今日はフィレンツェ。
昨日、シエナで車椅子、日本好き少女が転んで頭から流血し、病院に運ばれた(大事には至らなかった)事態が発生した。付き添いはそのこと友達のベトナム人の男の子だけ。
2人いるうちの一人の先生に連絡したかったけれど、繋がらなかったと、バスで聞こえた。
なぜ、繋がらなかったかと言うと、ちゃんと充電していなかったために、電源が切れてしまったらしい。
先生なんだから、ちゃんと連絡できるようにしとくべきなのは基礎中の基礎だろうに。
で、先生は「ごめんね~切れちゃったのよ~」と謝ると同時に
「でも、実際に私たちがいてもなにもできなかったわね」って。
医者じゃないんだから当たり前のことなんだけど、そうじゃないでしょ。
子供たちを引率する責任者として、何もできなくても連絡がつけるようにしとくべきだし、何かあれば、その場に駆けつけるべきだと私は思う。
で、やっぱり考え方が違うのか、その怪我した子も、付き添った子も、
「うん、でも、一応私たちが病院だってことだけ連絡しときたかっただけ。帰りの時間に間に合わなかったら困ってしまったし。」と言ってた。
まあね、確かに怪我したりするのは先生がいても起きることだし、旅は自己責任において行われるんだもんね。とは納得できるものの、連絡つかないってことと、すぐに言い逃れしようとするところがなんとも微妙。
それはさておき、今日はフィレツェのドームの屋根に上った。
屋根までは400段以上もの階段を上る。
それまではらせん状の階段が延々と続くが、屋根の部分になるとドームの屋根の形を見ても分かるとおり、あの半円を上るような階段になっている。ここは2重構造らしくすっごく面白い建築。
眺めも素晴らしいけれど、上るまでの過程で内部がどのようになっているかを見られるのでなかなかそういった点でも興味深いと思う。ちまみにお値段8ユーロ。ドームに行きたい人は、入り口が別なのでもう一回8ユーロ払わなければいけないそう・・・・
登りきった先に広がるフィレンツェの景色は本当に素晴らしい。
ただ、フェンスが低く、簡単に乗り越えられるようでなんだか怖かった。
降りる時天井の絵が見られるようになっている、
世界遺産が手の届く距離にある。圧倒される。
残念なことに、あんな素晴らしい絵に落書きをする馬鹿がいるということ。
自分の名前を書いたりする人間が存在すると言うことが信じられない。日本語でも度々見かけた。そういう風に自分の名前を記す人は何を思って何十年もかけて完成した誰かの傑作に手を伸ばすのだろう。
降りる時は上る時とは違って、なんだか目が廻りそうだった。
その後、待ち合わせの場所にベッティとハンスはいないので、彼と二人で廻った。
ただ、思ったよりも観光客が多く、ただ道を歩いているだけなのに疲れる。美術館に入ったりもしたかったけれど、情報過多で入る余裕がなくなってた。懐も寒かったんだけどね。
最終的には藁市場へいき、いのししの像の鼻に触れてきた。これに触ると、もう一度フィレンツェに戻ってくると言われるらしい。なぜに、いのししなのか謎。
その後は歩いて、ベッキオ橋を通りバスの集合場所へ行った。
この橋が今日見た中で一番良かったかも。橋の上のピッティ宮殿とウフィッツィ美術館を挟んである回廊(橋の家に建てられている)を通れないのはとても残念。
家に帰るとまたまた、うちの子たち(ベニーとスージー)がべったりんこ。
お茶しようというので、出したお菓子をこれでもか!というくらいの速さで本当に食べまくる。ドイツにいる人は分かると思うけれど、PRINZのチョコクリームが挟まれているクッキー、一度じゃ食べられない量なのに、この日ですぐになくなった.・・・私のいるところで空になるのはいいけれど、いないところで空にしてしまったり、皆で食べようねと言ってあるものを勝手にあけてほとんど食べてしまうのには本当に閉口する。
ルームシェアをした経験のないことを除いても、普通はそこまでしないよ・・・
皆で買った超甘いブルーベリータルトも「半分は明日、皆で分けようね」とわざと言っておいたのに、4分の1しか残っていないし・・・おまけにその4分の1も食べたがる始末・・・
食い意地が張るとか張らないの問題じゃない。
他人への配慮ができるかできないかの問題。
全て平等であるべきと私は考えるので、知らないうちに全てを食べつくすスージーの言動は理解できない。
お前は動物か![]()
私はすぐにぴしゃりと言う派だけれども、ドイツ人なのに、そういうことを言うのは失礼だとか、妙に日本的感覚を持った私の彼は多少なりともストレスを感じているらしい。
それにしても、若い子との共同生活、こんなに難しいなんて・・・![]()
私は鬼ババか・・・