左官屋の八五郎とお里は似たもの夫婦。どっちも譲らず、些細なことから夫婦げんかをして、お里は家を出て行ってしまいます。でも、二人の娘・お糸は、二人を信じ、何も心配していないのです。
江戸っ子たちの繰り広げる人情物語『本所おけら長屋』。その中にあって、お糸も、他の登場人物の例に漏れず、魅力的です。
お里のいない家で、おっとうの八五郎と向き合って酒を飲むお糸。二人が交わす会話の中からも、お糸の魅力が伝わってきます。
「お糸は、どんな男と一緒になりてえんだ。お店者か、それとも職人か」
「仕事なんか気にしないよ。お酒を呑んでもいい。遊んでもいい。でも、一本筋の通った人がいいなあ。おとっつぁんみたいに」
「おだてんじゃねえよ。お里を見てみろ。おとっつぁんみてえな男と一緒になって、苦労ばっかりじゃねえか」
苦笑いをする八五郎は、どこか寂しげだ。
「だが、これだけは言っておく。相手の男の中から、ひとつでいい、『この男は天晴れだ』って思うところを見つけだせ。それさえありゃ、なんとかならあ。夫婦なんてそんなもんだ。とはいえ、お里はでていっちまったんだから、おれの話にゃ、重みがねえな」
お糸は、その話を神妙に聞いている。
「うん。わかった。いい話だね。おとっつぁんの言葉、肝に銘じておくからね」
(畠山健二、『本所おけら長屋(二)』より)
娘が、こんなふうに粋に育ってくれたらいいなあ。
そして、娘が年頃になったら、こんな会話がしてみたいなあ。
そう思うのです。