参考文献:ちゃんと歩ける中山道六十九次(西) 八木牧夫 著 山と渓谷社
中山道歩き 第1話はこちらから↓
難所の十三峠を越え、細久手宿の由緒正しき旅館「大黒屋旅館」で1泊。この日は細久手から鵜沼を目指します。これはそのレポートです。
なお、記事中にグーグルマップをつけていますが、おおよそどのあたりを通っているかの目安として載せています。旧中山道を厳密にトレースしていない箇所もありますので、予めご了承ください。
<本編>
前日は20時台に早々に布団へ入る。何度か目覚めたものの結局朝6時まで寝続けました。やはり疲れていたのか…
朝食は7時からとのこと。早く出発したいなら、朝食の代わりにおにぎりを作って渡しますというお話もいただきましたが、時間的な余裕はあること、こんな由緒正しい宿に泊まって朝食を食べないともったいないので、しっかり朝ご飯とします。

これぞ日本の朝食、という感じです。素朴なおいしさで、たっぷりと食べて活力をつけることができました

こんな立派な床の間もあります。



この「大黒屋旅館」の建物は、登録有形文化財にも指定されています。街道歩きで一度はこういう旅館に宿泊してみたかったので、泊まれてよかったです
大黒屋旅館の皆様、本当にありがとうございました。
中山道細久手宿『大黒屋』:メインページ
hosokutedaikokuya.web.fc2.com
準備運動を済ませ、再び京都へ向かって歩いていきます。
細久手 大黒屋旅館 8:04→平岩辻 8:19→鴨之巣一里塚 8:39、8:45→津橋 公衆トイレ8:45
まずは細久手宿を通り抜けていきます。出発から10分少々で宿場町のエリアを抜けていきます。
前日に引き続き、県道恵那御嵩線を歩いていきますが、1車線幅の箇所もありました。抜け道としても使えず、完全に地元住民のための道路となっています。
県道366号との交差点である平岩辻を過ぎると、旧中山道は県道から分かれていきます。完全に山の中に入ります。


山の中を進むこと20分、鴨之巣一里塚へ到着です。ここで水分補給と服装調整のため小休止。



この一里塚の少し先が、瑞浪市と御嵩町の境界です。当時は眺望がもっとあったようですが、今は眺望はありません。

この一里塚を過ぎた先で、Y字路を右へ進みます。左へ進めば鬼岩温泉に至ります。鬼岩温泉にも宿泊施設があり、細久手宿まで送迎を承る宿もあるようです。
そのY字路から先は、ひたすら坂を下ります。だんだんトイレに行きたくなり、不安が募ってきます。ひとしきり坂を下ると、目の前に集落が見えてきました。
どうするどうすると思っていたそのとき、坂を下りた先の近くに公衆トイレがありました。助かった…

津橋 公衆トイレ 9:11→津橋五差路 9:15→物見峠 御殿場 9:34,9:40→うとう坂一里塚 9:54→御嵩宿わいわい交流館 10:53
中山道は津橋集落を通過していきます。ここで県道恵那御嵩線と交差しますが、すぐに離れてまた山の中へと分け入ります。
物見峠に向かって、道は上り坂となります。けっこうな急坂でペースが落ちますが、急な上り坂はこれで最後のはずと踏んで登っていきます。
20分かかって、ようやく物見峠の頂上、御殿場に到着。興除和宮の降嫁の際に、ここに御殿を設置して休憩したために御殿場といわれているようです。ここもかつては眺望ポイントだったようですが…
現在は木々に遮られ、眺望はあまりありません。それでも、御岳らしき山は少し見えました。
峠のすぐ下に、目を引く看板が。この日は定休日だったのでスルーしましたが、この「ラ・プロヴァンス」さんはこの地で30年お店をやっておられるケーキ屋さんのようです。お店をやってたら、ケーキ食べたかった…
峠を越えて、ここから御嵩宿に向かって坂を下っていきます。炭工房も沿道にありました。
主要交通網から外れたエリアということもあり、各地の一里塚がよく残っています。道は時折石畳道となり、どんどん下っていきます。下り坂の途中に、いろはカフェというカフェがありました。かつての立場跡をリニューアルしたようです。京都側から上ってくる人にとっては、貴重な休憩ポイントとなりそうでした。
いったん普通の道路へ合流するも、すぐに右へそれていきます。梅がきれいに咲いていて、春の到来を感じました。もう御嵩宿はそこまで遠くないはずですが、道は再び山の中へ…
やがて、急な左ヘアピンカーブで一気に標高を下げます。ここは「牛の鼻欠け坂」という坂で、上り坂を登る牛の鼻がずれて欠けてしまうくらいきつい坂だということでこの名がつけられています。
牛の鼻が欠けるという表現はやや誇張している感がありますが、京都側から上るうえでは最初のしんどい坂であることは間違いありません。この坂を境に、西は平野部、東は山岳地帯の境界線となり、坂を下りた先は平らな土地へ出ます。
少し歩いていくと景色が開けてきて、田んぼや家が見えてきます。
写真には写っていませんが、このあたりで正面に伊吹山が見えました。いよいよ滋賀県が視界に入った、なんか感慨深いです

田んぼの中を歩いて、ようやく御嵩宿に到着です。
十三峠は難所ということで警戒していましたが、この細久手~御嵩間もなかなかアップダウンが多く、すたすたとは歩けませんでした。それでも、山の中の峠道を行く区間が長く、歩いていて楽しい道でもありました。
特に京都から江戸方面へ歩く場合は、なかなかの上り坂となるので、十三峠区間だけでなく細久手~御嵩間についても十分な対策を講じて歩くことをお勧めします。
細久手を出発して3時間ほど経過。まだ昼食には早いものの、アップダウンが多くて疲れたので休憩します。ちょうど「御嵩宿わいわい交流館」があったので、ここに入ることに。
実は私、ここに来るのは2回目です。以前来たのは名鉄広見線の乗りつぶしに来た8年前の夏のこと。その当時、中山道歩きはまだ高崎までしか歩いていなかったので、「いつか御嵩まで歩いてきて、そのときはまたここで休憩しよう。でも、ここまで歩いて来られるんだろうか、想像できない」なんてことを思っていました(笑) 8年弱かけて、御嵩まで歩いてくることができました。やればできるものです。
ここで飲み物を飲んで一服。紅茶をいただきました。他に、地元の中学校で栽培しているという舳五山茶(へごやまちゃ)もいただきました。うまい

御嵩宿わいわい交流館 11:24→比衣一里塚 11:58→伏見宿本陣跡 12:18→国道21号バイパス合流点 12:38→うまやラーメン可児店 12:48、13:16→住吉交差点 13:44→太田橋南詰13:55、14:00→古井一里塚 14:14→神明水神公園 14:23,14:29→太田本町 14:29
30分ほど大休止し、再び出発。名鉄御嶽駅のあたりで、東海自然歩道と分かれ、右へ左へと進みます。JR恵那駅から30km、久々に鉄道の駅前を通ります。
完全に山の中を抜け、平野部へと入りました。道が平坦になり、歩くペースが上がります。田んぼや家が広がり、景色も開けています。が、裏を返せば展開は単調に…
くいっと坂を上り、伏見宿本陣跡を通過。国道が整備されているためか、宿場町の雰囲気はあまりありませんでした。国道21号とつかず離れず歩き、伏見宿からは国道21号をひたすら歩いていきます。
国道21号は、岐阜県瑞浪市と滋賀県米原市をつなぐ国道で、中山道を踏襲している区間が半分以上を占めています。御嵩から米原市まで、しばらくお供することになります。
伏見宿あたりに食事処があれば入ろうかと思ったものの、やっていない店もありそのまま通過。淡々と国道21号を歩いていきます。伏見宿だけ少し小高いところにありましたが、アップダウンはあまりありません。
やがて、左側から国道21号バイパスが合流してきます。そのあたりにザ・ビッグというスーパーと、ラスパ御嵩という大型商業施設がありました。ラスパのほうは国道から少し離れていたので、寄らずに通過します。
この少し先で、可児市へ入ります。御嵩町もなかなか長かった… 御嵩町に入ったときは山の中だったのに、御嵩町を抜けるときは片側2車線の立派な国道と大型商業施設があるという、同じ町ながら風景にものすごいギャップがありました。
メインの国道沿いにくると、急にロードサイド店が多くなりました。少し歩くと、うまやラーメンというお店を発見。愛知県を中心に展開しているラーメン店でした。もうお腹が空いたので、入ることに。
ラーメンかチャーハンで悩みましたが、チャーハンがとても美味しそうだったのでチャーハンにしました。
お腹は空いていたものの、朝食をかなりしっかり食べたこともあり、これで足りました。とてもこくうまで美味しかったです

食事して身体を休め、再びスタート。進行方向右前方には美濃加茂市の町並みが見えてきます。
遠くには山々も見えます。山がたくさん見えると、歩くのはより楽しくなります

やがて国道21号(バイパス)が分かれていき、旧国道を進んでいきます。西へ西へと歩き、右カーブをしながら坂を下り、太田橋へ差し掛かります。
ここで三留野(南木曽)以来、久々に木曽川と再会します。木曽川は大河になっていました… 往時は「太田の渡し」で、渡し船で木曽川を渡っていましたが、流れが速くて急な木曽川を渡るのは大変だったようで、中山道三大難所の一つとなっていました。
今では橋で難なく渡ることができますが、2008年までは歩行者用の橋がなかったようで、往時とは違う意味で難所だったようです

橋の東側を撮影。奥の白い山が御岳です。
木曽川を渡ると、木曽川の右岸沿いを進みます。とても整備されていて歩きよいです

太田の渡しの跡地。わずかに面影をとどめています。太田橋が開通したのは昭和に入ってからで、それまで渡し船は続いていました。つい100年前までは渡し船で越えるしかなかったというのは意外でした

川沿いから右へ折れると、そこが太田宿の入口でした。太田宿は美濃加茂市の中心地近くにあります。神明水神公園のトイレでちょいと休憩。中山道歩きの方とすれ違いました。
風情ある街並みを楽しみながら、太田宿を歩いていきます。14:29に太田本町に到着。ここで中断するなら右折し、800mほどでJR美濃太田駅へ行くことができます。
太田宿まで歩くという最低限の目標はクリアしましたが、距離的にも時間的にもまだまだいけるということで、鵜沼まで歩くことを即決しました。
太田本町 14:29→坂祝町役場付近 15:15→行幸公園 15:19、15:26→うとう峠登り口 16:02→うとう峠 16:20→鵜沼 赤坂地蔵堂 16:41
引き続き、太田宿の風景を楽しみつつ西へ進みます。左へ右へクランクを通過し、宿場を抜け、国道41号の高架をくぐります。名古屋~高山~富山を結ぶ国道です。
距離標識をみると、名古屋33km、小牧21kmとありました。鉄道でみると美濃加茂から名古屋までは遠く感じますが、まっすぐ繋いでいる国道41号だと名古屋は意外に近くて驚きました。
このあとは再び木曽川沿いを歩きます。一色大橋~坂祝小学校の手前あたりまでは一時的に木曽川から離れ、旧国道21号を歩くのが筋のようですが、その先でまた木曽川沿いに戻ってくることもあり、そのまま木曽川沿いを歩くことにしました。
車通りの多い旧国道を歩いても面白みがないのと、このあたりの木曽川は「日本ライン」という景勝地なので、景観は川沿いのほうが断然よいというのが理由ですね。
両側から山が迫ってきて、谷の中を進んでいきます。実は川の対岸は愛知県で、愛知県が目と鼻の先に迫りますが、愛知県は通りません。行幸公園でいったん水分補給のため休憩。
勝山交差点あたりで遊歩道は終了し、旧国道21号へ合流します。行く手は山と谷しか見えません。その先の観音堂へ行くところは、国道より小高いところを通っていきます。JR高山本線の線路にかなり接近します。ちょうど白川口行きのキハ75が通って行ったのですが、撮影できなかった…
このあと旧国道21号へ復帰し、谷間を淡々と歩いていきます。狭い谷間に旧国道21号とJR高山本線が並走しています。やっと各務原市との境が見えてきたところで、中山道は旧国道21号からそれていきます。
初期の道はそのまま木曽川沿いを進んでいたようですが、激流の木曽川沿いを歩くのはあまりにも危険が多かったため、1651年にうとう峠の道が開削されたという経緯があります。ここからいったん山側に入って、鵜沼まで向かいます。
旧中山道はいったん左斜めにそれて、トンネルで旧国道21号とJR高山本線をくぐり、右手にある山のほうへ登っていきます。
トンネルといっても、水路のわずかなスペースを歩く形です。雨天時は通ることができないので、山の中の別の遊歩道を使って迂回する必要があります。
再び山の中へ分け入り、うとう峠へ向かって登っていきます。そこまできつい坂ではないものの、そこそこの上り坂であり、2日間で60km歩いている足にはじわじわとダメージが出てきます。
森の中の峠道を登ること20分。いつの間にか峠を越えてしまいました。峠の先にあったのは…
峠の上には、団地が広がっていました。かつては山だったと思いますが、今では宅地開発されています。
池を見ながら、住宅地の中を進みます。住宅地の中でも標識は随所に設置されているので、道に迷わずに済みます。池を過ぎると、住宅地の中の坂を下っていきます。
このあたりで、鵜沼宿を眼下に望むことができたようです。現在では家やロードサイド店などが立ち並び、どこに宿場があるのか分かりづらくなっていますが、それでも「やっと着いたー」という気持ちになれます。
中山道を歩いていると、少し小高いところから次の宿場を見下ろせるところが多いのですが、「やった、着いた、次の宿場が見えたぞーーーー」という喜びをかみしめられる場面が多いです

そして正面右には犬山城が見えます。そして正面左には濃尾平野に広がる街並みが見渡せます。名古屋の均衡という事もあり、平野部には家がびっしりとひしめいています。こんなに都会的な風景が広がるのは高崎、いや鴻巣あたり以来かもしれません。
高崎を出て以来、長らく山間部を歩いてきましたが、ついに山間部を抜けて平野部へ躍り出て、町に下りてきたことを実感する、象徴的な風景に映りました。
坂をひとしきり下ると、赤坂地蔵堂に到着。中山道はここで右カーブし、岐阜方面へ続いていきますが、我々は今回はここでウォーク終了です。左へそれて駅へと向かいます。
鵜沼には、JRと名鉄の路線が通っていて、JR高山本線のほうは鵜沼駅、名鉄各務原線・犬山線のほうは新鵜沼駅となっています。両駅は隣接していて乗り換えも可能です。
太田で終わらせず、鵜沼まで歩くことに拘ったのは、距離を稼ぎたかったのと、鵜沼は名古屋からのアクセスがよいからというのが理由です。
鵜沼からは名鉄特急で一気に名古屋を目指します。30分ほどで名古屋に到着、速い…名古屋までまっすぐ線路が繋がっているので、名古屋へ出るなら名鉄一択です。名古屋でお土産と夕食の弁当を買い、新幹線で帰路についたのでした。
山間部を抜け、江戸からの距離もいよいよ400kmを越えました。京都もかなり近づいてきて、少し終わった感も感じられるようになりました。
しかし、中山道はおいそれと簡単に京都にたどり着かせてはくれません。次回もお楽しみに

この日の移動距離:33.1km (江戸・日本橋から408.8km)
総歩行時間 :8時間37分(平均3.8km/h)
実歩行時間 :7時間15分(平均4.6km/h)
京都・三条大橋まで143.4km
草津・東海道合流点まで117.6km