まだ20代のころ、スポンサーを見つけて音楽スタジオを作り、事業の立ち上げを任されていた時期があります。
当時はイカ天というテレビ番組がはやり、たいそうなバンドブームでしたので、いわゆるインディーズバンド(本当は大手レーベルがついていますが・・・)に多く使っていただき、活況を呈していました。
その業界に入るとまず耳にするのは、「スタジオには何かが出る」という話です。
とくに有名なのは某大手レーベル所有のスタジオで、真っ暗なスタジオでピアノが浮いていたとか、楽器が勝手に鳴っていたなどの心霊エピソードは数え切れなく、と言うよりそこで写真を撮れば必ず何かが写ってるというような忙しさです。
私はその手のことは信じませんし、音楽関係者はノリとイメージだけで生きている人が多いので、まあ誰かが窓ガラスに映った自分を見てビビり、尾ひれ背びれがつきながら伝言ゲームに乗ったような感じだろうと思っていました。
確かにスタジオで起こる心霊現象のようなもののいくつかは科学的に説明がつくのです。
定番は、音を出していないスピーカーやアンプから声が聞こえるという現象ですが、これはラジオの電波をどこかの線が拾っています。もう忘れましたが、この”心霊現象”には〇〇さんのような名前がついていて、○○さんが現れるとお帰りになるまで待ちになります。
また、岩崎宏美さんの曲に苦しむような声が入っているというのが話題になったことがありますが、それはクロストークという磁気テープのトラブルで、ボツになった男性コーラスの音が混じってしまったようです。
そもそも、レコーディングスタジオには数千本の電気回線があり、電気が予想しないところに回ったり(小感電は日常茶飯事です)、電磁波、つまりエネルギーや磁気が空間に満ち満ちていますので、条件さえ整えれば自然発火現象くらいは起こせるのではないでしょうか。
我がスタジオでも、ノリとイメージで生きているタイプの従業員が「出た出た」とよく騒いでいましたが、そうかそうかと適当に話を合わせていました。
ところがある日、お客さんに当時よくテレビに出ていた超能力者かつ霊能力者がいて、彼はバンドをやっているらしく、うちにリハーサルに来たのですが、入ってくるなり「ここ何かいますよね?」と聞いてきました。
お客さんの中にもたまにそう指摘してくる人がいるのですが、彼は一応霊能力者ですので興味が湧きました。
「まあそう言う人もいます。」と答えると、ロビーの一角を指さし、「あそこが通り道になっているんですよ。」とのこと。
ただの通り道なので害はないということですが、そういわれても・・・
そして、ついに決定的な日が訪れました。
音楽スタジオはほぼ24時間営業なのですが、真夜中に店番をしていた従業員から泣きながら電話があり、「ロビーでずっと足音が鳴っているんです!すぐ来てください!!」とのこと。
私は当時スタジオのそばに住んでいましたので慌てて駆けつけると・・・
確かにはっきりと、まるで目の前に誰かがいるように複数の足音が聞こえています。
スタジオは地下一階で、その上はビデオ屋さんなのですが、すでに閉店していますし、開店時でもこんな音が聞こえたことはありません。
そもそもスタジオは厚く防音が施されていますので、上階の足音が聞こえるはずはありません。
来る道々で建材のきしみ音だと見当をつけ、適当に慰めて帰ろうかと思っていましたが、「うーん、確かに歩いてるね。」と同意せざるを得なく、呆然とあの世の者たちのウォーキング音を1時間ほど聞いていました。やっぱり通り道なの?
いまだにあの音が何だったのか見当もつきません。
その中にあって、「それでも私は絶対に信じない!」と言っていた従業員がいましたが、彼女は事務所の壁に背中をつけて何かやっていたところ、壁の中から背中をたたかれたそうです。
もうそうなると信じる信じないというより、そんなもんだと思うしかありません。
信じたところで、または信じなかったところで何がどうなるわけでもないのです。
そう割り切ると不思議とあの世の方々にも親近感がわいてきます。
おそらくどのスタジオでもその境地に入って普通に営業しているのだと思います。
まあ歳を取れば「一番怖いのは生きてる人」ということが分かってきますので、今思えば牧歌的な風景といえなくもありません。