2)職務質問は現場警官の職責で、その対象が「公平である」必要は無い。
逮捕や拘束と言うならば兎も角、職務質もである。「見た目が怪しい」ならば、理由として十分過ぎよう。
逆に「見た目に関わらず」、その場に入る全員に満遍なくとか、完全にランダム選択にとか、「職務質問の対象を"公平に"選ぶ」ことこそ馬鹿げていよう。特に後者は、「怪しい見た目の者に対し、職務質問しない/出来ない」可能性を秘めている。
「職務質問の対象を公平にする」為に「怪しい見た目の者に職務質問しない」警官は、職務怠慢であり、サボタージュ乃至ストライキ、或いは単に「無能」として非難され、叱責されるべきだろう(*1)。
言い替えようか。
いやしくも警察官たる者は、「見た目で職務質問している」などと言う批判に屈するべきでも無ければ、耳を貸すべきでも無い。己が職務に忠実であれば、天地俯仰に恥じるところなぞ、無い。
「見た目で職務質問している」などと言う批判には、「見た目が怪しいからですが、何か?」で、沢山だ。
些か邪推を巡らすならば・・・沖縄タイムス記者ってのは「見た目が怪しい」のが多いから、こんな社説を掲げてしまう、のでは無いかな。
- <注記>
- (*1) つまり「世が世なら」、収容所とか労働キャンプとかに強制送還されてしまうような罪状だ。

