銀河漂流劇場ビリーとエド 第1話『ビリー・クライテンの災難』・③ | せいぜいひまつぶしの小話

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5年目から創作系ブログとして新装開店しました。
色々と思うところ書いてます。講談社への抗議不買は一生続けます。
2022年12月からは小学館もリストに加わりました。
「人を選ぶ」とはつまり「自分は選ばれた」ということです。

登場人物

 

第1話 ①、 ②、 ④(終) 

 

 男の子の人差し指がビリーの眉間に押し当てられると、そこで突然意識が途切れた。
 そして次に目が覚めるとまた別の場所で、今度はソファに寝かされていた。
「お目覚めですか、ビリーさん」
「!!」
 見知らぬ場所で、さっき見たばかりの顔があった。船長と呼ばれていた男の子と、そのお供
…と思(おぼ)しきロボットが1体。どうやら拘束服の中から引っ張り出してくれたようで、
首から下を覆っていた窮屈な圧迫感はすでに無く、体を自由に動かせるようになっていた。
「…なんで俺の名前知ってるんだよ」

 ここは一体どこなんだとか、そもそもこいつらは一体何者なんだとか、他にもっと聞きたい
ことがあったような気もしたが、相変わらずワケの分からない状況が続く中で、こうも次から
次へと疑問が湧き出すようでは、目の前のことを片っ端からやっつけていかないとキリが無い
…というか今のビリーには、それ以上のことを考えている余裕は無かった。テリー・ギリアム
みたいな唐突で目まぐるしい場面転換の連続に、ビリーの頭はいい加減パンク寸前なのだ。
「寝かせている間に色々調べたんですよ、免許証とか。あれから4時間ぐらい経ちましたかね。
ビリー・クライテン、30歳。家族・配偶者無し、犯罪歴も無し。ゴダン星系ラグランジュF
第7コロニー3丁目6番地48号201在住、現在は宇宙事業開発公団の非正規雇用として、

2年前から宇宙船製造の現場勤務…合ってますよね?」
「あぁ、大体そんな感じだ」
「3日前に死んだことになってますよ」
「…どういうことだ」
「宇宙船の推進エンジン製造ラインでエネルギー漏れによる大規模な爆発事故が発生、現場に
いた複数の作業員が巻き込まれ、遺体は跡形も無く消失、ということです。事故が起きたのは
一応事実のようですが、ビリーさんご存知でしたか?」
「朝のニュースでそんなこと言ってたような気がするな。3日前だったのか…?」
 そう。確かにその日までは、底辺の社会人として平凡な日常を送っていたはずだった。その
“3日前の事故”を境にすべてが変わり、今はこんな所にいる、ということになるのだろうか。
だが自分が死んだことにされたのと、何の突拍子も無い宇宙漂流刑に一体何の関係があるのか、
自分の目の前にいるこの古臭いデザインのロボットはそのつもりで話しているのか?もちろん
読者的メタ視点で考えてみれば関係は大アリに決まっているのだが、答え合わせまでは今少し
ばかり辛抱をお願いしたいところである。

「何の話をしてるのか分からないけど、どうして無事だったの?事故にあわなかったの?」
「調子が悪くて早引けしたんだよ。段々思い出してきたぞ、ニュースで事故の報道を見たのは
その次の日だ。なんで死んでると思われたんだ?」
 出退勤はタイムカードで管理されているから、早退した自分が事故現場に居合わせなかった
ことは調べればすぐに分かる。それに死人が出るほどの事故が起きた次の日から、しかもその
事故が起きたのと同じ現場で業務が再開されるわけがない。何かあれば向こうから連絡が来る
はずだ。そう思っていたから、特別休暇のつもりで二度寝を決め込んでいたのだ。

「そこなんですがね。単なる数え間違い、というわけでは無さそうですよ。これを見て下さい」
 そう言ってロボットに手渡されたタブレット端末には、まず左から人名らしき綴りが2名分、
次におそらく住所が書かれているであろう文字と数字の組み合わせが続き、最後の項目は最低
でも百万単位からの数字の列が、画面の上から下までズラリと並んでいた。
「真ん中あたりにありますよね、赤線引いておきましたけど」
「…確かに俺の名前が載ってるな。事故で死んだ連中のリストか?」
「はい。しかも全員高額の死亡保険が掛けられています。受取人はその隣、養子だったり夫婦
だったりと色々ですが、どれも事故が起こる数日から数週間以内に申請が受理されています。
お隣の人名に心当たりはありますか?家族も配偶者もいなかったはずですよね?」
「……………」
「これは保険金殺人の可能性が高いですね。しかも極めて大規模で組織的な犯行です。ビリー
さんはそれに巻き込まれたんですよ。死体も出ないような死に方をしたはずのあなたが生きて
いるのは都合が悪い、だから死体が見つからないやり方で改めて始末する必要があった…宇宙
漂流刑の真相はおそらくそんなところではないでしょうか。証拠はありませんが、立て続けに
起きた2つの出来事が無関係だとは考えにくい。実際我々の乱入が無ければ、あのまま宇宙の
藻屑になっていたのではありませんか?得体の知れない通りすがりにこんなことを言われても、

説得力は無いかもしれませんけどね」


 ロボットが長々と謎解きを披露する間中ビリーは終始無言だったが、べつに話を聞いていな
かったわけではない。もはや感情が追い付かなくなり、どう反応していいか分からなくなって
いただけだった。頭の中で話を何度も反芻(はんすう)してみたが、やはりどうしても他人事
のような気がして、自分自身に起きた出来事として受け止め切れていなかったのだ。
 自称“得体の知れない通りすがり”の彼らが語る“物語”は、荒唐無稽もいいとこだったが、
わざわざ嘘を吐く理由も無い。もしかしたら真実なのかもしれないが、あるいはもしかすると
タチの悪い夢を見ているだけで、今いるこの場所から一歩外に出れば、普段の日常に戻れるの
ではないか…そんな考えが頭の中をグルグル回ってばかりで、目の前のことを現実として実感
するには、まだ確かめなければならないことがあった。
「…とりあえず家に帰してくれないか?あとそれから、その保険金殺人…だったよな。もっと
詳しい情報が知りたい。名前だけじゃなくてもっと色々とな。頼めるか?」
「いいですよ」

 もしこれが夢なら、突っ込んで調べていくうちにボロが出る。夢に気付いてしまえばあとは
もう現実に戻るしかない。現実ならそれはそれで真相が明らかになるだけだ。
 ただ単に実感が持てないだけであって、それが“夢”と“現実”どちらに転んだとしても、
腹を括る覚悟だけはとっくに済ませていたのだ。

〈続く〉

 

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