(´・ω・`)日記 -4ページ目
復活。

ほそぼそと他のところでブログを書いたり、引っ越したりしていたけど、こっちに復活しようかなと思う。


理由はスマホデビューをし(デビューと言ってるあたりがもう田舎モノ)アメブロが一番使いやすいから。特に写真のアップデートとか。

買った携帯はXぺリア・ネオV(2万円)。日本で発売されていないソニーの機種。
本当はサムスン・ギャラクシー・ノートが欲しかったけど、5万もするので手が出せず、おまけに、今春アンドロイド4が出るということもあるから、中間のこのネオに落ち着いた。

ちょっと残念なのは3gをサポートしてるにもかかわらず、インターネットを経由しないテレビ電話をサポートしていないこと。ソニーめ!
でも、
(コネクトという)雑誌やインターネットでの研究の結果、カメラは他より良いと判明したし、何よりフロントカメラが素晴らしい。スカイプもできるしね。

このブログはネオと歩む日記になりそう!


Walpurgisnacht(ワルプルギスの夜、ヴァルプルギスの夜)を体験しに、初めてターレへ行ってきた。


なぜ今頃かというと、日本から高校の時の友達が訪ねてきたので、連れて行ったのだった。


いつも、大学で忙しくてワルプルギスの夜はついつい忘れてしまうのだけれど、今回は急に思い出し、宿を取ろうと、ターレ中のホテルやペンションにかけ、そして、ハルツ地方の宿にかけまくったが、宿は取れず、車でマクデブルクから行くことになった。


せっかくハルツ地方にいるのだからと、世界遺産の町、クヴェトリンブルクを見学。

クヴェトリンブルクも木骨組みの家々で有名な町。

私はヴェルニゲローデの方が、なんとなく好きなんだけれど。


クヴェトリンブルクも、ヴェルニゲローデもお城がある。

どっちのお城も見て、ヴェルニゲローデのほうのお城の方が、お城っぽさを感じられるので、こっちのほうがオススメである。クヴェトリンブルクのお城(修道院)も寝室や住んでいた形跡など見られる。隣接してある大聖堂もなかなか良かった。

クヴェトリンブルクは、ハルツ地方、ゲルマン民族の源、位置し、この大聖堂は第二次世界大戦中、ナチス親衛隊によって占拠されていたそう。

天井が木製なことから古いことがわかる。

大聖堂の宝物もなかなか素晴らしいものである。まあ、考古学に詳しくないので、本当の価値の一千万分の一ほども分かっていないとは思うんだけど…


そして、6時頃、20分離れたターレへ出発。

この日、風邪なのか花粉症なのか、鼻からおでこにかけてなんだか重苦しく、息がしにくく、ぼうっとした状態だった。本当はずっと家で寝ていたいと思うくらい私にはハードだった。


3時間ほどケーブルカーを待ち、魔女の踊り場と言われる場所に到着。

馬のひずめ



今日はまたまたフィレンツェへ。

2日目のフィレンツェだけど、どう考えても見切れないだろう。


今回は、フィレンツェが一望できる少し高い丘から降りて、ピッティ宮殿まで散歩がてらぶらぶらしながら歩いた。


私は高校生の頃、宗田理の僕らシリーズのフィレンツェとメディチ家を舞台にした作品にずいぶんハマり、ネチっこくメディチ家について調べたものだった。残念ながら、全て忘れてしまったけれど…


そういう関係もあり、ピッティ宮殿を外観から眺めるだけでも、いやいや、フィレンツェにいるだけでももう充分満足なワタクシだったのですが、なんと、ピッティ宮殿が無料で拝観できる日だったので、早速入場。


いやぁ、広い広い。

1階の(日本的には2階?)のギャラリーを見ただけで、もうキャパ満タン。

それでも、ラファエロの絵や、他の有名人の絵はチェックしましたとも。

でも、どちらかというより、何個か他の絵の方が気に入ったかも。

もっと、言うなれば、絵の背景、テーマを説明してくれるガイドさんがいてくれれば、もっと楽しめた。


この絵は何を言いたいのか、何を表すつもりだったのか、どういう背景で、どういう思いで描くことに至ったのか・・・


そんな詳細が知りたかった。

多分、絵には思いのほか、たくさんの情報が詰まっているはず。


ま、自分でガイドブック買えって話なんだけれどもね。


その後は、メディチ家の内部というか、寝室だの、戴冠室だの見た。いつも思うのが、昔の人(人括りにはできないけれど)部屋を色で分けている。ゲーテの家のように。


その後はコスチュームの歴史の部屋へ行った。

飾られているコスチュームの小さいこと!

初期のコスチュームはイタリアの方で着られていたものなのかな、と思う。時期的にドイツのものとは違うけれど、デザイン的にイタリアのこういうデザインがキレイだなと思う。

池田理代子のマンガでナポレオンの妻だったジョゼフィーヌがよく来ていたドレスね。またまたマンガのどっかに、イタリア女のドレスは、肌が露出しててはしたないって違う国の女性達が批評しているシーンがあったけど、実際もそうだったのかな。デコルテ結構すごいものね。


最後の方はいっせいみやけだの日本のデザイナーの衣装が近代的衣装として飾られてた。


その後はボーボリ庭園でまたまた散歩。

途中、雨が降ってきたので引き上げて町へ移動。


もう、その後は雨の中散々歩き回ってビッショリ。

靴のなかも大洪水。


観光している時に気がついたこと。


ウインドブレーカーを羽織ってスニーカー、ズボンはすねかくるぶしまでの長さでリュックザックっていうのは大体北ヨーロッパのお方たち。

もちろん、ドイツ人もね。

だからドイツ人はすぐ分かる。


おしゃれより、機能。


それに気がついた彼はさすがに、ドイツ人はお洒落じゃないと知っていても、なんだかショックを受けたようで、気まずそうにしていた。

挙句の果てには、「もっといい靴を履いて来ればよかった」と・・・

イタリア人は靴から見る、つまりお洒落は足元からということなので、靴だけでもちゃんとしていなきゃいけないらしい。



今日はヴォルテラという町の観光予定。

本当はローマの予定だったけれど、先日起きたイタリアでの地震の余震を恐れて、ローマにはいかないことになったのだ。


付き添いの先生方が「子供達への責任もあるし・・・」と言ったのを聞いたときには、それはもう驚いたのなんのって。ちゃんと責任感というものが存在していたのですね。

お二人は自分自身のバカンスを楽しんでいるようにしか見えなかったから…


というわけで、王女アンのように、あの階段でジェラートを食べるという、ローマの休日を見たことがある人なら誰でも思うあの名場面を自分自身によって再現すると言う夢は残念ながら失われたのだった。


ヴォルテラは城壁に囲まれた古い町で、見所はアウグストゥス時代に築かれたという劇場跡。


到着した時、どの位置に私達がいるのか聞く前に付き添いの先生方は姿を消してしまったので、この町を築いたエトルリア人博物館(美術館)が分からずじまいだった。


町の中はシエスタの時間なのか、開いているお店も少なく閑散としていて、この日に限って風が吹き抜けて寒い天候だったので、寒くて歩き回る気にはなれず、ぶらぶらしただけで終わってしまった。


本当はエトルリア人の博物館も見たかったのだが、(というのもドイツのガイドブックによると、この人たちはどちらかと言うとアジア系らしいとのこと)、方向感覚がなかったのか見つけられず、ピザを食べて、劇場跡へ行き終わってしまった。


観光の後は、もう一度スーパーへ。

子供達はLIDLへ行きたいというのだけれど、誰もLIDLの場所を知らず、やっぱりPAMという大きなスーパーマッケットに行くことになった。


今回も残念ながら時間は30分のみ。


どの商品があって、どのように陳列されてるかとか、Handelマーケティングの視点からスーパーを視察することは本当に興味深いものなのにぃ~

それでも、ここPAMにもドイツと同様にスーパーマッケト独自の商品が置いてあることを確認。PAMというロゴがあり、一番安い。おそらくこれがHandelsmarkeなのではないかな。


興味深かったのが、その商品の値段しか商札に記されていないこと。

ドイツにおいては値段の端っこの方に100gにつきいくらとか1kgにつきいくらというようなBasicpriceが表示されている。(これは、表示しなきゃいけないと定められている)


イタリアではその商品が何グラムでいくら・・・としか表示されていないので、何がどれくらい安いか比較できない。困ったのはパルメザンチーズを塊で買おうとしたとき。

微妙に値段がわからず適当に買ってしまった。


それにしてもスーパーって面白いビックリマーク

面白いと思って色々眺めているのは私だけのようだったけど…


今回のイタリア旅行、初のティーンエイジャー(16歳から20歳のキッズ達)と一緒の旅。


そして、Gymnasium以外の学校、Hauptschuleの生徒たちと初めて交流するというなんともレアなオプションつき。


まず一つ目に言えることは、キティちゃん浸透率が異様に高かったこと。

どこから仕入れてきたのか、キティちゃんのどでかバック「はろーきてぃ」とひらがなで書かれているものを持っている人、きてぃちゃんのネックレス、携帯電話につけるやつを持ってるキッズ達。


そしてもう一つ目はビジュアル系の容姿、いえいえ、Tokiohotel系の髪型してるキッズ多し。


ここでもマンガやアニメが愛されているようでして、コスプレNana、そしてJ-Rockなるものが存在することを小耳に(盗み聞き)挟んだ。


J-Rock(英語風の発音)で言われた時には、新しいバンド名かと勘違いしてしまったよ・・・ショック!

おまけにどんなバンドがJ-RockでどんなものがJ-Popなのやら・・・


私たちがご一緒した学年は、2001年から2009年に至るまでの学年の中で一番おバカ学年らしく、先生方もぼやいてた。毎年部外者だけれども参加するベッティもハンスもちょっと驚き気味。


バスの中でも物真似に始まり、ぎゃーぎゃーワーワー。

車内での映画も微妙なものばかりを選んでた。(というか、やっぱ若者が好きそうなモノ)


私もあの頃、こんな映画が好きだったっけ?

高校生の頃と言えば・・・あは、ハリウッド映画が好きで、映画雑誌をマメにチェックしてた。


おトイレが我慢できないのが私的にはちょっと我慢ならん。

鍵を取りに来る子はいつも同じ子。目を瞑っていても分かる。

だって鼻がひん曲がりそうな匂いがするんだもの。。。

やっぱ若いからねえ、女の子と言えども体臭がきつくなるお年頃なのね。

でも、こんな小さな車内ではやっぱキツい。デオを買いましょうよと言いたい。



後で聞いた話だけれども、運転手さんは彼女にSchweissnahtとあだ名をつけていたらしい。

Schweissはドイツ語で汗のこと。でもSchweissnahtは袋のジップのこと。

汗臭いからジップにかけて、Schweissnahtちゃんと裏で呼んでたらしい。





それにしても、皆、結構おしゃれ。


大学生よりもおしゃれ。大学生ほど、体型がまだ皮下脂肪でくずれていないのでほんとうにスタイルがよい。

1人、上半身だけはすっごいボリューム(胸もお腹も)で、一見オデブちゃんに見えるけれども、ベルトを境にキュッと小さくなり、下半身は全く普通の体型というなんとも摩訶不思議な体型の女の子がいた。

歯がガタガタで、やんちゃな男の子達をシメる女ボスらしく、ドスの利いた声で怒鳴っていた。



そうそう、3人ほどちょっとお笑い芸人によくいるようなおでぶちゃんがいた。

でも、おでぶだからといって捨てているわけではなく、ちゃんとお洒落しててデブなことで笑いをとってた。


シエナ観光を終えて、皆でバスを待っている時、その子たちが、皆に報告していたのが印象的。




「ねえ聞いて!すごいの!!イタリア人でデブな人見かけなかった!!!!デブなのって俺ら(私ら)だけなの!超ーーー目立ってたよ!!!」




確かに、そんなにいない気がする。

まあ、観光地だしね。きっと、おばちゃんたちは違うところにいるのさ。

今日はフィレンツェ。

昨日、シエナで車椅子、日本好き少女が転んで頭から流血し、病院に運ばれた(大事には至らなかった)事態が発生した。付き添いはそのこと友達のベトナム人の男の子だけ。

2人いるうちの一人の先生に連絡したかったけれど、繋がらなかったと、バスで聞こえた。

なぜ、繋がらなかったかと言うと、ちゃんと充電していなかったために、電源が切れてしまったらしい。

先生なんだから、ちゃんと連絡できるようにしとくべきなのは基礎中の基礎だろうに。


で、先生は「ごめんね~切れちゃったのよ~」と謝ると同時に

「でも、実際に私たちがいてもなにもできなかったわね」って。


医者じゃないんだから当たり前のことなんだけど、そうじゃないでしょ。

子供たちを引率する責任者として、何もできなくても連絡がつけるようにしとくべきだし、何かあれば、その場に駆けつけるべきだと私は思う。


で、やっぱり考え方が違うのか、その怪我した子も、付き添った子も、

「うん、でも、一応私たちが病院だってことだけ連絡しときたかっただけ。帰りの時間に間に合わなかったら困ってしまったし。」と言ってた。


まあね、確かに怪我したりするのは先生がいても起きることだし、旅は自己責任において行われるんだもんね。とは納得できるものの、連絡つかないってことと、すぐに言い逃れしようとするところがなんとも微妙。


それはさておき、今日はフィレツェのドームの屋根に上った。

屋根までは400段以上もの階段を上る。

それまではらせん状の階段が延々と続くが、屋根の部分になるとドームの屋根の形を見ても分かるとおり、あの半円を上るような階段になっている。ここは2重構造らしくすっごく面白い建築。

眺めも素晴らしいけれど、上るまでの過程で内部がどのようになっているかを見られるのでなかなかそういった点でも興味深いと思う。ちまみにお値段8ユーロ。ドームに行きたい人は、入り口が別なのでもう一回8ユーロ払わなければいけないそう・・・・


登りきった先に広がるフィレンツェの景色は本当に素晴らしい。

ただ、フェンスが低く、簡単に乗り越えられるようでなんだか怖かった。


降りる時天井の絵が見られるようになっている、

世界遺産が手の届く距離にある。圧倒される。


残念なことに、あんな素晴らしい絵に落書きをする馬鹿がいるということ。

自分の名前を書いたりする人間が存在すると言うことが信じられない。日本語でも度々見かけた。そういう風に自分の名前を記す人は何を思って何十年もかけて完成した誰かの傑作に手を伸ばすのだろう。


降りる時は上る時とは違って、なんだか目が廻りそうだった。


その後、待ち合わせの場所にベッティとハンスはいないので、彼と二人で廻った。

ただ、思ったよりも観光客が多く、ただ道を歩いているだけなのに疲れる。美術館に入ったりもしたかったけれど、情報過多で入る余裕がなくなってた。懐も寒かったんだけどね。

最終的には藁市場へいき、いのししの像の鼻に触れてきた。これに触ると、もう一度フィレンツェに戻ってくると言われるらしい。なぜに、いのししなのか謎。

その後は歩いて、ベッキオ橋を通りバスの集合場所へ行った。


この橋が今日見た中で一番良かったかも。橋の上のピッティ宮殿とウフィッツィ美術館を挟んである回廊(橋の家に建てられている)を通れないのはとても残念。


家に帰るとまたまた、うちの子たち(ベニーとスージー)がべったりんこ。

お茶しようというので、出したお菓子をこれでもか!というくらいの速さで本当に食べまくる。ドイツにいる人は分かると思うけれど、PRINZのチョコクリームが挟まれているクッキー、一度じゃ食べられない量なのに、この日ですぐになくなった.・・・私のいるところで空になるのはいいけれど、いないところで空にしてしまったり、皆で食べようねと言ってあるものを勝手にあけてほとんど食べてしまうのには本当に閉口する。

ルームシェアをした経験のないことを除いても、普通はそこまでしないよ・・・


皆で買った超甘いブルーベリータルトも「半分は明日、皆で分けようね」とわざと言っておいたのに、4分の1しか残っていないし・・・おまけにその4分の1も食べたがる始末・・・


食い意地が張るとか張らないの問題じゃない。

他人への配慮ができるかできないかの問題。

全て平等であるべきと私は考えるので、知らないうちに全てを食べつくすスージーの言動は理解できない。

お前は動物かグー


私はすぐにぴしゃりと言う派だけれども、ドイツ人なのに、そういうことを言うのは失礼だとか、妙に日本的感覚を持った私の彼は多少なりともストレスを感じているらしい。


それにしても、若い子との共同生活、こんなに難しいなんて・・・目

私は鬼ババか・・・

イタリア旅行、今日はシエナ。

アンゼルもからシエナに移動。


シエナの町までは結構な坂を上るので、私たちの友達ベッティとハンスは来なかった。


町まで上る途中、われらティーン・エイジャー組みもリタイア寸前。

ハアハアと息が上がってる。

まだ、10代後半なのに...


そして同室のベニーとスージーはぴったりくっついてくる。

この二人、何を考えているのかは知らないけれど、知り合ってから3日間、まるで金魚の糞のようにずーっとぴったりくっついてくる。ベッティとハンスとだけいたい時でも空気を読まずにぴったりんこ。

ベニー21歳、スージー20歳・・・わけわからん


こうして自然とこの二人と一緒に廻ることになったシエナ。

ガイドブックで勧められているお散歩道を歩いて町を見ることにしたはいいものの、スージーがかなりの曲者。ドイツ人の割には歩くのは好きでないらしく、ゆっくりなため、いつも待たなくてはいけない。

多分、体型のせい。といってもドイツ的にはぽっちゃりなだけだけど。

森三中の村上知子みたいな体型。

自己中だけど、ガシガシ色々な路地を歩き回りたい私には本当にお荷物・・・


こうして色々廻ったのだけど、カタツムリのような歩みで15時になる頃にはかなり疲れてしまった。


一緒にカフェに入り、注文。

カフェオレ3、80ユーロ。うん、やっぱ地元(ドイツ)と比べて高いわ。

うちんとこ、カフェオレ2,5ユーロだもんね。


お勘定の時、スージーとべニーはずっとかばんをごそごそして財布を捜しているので、「じゃあ、取り合えず、一緒に払っとくね」と言うと、満面の笑みで、


「ありがとう」と...


ちょっと待ったー!

おごるわけじゃないの。取り合えずって言ったでしょう。

これだから子供は・・・!


後で、払ってくれればいいよ、と付け足すと「あ、ああ、そう」みたいな。


そして今日はスーパーの日。

イタリアのスーパーに寄って買出しに行く予定なのである。


スーパーにつくなり、ぴったりんこのスージーとベニー。

私が手を伸ばすものに全部、コメントしてくる。そんなにりんご、たべないよぉ~とか、こっちのほうがおいしそう~とか...じゃあ、自分で買って下さいな。


極めつけは私のカートに、自分のものも入れてくる。

ちょっと待ったー!とかけようとした所に私の彼登場。


「やあ。買うもの揃った?一緒の部屋だから皆で一緒に買って割り勘しようと思って」


いや、それはおかしいでしょ。だって、自分たちが食べる個人的なものも入ってるし・・・

と言うと、いや、こういう場合は、ドイツでは(ここ強調されると本当にむかつく)一緒に買うんだよ、と。


私の言い分、聞く気全くなし。

自分の提案が最もだと盲信している。


普通は、一緒に使ったりする分だけ、一緒に考えたりして買って割り勘でしょ。

なんで、絶対に飲まないコーラ3本、マルティーニ1本、チップス、その他諸々まで一緒に払わなきゃいけないのか分からない。たばこ吸わないのに、一緒に払わなきゃいけないのと同じだよ。


結局55ユーロ・・・

本当に料理して割り勘にするべき金額18ユーロ。


家に帰って取り合えず、料理となる。今日はスージーとべにーが作る番だったのだけれど、いちゃつくばかりで作る気配もなし。何を作るのか聞くとトマトとモッツァレラサラダ。

どう考えても6人分にはならないから、私がパスタを作ることにした。


結局、スージーとべにーは大皿2枚分、サラダを作ったので結構な量になった。

サラダは明日に取っておこうと決めたのにもかかわらず、3人分をぺろりと平らげてしまったスージー。

その前に皆で買ったチップス一袋を1人だけで平らげてるんですけど・・・


にきびが消えないって嘆いても、それは仕方ないことなんじゃ・・・?!


こんなに疲れる共同生活は本当に久しぶりで、ほんっとうに疲れた1日でした。

2日目はサン・ジョミニアーノという場所に11時に出発。

この11時というのがなんとも遅くてビックリ。

日本のツアーだったら普通に8時に出発だよね。


宿泊している場所では朝食も昼食も出ないので皆持ち込み。

一週間分の食料を皆、ドイツから持ってくる。

パンにハム、牛乳、水と本当に全て持ち込む。

安いからというのもあるけれど、近くにあるのはスーパーのない村なので、持ち込むしかない。確か月曜に、近くの町のスーパーにバスで寄るはず。


朝、余裕で9時に起きて、シャワーを浴びたが、冷たかった。

どうやら皆が使ったため、温かいお湯がきれたよう。


明日は朝7時半に起きてやる、と誓った瞬間だった。


ミューズリーを食べ出発。12時に、サン・ジョミニアーノに到着。

到着するなりバスにおいて、「16時にここに集合」と通告され、解散。


付き添いの先生が少しは町の中心地まで連れて行くのかと思いきや、そうじゃない。

日本だったら全て一緒に見て廻るというのに。

全てを個人に委ねている。


こちらはうろちょろしながら初めての町を散策。

店に入ったり、写真を撮ったりするので忙しく全く前に進まない(笑)


ようやく町の中心に着くと、世界で一番おいしいというアイス屋さんを発見。

近くに行って見てみると、どうやら世界不思議発見で放送されたらしく、その時の様子がポスターみたいになって飾られていた。レポーターはどっかのモデルだったと思う。多分、はまじ?!


世界ふしぎ発見大好き。あ~日本に帰って見たいな...


昼はここでラザニアを食べた。

ソースがあまりなくって、そんなにおいしくないなぁって思ってしまった。


その後はひたすら散策。

どこを通っても、小さな路地でもおもしろい。


16時はあっという間で再びバスに乗り込む。


帰ったら優雅にのんびり日向ぼっこ。

行事がツメツメじゃないのが、ドイツの休暇の過ごし方って感じ。

一週間のイタリア旅行、バスでの出発は土曜日の朝6時。


が、7時になってもバスは来ず・・・電話しても誰にも繋がらない。

7時半ごろようやくバスが来て、出発。


このイタリア旅行、土曜日に出発し土曜日に帰ってくる6泊7日で220ユーロのお値段。

あまりツアー旅行に参加したことがないので、安いんだか高いんだか分からないようなお値段。実はこれ、ツアー旅行ではなく、友達が卒業したグラフィックデザイナー養成学校の修学旅行のようなもの。

毎年、教師と仲の良い卒業生が何人かついてくるらしい。


私にとっては初めてドイツのティーンエイジャーと接触することになる旅。

この養成学校は、一応アビトゥーアを持っていない子供たち用の学校で、学校を終えたらFachabi(ある特定の科目だけのアビトゥーアだと思う)を受ける資格がもらえるそう。


ドキドキしてバスに乗り込むと目飛び込んできたのは、ピチピチの若者かと思えば、辮髪のようなスタイルをしたおっちゃん。(トーステン)


ハイテク機能搭載のバスであるために、携帯電話は禁止。

みんなちゃんと電源を切っていたため、時間が遅れても誰にも繋がらなかったわけ。


私の後ろは、ドイツ育ちのアジア人で、その隣はドイツ人の小さな車椅子の女の子。

朝6時に出発し、イタリアに着く、22時まで常に日本のことが話題に上っていたため、最後には私が日本人であるって分かっててわざと日本について話しているのかと思ってた。


さて朝6時から夜22時までの時速100km走る旅。

2時間ごとにちゃんと休憩が挟まれているっていうのに、トイレが待てなくて、バスの中のトイレを使う子供達。使うのはいつも同じ子。なぜわかるかとうと、運転手さん(アンドレイ)のいるところまで、トイレの鍵を取りに来るから。


2008年の秋頃にトイレから火が出て10人もの人が焼け死んだ事件は記憶に新しい。それ以来、トイレを使うときにだけスイッチを入れるようになったのだという。だから、取りに行かなきゃ行けない。


それにしてもこう頻繁に取りに来るのではすぐに満タンになってしまうだろう。

緊急事態の時に使う非常トイレなのだから、そのことをきちんと伝えるべきなのに、付き添いの先生2人は全くお構いなし。


やっと22時にイタリアの目的地に到着。

宿泊する場所は、本当は家族で使う一つのアパートメントを、2組で使う仕組みになっていて、一緒にこのアパートメントを共有するもう一組、スージーとベニーとは休憩の時に知り合った。

ドアを開けるとベットがドォーンと置いてあり、そのベットの横のドアから更に奥へいける。そのベットの横のドアを抜けると小さな廊下で二つのドアがあり、一つは寝室、そしてもう一つはバスルームへと続いてた。


最悪なのは、一番最初に見た部屋を通ってしか、外に出られないということ。

この部屋の洋服ダンスみたいな大きなタンスにキッチンが収納されてた。

ちょっと不思議・・・

タンスを開くとベットだったり、テレビが収納されてたりというのはあるけれど、キッチンっていうのは初めて。


運良く(?)私たちは奥の寝室の部屋になり、私はちょっとムっとしてしまった。

私はどちらかというと、最初の部屋で寝泊りし、自由に外に出られる環境にいたかったけれど、彼は誰かが出たり入ったりするような場所にいるのは嫌いなタイプで(つまりユースホステルが嫌い派)、ちょっと衝突。


寝てしまえば、うるさくしない限り誰かが行ったりきたりしても別に私は構わない。好きなときに外に出たり散歩に行ったりしたいので、そっちのほうが大切・・・


それでも年上の人のほうがそういうことを決める権利があるというよくわからない、年功序列制度によって部屋割りが決まってしまった。窓から出入りできるか、と思って調べてみたけど、おしゃれな格子がはめられてて不可能。ちなみにこの格子、イタリアのどの窓でもよく見かけた。


こうして1日目は終了。

はー、疲れた・・・

2005年頃からドイツでも花粉症になった。


それまではドイツには花粉症はない、少なくともドイツにおいて私は花粉症じゃないと思っていた。


が...


2005年春から、私のパラダイスにもアレルギーという侵入者がやってきた。


それからは今まで日本で使用していた漢方薬を父に送ってもらっていたが、なにしろ高いのでドイツのお薬に切り替え。処方してもらった薬はアレルギクムとかいうような名前だった気がする。値段も8ユーロくらいした。


この薬、すぐに飲みきってしまうので、段々と懐も寒くなった頃に見つけたのがLORA。
・・・日記
お値段も2ユーロと割安で、花粉症に効く。



それから飲み続けていたのだけれど、今年は効かない。

いや、効かないのか効いているのか分からない。


急にくしゃみが連続して出て、目が痒く、鼻水ダラ~状態になる。


と思えば、数時間後にはまた快適な日常に戻れる。


今は、薬を違うものにしようか思案中・・・