自分が不幸であることを
利用して幸せになろうとする。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210917/09/yurushino/a8/92/j/o0640042715002155057.jpg?caw=800)
矛盾してます。
でも本人には矛盾してません。
なぜなら
「見せる自分」と
「中の自分」とが異なり
それぞれの役割を
果たすことで
目的を成就しようと
しているからです。
その目的とは
相手を支配することで
安心を得ることです。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210917/09/yurushino/9b/2d/j/o0640042715002155383.jpg?caw=800)
不幸な人を助けない人は
「ひどい人だ」と
評価を下されがちです。
他人の評価を気にする人は
「ひどい人」と
評価されることを怖れますから
目の前に不幸な人がいたら
助けざるを得ないと思うでしょう。
その性質を利用すると
・自分は「不幸な人」
・その自分を助けない相手はひどい人
という構図をととのえることで
相手の手助けを受けられるわけです。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210730/08/yurushino/b8/38/j/o0640042714979580467.jpg?caw=800)
自分と相手が
一度この構図にハマれば
あとは「不幸な自分」を
示すことで相手は思う通りに
動いてくれるようになります。
もしも
思い通りに動かない場合は
周囲に向けて
「この人ひどいんです」と示し、
周囲からの圧力を利用すれば
相手は思う通りに動いてくれます。
主従関係ができあがります。
怖れによる主従関係が。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210917/09/yurushino/10/94/j/o0640042715002156123.jpg?caw=800)
幼い頃に母親に言われました。
自分はみんなのために
毎日お買い物に行って
重たい荷物を持って帰る。
それで食事の支度をして
みんなが飢えないように
している。
他にも家事をしている。
誰に頼まれたわけでもなく
自分の意志で
一生懸命にやっているけど
特別感謝されるわけでもない。
そんな母を
困らせてはいけません。
幼い私は
心に衝撃を受けました。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210725/09/yurushino/c8/79/j/o0640043714977181314.jpg?caw=800)
あなたのために
頑張っている人を
困らせてはいけない、と
言われていると思いました。
頼んだわけでもなく、
事前に確認されたわけでもなく、
自分のために頑張る人すべてを
困らせないようにしないと
いけないなんて、
難しすぎます。
第一、困るかどうかは
本人次第であって
私が決めることができません。
すごい無理なことを
言われてると思いました。
どうしていいかもわからず
その後も何かあると
「いけません」と
言われ続ける。
母親が不幸なのは
自分のせいなのに
何をしたら良いのかわからない。
そう信じていたので
苦しかったです。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210719/08/yurushino/31/e9/j/o0640042614974220725.jpg?caw=800)
母親が
私を思い通りに動かすために
「不幸な自分」を利用していると
わかったのは30歳を過ぎてからです。
それまでずっと
私は母親に喜んでもらえない
「ダメな人間」だと確信してました。
何かして
たまたま母親が喜んだときだけ
「ダメな人間でない」と
感じられました。
当時はそんな
支配関係の中にいるだなんて
思ってもみませんでした。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210813/09/yurushino/85/8b/j/o0640042514986142558.jpg?caw=800)
振り返れば
母親は私が支配下から
抜けようとすると
「不幸な自分」を使って
支配関係を維持しようと
してました。
それでも私が
母親に従えない、と
無理に支配下から
抜けようとすると
母親はそれを父親に話します。
すると父親は
結局「見捨てるぞ」と脅すので
見捨てられると生きていけないと
信じていた私は
生き延びるために
再び支配下へ戻ります。
支配体制を維持する仕組みを
二重に持っていたわけです。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210820/08/yurushino/5e/ab/j/o0640042714989250449.jpg?caw=800)
この構図を理解してからは
支配関係から抜けることが
できました。
母親が「不幸な自分」を
持ち出してくると
不幸かどうかは
見る人によって違います。
あなたはそう思っているけど
自分にはそう思えない。
自分のせいで不幸になるというなら
何をどのように変えて欲しいのか
具体的に話してください、などと
話すようにしました。
すると母親は
鼻白んだ顔をすると
捨てゼリフを言って
立ち去ります。
なんで自分がこんなことを言うのか
お前も私の年齢になればわかる、と。
まあ、
わかったんですけどね。
支配して安心したかったんだ、と。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210818/08/yurushino/ab/bc/j/o0640042714988360375.jpg?caw=800)
相手を支配するのは
相手に犠牲を強いることに
なります。
相手の犠牲の上に
手に入れた安心は
一時的なものです。
一時的なので
自分の安心を継続するためには
再び相手に犠牲を
払わせることになります。
そうして支配関係は
苦しさがお互いに
深まっていきます。
「自分の不幸」を使わず
自分が安心できる方法を
相手に示して協力を求める方が
対等な関係だし、
お互いどちらにも犠牲を
強いることもありません。
自分の安心に
相手が協力してくれれば
それは一時的には終わりません。
苦しみよりも
関係の良好さが
深まっていきますね。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210820/08/yurushino/77/60/j/o0640042714989250897.jpg?caw=800)
お読みいただき、
ありがとうございます。
プロコーチ8年目、常楽でした。
《関連記事》
・本当に安心できるのは、支配ではなく対等な関係
・助けるのが当然、の態度じゃ、助けたくなくなる。
・平和な家庭は、親のルールでなく家族のルールで運営されている
・期待に応えたい、の扱い方
・「困った」と言われて身体が反応してしまうこと
利用して幸せになろうとする。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210917/09/yurushino/a8/92/j/o0640042715002155057.jpg?caw=800)
矛盾してます。
でも本人には矛盾してません。
なぜなら
「見せる自分」と
「中の自分」とが異なり
それぞれの役割を
果たすことで
目的を成就しようと
しているからです。
その目的とは
相手を支配することで
安心を得ることです。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210917/09/yurushino/9b/2d/j/o0640042715002155383.jpg?caw=800)
不幸な人を助けない人は
「ひどい人だ」と
評価を下されがちです。
他人の評価を気にする人は
「ひどい人」と
評価されることを怖れますから
目の前に不幸な人がいたら
助けざるを得ないと思うでしょう。
その性質を利用すると
・自分は「不幸な人」
・その自分を助けない相手はひどい人
という構図をととのえることで
相手の手助けを受けられるわけです。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210730/08/yurushino/b8/38/j/o0640042714979580467.jpg?caw=800)
自分と相手が
一度この構図にハマれば
あとは「不幸な自分」を
示すことで相手は思う通りに
動いてくれるようになります。
もしも
思い通りに動かない場合は
周囲に向けて
「この人ひどいんです」と示し、
周囲からの圧力を利用すれば
相手は思う通りに動いてくれます。
主従関係ができあがります。
怖れによる主従関係が。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210917/09/yurushino/10/94/j/o0640042715002156123.jpg?caw=800)
幼い頃に母親に言われました。
自分はみんなのために
毎日お買い物に行って
重たい荷物を持って帰る。
それで食事の支度をして
みんなが飢えないように
している。
他にも家事をしている。
誰に頼まれたわけでもなく
自分の意志で
一生懸命にやっているけど
特別感謝されるわけでもない。
そんな母を
困らせてはいけません。
幼い私は
心に衝撃を受けました。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210725/09/yurushino/c8/79/j/o0640043714977181314.jpg?caw=800)
あなたのために
頑張っている人を
困らせてはいけない、と
言われていると思いました。
頼んだわけでもなく、
事前に確認されたわけでもなく、
自分のために頑張る人すべてを
困らせないようにしないと
いけないなんて、
難しすぎます。
第一、困るかどうかは
本人次第であって
私が決めることができません。
すごい無理なことを
言われてると思いました。
どうしていいかもわからず
その後も何かあると
「いけません」と
言われ続ける。
母親が不幸なのは
自分のせいなのに
何をしたら良いのかわからない。
そう信じていたので
苦しかったです。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210719/08/yurushino/31/e9/j/o0640042614974220725.jpg?caw=800)
母親が
私を思い通りに動かすために
「不幸な自分」を利用していると
わかったのは30歳を過ぎてからです。
それまでずっと
私は母親に喜んでもらえない
「ダメな人間」だと確信してました。
何かして
たまたま母親が喜んだときだけ
「ダメな人間でない」と
感じられました。
当時はそんな
支配関係の中にいるだなんて
思ってもみませんでした。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210813/09/yurushino/85/8b/j/o0640042514986142558.jpg?caw=800)
振り返れば
母親は私が支配下から
抜けようとすると
「不幸な自分」を使って
支配関係を維持しようと
してました。
それでも私が
母親に従えない、と
無理に支配下から
抜けようとすると
母親はそれを父親に話します。
すると父親は
結局「見捨てるぞ」と脅すので
見捨てられると生きていけないと
信じていた私は
生き延びるために
再び支配下へ戻ります。
支配体制を維持する仕組みを
二重に持っていたわけです。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210820/08/yurushino/5e/ab/j/o0640042714989250449.jpg?caw=800)
この構図を理解してからは
支配関係から抜けることが
できました。
母親が「不幸な自分」を
持ち出してくると
不幸かどうかは
見る人によって違います。
あなたはそう思っているけど
自分にはそう思えない。
自分のせいで不幸になるというなら
何をどのように変えて欲しいのか
具体的に話してください、などと
話すようにしました。
すると母親は
鼻白んだ顔をすると
捨てゼリフを言って
立ち去ります。
なんで自分がこんなことを言うのか
お前も私の年齢になればわかる、と。
まあ、
わかったんですけどね。
支配して安心したかったんだ、と。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210818/08/yurushino/ab/bc/j/o0640042714988360375.jpg?caw=800)
相手を支配するのは
相手に犠牲を強いることに
なります。
相手の犠牲の上に
手に入れた安心は
一時的なものです。
一時的なので
自分の安心を継続するためには
再び相手に犠牲を
払わせることになります。
そうして支配関係は
苦しさがお互いに
深まっていきます。
「自分の不幸」を使わず
自分が安心できる方法を
相手に示して協力を求める方が
対等な関係だし、
お互いどちらにも犠牲を
強いることもありません。
自分の安心に
相手が協力してくれれば
それは一時的には終わりません。
苦しみよりも
関係の良好さが
深まっていきますね。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210820/08/yurushino/77/60/j/o0640042714989250897.jpg?caw=800)
お読みいただき、
ありがとうございます。
プロコーチ8年目、常楽でした。
《関連記事》
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・期待に応えたい、の扱い方
・「困った」と言われて身体が反応してしまうこと