01. 君という華(当征)
「華がある」という言い方がある。
容姿だけでなく、内面からも滲み出る品や立ち居振る舞いが良いことを指す言葉だ。
けれど、それは例えであり、まさか体現している人がいようとは思ってもいなかった。
まさに、例えではなく、華そのものだった。
日本人離れした薄い色素も、誰よりも己を律する武士のような心の強さも、不器用にそれでも他の命を慈しむ優しさも。
けれどもそれは、大輪の花というような艶やかさではない。
比較的涼しく厳しい環境で育ち、根元の茎や葉はしっかりとしているのに、表面に現れる花は小さく清楚で、しかも時として色を消して気配を無くしてしまうサンカヨウに似ている。
それでも多くの人に愛され、大切に守られるのは、その誠実さによるものだろう。
そんな、君という華を、手折ることなく、それでも自分の唯一にすることは、できるのか。
…たまにキテレツでポンコツになるから、そこだけは俺個人の観賞用限定にしたいしな。
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02. 人恋しい帰り道(38)
「ひとりでは、ないんですけれどねぇ」
育った孤児院では笑うことはもちろん話すことすらしなかったことで孤立していたし、教師をしていた時も特に親しくしていた人はいなかった。
唯一は、再会した双子の姉だけで、彼女を亡くしてからはすでに生きることさえ望んでいなかった。
なのに今、己に死を与えてくれなかった斜陽殿を去ることに、さみしさを感じてしまっている。
仏頂面で口の悪い最高僧はそれでも分かりにくくも優しくて、元気いっぱいな子猿さんは大罪人である自分にも無邪気に懐いてくれた。
今住んでいる家には命の恩人でもあるナンパなのに漢気あふれたおニイさんもいるのに、いつの間ににぎやかな空間に慣れてしまっていたのだろう。
新たな命として名前をもらいはしても、妖怪を大量虐殺した上に妖怪に身を堕とした自分を見る僧たちの目に温度はないし、むしろ忌まれているほどだ。
まあ、最高僧もどちらかというと避けられているし、子猿さんは邪険にされているから、一緒にいても気を遣わなくていいからかもしれない。
なんとなく人恋しい帰り道を面映く思いながら、次に会える日を心待ちにしている自分のことを嫌いではないということが嬉しい。
まもなく、鬱陶しいとうれしい悲鳴をあげるくらいに一緒にいる日々が待っていることは、まだ知らないけれど。
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03. 季節外れのアイスクリーム(ZS)
つい数日前までは、極限まで衣服を薄く、さらには覆う面積を減らしても暑く、クソ剣士や美人航海士どのなどは海の中にいたほうが長いほどだったが、いかんせん能力者が多いから、どうしても冷たい食事が多くなっていた。
夏島というよりも酷暑島海域なのではないかと思うほどで、製氷機と冷蔵庫はフル稼働でも間に合わないほどだった。
のに。
いきなり極寒になり、衣食住全ての素材を変えることになったのはまあ、それなりに慣れてはきたのだが。
「どうするかなァ」
冷凍食品はむしろ外に置いて置けるくらいだが、冷凍状態でもというか冷凍状態でないと食べられない食品があり、それは流石の船長でもこの気温下では手を出さない。
「それ、くれ」
意外にも、酒豪な剣士が声をかけてきた。
酒>甘味ではあるが、嫌いではないし、けれどわざわざ欲しがるほどでもないと訝しんだが。
酒をかけても美味いし、合う塩味のつまみも食えとどうせ言うだろうと悪ガキの笑いをした。
まあ、季節外れのアイスクリームは、温められた部屋で食べるのもいいが、酒飲みには酒飲みらしい楽しみ方もあるようだと知れたのは、ちょっとした収穫だったな。
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04. 陽光に焦がれる向日葵(当征)
頭が良い、と言うのは単に学力が高いだけではない。
その場に応じて臨機応変に柔軟な思考や行動ができることや、ひとつの回答へ幾通りもの道を考えられることなども挙げられる。
つい、頑固に今あることに拘りがちな自分としては、そんなふうに動けることを羨ましく思う時がある。
しかもそれは、そうしようとしてやっているわけではなく、ただ思いついたからと飄々としているから、悔しくもなるのだ。
そうありたくて真似ようとしても、簡単ではなく、むしろ別の道すら思いつかないことも多い。
一度、なぜそんなに思いつくのだと尋ねたこともあったが、むしろなぜそんな簡単なことを問われるのかがわからないという不思議な表情が返ってきたものだ。
ならばと言動を逐一ずっと観察していたら、ストーカーかと笑われた。
いや、違うな。
そうなりたいと憧れて上を見続ける、陽光に焦がれる向日葵だろう。
あ、頭が黄色いからだとは、うるさいぞ。
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05. 素足で歩こう(GH)
レースの開催地はおおよそ決まっていても、回る国の順序は毎年変わるので、季節と場所が昨年と同じということはほとんどない。
だから、同じ場所でも季節が違えば路面はもちろん自身やマシンのコンディションへの対策も変わるし、同じ時期でも場所が違えば対処の仕方が全く異なる。
それでも、おおよそどこの国でも初夏というのは気持ちがいい。
煌めく陽光と暑すぎない気温、湿度に差はあれど、不快になるようなことはあまりない。
だから、最初に夏が早い国で行って、順に寒冷地方に移動できると、初夏が長く続いていいのになぁとも思ったりする。
そして何より嬉しいのが、ハイネルが一番機嫌がいい季節だからだ。
寒さには強いらしいが細かな手作業などは辛そうだし、暑いのはもう(鉄面皮で見せはしないが)とにかく断固拒否!で眉間の皺が深くなる。
けれど爽やかな風とさらりとした気温では、少しだけ表情も雰囲気も柔らかくなり、開放感もちょっぴり増すのだ。
露出は少なくとも服の生地が薄く軽くなるし、ちょっとした芝生なら、素足で歩こうと言っても付き合ってくれるし、言葉数や笑顔もなんとなく増える。
それが嬉しくて、やる気に繋がるから、いいことづくめだな!
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06. 時を刻む音だけが(GH)
レースシーズンがもう間も無く始まる。
どのチームも最終調整に入っているだろうし、情報の探り合いもピークになっている時期だ。
ブラッシュアップはもちろん、新しいマシンやドライバー、チーム編成による変化も要注意だ。
おそらくシーズン中よりも神経を研ぎ澄ませなければならないこの時期に、なぜか我がチームのエースドライバーに誘われて散歩をしている。
曰く、根を詰めすぎると迷宮入りするから、気分転換の息抜きが必要なのだとか。
寸秒を惜しむ気持ちはありながらも、エースドライバーを蔑ろにはできず、結局付き合うことになる。
靴を脱いで裸足で外を歩くことも、彼がいなければ知らなかった感触だ。
からりと爽やかな気候であることも幸いし、靴底越しでの感触との違いを楽しむ。
風が起こす葉擦れと腕時計の秒針が時を刻む音だけが耳に届く。
気付かぬうちに入っていた肩の力が抜け、大きくひとつ、息を吐いた。
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07. 長雨に閉ざされた空間で(榎京)
霧のように細かい雨が音もなく降っている。
時折、溜まった水滴が軒などから落ちる音と、紙を捲る乾いた軽い音が聞こえるだけで、日中だというのに静まり返っていた。
もう何日も、こんな日が続いている。
ここにいて、何をするわけでもない。
出涸らしの茶を飲んで、ごろごろして、うたた寝をして、柘榴をからかって、おやつを食べて。
家主との会話すらほとんどないこの長雨に閉ざされた空間での時間が、とても心地が良いのだ。
こんな天候では、普段から閑古鳥の鳴いている古書店に客など来ないし、ややこしい噂話さえなければ何かと余計な問題を持ってくる信者たちも顔を出すまい。
静かな静かな、余計なものを何も見なくていい、ふたりだけの時間。
いつから、いつまで、続くだろうか。
…お、柘榴が帰ってきた。
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08. 衣替えの日(義託)
ギイにとって、衣替えという日本の風流な習慣はとてもとても嬉しいものである。
寒がりな託生は、この習慣がなければ真夏でも長袖を着ていそうだからだ。
「暑いのが好きなわけじゃないよ」とは言うが、そもそもあまり肌の露出を好まないのだ。
逆にギイは、人目があるところならともかく、素肌で寝たいタイプだし、むしろ真冬でもコートなしで動き回れるほどだから、年間を通して薄着である。
夏服は6月から9月までだから、実質1年のうちの1/3ほどしかない上に、冷房が強めだったり猛暑日などではないとすぐに上着を羽織るし、希少価値だからこそ垂涎ものだったりする。
基本、ガリガリではないが、夏前はどうしても食欲を落としがちな託生は、ちょうど衣替えをしたあたりから少しほっそりとした体のラインになる。
そこに、体格の差で大きめサイズのギイのシャツを着せると、首筋や二の腕がより華奢に見え、ギイにとってはもう垂涎もののご馳走だ。
たった4ヶ月しかないご褒美期間。
とは言え、なんだかんだで年中すぐに剥ぎ取るのだけれども。
それでも、合法的に着衣姿で素肌を堪能できる夏の衣替えの日は、カレンダーに書かれたおそらくは一番地味なイベントなのに、ギイにはとてもとても待ち遠しい日なのだ。
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09. 蛍と夕涼み(ZS)
黒い海は静かに凪いでいて、見張り台の上にいてすら揺れはほとんど感じられない。
ルフィの腕から己の皿を守りつつの大騒ぎだった夕食も終わり、今はそれぞれ好きなところで自儘に過ごしている。
不意にキッチンのドアが開く音がした。
コツコツと革靴の硬い響きが船尾へと移動してゆき、一瞬の後、小さな赤い火が灯る。
黒いスーツは黒い海へと溶け、赤い火を受けて三日月のように金色の髪が鈍く光った。
それがまるで蛍とその光のように見え、子どものころに寺の裏庭で見た景色を思い出した。
強くなることだけを目標に、とにかく無茶なことばかりをしており、そんな時、師匠は娘と共に夕食後にのんびりしましょうと誘ってくれたものだ。
縁側に座るのが心地よい季節、ふわふわと曲線を描く小さな光を、いつかスパッと気配なく切れるようになると、じっと凝視していたものだが。
蛍と夕涼みをした記憶が、喧騒の後の静けさを懐かしさに変えてくれた。
ふわりと白くたなびく煙が、薄い雲のように星空にかかった。
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10. 常春の僕(榎京)
それなりに特殊な環境で育った自覚もあるし、それを助長するような暮らしをしているとも思う。
とはいえ、なぜか「一般人」と一括りにされるような人物が周りにいないことも原因なのではないかと考えないこともない。
学生のころから遠巻きにされ、目立っているつもりはなかったが、浮いてはいたのだろう。
そのことを厭うつもりは全くなかったが、結果として、どこまでも自由人な一つ年上の先輩に出会ったことで、今の人生があるのだと確信している。
自儘で他人の話は全く聞かず、気の向くままに暴れ、陽気に笑う。
静かに本を読んでいたい自分とは全く違う性質なのに、なぜか考えていることは分かり合えてしまう。
何も考えていないようで、なぜか唆し方は上手いのは、お父上の教育の賜物か。
とはいえ、いつもいつも問題を起こすわけではなく、気まぐれに訪ねてきては昼寝をして帰っていくことがほとんどだ。
それは、普段は極寒の雰囲気な自分を常春の僕に変えてしまう不思議な能力のようで。
もしかしたら、柘榴よりもにゃんこなのかも知れない。
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