其の漆拾。
01. 出会った時から敵だった
もともと、お膳立てられた関係だった。
年齢とサイバーに参入した時期が似通っていただけで、それ以外は全く真逆な状況が、マスコミにとっては格好のネタだった。
かたや、インディでも話題になる程度の成績を残し、女性との浮き名がステイタスで、ふてぶてしいまでに自信に溢れかえった自侭な若獅子。
かたや、レースはもちろんそもそも公的に名前を出すことさえ初めてで、七光りでさえ迷惑だと笑みのひとつも見せず、どこまでもストイックに自我を徹するアイスドール。
互いに会ったことさえなかったのに、勝手にライバルとして祭り上げられ、不必要なまでにマスコミが騒いだのはもしかしたら、ファン層を広げるためのメディアの策略だったのかも知れない。
だから、出会った時から敵だった。
そういう立ち位置なのだと、勝手に作られた舞台だった。
データとして与えられた情報だけであったなら、むしろ同士という立場も勝ち得たかも知れないのに。
けれど、外野が望む姿を演じるうち、いつしか宿敵、さらには喧嘩仲間とまで言われるようになったのは、むしろ、好都合だった。
心の奥に燻る感情を、それらはきれいに隠してくれるから。
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其の漆拾壱。
02. 絶望と共に育った感情
例えば、どこかで偶然出会っていたり、例えば、サイバー関係者ではあってもレーサー同士ではなかったり。
そんな架空の出来事を想像してみても、全く自分たちらしくなく、腑に落ちない。
「どっちかが女だったら?」
女性との関係の数をひけらかすようなグーデリアンに靡くハイネルではないだろうし、甘さの欠片もなさそうなお硬いハイネルの態度に満足出来るグーデリアンではない。
結局、今の関係以上は望めない、ということだ。
好敵手と思われていればまだマシで、むしろ迷惑がられているのは、会うたびのその表情からも明らかで。
なのに諦め切れない、むしろ絶望とともに育った感情は、どこまでも果てがない。
どうせ嫌われているのなら、とことん憎まれてしまえばいい。
そんな自棄っぱちな思いさえもどす黒く渦巻くのに。
それでも穢せない、ただ一歩が踏み出せないなんて、きっと誰も信じてはくれないだろう。
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其の漆拾弐。
03. 「どうして」なんて今更だろう?
そろそろ我慢の限界。
もともと褒められた節操じゃないから、多分、基準は分からないけど世間一般の常識から見れば、短いんだろう。
それでも、とにかく気持ちだけでも伝えたいと、ある意味焦っていた。
レースは終盤、次のシーズンが始まるまで会うことはおろか、連絡を取ることすら難しくなる。
プライベートな関係は皆無で、パブリックでは敵同士。
だからなんとしても、距離を縮めておきたかった。
気になるから腹が立つ、それがライバルとか世間にお膳立てられたものじゃないと気付いた時から…なんて、延々言い訳のように言いつのった。
それに返ってきたのは、『どうして?』なんて今更だろう?な一言。
とはいえ、そんな抗議が通用しないのも、ある意味純粋培養な相手ならば仕方がない。
直球で、いかせてもらうよ?
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其の漆拾参。
04. 月の隠れた夜だから
その日は、新月だったらしいと、後から聞いた。
こっそりとモーターホームを抜け出し、なるべく音をたてないように移動する。
世間体としては大柄と言ってもいいほどの体躯ではあるが、細部まで鍛えられているが故に、獲物を狙う獅子に例えられるように、気配を消すことは容易である。
闇に紛れ、けれど求める人は未だ就寝とはほど遠い位置にいると分かっているから。
僅か以上の期待を拳に込めて、ノックする。
僅かな静寂のあと、聞き慣れたものよりも幾分低めの、誰何する声。
名を告げれば、驚いたように空気が一瞬帯電し、すぐに施錠を外す音が聞こえた。
「月の隠れた夜だから、さ」
きっと、今までの刹那的な相手になら、そんなふうに気取ってみせたことだろう。
でも、おそらく、世界でただ一人、今目の前にいる人にだけは本心のない言葉は言いたくなかった。
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其の漆拾肆。
05. 瞳を閉じればただの二人 / 瞳を閉じれば二人きり
拳3つ分ほどの隙間をあけて、モーターホームのタイヤに凭れて座る。
日中、他の者の目がある時には寄ると触ると口論をし、取っ組み合いになることすらあり、好敵手というよりも天敵のような関係を築いている。
だから、こんな言葉少なに穏やかな姿を、誰も信じないだろう。
特に、何を話すわけでもない。
けれど、闇の中の沈黙さえ、とろりとした重さを感じるほどに、居心地がいい。
月明かりはなくとも、不眠で動く気配はそこかしこにあり、漏れてくる細い光もある。
それでも、瞳を閉じれば二人きりしかいないような空間に酔う。
夜は心が開放的になると言ったのは、誰だったか。
明るい陽の光に晒されず、だからこその自由を楽しむ。
毎夜ではない、けれど頻繁な逢瀬は、もうすぐ終わりを告げる。
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其の漆拾伍。
06. また会いましょう、敵として
いつからか、公私ともにライバルと位置付けされているグーデリアンが、深夜に近い時刻に訪ねてくるようになった。
一般的には既に就寝している時刻ではあるが、日中はドライバーとして与えられることをこなす自分にとっては、むしろこれからが本来の姿での時間である。
我が儘を許してくれている親に対してはもちろん、現在のチームクルーにでさえ、裏切りに値するだろう、己の『やりたいこと』。
設計の青写真から、レースに投入してもいい状態のマシンに仕上がるまで、どれほどの時間がかかるかは、計り知れない。
それでも尚、やりたい、出来得ることならば叶えたいと、それを『夢』と他人は呼ぶのだろう。
けれどそれは、どう頑張ろうとも己ひとりで出来るものではない。
ドライバーとして参入していたからこそ分かる、表に名前が出ない人たちの多さ。
それら全てを束ね、引っ張って行くカリスマ性を、自分が持っているとは思わない。
重ねるテストの結果が思わしくないことも、焦りを煽る。
レースシーズンも終盤の今、来期に向けて『また会いましょう、敵として』と、社交的な笑みさえあいつに浮かべられるのか、こんなにも、自信がない。
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其の漆拾陸。
07. 戻りたい、戻れない
軽い男を装って、軟派に女性を口説く。
一夜限りの逢瀬を楽しんで、次の夜にはまた違う香りを纏う。
それで十分で、不満に思ったことなどなかったのに。
彼の存在は、そんな自分を根底から覆してしまった。
彼を知らなければ、とか、過去を清算したい、とか今更思わないけれど。
どこまでもどこまでも綺麗な彼を、自分が汚してもいいのかと、躊躇するのだ。
何よりもまず、彼がそんなことを望んでいるなどありえないだろう。
こんな感情を覚えてしまう以前の自分に、戻りたい、戻れない。
戻れないならいっそ、そう覚悟を決めるまでに、たいして時間はかからなかった。
自分のものに出来るなら…そう、甘美な誘いを無視出来ずに。
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其の漆拾漆。
08. 染みついた罪悪の匂い
自分たちの間に、お世辞にも好意的に受け取ってもらえるような関係は皆無だったはず。
噂に違わず親の七光りでドライバーとして入れたチーム、応援してくれるファンへのサービスの笑顔ひとつすら作れず、面白味のない計算通りのドライビング。
予め予定されているインタビューにでさえ型通りの返答しか出来ぬ自分の、どこに惹かれたというのだろう。
初めは嫌がらせだと思った。
そうではないらしいと分かっても、それでもからかっているのだろうと思い込んでいた。
会えばその都度、ついでを装ってわざわざ喧嘩を売りに来ている相手を、好意的に受け入れることなど出来はしない。
出来ないはず、だった。
けれど、自分にないもの、自分が焦がれるほど欲しいものを持っている人に、最初に持つ反感は、憧れの裏返しでしかない。
指先や爪の間に染み込んだオイルの汚れのように染み付いた罪悪の匂いは、簡単に落とせやしない。
それでもと、選んだのは誰でもなく、自分なのだから。
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其の漆拾捌。
09. 心も体も裏切って
自身はもちろん、周囲さえも驚くほどの没頭ぶりだった。
レースで勝利を勝ち取るためにした努力など、比べ物にならないほどに、思いつく限りの案にシュミレーションを重ねた。
今以上、ライバルより近く、周囲でさえも納得するほどの関係。
一緒にいるのが当たり前で、誰にも疑われずに堂々と公表出来る立場。
「これしかないか…」
何かを得るためには、何かを捨てなければならない。
けれど、優先順位など、もうとうに決まっている。
おそらくはその選択をすることで、怒りを買い、むしろ関係を悪化させてしまう可能性も否めない。
それでも、それで望むものを得られるのであれば。
軋む心も身体も裏切って、計画の実行を命じた。
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其の漆拾玖。
10. 背徳の両手が選んだ答え
かつてのライバルが手を組んだ!
そのニュースはレース関係者はもちろん、そうでない者でさえも驚かすには充分以上だっただろう。
冷静に分析し、どうすればどちらのやりたいことも投げ出さず、そして共にいても自然だという状態が作れるのかを模索した。
互いの全ての条件を満たすことは当然不可能ではあるが、それでも唯一、自身がドライバーであり続けることさえ諦めれば最善の関係を築くことが出来る。
己の手で作り出した最速のマシンでポディウムの、否、世界の頂点に立つ。
立つ者は自身でなくてはいけないと頑なに思い続けてきた結果が今の様で、けれどその位置を託してもいいと思えるただひとりの人と一緒に目指すことが出来るのであれば、未練はなかった。
何よりも、断られるだけならまだしも、これまでの関係全てを無にされ嫌われてしまうことを恐れ、それでもと差し出した手はらしくなく震えていた。
けれどあまりにもあっさりと、というよりもむしろ引っぱられるような感覚でとってくれたその大きく厚い手はどこまでもあたたかく、強く、そして痛いほどに優しかったのだ。
「背徳の両者の手が選んだ答えだ、でも」
どんなことをしても後悔はついてまわるのなら、その後悔さえも無駄にしないほどにふたりでいようと決めたのだ。