このフランスで、彼らの古典的手法、そしててんかんの治療コンセプトを学んでおります、また彼らの独創性や創造性などを通じ、フランス人の真髄に触れられればと思っております。
アメリカからフランスへ。さらなるてんかん探求への道は続きます。。。
アブダビにて、留学の最後に、、
カサブランカを出て、9時間、アフリカを出て今アラブ首長国のアブダビにて、日本行きの飛行機を待っているところです。
留学生活が走馬灯のように頭によぎります。
アメリカ、クリーブランドに始まり、フランスのマルセイユ、そしてアフリカ。てんかん医療のエッセンスを十分勉強できましたし、発展途上の対照的な国をみることもできました。
海外の医療のいいところも多く見ることができましたが、一方で日本の医療のよいところもいっぱい感じることができたと思います。
今は、日本は震災後で自分が何をできるかわかりませんが、一刻も早く帰国し日本の医療に貢献したいと思います。やはり日本の医療をもっとよくしたいと思いますし、留学を通じて自分が根っからの日本が好きだということも分かりました
またてんかん医療について思うことは、次は、自分のオリジナリティーを出していくことだと思っています。今まで、教えてもらったり、いわれるがままやったり、いつまでもこれではいけません。そろそろ自分らしさを出していかなければいけないと思います。留学を通じて基礎部分が十分もてたと自負しています。特にフランスでその部分を養うことができたと思います。
留学期間、一分一秒足りとも無駄にしてはいけないと、さまざまなことを経験させてもらえました。上司、同僚やらお声がかかった見学できること、経験できることはすべてさせていただきました。仕事のみならず、その国の人、文化を知りたいがためさまざまなイベントにも参加しました。また食文化やら、オーケストラ、ベースボールなどなど。このブログで書いてきたことは、私の見たり、感じたりしたこと、そのほんの一部でしかありません。本当に忙しい毎日でしたが充実した毎日でした。今振り返ればとても長い期間に感じるような気もします。
最後に、このブログを見てくださったかた、ありがとうございます。どこかでお会いできる日まで
カサブランカへ、日の沈む国について思う
モロッコの名前の由来は、その反対で、日の沈む国という意味だそうです。
モロッコでは、とても綺麗に夕日を見ることができます。
大西洋に沈む夕日、また夕日が羊を照らし、その影が広大な牧草に映る幻想的な情景。もしくは砂漠を真っ赤に染める夕日。
日本とモロッコ、対照的ではありますが、いろいろなことをこの国から学びました。先日友人メディと話しました。日本とモロッコ、今後とも連絡をとってやっていこう。モロッコから夕日を日本にバトンタッチしてるんだから。この言葉が妙にジンとくるのでした。
最終日、彼に駅まで送ってもらいました。お互いずっといたためからなのか、この別れが切ないからなのか、なぜか二人とも無口でした。でもその空間、時間を窮屈に感じることはありませんでした。
最後に彼は今度日本に来ることを約束してくれました。日本でぜひ一緒に日の出を見る日がくることを願い、カサブランカ行きの電車に乗車しました。
アフリカの生活から学ぶこと
日が出たら、動き始め、夕日が沈むとともに、寝る。特にイスラム世界ですので、アルコールも売られておりませんので、夜になるとヨーロッパなどのような賑やかさもなく、静まり返ります。
友人がいうに、モロッコのほとんどの人がその日食べるものの分だけ稼ぎ、明日は、またその分だけ稼ぐ生活をしているようです。とてもシンプルですよね。
バスも、電車も本数が少なく、それに超満員で人々が乗っています。タクシーも相乗りが当たり前(はじめは戸惑いましたが)
思い出せば、空港の照明も太陽発電でした。
彼らの生活を見ていて思ったのですが、今おそらく日本が東日本大震災の影響で、節電と言われておりますが、彼らの毎日は当たり前のように毎日節エネルギーなのです。大切なのは、今だけでなく、ずっと継続していくことです。
それでも、汚い路地で遊んでいる子供たちがとても生き生きして、楽しそうだったり、相乗りしたタクシーのお客さんに道を案内してもらい優しさに触れることができたり、その生活であっても十分満喫できるのでしょう。


アフリカ脳神経外科学会総会
今日は、アフリカの脳外科の発展についての講義がありました。今まで想像もしたことがありませんでしたが、もちろん彼らもきちんと手術をしております。ただ問題なのは、人口比にくらべ絶対的に脳外科医の数、病院の数が足りてないようです。ですので、現在彼らの教育プログラムを作っているところです。
こういう大きな学会にきていいことのもうひとつは、大変有名な脳外科の先生とお話しをする機会ができることです。日本の学会で見たことはあるけれど、とても近づけない先生方と、コーヒーブレイクの時に直接お話しすることができました。たとえば、チューリッヒからこられていたBertalanffy先生、ドイツからこられていたSamii先生、Al mefty先生、Sandu先生、台湾国立大学のヤン先生など。世界的権威の先生方とここラバトで直接お話しすることができ身震いするくらいうれしかったです。特に日本からは、私一人の参加ということもあり、逆に海外のいろいろな先生からお声をかけていただきました。
特にBertalanffy先生は、日本の大震災のことを大変心配されておりました。彼のお人柄をみることができました。私が一生懸命英語で話しておりましたが、ほとんど日本語で答えていただき、なんか不思議な感じでした。
北アフリカの不穏な動き
首都ラバトの中心部の大通りの中心で、大規模な反政府運動がありました。デモ隊は、ほとんどが道路にねっころがったり、水をまいたりしております。その周囲には、事態を沈静化させようと、軍隊が出動。デモ隊を取り囲んでおります。周囲には、ただならぬ民衆が見ており、その動向をうかがっております。これが一部の行動なのか、多くの民衆の意思を反映しているのか分かりませんが、異常な状況でありました。なぜかデモ隊の中心部では、なぜか心肺停止になった人がいて、CPRをやっているような状況。おそらくこういう運動が最終的に武力衝突へとつながっていくのでしょう。デモ隊は武器は使っておりませんでしたが、政府軍は多くが銃を空に向け、今にも発砲する勢いであり、とてもこれ以上近づける状況ではなく、さっさとホ テルにもどりました。
大西洋に沈んでいく夕日
こちらに来た目的は、友人の所属する大学での講義のためです。これも国際交流と思い、引き受けました。今回、脳外科のレジデントと、インテルヌを対象に日本でやっている脳外科治療と、てんかん外科についての特別講義を担当することになりました。前の日深夜まで友人宅で食事会があり、その後深夜ほぼ徹夜で準備をし、一時間の講義の準備をしましたが、始まってみればあっという間、英語とつたないフランス語を織り交ぜ話してみると、時に笑いも起こり、それはそれでよかったと思います。また、こちらにも多くの女医さんが活躍されており、驚きます。講義が終わったら質問攻めです。とにかく活発であり、驚きました。
ちょっぴり講義内容が難しすぎて心配だったのですが、終わったら友人のメディが分かりやすかったよと一言。救われました。午後はマラケシュの観光。世界遺産のすばらしいメディナの観光、名物の絞りたてオレンジジュースも楽しみました。またモロッコの本場クスクスも楽しみました、これは本当においしかった。
あっという間に夕方、一路ラバトに向かいます。帰りの道中、彼と二人でいろいろな話しをしました。学問のことやら、恋のことやら、、時に笑いあり、真剣さあり。。地球上で場所は違えども根本的なところはなんら変わりはありません。決して出会うことがなかったかもしれない人ですが、大西洋に沈んでいく夕日を見ながら、彼といろいろなことを話していると、なぜかこういう出会いにも運命的なものを感じるのでした。
大学での講義、みなさん熱心で、質問も多数ありました。
フェズ、モロッコのラビリンス
あまりの違いに本当に戸惑いました。街を普通に歩いていても1分おきくらいに人が寄ってきます。お金をくれ、このベルトを買わないか?って、とてもゆっくり観光などできたものではありません。あと友人のブルノーには、とにかく食べ物には気をつけてといわれておりました。彼も以前フェズにいって、コップに口をつけた後ヘルペスになったらしく、すべてにおいて気をつけておりました。それも分かります。本当に不衛生にみえます。山積みの食べ物にはハエがよってたかってますし、使われたコップもためられた水で軽く水洗いしている程度です。
結局何を食べていいのか分からずに、屈辱的なことに街で唯一のマクドナルドに入ってしまいました。(ヨーロッパでも一度も入ったことはなかったのですが)これが、アフリカかとノックアウトされてしまった一日目でした。
フェズはモロッコの少し内陸にある、モロッコで最古の都市。その中でもメディナという城壁で囲まれた旧市街は世界遺産にも指定されております。さっそく行ってきました。ようやくこの街のすばらしさがわかりました。まったく世界が違うのです。そこはまるでラビリンス。一度入ったら二度と出てこれない複雑な構造をしてます。とにかくメディナの中は全くの別世界。多くの人が雑踏と、混沌の中で生活をしております。このメディナに30万人の人が今もなお同じ生活を続けているとか。伝統品をうったり、香辛料をうったり、品揃えも豊か。まあ、フェズにくることを勧められた意味もようやく分かりました。
フェズの全景。澄み渡った青空と対照的に下の建物たちは混沌としています。

上は、メディナの一部です。車が入れませんで、こうした輸送手段を使っています。
フェズのメディナで一番有名な染物をしているところ、確かタンナリとよばれているところです。まずは匂いに圧倒されます。はとの糞で消毒しているとガイドがいってました。
ヨーロッパから、アフリカへ。
マルセイユからいざ飛行に乗って2時間向かった先は、Fezです。なぜ、アフリカだって、それには理由があります。アフリカ脳神経外科学会総会に参加するためです。友人のメディーから参加の講演を頼まれてしまいました。当初は行く予定でもなかったのですが、この際、自分のけして今後できないだろう経験と、世界貢献(?)を目的に行くことを決めました。さて、何がまっているのでしょうか?楽しみです。
Le parti de l'anniversaire et le au revoir
ところで考えてみれば、留学を通じてとても自信がついたことは、外国人を見ても何にも感じなくなった。そもそも外国人っていう言葉は非常に日本的かもしれない。あまりに日本は単一国家だから、われわれは日本人とそれ以外の民族、人種を線引きしたがる。それはいいところでもあり、わるいところでもある。
話しがちょっとそれてしまいましたが、まあ難しいことはそれくらいにして、最後まで、ワインやら、ビールやらなぜか、梅酒など、たっぷりのお酒と、たっぷりの会話で盛り上がりました。
最後は、FUMIさんのすばらしいフランス語での挨拶、それに引き続きRIEさんのお誕生日なのでケーキでみんなでお祝いしました。
最後は、離れているから何もできないのではなく、おかあさんの提案にて被災地への募金をみんなでしました。
レジス先生と話し合い
ただ、みんながみんな同じように働いているというわけでもなく、近くにいた留学生に毎日大変だね、って話しかけたところ、彼の前でただ働いているふりをしていればいいんだ、と真剣に答えていたのにはかなり笑えました。

