銀河漂流劇場ビリーとエド 第1話『ビリー・クライテンの災難』・④(終) | せいぜいひまつぶしの小話

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5年目から創作系ブログとして新装開店しました。
色々と思うところ書いてます。講談社への抗議不買は一生続けます。
2022年12月からは小学館もリストに加わりました。
「人を選ぶ」とはつまり「自分は選ばれた」ということです。

登場人物

 

第1話 ①、 ②、 ③、 

 

 夢ではなかった。やはり自分は3日前に“殺されて”いた。
 やっとの思いで3日ぶりに帰ってみれば、安アパートの寝ぐらは綺麗に片付けられていた。
格安のオンボロだからどんなに片付けても綺麗になんかなるわけないのだが、とにかく不動産
屋に案内されて通された部屋には、3日前までの痕跡は何ひとつ残されていなかった。私物は
もちろん、机や椅子の脚でへこんだカーペットの跡やなんかも何もかも、たった3日のうちに
見事過ぎるほど見事な手際で、生活感の全てが消されていたのだ。

 事件性無しと判断された結果としての迅速な対応、ということになるのだろうか。
 安普請に寄ってくるようなワケありの住人は入れ替わりも激しく、ビリーも隣近所の動向に
さしたる関心を寄せたことは無かったが、いざこうして自分が当事者になってみると、やはり
身につまされるものがあった。
 不動産屋も不動産屋でプライバシー保護の観点から言えば当然なのだが、事故で死んだこと
以外に何も話そうとしない営業トークからは前の住人の存在感はまったく感じられず、しかも
それを“自分が”聞かされるのだから一層こたえる。入居者募集の案内には念のために偽名で
申し込んだが、こんなことなら本名でもバレなかったかもしれない。いてもいなくても大して
変わらないのだと、改めて自らの存在価値を突きつけられているようだった。

「ここに、住んでたんだよね?」
「ああ、部屋を間違えてなけりゃあな。なんでお前らもついてきたんだ?」
「だってほっとけないもん、どうなるのか心配だったし」
「ええ。船長のおっしゃる通り、今のあなたには我々の助けが絶対必要なはずです」
「…頼もしいねぇ」
 3日ぶりの帰宅には、自分を助けてくれた謎の2人(?)組も一緒にくっついてきていた。
「…このまま警察に行ってみたらどうなるかな」
「多少は驚かれるかもしれませんが、保険金殺人の話を信じてくれるかどうかは微妙ですね。
逆にあなたが保険金詐欺で捕まる可能性も考えられます」
「なんでそうなるんだよ」
「死んだはずの人間が生きてるからですよ。大規模な組織犯罪の被害者として事件を調べ直す
のと、あなた1人を保険金詐欺の犯人に仕立てて幕引きにするのと、どっちが楽でしょうね」
「その辺の根回しも済んでるってことか?」
「大勢死んでるのにたった3日で事故と結論付けてしまえる程度にはね。運が良ければ真剣に
取り合ってくれるまともなお巡りさんに当たるかもしれませんが…ダメもとにしてもいささか
分が悪過ぎるかと」

「神奈川県警かよ」
「富山県警とも言いますがね。氷見事件の担当者は誰も処罰されませんでしたよね、このテの
冤罪と一歩手前の不祥事は挙げればキリが無いくらいですよ」
「……………」
「警察官も所詮は同じ人間です。大半の人間は大っぴらに悪事を働けるほど図々しくはありま
せんが、みんなやってるとか、誰も見てないとか言われて踏み止まれるほど強くもありません。
密室の中で決められた組織の倫理に逆らえる人間が、果たしてどれだけいるでしょうかね?」
「…いないだろうな」
 考えれば考えるほどロクでもない状況だが、それは最初からだったのかもしれない。
 物心ついて間もなくに両親を亡くし、施設で育った目つきの悪い男の天涯孤独な人生には、
身寄りも無ければ友達もいない。ちょっとくらい不審な死に方をされても誰も気にも留めない
となれば、犯罪利用するにはまさにうってつけというわけだ。
 この時点でビリーは、自分の手で決着をつけることを決めていた。これ以上はもはや、誰が
自分の味方になってくれるか分かったものではない。

「ハイ、というわけでここからはダイジェストでお送りします(カメラ目線)」
「…何の話をしてんだお前は」
 ロクでもない状況で手を差し伸べてくれたことへの感謝はあるが、これからこういうワケの
分からない連中のワケの分からない発言に付き合わされるのかと思うと、それはそれで何だか
面倒なことになりそうな気がして先が思いやられた。

 理不尽な悪による犠牲者がそれに気付いた時、次にやることは一つしか無い。

 “復讐”だ。
 歴史に名を残すような偉業を成し遂げたわけでもなければ、“社会貢献”だとか“生産性”
といったご立派な標語とは無縁の、生活保護一歩手前な底辺労働者だったが、それでも悪事に
手を染めることなく、自分なりに真っ当に生きてきたのだ。他人に言わせれば価値の無い人生
かもしれないが、だからといって悪党どもに搾取される筋合いは無いのだ。

 所詮カネ目当ての保険金殺人だから、カネの流れを追っていけば必ず事件の黒幕に辿り着く。
配偶者として勝手に設定された受取人の手に渡っていればそれでもいいかなと思っていたが、
もちろん社会的弱者を食い物にする悪党が、肝心の銭勘定をしくじるわけが無い。いくら手の
込んだ方法を使おうがつまるところはカネであり、逆に言えばそこを押さえてしまえば、後は
どうとでもなる。結論から言ってしまえば、ビリーたちの目論見は見事に的中した。
 金の切れ目が縁の切れ目なのは、いつの時代のどこにいても変わらないということだ。

 ビリーたちが密かに保険金を奪い取ったことで、犯行に関わった連中は本来の取り分を受け
取れなくなった。後はもう思わせぶりに怪文書や脅迫状を送り付けてみたり、隠し口座に金の
一部を振り込んでみたり、盗んだ車でどこかの建物に突っ込んでみたり誰かを軽く轢きかけて
みるだけで、疑心暗鬼に陥った悪党どもは勝手に仲間割れを始めてくれるわけだ。
 傍から見れば実に滑稽な悪党どもの内ゲバではあるが、それはもう“彼ら”の物語ではない。

 宇宙をさまようSFコメディとしての本領を発揮するのは、まだまだこれからである。

〈第1話 終わり〉

 

 

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