参考文献:ちゃんと歩ける中山道六十九次(西) 八木牧夫 著 山と渓谷社
中山道歩き 第1話はこちらから↓
2025.11.15(土) ※つづき


妻籠から400m弱高低差がある山道を登り、馬籠峠に到着。水分補給をさっと行い一休みしてから出発します。長い長い長野県を抜け、いよいよ岐阜県に突入です
とはいえもう少しだけ信濃国だったりしますが。
馬籠峠12:32→馬籠宿「かっぺ」13:15
県道と分かれ、まっすぐ急坂を下ります。下り坂は上り坂よりはやや楽ですが、急坂の場合は転倒しないよう足を踏ん張らないといけないので、けっこう足に負担がきます。下り坂の割にはペースが上がりません
それでも、岐阜県側もとても趣深い風景が広がっているので、あまり苦にはなりません









紅葉も色鮮やかで、歩いているだけで幸せを感じます。街道歩きを趣味にしていてよかったと思う瞬間です

このまま急坂を下って馬籠宿か、もうすぐ馬籠宿に着くぞーと思っていたら…
上り坂が待っていました。まぁ、そこまできつい坂ではないはずなのですが、2日間で40km以上歩き、しかも馬籠峠を越えてきた身体には地味に堪える上り坂です…

それでも、坂を上り切った先には…
この先が馬籠宿の江戸方の入口で、ここから観光客がどっと増えました。日本人も外国人も多く、とても賑わっていました。
さて、いい加減お昼ご飯を食べたいところですが、お蕎麦屋さんには行列ができていたので断念…食べたら絶対美味しかっただろうに…
どうしようかと悩んでいたところ、「かっぺ」というお店を発見。お土産屋さんですが、軽食やソフトクリームを販売していました。そこまで列もできていなかったので、買い食いすることに。
馬籠宿「かっぺ」13:52→新茶屋一里塚14:27,14:29→下桁橋付近15:00,15:02→落合宿15:08
馬籠宿は、峠に挟まれた山あいの地にあります。それゆえ水利が悪く、火災で宿場は灰塵に帰してしまいましたが、復元されています。
写真をご覧いただくと分かりますが、馬籠宿は宿場全体が峠の登り道の途中にあります。江戸方の入口が標高約650mなのに対し、京都方の入口は標高約575mほどと、なんと75mもの高低差があります。京都から江戸へ向かう人にとっては、宿場なのに上り坂が続くことになり、休憩は必至でしょう。
県道を横断すると宿場エリアは終わり、さっきまであれだけいた観光客がぱたっといなくなりました。今度は里山の田園風景が広がります。
景色が開け、中津川方面を望みます。これから歩き進めようとしているところ、小高い丘がぽつぽつあるようにも見えますが…たぶん気のせいでしょう、たぶん。
カーブを抜けながら坂を下ると、新茶屋跡と新茶屋一里塚があった場所へ差し掛かります。ここに建てられているのが…
島崎藤村が揮毫した「是より北 木曽路」の碑です。この新茶屋までが「木曽路」のエリアであり、ここが信濃国と美濃国の境界でした。碓氷峠からここまでが信濃国だと思うと、信濃国はとても広いですね
2005年までは、ここが岐阜と長野の県境でしたが、長野県山口村が岐阜県中津川市に越県合併された関係で、馬籠峠~馬籠宿~新茶屋までの区間は信濃国ながら岐阜県となりました。
程なくして、落合の石畳に差し掛かります。
江戸時代の石畳道がわずかに残っていたものを生かし、再度整備がなされ、このような石畳道が続いています。ひたすら下り坂を下っていきます。
景色が開け、中津川市東部を望むことができます。急坂下りなのでペースが上がりません

落合の石畳~落合宿までの区間は十曲峠といわれる難所で、かつてはつづら折れの急坂が続いていたそうですが、明和年間に道が付け替えられ、つづら折れの道は廃道となったようです。しかし…
付け替えられた道はご覧のような急坂です(江戸方面を向いて撮影)。「この坂は上りたくないなぁ…」と二人して口をつきました。つづら折れの道ではないですが、特に江戸方向へ歩く人にとっては今でも十分難所です。
落合川を下桁橋で渡ると、落合宿はもうすぐです。左側を見ると、小さな滝が見えました。なかなかきれいな滝です

橋の少し先で水分補給を行い、坂をくいっと登ると落合宿に到着です。
中津川まであと4km、あと一息だと思ったのですが…
落合宿15:08→与坂立場「越前屋」15:30→子野一里塚15:37→中津川市 新町交差点16:07
落合宿を抜けると、上り坂が待ち受けていました… やっぱり丘登りが待っていたか…

木曽高速国道19号線と再会し、跨線橋と地下道で2回横断します。当時は国道がなかったので、うねうねとカーブした上り坂が続いていたのでしょう。
国道と分かれても、ひたすら上り坂が続きます。この与坂は、わずか500mほどの間に一気に標高が70mも上がる急坂なので、隠れ難所といっても過言ではありません。
坂を登りきると、右側には田園風景が広がっていました。
少しだけ平坦な道になり、その先に「越前屋」がありました。
この与坂の頂上にあり、江戸時代には立場(休憩所)として機能し、三文餅が名物だったようです。この跡地は今、「越前屋」というカフェになっており、三文餅も提供しています。あいにくこの日は定休日だったので入れませんでしたが、立場が現代に復活しているというのはなんだか胸が熱くなりますね

店頭のメニューやSNSを見ても、外国人観光客の利用も多いようです。中津川から歩いて馬籠や妻籠方面へ向かう人が一定数いることが窺えます。
越前屋の先で坂を一気に下り、三五沢を渡って子野一里塚を通過します。旧街道の雰囲気が残る道を歩いていきます。


坂を下ったーと思ったらまた上り坂…与坂ほどきつくはないものの、なかなか道が平坦になりません。すぐにまた下り坂になり、少し歩くと見事な枝垂れ桜の木がありました。

右カーブをくぐり、緩やかな上り坂を登ると、国道19号を地下道で横断します。無駄なアップダウン…(泣) もう中津川の中心部は近いはずですが、いっこうに見えてきません。
中津高校の手前、芭蕉の句碑のところで車道と分かれ、斜め左へヘアピンカーブするように進んで石畳の急坂を下ります。ようやく市街地が見えてきました



石畳道はすぐ終わり、歩道橋で道路を渡ります。古めの標識で「多治見44km 恵那11km」とありました。ルーティングとしても旧国道19号ということで間違いなさそうです。

歩道橋を渡ると、坂を下ってすぐに斜め左下へ進み、階段を下ります。この階段を下りた先が、中津川宿の江戸方の入口です。やっと中津川に着きました。久々の平坦な道を進みます。

ずっと山あいの中を進んできたので、久々に大きな街に着いた感じがします。さすがにもう歩けないので、あとはどこで終わるかを考えていた時、新町交差点に差し掛かりました。
大きな道と交差してるなぁーと思って、ふと右を見てみると、中津川駅の正面に道が続いていました。ということで今回のウォークはここで終了し、駅へと向かいます。
中津川の名物は栗!ということで、駅に行く途中にあった和菓子屋さんでお土産を買いました。


中津川駅に着くと、次の快速名古屋行きがあと3分ほどで発車するところでした。というわけで、とりあえずICカードをタッチして急いで乗車。次の列車は30分ほど後だったので、すぐ乗れてラッキーでした。あとは名古屋から新幹線に乗って帰りました。
今回の歩行距離:28.5km(江戸 日本橋から344.3km)
総歩行時間 :8時間7分(平均3.5km/h)
実歩行時間 :7時間5分(平均4.0km/h)
京都・三条大橋まで207.5km 草津・東海道合流点まで182.1km
<あとがき>
今回宿泊した「フォレスパ木曽」さんは、普段は外国人観光客の宿泊のほうが多いそうです。妻籠や馬籠宿だけでなく、阿寺渓谷も非常に人気があるそうです。
また、南木曽~馬籠宿は特に外国人観光客を筆頭に歩いている人が多く、大変賑わっていました。そのためかカフェもぽつぽつと営業していました。人の往来が増えれば、そこに店が出て、賑わいが出るという事を改めて実感しました。
オーバーツーリズムやマナー違反など、問題も多々ありますが、外国人は時期を問わず一定数訪れているので、観光地の方にとってはこれほどありがたいお客さんはいないでしょう。英語で書かれたメニューや看板を置いている店が大半だったのも分かります。
今回見かけた外国人観光客は、マナーも守って観光しているように見えました。「古き良き日本の姿を見たい、知りたい」という気持ちで来ている人が多い印象があります。妻籠や馬籠、そして2点をつなぐ旧中山道は、外国人向けのガイドブックにも大きく紹介されているようで、それもあって訪れる人が多いそうです。
今回、妻籠や馬籠を歩いてみて、改めてその魅力を実感しましたが、魅力に感じる外国人観光客がこんなにたくさんいることには嬉しさを感じました。もっと旧中山道の良さが国内外問わず知られてほしいなぁと思っています。