抑鬱亭日乗 -36ページ目

抑鬱亭日乗

複数の精神疾患を抱える者の独言を忌憚なく収録する
傾いた視線からこの世はどのように見えるのか

 もう帰宅しているのだろうか。

 姿を見かけないので、全員が無事に帰宅したに違いない。

 

 2月3日は鬼にとって一年で一番辛い日である。

 「鬼は外、福は内」と言われて家から追い出される。

 「鬼は外へ行け」というのだから、どこの家庭でも鬼は潜んでいるのだろう。

 壁と家具の隙間、天袋、屋根裏、箪笥その他の場所。

 

 この日、外に追い出された鬼は凍える。

 節分の日にテント村を設置し、追われた鬼を保護してやらねばならぬ。

 暖かい豚汁と熱燗を振舞い、数日間を過ごしてもらう。

 数日後、鬼は各家庭に帰る。

 

 桃太郎さえいなければ、鬼は平和に暮らせたはずだ。

 しかし、桃太郎は正義という名目で鬼ヶ島を陥落する。

 鬼ヶ島の財産は桃太郎に奪われ、鬼は着の身着のまま島を出た。

 逃げた鬼は仕方がないので、人間の家に潜むようになった。

 

 人間は家にいる鬼が災いをもたらすというデマを流し、豆で鬼を退治するイベントを思いついた。

 その伝統と鬼への偏見が現在でも引き継がれ、節分に豆をまき、臭いイワシのアタマを飾る。

 鬼へのヘイトスピーチである。

 

 無償で家に住まわせてもらう鬼は、人間の世話になっているので悪いことはしない。

 全ては桃太郎に原因がある。

 正義という名の侵攻は危険な考えである。

 幻覚だったのかもしれない。

 それを見た記憶は明確に脳に刻まれている。

 

 先日、四条通を歩いていた。

 身のこなしが軽く速い速度で歩く人が目に入った。

 その御仁の足元を見ると、高下駄を履いている。

 

 高下駄を履くのは天狗か野山を駆ける修行僧である。

 アスファルトの道で高下駄を履くと、歯の損傷が早い。

 小生は大学生の頃、普通の下駄を履き学内を歩いていたが、歯の傷みが早かった。

 歯が一枚の高下駄なら、損傷は普通の下駄以上であろう。

 

 小生が目撃したのは、現代の服装で現れた天狗ではなかろうか。

 京都でたまに山伏を見るが、山伏は足袋を履いている。

 

 あれは天狗なのだろうか。

 先日は月に一度の通院日。

 診察時間の10分前に受付を終え、椅子に座る。

 珍しく、数名の患者が待っている。

 

 前に座っていた御仁が呼ばれる。

 10分を経過しても出て来ない。

 診察室で何をしているのだろう。

 

 小生の名が呼ばれる。

 医者の質問に簡潔に返答する。

 医者の「安定してますねー」で診察は終わる。

 

 繁忙期がやって来る。

 次の診察は3月の下旬とした。

 

 今月の処方。

 ・パキシル 40㎎

 ・トフラニール 200㎎

 ・ドラール 15㎎

 ・メイラックス 2㎎

 ・下剤

 

 2ヵ月分の薬を受け取る。

 この2ヵ月でこれを飲む。

 

 薬局のトフラニールが足りないらしい。

 小生以外に大量のトフラニールを愛飲している御仁がいるのだろうか。

 

 地方紙を購読している。

 火曜日から日曜日まで毎日、読者の投稿が掲載されている。

 興味深いものもあれば、どうでも良い投稿がある。

 なぜか毎日読んでしまう。

 

 数日前に掲載されていた投稿にため息がでた。

 

 70代の御仁が道端で財布を拾い、警察へ届け出た。

 ここで権利を放棄すると、いい気分でいられる。

 だが、この御仁は権利を主張してしまった。

 

 財布を拾い、警察へ届けた御仁は財布の持ち主から礼をもらう権利がある。

 民法でこの権利が規定されている。

 財布を届けた御仁へのお礼のようなものである。

 届けた御仁はその権利を放棄することができる。

 投稿者は警察で自分の名前と電話番号を明らかにし、落とし主からの返事を首を長くして待っていた。

 

 だが、待てど暮らせど落とし主から何の連絡もない。

 業を煮やした落とし主は新聞で礼もなく、カネを貰えない不平不満を投稿した。

 

 小生も財布を拾い、届け出たことはある。

 だが、カネを貰える権利を放棄した。

 見返りを期待すると、不満が生じるためである。

 小生は財布を届けた時に「ワシってゴッドやわぁ」というプライスレスな対価を受けている。

 この対価は精神的に大きな満足を得られる。

 届け出た時点で大きな対価を得ている。

 

 「親切に見返りを求めない」のが小生のポリシーである。

 だが、小生が人から助けてもらったら、最大限のお礼をする。

 人からしてもらったことは忘れてはならない。

 

 数分前に大きなショックを受けた。

 京都の四条通にあるジュンク堂書店が2月29日をもって閉店する。

 品揃えが豊富で大抵の本はここで入手できる。

 

 大学生になった頃から通い始めた。

 教養書のみならず、専門書も充実している。

 大学院を出てからは大学の生協が使えないので、ジュンク堂で書籍を購入していた。

 一昨日にも訪れ、職務上必要な実務書と面白そうな新書を購入した。

 

 長引く出版不況が致命傷となり、閉店を決めたようだ。

 書店を訪れなくてもアマゾンなどネットで書籍を購入できる。

 地元地方紙によれば出版業界は14年連続で売上高が前年割れしている。

 ピークだった1996年の半分にも及ばない。

 昨年の夏か秋頃に店舗の入り口付近を改装していたので、閉店は予想外である。

 

 ジュンク堂書店京都店には長年にわたり、貢いできた。

 時代の流れに小生が貢ぐカネは無に等しい。

 

 まぁ、河原町通にある丸善へ行けば書籍は購入できるので、それほど困らない。