やはり落選してしまった。  独善的専決を繰り返して市役所職員と戦ってきた市長が落選した。


 新しい地方自治だが・・・・・まだ,世間一般には市役所職員ボーナス半減や市議会議員の日当化は早かったのか。


 新しい形の市長だったが, 市民の過半数の理解を得られなかったのは仕方がなかったのかも知れない。


副市長もこれで辞めることになろう。  無念な結果だった。

 菅内閣をドロ船したのは官僚達である。 自滅させた霞ヶ関軍団の勝利といったところであろう。


 事業仕分けもコミックショーだった。  廃止事業が名前を変えて次々に復活したり官僚はやりたい放題である。 


 税金にたかるシロアリ官僚達のほうが何枚も上手でである。

政治主導というのは真っ赤なウソであった。


 民主自滅後は自民党が跋扈しそうだが・・・・・・国民はマヤカシのようなみんなの党が良さそうだとも思うだろう。


 政党よりも官僚制度を変えないと何も変らないのである。


 シロアリ官僚のコントロールはやはり維新改革をしようとする名古屋や大阪府・阿久根など首長が天下をとって中央政権を倒すしかない。


 地方から政治を変えるしか残されていないと思う。  明治以来の官僚優先制度の次はアメリカと同じに猟官制度だと思う。


 政治家が倒れれば官僚も倒れるように官僚機構を変えるべきだ。 


 国民は政治家が責任を負うべきと民主を責めるが,高笑いの官僚達は何一つ傷つかない。

 正月にNHK大河ドラマの「獅子の時代」を見て・・・・・今年こそは自由自治元年であって欲しいと願う。


 自由自治とは明治時代の秩父事件に由来する。  主人公の平沼銑次(菅原文太)の男らしさに惚れこむドラマであった。


 会津人でパリ万国博覧会に参加し,幕府を擁護する賊軍となり,会津戦争そして函館戦争と戊辰の時代を生き抜き時代の事件に巻き込まれていく,どっしりと立ち向かっていく姿が共感を覚える。


 斗南藩に移り,江戸で商人を目指したり波乱万丈どころではない。 西南戦争を経て・・・・監獄入り・・・・脱走して小樽事件・・・・秩父事件に関与する。  常に弱いものの味方である。


 家族想いで男臭さ・・・・そして女に優しい一面を持ち,お紋(大原麗子)を大事にする姿の菅原文太でなければ演じられないドラマである。


 会津人は頑固者であり,薩長を憎むのも無理はない。  だが,ドラマの中の刈谷(加藤剛)は薩摩出身でありながら会津の平沼銑次の妹を嫁にする。


 大原麗子のお紋役もすばらしかった。 一途な思いが伝わるいいドラマであった。 菅原文太は自由自治元年を掲げた旗を持って一人突撃する姿で終わっているが・・・・・・阿久根や名古屋も自由自治で国の抑制を受けずに自由自治を貫いて欲しい年である。


 自由自治とは究極は国から独立するということである。  ご意見無用!! 地方の事は地方に任せればよい。 地方の痴呆議員は地方が解決すべきことである。

 郡上一揆(ぐじょういっき)とは,岐阜県郡上市白鳥町の農民を中心にひきおこされた百姓一揆である。この騒動の結果、老中はじめ 幕府指導者数人が免職、郡上藩主はとりつぶしとなった。 農民が唯一勝利した一揆と言われてます。



 農民の目的は役人の処分や規律の遵守ではなく家族を養っていくだけの年貢の軽減だけだった。



 今も昔も税金に苦しめられているのは庶民であって,その恩恵で潤うのは役人など政治指導者である。



 名古屋リコールは義民となるべくボランティア議員が地方を考え,自分達の街づくりを減税しながら実施するという画期的なものと思う。



 阿久根は違っているが,義民を育てる意味では同じと思う。 市民を二分する混乱もあるだろう。

 今までの腐敗した痴呆議員や痴呆公務員がシロアリで地方を食い潰してきた時代からボランティアで地方の尊厳を取り戻す動きは歓迎すべきである。



 リコールは一揆と同じで・・・・・ボランティア議員が義民である。 地方から国の仕組みを変えようとする維新の時代となれば政治も変っていくだろう。

 河村たかし名古屋市長が代表を務め、次の市議選で40人の候補者擁立を目指す地域政党「減税日本」は23日、同市東区で第1次公認審査を行い、40人が市長の支援団体幹部の面接を受けた。

 同市瑞穂区からの出馬を検討する専門学校講師の男性(55)は、面接を終え「完全無償のボランティア議員を理想とする、自分の考えを説明した」と話した。


 公平であるべき選管が守銭奴地方議員を擁護するなど名古屋は混乱している。


 名古屋に限らず地方は痴呆議員や痴呆公務員達の暗躍で税金がドロボウされている。


 名古屋は画期的指導者がいる・・・・・これからの時代・・・・・ボランティア議員は殺虫剤だ。

 


 

 中立であるべき選挙管理委員会が名古屋市会議員の既得権益擁護のためにリコール成立をさせなかった。江戸時代の郡上一揆(ぐじょういっき)のように無効票が有効に変っているのには驚いた。


 郡上一揆(ぐじょういっき)とは農民にかかる年貢に対して不条理な藩主を改易に追いやることができた。

民意が成功した事例として知られている。


 一揆の首謀者は死罪覚悟で農民が生き続けるために年貢を減らしたいだけだった。 名古屋市民も同じであり,市民税10%減税は立派なものである。


 それに反対する議員達は落選するのが怖いのか? 既得権益を擁護するだけで市民のことは一切考えていない。 いわゆる痴呆議員である。


 リコールを審査する選挙管理委員会も痴呆議員と同じ穴のムジナである。  全国の自治体も同じであろう。選挙管理委員会は痴呆議員と痴呆公務員で支配されているのだ。


 税金は市民のためには使わないとする痴呆議員と痴呆公務員たちの行動は見抜かれているのである。 年貢を納める義務は理解するものの・・・・・税金による不当な高報酬をオレ様ルールで作っていいのか。


 税金(年貢)は市民のために使っているというのは真っ赤なウソである。  痴呆議員と痴呆公務員たちの都合によってのみ使われているだけである。

 


 

 幕末維新から明治に入った時代は西洋列強に学んだアジアの小国であった我が国を描いてる坂の上の雲は良いドラマである。


 植民地にならないよう学び列強に負けない努力をした点は,やはり地理的なものも幸いしたのだろうが,天佑神助であったと思う。


 誰が見ても小国である。 不思議なくらい小さい国が大国と渡り合うのである。


 中国は当時ロシアの極東政策により,奉天~旅順までの要塞化を進みつつあった。 中国の遼東半島だけでなく朝鮮もその標的である。


 ロシアとの衝突がいずれ避けられない時代に英国から飲まず食わずで軍艦を買うのである。


 植民地を恐れる先達の教えを守るために富国とは言えないが強兵では列強に負けない気構えがあった。


 もし,指導者を誤っていたなら・・・・清国と同じ運命だったと思う。 猿真似とバカにされた時代を超えて日本は列強と対等条約を結ぶようになっていく。


 そんな我が国を立派で尊敬できる先達を我々も知るべきである。


 官僚が国のために仕事をした時代である。  なげかわしいが官僚は官僚のためしか今は,機能しなくなった。


 田母神氏が言う日本は立派な国と褒め称えるような歴史観を持った教育が大事だと思う。  それから憲法は改正すべきと思う。  バカな社民党や共産党は早く中国へ亡命でもしたらいいのにと思う。


 国民が国を想うのであれば強い日本のために税金を納めたいとも思えるように自分の国を自分達が守れるだけの軍事力を持つべきと想う。 


 

 外交の道具はやはり軍事力である。 憲法がどうたらこうたらで戦争はできない。 と言い訳する国会議員が居るが太平洋戦争を経て・・・・アメリカに守ってもらう時代は終わりを告げなければならない。


 自衛隊は軍隊である。 もちろん戦争は望まないが,自国の領土は守らなければならない。 それを軍隊ではないとする政治家は国益をなんと思っているのだろうか。


 在日米軍に頼らず日本独自で防衛力を整備した場合、防衛費の増額分は最大で単年度あたり約1兆5500億円で、現行の約4兆6800億円(平成22年度予算)の1・3倍程度になることが、元航空幕僚長の田(た)母(も)神(がみ)俊雄氏と自衛隊OBらがまとめた試算で分かった。20年間で計約15兆2千億円の増額となり、この試算で必要最低限の防衛力が自衛隊だけで備えられるとしている。

 この負担は国会議員と痴呆議員らの人数を1/10にしたらお釣りがきそうな感じである。


 アメリカにセコムしてもらう時代から自衛に切り替えていくのが国家としての方向と思う。 


 将来,有事の際には徴兵という義務が必要である。 少子化では国も守れない。 産めよ増やせよ!! 中国の脅威でそうなるかも知れない。


 防衛は国家の基本である。 中国・ロシアは宿敵であり,外交の歴史では対等である。  今の日本はまさに弱小国にしか見えない。


 ゆえに田母神氏は正論者である。


 『 まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている 』のはじまりの坂の上の雲は好評である。


 明治時代にでさえ、これほど多くの要人が海外の地を踏み、多くを学んでいる。

 理由は簡単である。 祖国を清国・朝鮮のような植民地にしたくない一心である。


 あの時代に英語を流暢に使いこなし、諸外国と対等に渡り合った明治人の聡明さに感動を覚える。


 黒船来航・・・・・何がなんだかわからないといった時代に多くの若者が海外へ行き,軍事・産業を学んだ。


 刀の時代を信じていた人間が軍艦や大砲の時代にいち早く切り替えができたのは負けて学んだものがあったからだと思う。


 ロシア人から猿と蔑まれても艦隊決戦で不可能といわれたロシア海軍を破り勝利することとなる。


 日本の歴史で一番の時代だったかも知れない。 国家予算の半分以上を軍事力増強につぎ込み,飲まず食わずで軍艦を買う。


 今ならとんでもないと思うことだろうが・・・・・・公務員の天下りに税金を使うよりもロシア・中国の脅威に対抗する海軍力を作るためなら税金もムダにはならないとも思える。


 自分の国が守れないで戦争の放棄を語るバカ政治家が中国とロシアに話し合ってくれと土下座を続けるなら坂の上の雲を国会で映写し続けた方がマシである。

 新しい政治で政治の不信を払拭して新しい日本のあり方を作る。 これが名古屋と阿久根だと思う。 それぞれリコールと専決という手法がとられてきた。


 やっていることは敵味方を二分するということだ。  それが悪いとは言えないと思うのである。


 幕末も官軍・賊軍という敵味方を二分した。 自分の居る地域は奥羽列藩同盟となった地である。

 いつの間にか賊軍扱いにされてしまったこともあるが,官軍・賊軍という敵味方は維新には必要だった。


 幕末では列強のヨーロッパ・アメリカの植民地になるからという強い意志が働いた日本は富国強兵施策で日清戦争・日露戦争を勝ち抜き・・・・・対米戦争に発展して敗戦した。


 敗戦してからも経済大国へ向った日本はすばらしいと思う。


 名古屋・阿久根は議員・公務員といった高給報酬の特権階級と一般市民との戦いとも思える。


 対立することが良くないと思う市民もたくさん居るが・・・・・明治以来,議員と公務員は特権階級である。


 何も責任を負わないモノが自分達に都合の良い社会を作ってきたのがバレてしましたのである。


 名古屋・阿久根の議員達のほとんどは賊軍である。  錦の御旗を市長に渡してこそ維新といえるだろう。 


 錦の御旗で政治不信と公務員優遇を払拭したら・・・・・何があるのだろう。 また,特権階級が現れるのだろうか。


 日本の歴史は特権階級が交代する社会だったと思う。 

 今も形と名を変えてきただけで何も変らない特権社会ではないかと疑問・・・・疑問・・・・疑問である。