お父ちゃんがんばれ!肺がんに負けない家族の闘病日記 -5ページ目

お父ちゃんがんばれ!肺がんに負けない家族の闘病日記

2011年4月お父ちゃんが肺がん宣告されました。
かわいい娘のためにも、前向きにがんばる家族の日記です。

今日は妊娠判定の日でした。

ひめに鼻風邪sao☆をうつされて、微熱続きだったので、基礎体温はまったく当てにならずaya

でもこれといった自覚症状なしのまま今日を迎えてしまった。


何よりお父ちゃんが三途の川を眺めてくるなんて、あんなショッキングな出来事があっては、

卵もぬくぬくと育つわけないよな。


ホルモン値はけして悪くなく

先生 「う~ん。惜しかったんだけどね」

惜しかったって、なんすか、それ!?

確かにもうちょっとで陽性という、惜しい感じの数値を示していました。


即、次の周期に移植を希望し、

次でもう最後にするので、

お金はかかるけど、せっかく残っているリンスを使ってSEET法で挑戦すること。

そして次回も同じ自然排卵周期でいくこと等を先生と打ち合わせ。


お父ちゃんを看護しながら、三宮通いできるのか!?

今悩んでも結論は出ないので、悩むのは後回しに。


凍結精子はまだ残るから、お父ちゃんさえ生きていてくれればまだチャンスはあるけど、

さすがに看護しながら採卵のためのスケジュールをこなすことは、

どう考えても無理だろう。


神様はこれから大変だから、ひめ一人を手厚く育ててけって言ってるのかな~

これは兼ねてから私の頭にあるひとつの考え。

でもやっぱりひめに兄弟が欲しい。

何かあったとき頼れる兄弟を。


期待は前回同様大きかったけれど、あまりにストレスを与えてしまったという事実と、

もうひとつ胚盤胞があるという気持ちの余裕からか、

今回は涙はなかった。


きっと次の移植までちゃんと生きてて、同意書にサインしないといけないぞ~という

お父ちゃんへのある種の脅し??* なんて思った。


でもなんだか自分をねぎらいたい気分で、

血液検査の結果待ちの間、ちょこっと外出して出会っていた

ZARAのスエードブーツを衝動買いwallet*


不妊治療でタイマイはたいているし、傷病手当で生活しているというのに。

困った嫁だ!!*


まるこ 「明日とその次はお父ちゃんの病院行くんだ~」

ひめは張り切っています。

今日は、最後の最後、私が看護しきれなくなったとき、

お願いするつもりの緩和ケア病棟を持つ病院の面談に行ってきました。


看護師さんは、昨日電話で話したときの印象そのまま。

こんなところにいるから、そういうお方なのか、

もともとそういうお方だから、ここに配属されているのか、

とにかくここに駆け込んでくる人は、みんながみんなとても沈んだ心持でやってくると思われますが、

なんだかほっとするような、心安らぐような方でした。


今朝の電話でお父ちゃんにも

サザエさん 「いよいよのとき、お世話になる病院の予約してくるね」


と話すと



マスオ 「おう。頭の転移があるからなぁ。俺のわからないところで家族を傷つけるようなことがあるかもしれないから、そうなったときのためにも頼むわ」



そんなことを言ってくれるお父ちゃん、ほんとうは家で看取ってあげたいけど

という思いもありつつ点


先生もほんとうに親身に私のお話を聞いてくださり、

私の場合、特に、今すぐお世話になりたいというのではなく、

いつか必要になったときに入らせて欲しいという、

やや都合のいい相談ではあったのですが、


「これでカルテは作れますから、必要になったときは、いつでもお電話ください。

ただ、空き状況で、すぐに入れるとは限りませんから、それだけはお忘れなく」


と、快い回答をいただきました。


帰り際にも看護師さんは、私の労をねぎらってくれるというか、

「旦那さんの気持ちにこたえながら、でもしっかりと現実をみつめてがんばっている」

と言ってくれて、

褒めてもらったような、なんともいえない感情がこみ上げ、つい涙が涙


患者の気持ちに寄り添ってくれる、あたたかいホスピスだな~としみじみ。


ぜひお世話になりたい、というのはおかしいよな。

お世話になりたくないけど!!*

みたいな。

心の中で、乗り突っ込みsei


でもここに来るときには、お父ちゃんも私も、かなり心も体もつらい状況で訪れることになるだろうから、

こんな雰囲気ところだと知ることができたもの、心の支えにはなりそうですえへ


今日はやっと重い腰を持ち上げ、幼稚園に今のお父ちゃんの状況をお話に行きました。


ひめがよく、入院しているお父ちゃんのことを先生に話すので、

ずっと心配してくださっていたのですが、

どのタイミングで話そうかと、ずっと決心がつかず・・・。


約束の時間に幼稚園に行くと、

担任・副担任だけでなく、園長先生まで一緒にお話を聞いてくださいました。


その間ひめは、お預かりのお友達と一緒にプレールームで遊ばせてもらいました。


これまでの経過や現状、そして先日倒れたことや、先生から聞いている余命について。

ひめのおおらかで天真爛漫を絵に書いたような普段の様子と

これから直面するであろう現実とのギャップに、

先生方も涙ぐまれ・・・


お迎えに行けなかったり、急遽プレールームで預かっていただいたりという

今後の緊急的な対応と

ひめの精神的なケアを

全職員で対応してくださるという、ありがたいお言葉をいただきました。


ひめが大好きでたまらない幼稚園らぶ2

ほんとにここを選んでよかったなぁとつくづく思いました。


そして、H医大病院・地域医療センターのH師長さんも即、動いてくださり、

いつか頼らせていただくであろう緩和ケアの病院の入院相談に、

早速明日行けることになりました。


正直 もう??*という気持ちもなくはないのですが、

現実は私が思っているほど甘くないということなのかもしれません。


でも電話に出られた相談室の方も、親身に話を聞いてくださり、

安らぎがあっていいなぁという印象をうけました。


ただ、ひめのために治療を続けるということが、

精神的な支えになっている今のお父ちゃんにとって、

ホスピスという選択はまだ早い。


昨日はポートの埋め込み手術を受け、

家に帰るための準備をお父ちゃんもがんばっています。



今日は朝から介護保険の調査員さんが来るということで、

お父ちゃんの病院へ。


ちょっと早めに着いたら、N先生も予定外に早くお父ちゃんのところにきてくれたので、

夕方の約束を繰り上げてもらうことができ、

私の病院2往復も免れ、ひめも夕方公園で遊ぶことができました。


MRIの結果はというと、定期的にとっていたので、大きなものはないながら、

確実に2桁、飛び散るようにしてがんがありました。


先日痙攣をおこして倒れたのも、この中の1つが正常な神経を圧迫し、

異常信号を発したせいで。


全脳照射では脳浮腫の危険があり、

ガンマナイフでは数が多すぎるという、難しい状況で、

どちらでいくかはN先生と放射線科の先生との話し合いにゆだねられました。


ついでに地域医療センターに寄り、

在宅診療・看護をお願いする病院を決めてきました。

やはり我が家は医療過疎地にあり、私がネットであたりをつけていた病院しかなく、

でも一度相談に行ったときも、電話で問い合わせしたときも、

事務方の対応はしっかりしていて信頼がおけると思ったので、そこにお願いすることに。

やっぱりフィーリングも大切なので。


それと最期いよいよ私の手に負えなくなったときは、

ひめの幼稚園近くにある病院の緩和ケアを入院予約しておくことにしました。


地域医療センターの師長さんから言われたことは、

今のようにがっつり点滴などが入る状況での自宅介護は看護師でもきつい

しかも、周囲の病院が少なく手厚い体制が取れない中での奥さんひとりでの看護は

かなり大変になること。


でもお母さんが疲れてしまっては、せっかくお父さんといられるようにしたはずが、

ひめにかわいそうな思いをさせるだけだから、

自分が疲れきってしまう前に、というだけでなく、

やり通せなかったという後悔の念を持たないためにも、

ここからは緩和ケアにお願いすると決めておくくらいの気持ちでやったほうがいいと。


抗がん剤治療もできないので、昨日から丸山ワクチンを始めました。

倒れた日に先生の承諾を得て、即、書類を書いてくださったので、

日曜日夜、台風の中、義理姉夫婦が東京に向かってくれ、

月曜日の説明会に参加。とんぼ返りで病院へ届けてくれたので、

夜、先生が早速注射。してくれました。


先生の書類も異例の速さだし、先生の方もワクチンがすぐ届いて驚いていました。


倒れた直後にバタバタと決まった出来事で、

N先生が丸山ワクチンの治験を承諾してくれたことを

肝心なおとうちゃんに伝えるの忘れてて♥akn♥


丸山ワクチンが届くから、先生に渡してってmail*したら、

マスオ 「それ先生知ってんの!?*」 って驚かれちゃいました。


今日一連の流れを説明すると

マスオ 「おれは家族に恵まれているなぁ」


としみじみ。


私が死んじゃいそうなときもやってくれよな呆然って言いたいんだけど。


28日は、夜、容態も落ち着き、先生からおきたことの説明を受け、

脳転移のことや今後のことを話し合い、

医者 「今夜はお薬も効いているので、眠っていますよ」

というので、付き添いはせずに帰ることにしました。


土曜日朝、それでも昨夜の様子が心配で、ナースステーションに電話をつないでもらうと、

N先生がいらっしゃって、


医者 「今朝は普通に起きられてますよ。自分ひとり、何があったかよくわからずに

    取り残された感じのようです」


午後ひめと病院へ行くと、こちらが大丈夫か?と心配になるくらいむくっと起き上がり、

ひめを抱擁。

なんならこの2週間くらいの中で、一番元気なのではないかという感じ。


食べ物は見るのもうんざりという感じだったのに、

マスオ 「コーヒーとなんか甘いおやつ買ってきて」

とかいうし。


昨日の私の心配を返せ!!って感じでした。


日曜も同様。


まあ、脳浮腫のお薬とステロイド剤が効いていて、

ナチュラルハイ上(ナチュラルではないけど)のような状態になっていて、

けしてガンがよくなっているわけではないようですが。


ひめも家に帰ってから

まるこ 「お父ちゃん元気そうだったね」

土日、2日とも言ってました。

4歳児にもわかるくらい、倒れる前とは別人のようで。


担当ナース看護師Mさんともゆっくり話すことができ、

お父ちゃんの頑張り屋さんな部分とか、家族への愛情を良く知ることができました。


自分の口から抗がん剤治療をやめるといったら、ひめに申し訳がたたないと思っていること


できたら家にいて、ひめとの時間やお母ちゃん(私)との時間を作りたいと思っていること


ひめの成長を見守ってやれないつらさ 20歳のひめへビデオレター作ったら重いかな~


なんて話しているそうです。


私もつらい話だけど、延命措置はいらないことをお父ちゃんと再確認し、

家では和室でひとり過ごすことになると言ってたので、


サザエさん 「そんな寂しいこと言うなよ~リビングにベッドおいていさせてあげるよ」


と言っておきました。


サザエさん 「でももう無理ってなったら、病院行きだけどね」


といったら、


マスオ 「最期の1週間くらいならがまんする」 って本音がポロリ


サザエさん 「別に最期まで家にいてもいいよ」


マスオ 「お母ちゃんがいいって言ってくれるなら、そうしたい。迷惑かけるけど」


やっぱり大変なんだろうけど、こんなに家族のためにがんばっているお父ちゃんなんだから、

希望をかなえてあげたいなぁ。

この1年半、お父ちゃんのがん告知を受けてから、

それなりに「死」というものを考えてきたつもりだけど、

それが、こんなにすぐそばにあるものだと、

痛感(ん~~なんか言葉が違うけど・・・)しました。


28日金曜日夕方

ひめ幼稚園から帰ってきて、一緒にスーパーへ買い物へ出かけると、

義理父から携帯に電話が。


その日は午後から久しぶりに義理父と一緒に義理母も病院へ行くと言うので、

お父ちゃんに

ひめの幼稚園の運動会のことや、

週末、外泊することになったお父ちゃんと一緒に、ジジババも待ち合わせをして、

ひめのお誕生日プレゼントを買いに行こうという話をしてもらうことにしていた。


時間とかの確認かな?と思って電話に出ると、

うわずったような声で

「早く来て!さっきぶっ倒れた!もうダメかもしれん」


いったい何が起こったのかわからないいまま、

とにかく落ち着け!と言い聞かせるように、車をUターン。

ひめに、「じいじが病院に来てっていってるから」とだけ伝え、

ひたすら病院へ走った。


ひめもただならぬ様子はわかるようで

まるこ 「パパなんかあったの?」(←普段お父ちゃんなので、それもややおかしい)

サザエさん 「うん、どうしたかなぁ」

とだけ答えると、ひめもそこからは何も聞かなかった。


病院まで1時間の道のり。

何が起きたかわからないけど、ただひたすら

「お父ちゃん!ひめが着くまで待ってて!」 と祈り続けた。


なにしろ午前中、私は病院で、週末の外泊のことや

脳のMRIの結果が出たら、しばらくは在宅診療に切り替えるべく、

看護師長さんや地域医療センターで打ち合わせをしてきたとろ。


相変わらずぼんやりした感じはあるものの、

デイルームで一緒にお昼を食べて、

マスオ 「病院の帰り道にはコンビニに寄って、チューハイが飲みたい」

と、わけのわからんことまで言ってたのに。


病院につくと、ちょうどCTを撮りに運ばれていくところで、N先生が

医者 「意識はありませんけど、お薬で眠っているだけですから」


原因は、脳転移したがん細胞が正常な神経を圧迫し、

けいれんのような発作が起きたのだそうです。


点滴をしたまま、自力で歩いてトイレまで行き、

病室まで戻ってきたところ、廊下で突然倒れました。


幸い夕方は、病室を行き来する先生がうろうろしていて、

病室前で立ち尽くしていたお父ちゃんに、たまたま通りかかった先生が

「どうされましたか?」と声をかけたところ、痙攣しながら倒れ、

先生が口を開けるなどの対処をすぐしてくださり、

N先生もすぐに駆けつけてくださったおかげで一命をとりとめた。


ひととおりの治療が終え、救急治療室に通されると

看護師 「眠っているだけですから、声をかけたら起きられますよ」

と言われ


サザエさん 「お父ちゃん、お父ちゃん」

と呼んでみると、ゆっくり目をあけ


マスオ 「え、何。なんでみんないるの?」

まだぼんやりしているのと、倒れた記憶がなくて、

何が何だかさっぱりわからんという様子。


病室をでると、安堵感から涙があふれてしまいました。


あとから記憶をたどってみると、トイレで

マスオ 「頭の中で、なんかすごい音がして、ふら~っとしてきた」


んだそうで、トイレにナースコールがあることも知らず・・・


まったく1年半も病院にお世話になっているというのに、あきれたお父ちゃんでぇ


サザエさん 「ちょっとおかしいと思ったら、看護師さんに言うんだよ!」


こっちが生きた心地がしないという出来事でした。


病院というのは安心である反面、

最期に立ち会えない怖さがあることもつくづく体感させられた。


今、のんきにこんなことが書き込めているのが、ほんとうにありがたいえへ

今日は午前中、ひめの幼稚園でお誕生日会バースデーケーキHAPPY BIRTH DAY!!

9月生まれのひめの晴れ姿

私も幼稚園からのご招待を受けて、参加してきました。


4月から、お友達のお誕生日会を見るたびに、自分の番はまだかまだかと待ち焦がれ

今日は先日ZARAで買ったフリルスカートに、

お気に入りのピンクのカットソー、ハイソックス、腕にはシュシュまでつけて、

最高のおめかしで出かけただけあって、

お誕生日席に座る姿の誇らしげなことキラーン


今この状況だからこそ、なおさら

インタビューに答える子どもたちの姿や

一生懸命お歌でお祝いしてくれる園児たちに

感激してしまいましたらぶ2


さらに慌しく、今日は午後から三宮病院で胚移植


幼稚園からそのままひめを車に乗せ、社内でまめたんおにぎりを食べつつ

なかなかのハードスケジュール


ファミリールームに保育士さんがいてくれるので、

移植で長時間になっても、あらかじめ予約をしておけば♥akn♥

移植後の休憩も、ぴったり30分、久しぶりにふか~い眠りに堕ちた感じがしました。


介護か点なんて考えている一方で、

これから妊娠&出産なんて、ほうとうに大丈夫なのか!?*

まったく自信のかけらもないのですが、

私にとってももう最後のチャンス

やるしかない!!*のです。


終わってからは、やっぱり現実逃避タイム

ひめとHARBSに寄り、ミルクレープで至福のとき
お父ちゃんがんばれ!肺がんに負けない家族の闘病日記-ミルクレープ
やっぱりここのミルクレープが一番うまいわおいしい

とっても大きいケーキなのに、

半分以上ひめに食べられたザンネン…。

良くなる期待は捨てたくないけど、

1クールがまともに終わりそうもない今、悪いこともいっぱい考えています。


悪いことというのとは、ちょっと違うかな?

でも近い将来なのかもしれない悪いことも、よりよく迎えるためには、

やっぱり勉強して、準備しておくことが大切だ!!*そんな気持ちです。


主治医N先生とは直接話ができていないけど、

今の状況を見るに、2クール目の化学療法は難しいんじゃないかということ。

がんをやっつけるよりも、ダメージの方が大きそう。


だとしたら、これからの生活をどうしていくかんー?


在宅看護や在宅診療のこと、

ほんとに私ひとりでできるのか?

電動ベッドが必要になるかもしれないし、

動けなくなったら、私じゃお風呂は無理だゾ!

いろんなことを調べまくり、

とりあえずは時間のかかる介護保険!!*

とお役所に行ってきました。


実は去年の5月、がんを告知されてまもなくは、骨転移による骨折の可能性があるため、

上半身にコルセットをしていたし、

実際痛みなどから病院内でも車椅子を利用したりしていたので、

すぐに申請し、要介護認定は受けていたのですが、

その後順調に回復して、職場復帰も果たすくらいになったので、

期限が切れてそのままになっていました。


結局1からの申請になるそうで、

再度調査員の方に、病院にきてもらう手配をし、

とりあえずひとつクリア。


明日あさっては、ひめの幼稚園の行事で病院へは行けないので、

金曜日、お父ちゃんとじっくり話し合い、

看護師さんにこれからの生活について、相談したいと思っています。


私としては、なるべく家で過ごさせてあげたいな~とは思うけど、

介護なんて、そんな甘いもんじゃないんだろうな。


でもお父ちゃんは、いつも病院へ行くと、帰り際

マスオ 「ありがとうハート・ビックリマーク」

と言ってくれるので、かなりがんばれそうな気がする。


それに私、もともと、とことんがんばるタイプじゃないから、

無理!ってなったら、介護疲れするまえに投げ出せそうだし♥akn♥


そんなことは、お父ちゃんもよくわかっているから、

病院に帰ることになっても、

こいつのことだからしょーがねーなayaと思うことでしょう。


今日は胚移植前のST法で三宮病院

やはり日曜日とあって、旦那さんも一緒の患者さんも多く、かなりの混みようでした。


12時の予約が、なんだかんだで終わったのは2時近く。

おなかもすいたし、ひめも私も大好きなHARBSでランチすることに。


クリニックのビルを出て、通りを渡ろうとしたら、目の前の車に何やら手を振る人が…

こんなとこで、ママ友に会うはずないし、私に振っているんじゃないのかな?ハート☆

しばしぼんやり眺めてたら、なんとそこにいるのは姪っ子

つまりひめのいとこ(といってももう社会人♥akn♥)


お互いこんなとこで出会うとは!!*


姪は大学時代の友人と三宮に遊びにきてました。


ひめと、びっくりしたね~~~なんて話しながら、

スパゲッティのランチセットをいただきました。


パスタもおいしいし、無料で大盛りにしてくれるので、ひめと分け合うのにピッタリ。

そして、私が最高においしいと思っているミルクレープLOVE

通常のハーフサイズがついてくるのがステキです。


ランチの後は、お決まりのディズニーストアへ。

お誕生日プレゼントを買ったばかりなので、何も買わない条件付。

ひととおり品定めをした後、私の提案により、ZARAでひめのお洋服を物色。


最近のひめは、乙女心ハート満開で、

ピンクとフリフリが大好き。


チョイ前までは、私の好みでユニセックスな感じのお洋服ばっかりだったのに。


今のひめの気に入る感じがあるか、試しに見せてみたら、

あったあったらぶ2

三段フリルにコサージュがついたヒラヒラスカート。


私ひとりなら、ベージュ系を選ぶところですが、ひめが当然の赤をご指名。

赤といっても渋めのお色だったので、まあいいかということで。


サザエさん 「でも着るのは幼稚園のお誕生日会の日だよ」

まるこ 「うんわかった」

サザエさん 「うえ(トップス)はグレーだよ。ピンクじゃ、ちんどんやだぞ」


当然ひめはピンクを着ると言い張ってますが、「ちんどんや」の音の響きがおもしろくて、

二人で


「ちん・どん・や」


と繰り返し、笑いながら駐車場に戻りました。


ひめはそのスカートがよほど気に入ったらしく、

車の中で早速開けて、ひざに乗せたままお眠りでした。


ちょっと現実逃避っぽいけど、ひめと2人

お父ちゃんのことはしばし忘れて、楽しいお出かけでした。



いつも土曜日はひめの空手で、日曜日がお父ちゃんの病院なのですが、

明日の昼、私の三宮病院行きとなってしまったので、空手はお休みにして、

今日お父ちゃんのところへ行ってきました。


しかし朝、かかさずかかってくる携帯なし。

そうとうしんどいのかなドーンかなり不安な感じ。


病院につくと、ベッドサイドにシャワーの支度一式が置きっぱなし。

数十メートル先のシャワールームですが、息が上がってしまい

まさに息も絶え絶え戻ってきて、ベッドになだれ込んだ感じ。


お昼も病院食で出たりんごと、私が持っていったなしを食べただけ。


ベッドで話をするのもしんどくて、うつらうつらとしていました。


なんとか看護師さんとのやりとりはしていましたが・・・

ひめのこと


看護師 「お孫さんですか?」 なんて言われちゃって。


遅い結婚だったのは確かだけど、髪が少し抜けて、伸びると白髪が目立つのがいかんな~

そろそろ散髪してあげなくちゃ。


孫と言われたのは、これで2回目。

私もおばあちゃん呼ばわりされないように、気をつけねば!!*


それはさておき、

入院生活が長くなり、日にちや曜日の感覚がなくなりつつあり、

さらに、うつらうつらしているせいか、少しぼけ!?のような感じが出ているのが気になります。

もともとすっとぼけた人だけど♥akn♥


あと胚移植の同意書にサインをしてもらったら、ますます字が書けなくなっていたなぁ↓。


夜、ひめが

まるこ 「お父ちゃんが帰ってきたら、最初にお風呂一緒に入るんだ♪」


と言っていました。

その日が待ち遠しいよ。