湯川流河さんからバトンタッチして工藤統吾がこれからここをひきついで書くことにしました。名乗るほどのものではないが、名乗らないほどのものでもないので。
和歌山県東牟婁郡(今は田辺市)本宮町下湯川に生まれたのと、母の旧姓が湯川であり、きくところによると秀吉が天下統一に手御焼いた和歌山の豪族湯川氏は武田信玄の武田氏とも血縁があったとこかで、本当にそういう系図が残っている。母は下湯川の湯川氏の家のものであり、祖先が武家だったらしく、本当に本家に鎧があったり、分家の私の祖父母の家に火縄銃があった。
下湯川は四村川と呼んだ熊野川へと流れ込む小さな川ながれ、その周りの切り立った斜面に少しの家が点在しているようなところに幼い日の僕は住んだ。その川の流れを思い出して流河というペンネームのようなものをひねりだしてしばらく書いてみたが、母を送り出して、なんとなく母と父がくれた、東京オリンピックにちなんだ統吾をここに復活させてやることにした。そうすると、知人が読んで笑ったり赤面したりするかもしれんが、もういいだろう。老人だし私も。理屈がへんだが。
ということで僕は湯川家の末裔である。(湯川秀樹先生も田辺の人ということになっているけれど、和歌山の湯川家に婿に入ったらしいですね。)
工藤は東北に多い名で、青森では一番多い姓らしい。父方が山形です。山形にも工藤は多い。曽我兄弟の悪役の工藤祐経が先祖だともいう。
父の父が吹いていた尺八を修理したはいいが、鳴らすと家族がうるさいと文句をいうので、残念ながら、飾ってある。本当に残念である。しかたない。高校のときかなにかにこれを父からもらい、すこし練習もしたのだけれど、なかなか上達はしなかった。ユーチューブなんかみていると若い人でも上手に吹いていろんな楽曲を演奏していて、いいなあと思ったのだけれど、まあしようがない。もはや若者ではないので、なんでも自由にやっていいわけではない。
おもいたって、ファインマンを一巻から読み直している。こないだ立花隆の”臨死体験”上下巻を図書で借りてきた。なんとなく、母を送り出してまだ49日もたたない今、こういう本を読んでみたくなった。トムソーヤというまるでアメリカの小説の主人公のような名前の男性の臨死体験が印象的だ。臨死体験後、なぜか(そういう素養はまったくない人だったのに)量子力学を勉強したくなってしまい、大学にいきなおしたとかいいう。臨死体験後、なぜか知的好奇心が倍増するひとがしばしばいるらしい。自分が臨死体験したわけでもないのだけれど、母を見送って、自分には時間がもう限られていることをまた痛感した。というわけで、僕もトムソーヤのように、やはりもういちど初心に帰ってファインマンでもひっくりかえしてみようかなという気になった。