「得手に帆を上げて」  -16ページ目

SMAP草彅事件に見る日本のイジメ体質

先日来、凄まじい勢いのメディアカバレッジが続いているが、

よ~く考えてみると、「そんなに悪いことなのか?」という疑問が

沸いてくる。もちろん、公然わいせつ罪だし、近所迷惑はいけない。

しかも芸能人という立場からして、一般人以上の社会的責任が

あるのも間違いない。でも、まるで殺人犯のような扱いは、

見ていて大きな違和感を覚えた。


マスメディアと言うものは何故つねに論調が一方的なのだろうか?

ブログなどCGM系には僕と同じ論調もあるが、マスメディアでは

常に犯罪者扱い。しかも謝罪会見はなぜか写真が出てない。

通常、所属事務所の社長が同席して謝罪会見を開くのでは?

だとしたら、ジャニー喜多川の謝罪コメントがないのも問題だ。


極めつけは鳩山総務相。確かにCMに出ている以上、地デジ推進の

観点から今回の不祥事はダメージがあったと思うが、仮にも

一国の大臣が一個人を指して、「最低の人間」とのたまうのは

いかにも非常識だと思う(しかも反発がすごくて速攻で撤回と言う

なんともしまりの無い顛末)。

鳩山の同僚であった中川財務相も同じ飲酒で騒動を起こした。

しかもこちらは世界的な嘲笑を招いたので、国辱級。


何か不祥事を起こした人間に対して行き過ぎた個人攻撃や

反論を許さないマスコミ体質、それを煽るような政治家。

一連の茶番劇は学校でのイジメの縮図のような気がしてきた。

ミスを起こした生徒に寄って集って罵詈雑言を浴びせるいじめっ子Gr。

それを止めるどころか、一緒になってイジメに加わる先生。

な~んか嫌な感じです。


三本の矢

大学時代に読んだ『三本の矢』。再読してみました。

素晴しい~。質の高い人物描写、高次元の政治学&経済学論の

物語への落とし込み、そして全体を通して語られる「理想」の追求。


日本の戦後の政治経済システム、すなわち政・官・財の鉄のトライアングル。

これを毛利の三本の矢に例えているのですが、これを突き崩そうとした

各界の3人の男たちの「理想」とそれら3人と直接的・間接的に関わる

主人公の「想い」がこの本の骨子です。


で、論点は市場を重んじる自由経済か、政府が大きな役割を担う計画型経済か。

この本は10年前の1998年に書かれたのですが、当時の世相を反映してか、

『三本の矢』に守られた護送船団方式の金融行政をいかに自由経済に合致した

形に変革しようとしたか、その動きの背景にあった3人及び主人公のそれぞれに

異なる「理想」を描写してます。


この本の秀逸なのは、ともすれば一方の主張のみにスポットライトを当てがちな

小説において(例えば当時の状況から見れば、自由経済を信じる者達が、

どうやって戦ったか)、きっちりとした反論を交えながら進めているところです。

そうした反論は当時の世界経済の中では少数派でしたが、10年後の今振り返ってみると

すごく説得力があります。例えば、市場を信じることで規制緩和を進めて、

グローバル経済での競争力を保持しよう、とかの議論は耳たこ状態で

当時は聞こえましたが、一連の市場の失敗を経た今、そしてオバマ政権に

代表されるような大きな政府による経済再生を見ると、一方のみの理論だったと思います。


あと面白いのは、「経済合理性」と「経済学的合理性」を別物と定義したところ。

アメリカ経済が「経済学的合理性」を元に効率を追求してきた背景として

アメリカの文化がそれを許容したこと、アメリカの「経済学的合理性」をそのまま輸入して

日本経済に当てはめようとしても「経済的に合理的なシステム」には直接結びつかない

可能性があることなど、今振り返ってみると面白い示唆がたくさんあります。

何せ日本の金融機関がアメリカの銀行に比してそれほど今回の騒動で

傷つかなかったのも単に経済学的合理性の追求がアメリカほど進んでいなかった

ということは事実なので。


システムと言うものは万能ではなくむしろ欠陥だらけ。

10年前、グリーンスパンが100年に1度と評したITバブルの背景である

自由経済も実はレーガン以降たった20年の歴史しかなく、

第2次大戦の復興は政府主導にて行われ、その制度疲弊に対する

アンチテーゼとして自由主義に舵を切ったものです。


だとしたら市場の失敗を目撃した僕らは次はどのシステムに行くのか?

僕は以外にどっちでもないのでは、とか思ってます。

今回の件は市場の失敗であると同時に、政府の失敗でもあると思います。

この様な状況下で次のシステムの振り子がどっちに向くのか?

もしくはどっちでもないのか?どっちでもないとしたらそれは何なのか?


民主党の鈴木寛代議士は第3の道としてコミュニティー・パワーを提唱してます。

三本の矢の一角としての官も否定してます(三本の矢が強固だったために

今は逆襲にあってますが)。


僕なりに興味を持って、この成り行きを見守っているのですが、

この『三本の矢』は読み返してみれば見るほど、今の時期にタイムリーな

示唆を投げかけてくる良書です。


イチロー

とりあえず張本の記録に並んだようで何よりです。

まあこれも単なる通過点。今期の目標は9年連続の200本安打だと

思うので、これからも頑張って欲しいです。

ちょっと不安なのは既に8試合欠場したこと。

更なるプレシャーに襲われることは必至の今シーズン。

これは後々痛い欠場になるかもしれません。

でも、これを乗り越えてこそ真の偉業。

頑張って欲しいです。


最近、忙しくまたあまり迂闊な事も掛けないことも多いので

ブログの更新が止まってます。来週からまた再開できるかな?

『ノルウェーの森』が映画化されるらしい

村上春樹の名作である『ノルウェーの森』が映画化されるらしいです。

http://www.varietyjapan.com/news/movie_dom/2k1u7d000007908j.html


『ノルウェーの森』と言えば、僕が中学の時に読み、大きな衝撃を受けた作品。

ビートルズに狂っていた当時の僕にとってタイトルも魅力的でしたが、

原曲の透明な世界観をそのままに、直子の死をものすごく身近なものに感じさせた

あの人間心理の深い描写に参ってしまった記憶があります。


映画、結構楽しみですね。でも何故日本人がメガホンを取らないのか?

日本の文化発信力の低下を最近つとに感じます。

検索ランキングが上がってきた But Why?

たまにアクセス解析を見ると、このブログにたどり着くための『検索ワード』に

『得手に帆を』とか僕のブログ名が多いことに気付きました(遅すぎ。。。)

で、興味本位にYahooとGoogleで検索掛けると何とYahooは1番目に、

Googleでも7番目に結果表示されます。


でも何で?毎日の閲覧者も平均40~50人程度のこのブログが。

検索のメカニズムが良く分かりません。数人にしか告知せず、

アメンバー申請も一切スルーしてきたのに。


まあ、良く分からないことは気にせず、コツコツUpを続けて行きたいと思います。

古巣の工場統廃合

つい最近知ったのですが、古巣の企業が構造改革で大規模な

組織改編に動き、工場の統廃合を決めたようです。

で、その煽りを受け、僕が新人研修で製造実習をしていた事業部も

閉鎖になったとの事。複雑な気持ちです。


新卒で入った会社は1ヶ月の合同研修の後、各配属ごとに全国に散らばりました。

僕は営業だったので本社に配属でしたが、その後直ぐに新人恒例の事業部研修と

相成ったわけです。で、その地が今回閉鎖になりました。


2ヶ月間の事業部研修を経たわけですから、色々な思い出があります。

工場で汗まみれになりながらモノづくりに励んだ日々。休日は同期たちと

豊かな自然の中でサッカーやら、釣りやら、パターゴルフやらしました。

中でも漁港の近くでとてつもなくおいしい「ツボダイ定食」を始めとして、

かの地は食事もおいしく、良い思い出がたくさんあります。


僕と一番仲の良かった同期にみんな。製造のおっちゃん、おばちゃん。

現地採用の人たちも皆優しく、日本企業の良さが滲み出てました。

その人たちの行く末が今は一番の気掛かりです。

同期の人たちは新しい職場に配置換えになる人たちも多いようですが、

中には家とか構えてしまって、動けない人もたくさんいるはず。

特に現地採用の人たちは家族の理由とかで大変困っていると思います。

かの地は所謂田舎で、なかなか残っても職がなさそうであり、

大変心配です。


今更ながら雇用に及ばず、企業の地域社会に対する影響と責任を痛感しました。

確かにビジネスは合理性に基づく判断が必要です。ド不況の中、生き残りのために

必要な判断も分かります。でも、あの社長は何回同じミスをしてんの?と

言いようのない怒りがこみ上げてきます。


不況は新しいチャンスでもある。でも退出を余儀なくされる企業もある。

そして何よりその煽りを受ける人たちの影もある。本当に必要なことは、

こうした『痛みまで含めて感じる心』なのかもしれません。

痛みを感じられるから、成長への息吹を感じることが出来る。

色々考えさせられます。

充実した休日~海と読書~

今日は風速Max8mの絶好のウィンドサーフィン日和。

午前中から行く予定が最近の疲れがたたり、海に入ったのは2時。

でも風が強く、プレーニング三昧。日も長くなり、4時過ぎまでたっぷり遊べました。

で、更にグッドなのが久しぶりに小説を読めたこと。

今までは仕事絡みの実務書ばっかりで、正直ウンザリしてましたが、

ようやく仕事を離れて読書として小説を読むことが出来ました。


ちなみにタイトルは『官僚たちの夏』。城山三郎の著作で、舞台は日本の高度成長期の通産省。

その中で繰り広げられる人間模様を描いた佳作です。

たっぷり海と読書を楽しめた久しぶりにリフレッシュできた一日でした。


FUプロジェクト終了~語られるものと語られないもの~

本日をもって10ヶ月間お世話になったクライアントとお別れとなりました。

送別会を開いてもらいました。普通は感謝感激のハッピーエンドとなるはずが、またまた波乱万丈。


会長が主催だったのですが、この人、僕の話はさておきずっとFU社の将来の話ばかり、

そして話の相手は社長候補として入社したB-Schoolの同期。僕の送別会なのか、

彼の歓迎会なのかさっぱり分かりませんでした。当然トップがそうだと、

周りもそれに合わせます(マッタリ感は他の人たちの口数が少なく、

会長の独壇場だったことからも伺えました)。


僕は正直、落胆しました。それは僕がスルーされたことではなく、

トップに立つ人間はやはり人望が不可欠。このKYっぷりでは

ちょっと人がついて来ない気が強くしました(別にこの会だけでなく、10ヶ月の付き合いの中で

感じたことです)。特にベンチャーってクレイジーな環境下で成長するものなので、

トップのカリスマ性は不可欠。次点の社長に至っては用事があるらしく、欠席。

ずいぶん迷惑掛けられたにもかかわらず。。。


でも、ここで終わってしまっては成長に繋がらないので、

ちょっと別の視点から振り返ってみます。


まず1つ目。それはこの様な冷遇を受けたのはひとえに自分自身の

貢献がそれほどではなかったこと。プロにとっては痛恨です。

正直スキル面での貢献不足は認識してませんが、個人的な反省点は

終わり方。最後の1ヶ月で目に見えてコミット感が低下してしまいました。

他プロジェクトが忙しくなってきたこと、アサインされていたタスクが

全く効果ないと感じていたタスク、などなど色々理由はありますが、

それすべて言い訳。『プロとしての姿勢』に著しく欠けてしまった終わり方でした。

それまでのコミット感を台無しにするほど、これは僕の反省点です。

なので送別会もしょうがないかと。


2つ目。『語られないもの』。結構感じました。

僕は社員の方々からは結構可愛がってもらっていたので、色々思い出があります。

彼らにしても同様だったと思います(そう信じたい)。でもトップが独壇場で

なかなか語ることが出来ないこともあったと感じてました。

やはりベンチャーと言っても組織があり、ルールがあります。

トップの発言を遮る事はなかなか出来ない。

でも、僕はコミュニケーションの真髄ってこの『語られないもの』にあるような気がします。

今までの人生振り返っても、想いを語ることの出来なかったことって結構あって。

ちょっと楽天的かもしれませんが、僕はこの送別会でこの『語られないもの』を

感じることが出来ました。なので、ちょっとハッピーな気分です。


過去10ヶ月お世話になり、僕はかなりの広範囲なビジネススキルを身に付ける事が出来ました。

財務デューデリから始まり、残金数十万円レベルでの資金繰り、各種契約書の締結などの

法務的なスキル、引合~受注~売上までの一連のビジネスの流れ、そして将来の事業戦略などの

これでもかのハンズオンの経験を身に付ける事が出来ました。

でも、本当に大切なこと。それは『語られることのないもの』に隠された人間本来の

『優しさ』なのかも、と思ってます。ビジネスは人がすべて。そして人は感情の生き物。

この感情の起伏によりパフォーマンスもブレます。だからこそ『優しさ』こそが

自分の夢を追う上で僕の将来の中で最大の資産になると再確認しました。


FUの方々、10ヶ月本当に有難うございました。


最近太り気味

他人のせいにする訳ではないのですが、今のクライアント先には

夜型の人が多く、結構間食をボリボリやっています。

その誘惑に耐え切れず、最近僕もボリボリ始めました。

金欠であれだけ我慢していてたコンビニの菓子パンも復活。

輪を掛けて最近妙に忙しく、ウィンドはおろかジムにも行けてません。

あっと言う間にジーンズのお腹周りがきつくなり、

またダイエットの必要性を感じる今日この頃。


やはり何事にも強い意志が必要ですね。

出来るかなあ~

DP大学に入学決定

総選挙が数ヶ月中に起こるわけですが、小沢一郎の献金問題で

にわかに雲行きが怪しくなりましたが、それでも政権交代の可能性は高く、

経済のみならず、政治にとっても時代の変わり目になるかもしれません。

で、悶々としていたところに、前職の同僚から誘いを受け、

民主党大学に受験したところ、何とか本日、合格通知を貰いました。


僕は大学時代、政治学専攻で、そもそも国際政治学に興味があったので

アメリカに留学した次第です。当然、今に至るまで政治に興味を持ち続けてます。

で、オバマ選出に沸くアメリカを見て、自分も時代の変わり目で何か

アクションを起こしたい、と思った次第です。


課題のエッセイにはこう書きました。お題は『自分の変えたい世の中の課題』です。


”私が変えたい世の中の課題は国民(特に若者)の政治参加を促すための「仕組作り」です。

アメリカの大学で政治学を学んでいた頃、日本の民主主義は“Pseudo Democracyと言われてました。

その論拠の一つとして、日本には政権交代がほとんど無いことがあります。アメリカで頻繁に行われる

政権交代は国の成り立ちとしての『Check & Balance』もありますが、市民団体や教会を通じて国民が

政治に触れる場が日常生活の場に存在することが大きいと思います。こうした国民の政治参加のためのインフラが国民の政治への参加意識を高め、頻繁な政権交代を可能にする下地を作っていると思います。その様な政治インフラの中でも私は大学に注目します。在学中、大学の民主党&共和党クラブを通じて積極的に意見発信する友人たちと数多く接して、その熱気に感銘を受けました。そしてアル・ゴアが

大統領選の演説に大学を訪れたときの学生間のエネルギーは私の政治の原体験です。私は同様の

仕組みを日本に根付かせたいと思ってます。各大学への民主党クラブの設立・育成援助や交流、

大学との連携による講座の開設(例えば私の大学には1学期を国会議員の秘書として働くことで単位を

認めてくれる制度があり、政治に触れる機会を与える仕組)など出来る事・変えれる事は一杯あります。日本には政治家個人のこうした取組はありますが、政党が積極的に若者や大学に対して働きかける

取組はあまり見られません。オバマ選出の影に若者達の純粋な変化への欲求、そしてそれを組織化する大学の民主党クラブなどの「仕組み」があったと思います。私は若者の政治意識を高め、彼らの『声なき声』が国政に反映される仕組みを作りたいと思います。それこそが真の民主国家への橋頭堡だと思います。その為にも貴大学にて同じ志を持つ講師の方々、受講者の方々と積極的に意見交換をし、私の理想実現のために動き出したいと思っております。”


まあアル・ゴアのところは若干誇張も入ってますが、概ねエッセイに書いたことが

民主党大学応募に当たっての僕の課題意識だし、やりたい事です。


面接もあってその面接官が当大学の学長である鈴木寛衆議院議員でした(

http://suzukan.net/ )。

僕は彼の話にかなり感銘を受けました。彼曰く『議員だけでは国は変わらない。コミュニティーなどの

リーダーなどとのネットワークが必要』とのことで、一例として彼の主導する『コミュニティー・

スクール』などを話されてました。


で、この思想は僕のエッセイでも垣間見えますが、『Social Capital』そのものの考え。

日本語では社会資本などとも呼ばれます。この概念はロバート・パットナム教授が

『Making Democracy Work』という詳細な論文を発表し、大々的に広まりました。

(しかもパットナム教授は在学中、母校のロチェスター大学に講演に来ました)。

僕はこの本を読み、大いに感銘を受け、いつか日本でこの仕組みを根付かせたいな、

と思っていたので、鈴木議員の考え方が非常に近く、当大学に対しての期待も

大きくなってます。もちろん、僕らが直ぐにインパクトを持てるわけもないですが、

少なくとも今の日本の変わり目に真近で経験できること、その動きの中で

日本の『Social Capital』がどう政治にインパクトを持つのか、じっくり経験してみたいと思います。

今から楽しみです。