江頭2:50のPPPするぞ!ニコニコと連動。
どうやらほとんどの回がニコニコに流れてしまってるようで、ついにニコニコと連動で動画配信。
今回もかなりいっちゃってますね、映画一刀両断では「Sex and the city2」を切る。まあ何点になるかはもうおわかりだとは思いますが。
最後はサンディエゴから強烈な外人とエガちゃんの狂乱、これは見物でした。
ということでみんなも見てどんどん再生数を増やそう。
http://mopal.jp/ppp/lastpost.html
今回もかなりいっちゃってますね、映画一刀両断では「Sex and the city2」を切る。まあ何点になるかはもうおわかりだとは思いますが。
最後はサンディエゴから強烈な外人とエガちゃんの狂乱、これは見物でした。
ということでみんなも見てどんどん再生数を増やそう。
http://mopal.jp/ppp/lastpost.html
銀の匙とかけて子供向けの寿司と解く、その心は?
中勘助の銀の匙。
美しい日本語、という言葉はまさにこの作品のためにある。
この小説は作者の幼年期の日々をつづった自伝的小説だ。
大人になるにつれて失い、失うことによって大人になっていく、子供にしか持つことの許されぬ、誰しもが持っていた世の事象に対する純粋な感覚のままに、少年時代のエピソードを回想している。
たとえば、あるとき少年は箪笥にひらがなの「を」の字を書き続ける。
やがて箪笥には、大きいのや小さい無数の「を」の字が行列をつくる。
少年の父は不審に思うが、字の練習ならノートにするようにと、酷くは叱らなかった。
だが、それはただの落書きではなかった。
“ひらがなの「を」の字はどこか女のすわった形に似ている”と。
少年はことあるごとに、それら「を」の字に慰められていたのだ。
ひらがなに母性を感じるなんて、子供ならではの発想だ。
そう言われてみると、「を」の字が膝を崩したしとやかな女性の姿に見えてくる。
子供の頃は目に映るものを飛躍させ、想像の中で揺蕩いながら遊んでいたものだ。
それがやがて大人になるにつれて、想像力は欠乏し、感受性は鈍麻していく。
このように永遠に古びることのない少年時代の物語をつづり、夏目漱石をして「あれほど彫琢が施してあって、しかも真実を傷つけてないのが不思議だ」と絶賛させた。
最後に、ひとつなぞかけを。
「銀の匙」とかけて、「子供向けの寿司」と解きます。
その心は…、
どちらも“さびない”でしょう。

Yotsugi Bustersのラジオを是非お聞きください。
美しい日本語、という言葉はまさにこの作品のためにある。
この小説は作者の幼年期の日々をつづった自伝的小説だ。
大人になるにつれて失い、失うことによって大人になっていく、子供にしか持つことの許されぬ、誰しもが持っていた世の事象に対する純粋な感覚のままに、少年時代のエピソードを回想している。
たとえば、あるとき少年は箪笥にひらがなの「を」の字を書き続ける。
やがて箪笥には、大きいのや小さい無数の「を」の字が行列をつくる。
少年の父は不審に思うが、字の練習ならノートにするようにと、酷くは叱らなかった。
だが、それはただの落書きではなかった。
“ひらがなの「を」の字はどこか女のすわった形に似ている”と。
少年はことあるごとに、それら「を」の字に慰められていたのだ。
ひらがなに母性を感じるなんて、子供ならではの発想だ。
そう言われてみると、「を」の字が膝を崩したしとやかな女性の姿に見えてくる。
子供の頃は目に映るものを飛躍させ、想像の中で揺蕩いながら遊んでいたものだ。
それがやがて大人になるにつれて、想像力は欠乏し、感受性は鈍麻していく。
このように永遠に古びることのない少年時代の物語をつづり、夏目漱石をして「あれほど彫琢が施してあって、しかも真実を傷つけてないのが不思議だ」と絶賛させた。
最後に、ひとつなぞかけを。
「銀の匙」とかけて、「子供向けの寿司」と解きます。
その心は…、
どちらも“さびない”でしょう。

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映画も良いがやっぱ本やろが
オハラさんが、本を読まない人は映画を観れば良いと言っているのですが、筆者はここでちょっと待ってくれと言いたい。
もちろん映画を観る事を否定する気は毛頭ない。この世にはたくさんの素晴らしい映画があるし、含蓄のある映画はどんどん観るべきだ。映画から得るものも多いだろう。
ただ映画は本当にに妙味のないものが多いんだよね(ボソ)
映画やTVばかり観ていては、あなたの想像力は著しく落ち込むだろう。映画ではスクリーンの世界の中が既にビジュアル化されてしまっているので、あなたは何も想像しなくてもよい。いわば映画はとても受動的なので、極論目を開けていれば、後は映画が自動的にストーリーを教えてくれる。
反対に本はそうはいかない。皆さんも経験があると思うが、本はその活字から著者の世界をみんな擬似体験しているのだ。
小説が映画化されて、主役のキャラが自分の想像と全く違っていてがっかりした事はないだろうか?これは貴方が独自の想像力を働かせたから起きる現象である。
実は漫画化には熱心な読書化が多いのをご存知だろうか?彼らはたくさんの本を主体的に咀嚼し、それをビジュアル化する天才である。
かの有名な手塚治先生も熱心な読書化であった。
本を読む時は集中してないと、本は読めない。ただソファに横になりながら煎餅を食べながら観る、ワイドショーとは訳が違うのだ。
さぁ きみたち もっと本を読むだ。
Mongchoi For the Book Start
もちろん映画を観る事を否定する気は毛頭ない。この世にはたくさんの素晴らしい映画があるし、含蓄のある映画はどんどん観るべきだ。映画から得るものも多いだろう。
ただ映画は本当にに妙味のないものが多いんだよね(ボソ)
映画やTVばかり観ていては、あなたの想像力は著しく落ち込むだろう。映画ではスクリーンの世界の中が既にビジュアル化されてしまっているので、あなたは何も想像しなくてもよい。いわば映画はとても受動的なので、極論目を開けていれば、後は映画が自動的にストーリーを教えてくれる。
反対に本はそうはいかない。皆さんも経験があると思うが、本はその活字から著者の世界をみんな擬似体験しているのだ。
小説が映画化されて、主役のキャラが自分の想像と全く違っていてがっかりした事はないだろうか?これは貴方が独自の想像力を働かせたから起きる現象である。
実は漫画化には熱心な読書化が多いのをご存知だろうか?彼らはたくさんの本を主体的に咀嚼し、それをビジュアル化する天才である。
かの有名な手塚治先生も熱心な読書化であった。
本を読む時は集中してないと、本は読めない。ただソファに横になりながら煎餅を食べながら観る、ワイドショーとは訳が違うのだ。
さぁ きみたち もっと本を読むだ。
Mongchoi For the Book Start
ベルゼブブ
学校が終わってからというもの、もうこのHastingsに僕の居場所はなくなった。
暇だと思って街へ繰り出す、誰にも会わない。ああ、人は人を求めて街をさまようのに、誰にも会えないんだな。
街へ出て人のいるところにいくと余計に孤独は強調される。孤独は山にあるのではなく本当は街にあるのだ。ひとり分のテーブルにひとり分のカプチーノ、ひとり分の砂糖にひとり分の暇つぶしの本、そしてひとり分の僕。
こうしているとある意味で一人が気にならなくなる。陰と陽の仕組みと同じで光があれば影がある。もともと光または影のどちらかを意識しなければそれらはうまれないのだ。
僕は20で初恋を経験してから人の愛しさと切なさと心強さを知ってしまった。それまでの僕は本当に一人だったのかも知れない。僕には怖いモノなんて何もなかったし、死ぬことなんてこれっぽちも怖いなんて思ったことはなかった。いつ死んでもいい、そう思ってた。
でもある女に会ってから、生き延びたい、初めて死ぬのが怖いと思うようになったんだ。知恵の実を食べて裸に気づいてしまった人間たち、僕もそれと同じで何かを知ってしまうとそれを失う怖さも同時に得てしまう。
もうすぐで僕は日本に帰る。日本には本当の孤独が待っている。日本人はみんな孤独だ。混み合う地下鉄には他人が溢れ肌のぬくもりもない乾いた空気が通り抜ける。
あと25日間もすれば僕は日本に帰る。
レイ「また、他人の恐怖が始まるのよ?」
いいんだ、もう…
ありがとう…
あそこでは嫌なことしか無かったんだ。
だから逃げ出しても良かったんだと思う。
でも逃げたところにもいいことなんてなかった。
だって、自分がないもの。
僕がいないのと、同じだもの…
カヲル「再びAtフィールドが君や他人を傷つけても、いいのかい?」
かまわない。
でも僕の心のなかにいる君たちはなんなの?
レイ「希望なのよ」
レイ「人は分かり合えるかも知れないという」
カヲル「好きだという、気持ちと共にね」
でも、それは見せかけなんだ…
祈りみたいなものなんだ…
届くはず無いんだ…
僕をまた見捨てるんだ…
でも、僕はもう一度会いたいと思った。
その時の気持は、本当だと思うから…

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暇だと思って街へ繰り出す、誰にも会わない。ああ、人は人を求めて街をさまようのに、誰にも会えないんだな。
街へ出て人のいるところにいくと余計に孤独は強調される。孤独は山にあるのではなく本当は街にあるのだ。ひとり分のテーブルにひとり分のカプチーノ、ひとり分の砂糖にひとり分の暇つぶしの本、そしてひとり分の僕。
こうしているとある意味で一人が気にならなくなる。陰と陽の仕組みと同じで光があれば影がある。もともと光または影のどちらかを意識しなければそれらはうまれないのだ。
僕は20で初恋を経験してから人の愛しさと切なさと心強さを知ってしまった。それまでの僕は本当に一人だったのかも知れない。僕には怖いモノなんて何もなかったし、死ぬことなんてこれっぽちも怖いなんて思ったことはなかった。いつ死んでもいい、そう思ってた。
でもある女に会ってから、生き延びたい、初めて死ぬのが怖いと思うようになったんだ。知恵の実を食べて裸に気づいてしまった人間たち、僕もそれと同じで何かを知ってしまうとそれを失う怖さも同時に得てしまう。
もうすぐで僕は日本に帰る。日本には本当の孤独が待っている。日本人はみんな孤独だ。混み合う地下鉄には他人が溢れ肌のぬくもりもない乾いた空気が通り抜ける。
あと25日間もすれば僕は日本に帰る。
レイ「また、他人の恐怖が始まるのよ?」
いいんだ、もう…
ありがとう…
あそこでは嫌なことしか無かったんだ。
だから逃げ出しても良かったんだと思う。
でも逃げたところにもいいことなんてなかった。
だって、自分がないもの。
僕がいないのと、同じだもの…
カヲル「再びAtフィールドが君や他人を傷つけても、いいのかい?」
かまわない。
でも僕の心のなかにいる君たちはなんなの?
レイ「希望なのよ」
レイ「人は分かり合えるかも知れないという」
カヲル「好きだという、気持ちと共にね」
でも、それは見せかけなんだ…
祈りみたいなものなんだ…
届くはず無いんだ…
僕をまた見捨てるんだ…
でも、僕はもう一度会いたいと思った。
その時の気持は、本当だと思うから…

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イスラエル、ジャンプを繰り返す。
オハラさんがスピルバーグの『シンドラーのリスト』を取り上げていたので、その対をなす作品とも言える『ミュンヘン』について書いてみよう。
この映画は、1972年ミュンヘンオリンピック開催中にイスラエルの選手11名がパレスチナ武装組織「黒い九月」に殺された事件の後、イスラエル諜報特務局による血で血を洗う報復を、実際に起きた事件を元に描いた作品だ。
『シンドラーのリスト』では第二次世界大戦下におけるユダヤ人の悲劇を描いた。
スピルバーグの出自を考えればユダヤ人の映画を撮るのはしごく当然と言える。
だが、一方『ミュンヘン』ではパレスチナ問題を描き、パレスチナとイスラエル双方を批判的に描いている。この二つの映画はスピルバーグのネガとポジなのだ。
パレスチナ問題を考えることは、あらゆる現代の問題を考えることと同義だ。
ぼくの浅はかな知識でその説明をすることは無理なので、イスラエル建国の歴史についてだけ簡単に述べさせてもらう。
第一次世界大戦以前までオスマン帝国として隆盛を極めた現代の中東と呼ばれる地域は、世界大戦に敗戦した後、ヨーロッパ列強にズタズタに分割されてしまった。
その分割のシナリオを裏で描いていたのが、イギリスであった。
イギリスは大戦中オスマン帝国内にいるアラブ人に対して、「大戦後のあかつきに、アラブ人のための国家の独立を支援する」と甘言を弄し、民族自決を促した。
その実、裏ではフランス、ロシアと大戦後の国の分割の線引きを取り決め、さらにはパレスチナにユダヤ人の移住地を建設するという約束をしていたのだ。
アラブ人とユダヤ人の対立は、イギリスによる二枚舌外交が要因だった。
二つの宗教と矛盾に引き裂かれながら、ユダヤ人国家イスラエルは誕生した。
そのためにパレスチナに住んでいたアラブ人は追い出され、それが後のパレスチナ問題の火種となり、同じ“神”の下で二つの宗教と民族が戦わざるを得なくなった。
つい先月も、経済封鎖をされているパレスチナ自治区ガザへ向かっていたトルコの支援船をイスラエル軍が拿捕し、10名近くが射殺された。
朝日新聞はこの事件を「イスラエル軍とガザ支援船が衝突」と報道していたが、イスラエルの領海外で起きた事件だ、“攻撃”の間違いだろ?
テロに対して暗殺という手段で報復をし、そしてそれは更なる報復を予感させる。
テロリストを暗殺するため世界中を飛びまわる主人公と、ユダヤ人のディアスポラの歴史を重ね合わせて見ると、ラストシーンもまた違った意味合いに捉えられる。
パレスチナ問題を知らなくても楽しめる映画です。
今日の一曲は、町田町蔵+北澤組でイスラエル。

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この映画は、1972年ミュンヘンオリンピック開催中にイスラエルの選手11名がパレスチナ武装組織「黒い九月」に殺された事件の後、イスラエル諜報特務局による血で血を洗う報復を、実際に起きた事件を元に描いた作品だ。
『シンドラーのリスト』では第二次世界大戦下におけるユダヤ人の悲劇を描いた。
スピルバーグの出自を考えればユダヤ人の映画を撮るのはしごく当然と言える。
だが、一方『ミュンヘン』ではパレスチナ問題を描き、パレスチナとイスラエル双方を批判的に描いている。この二つの映画はスピルバーグのネガとポジなのだ。
パレスチナ問題を考えることは、あらゆる現代の問題を考えることと同義だ。
ぼくの浅はかな知識でその説明をすることは無理なので、イスラエル建国の歴史についてだけ簡単に述べさせてもらう。
第一次世界大戦以前までオスマン帝国として隆盛を極めた現代の中東と呼ばれる地域は、世界大戦に敗戦した後、ヨーロッパ列強にズタズタに分割されてしまった。
その分割のシナリオを裏で描いていたのが、イギリスであった。
イギリスは大戦中オスマン帝国内にいるアラブ人に対して、「大戦後のあかつきに、アラブ人のための国家の独立を支援する」と甘言を弄し、民族自決を促した。
その実、裏ではフランス、ロシアと大戦後の国の分割の線引きを取り決め、さらにはパレスチナにユダヤ人の移住地を建設するという約束をしていたのだ。
アラブ人とユダヤ人の対立は、イギリスによる二枚舌外交が要因だった。
二つの宗教と矛盾に引き裂かれながら、ユダヤ人国家イスラエルは誕生した。
そのためにパレスチナに住んでいたアラブ人は追い出され、それが後のパレスチナ問題の火種となり、同じ“神”の下で二つの宗教と民族が戦わざるを得なくなった。
つい先月も、経済封鎖をされているパレスチナ自治区ガザへ向かっていたトルコの支援船をイスラエル軍が拿捕し、10名近くが射殺された。
朝日新聞はこの事件を「イスラエル軍とガザ支援船が衝突」と報道していたが、イスラエルの領海外で起きた事件だ、“攻撃”の間違いだろ?
テロに対して暗殺という手段で報復をし、そしてそれは更なる報復を予感させる。
テロリストを暗殺するため世界中を飛びまわる主人公と、ユダヤ人のディアスポラの歴史を重ね合わせて見ると、ラストシーンもまた違った意味合いに捉えられる。
パレスチナ問題を知らなくても楽しめる映画です。
今日の一曲は、町田町蔵+北澤組でイスラエル。

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ホテル・ルワンダ
今日は「ホテル・ルワンダ」を見た。とてもいい映画だった。
なんだかこういう映画を見ると日本って本当にイイ国だなって思う。平和ボケとか言われてるけど、平和の何がいけないのだ?平和でいることが世界中のあるべき姿じゃないか。
この話を理解するのは日本人にはとても難しいと思う。1994年にアフリカ中央部のルワンダで起こったルワンダ紛争を題材にした実話で、ホテル「ミル・コリン」を経営するポール・ルセサバギナが1200名以上を自分のホテルにかくまったという実話。
当時のルワンダ紛争はツチ系民族とフツ系民族との衝突で、主にフツ系の過激派がラジオなどでツチ系の民族の虐殺を煽り民間兵などを組織して100万人以上の犠牲者を出したという実際にあった悲劇だ。
事の発端は正直、日本人の僕には到底理解ができないほど深い歴史が絡んでいるからここではあえて説明は省かせてもらう。というか僕の浅い知識では理解出来ない。
イラクでの内戦も続いてる現在、僕らは本当にラッキーな国に生まれた。経済が危ういのは何も日本だけじゃなくて世界中が同じ状況だ。こういう時、自分のことしか考えられないのがまあ人間の性だが他人を思いやる気持ちも忘れないでいたい。
世界中がもっと平和になれる日はくるのだろうか?いや、それはきっと遠い未来の話だろう。
ホテル・ルワンダ プレミアム・エディション [DVD]/ドン・チードル,ソフィー・オコネドー,ニック・ノルティ

¥4,935
Amazon.co.jp

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なんだかこういう映画を見ると日本って本当にイイ国だなって思う。平和ボケとか言われてるけど、平和の何がいけないのだ?平和でいることが世界中のあるべき姿じゃないか。
この話を理解するのは日本人にはとても難しいと思う。1994年にアフリカ中央部のルワンダで起こったルワンダ紛争を題材にした実話で、ホテル「ミル・コリン」を経営するポール・ルセサバギナが1200名以上を自分のホテルにかくまったという実話。
当時のルワンダ紛争はツチ系民族とフツ系民族との衝突で、主にフツ系の過激派がラジオなどでツチ系の民族の虐殺を煽り民間兵などを組織して100万人以上の犠牲者を出したという実際にあった悲劇だ。
事の発端は正直、日本人の僕には到底理解ができないほど深い歴史が絡んでいるからここではあえて説明は省かせてもらう。というか僕の浅い知識では理解出来ない。
イラクでの内戦も続いてる現在、僕らは本当にラッキーな国に生まれた。経済が危ういのは何も日本だけじゃなくて世界中が同じ状況だ。こういう時、自分のことしか考えられないのがまあ人間の性だが他人を思いやる気持ちも忘れないでいたい。
世界中がもっと平和になれる日はくるのだろうか?いや、それはきっと遠い未来の話だろう。
ホテル・ルワンダ プレミアム・エディション [DVD]/ドン・チードル,ソフィー・オコネドー,ニック・ノルティ

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映画から学べるものは無限大、正義を貫け!!
僕の父親は映画マニアで小さい頃から映画に囲まれて育った僕はいろんなものを映画から学びました。
映画から学べるものは無限大ですね、モンチョイさんの言うように文学から学べるものはもっと無限大ですが、活字がダメなら映画をたくさん見ましょう。そこからたくさんの人生哲学や正義、道徳、愛を学べることでしょう。
僕が中学生くらいのときに見て心に深く残った作品はこれですね。
「シンドラーのリスト」
有名な映画なのでほとんどの人がご覧になってるかも知れませんがまだ見ていない人はおすすめです。
1993年に作られたスティーブン・スピルバーグ監督作品ですね。全編あえて白黒で描かれてる作品です。最後にちょっとだけカラーになるのですが、ネタバレも含めて説明をするのであしからず。
ストーリー
1939年9月、ナチス・ドイツ軍によりポーランドが占領され、ポーランドの都市クラクフもドイツ軍の占領下に置かれ、ユダヤ人を激しく蔑視するナチスはクラクフ在住のユダヤ人に移住を強制し、彼らをクラクフ・ゲットーの中へ追放し彼らに過酷な労働を強いていた。
そんな中、ナチ党の党員でもあるドイツ人実業家オスカー・シンドラーが、クラクフの町へやってきた。彼は戦争を利用してひと儲けすることを目論み、潰れた工場を買い取って琺瑯容器工場の経営を始めた。
有能なユダヤ人会計士イザック・シュターンに工場の経営を任せ、安価な労働力としてゲットーのユダヤ人を雇い入れ、また持ち前の社交性でSS(ナチスの親衛隊)の将校に取り入って自らの事業を拡大させていった。
しかしやがて残虐なSS将校アーモン・ゲート少尉がクラクフ・プワシュフ強制収容所の所長としてクラクフに赴任してきた。ゲートとその部下のSS隊員達は、ゲットーや収容所においてユダヤ人を次々と殺戮していく。シュターン初め、シンドラーの工場で働くユダヤ人たちにも危機が迫る中、金儲けにしか関心がなかったシンドラーの心境に変化が生じていく。そして彼はあるリストの作成を決意する・・・。
というもの。この話はまぎれもない実話でシンドラーさんはナチス党員でもあるにもかかわらずユダヤ人を虐殺することに大反対だった。同じ人間同士なのに虐殺なんて馬鹿げていると彼はこの暗黒の時代に正義を貫いたのである。
とりわけ僕が好きなシーンはまず最初の方にある、あるユダヤ人がシンドラーさんに「雇ってほしい」と頼みに来るシーン。シンドラーさんの工場なら虐殺される心配がないことを知っていたそのユダヤ人は「お願いします」と懇願するがシンドラーさんは「何言ってるんだ?うちを託児所かなんかと間違えてるんじゃないか?」と怒鳴りつけて追い返してしまう。しかし、その後でシンドラーさんは苦虫を噛み潰したような顔をして会計士のイザックに「さっきの人を雇ってやってくれ」とつぶやく。ここに彼の人間としての優しさを強く感じた。
そしてとりわけ、涙したシーンはやはり最後のシーン。結果的にシンドラーさんはユダヤ人のホロコーストの中で1100人以上ものユダヤ人を救った正義の人なのだ。ナチスの勢力が増して戦争が激化する中、シンドラーさんはその1100人ものユダヤ人を田舎の方の外れにある工場へと収容する、そうして一人でも多くのユダヤ人を助けようとしたのだ。
そして、戦争が終わりヒトラーは失脚、ここで悲しいのは一人もユダヤ人を殺していない、むしろ助けてあげたはずのシンドラーさんは実質ナチス党員だったため戦後の戦争犯罪人になってしまう。「私は戦争犯罪人だ、今夜夜逃げしなければならない」とユダヤ人たちに告げる。
するとユダヤ人たちはシンドラーさんにせめてものお礼をしようと僅かな金属や金歯などを抜いてもちよりシンドラーさんの為に指輪を作り、さらに1100人全員が「私たちはシンドラーさんに助けられました」と書いた署名をしたためた。
夜逃げの夜、1100人のユダヤ人の前で別れを告げるシンドラーさん。そしてユダヤ人たちは金の指輪と署名を渡し「もしも捕まったらこれを役立ててください」と告げる。それをもらったシンドラーさんは涙にくれる。
「みんなありがとう…でも私はもっとたくさんの人をすくってやれることができたはずだ…私はちっぽけな人間だ。この車を売ればあと1000人くらい助けられたはず、この勲章を売ればあと500人は助けられたはずだ…なのに私は何もできなかった…」
涙を流すシンドラーさんに会計士イザックは優しく「これだけたくさんの人を救ったのに、何を言うんですか?」と慰める。「みんなありがとう、ありがとう」と言ってシンドラーさんは車に乗って夜道を逃げていく。
そして映画はラストのシーン、ここでは実際にシンドラーさんに助けてもらったユダヤ人の本人たちが出演し、シンドラーさんのお墓に石を置いていくシーンが描かれる。ここの部分だけはカラーで描かれ映画の終を告げている。
監督のスピルバーグは「血に染まった金はもらえない」と監督料の受け取りを拒否したという。
すばらしい作品だった。まだ見てない人はおすすめ。
ところで日本にも「日本のシンドラー」と呼ばれた人がいたのをご存知かな?それは杉原千畝(すぎはらちうね)という人だ。
ちうねという発音の難しさから当時は「センポ」と呼ばれていたそうな。杉原さんは第二次世界大戦当時にリトアニアのカウナス領事館に外務省から赴任を命じられそこに滞在していたのだが連日大量のユダヤ人たちがビザの発給をもとめておしかけていた。
その光景を見た杉原さんは「日本政府に許可を申請してみる」と約束し、早速打診するも当時の日本はドイツとの同盟関係にあったためユダヤ人を助けることはドイツの政策に反することとなるためなかなか首を縦に振ることが出来なかった。どうやら当時の日本はユダヤ人に対して中立の立場をとっていたらしく「迫害はしないが助けもしない」というあやふやな位置だったそうな。
何度、掛け合っても「ちょっと待ってて」と日本政府にお茶を濁されて永遠に答えを得られないと悟った杉原さんはもう我慢ができなくなり、連日押しかけては泣きながら懇願し中には靴にキスをしてくるユダヤ人たちに正義の血がうずき、ユダヤ人たちが亡命できるように外務省の命令を無視しほぼ無制限にユダヤ人たちにビザを発給した。
一人でも多くの人を救おうと押しかけてくるユダヤ人に次々とビザを配り途中から記録するのもやめて、およそ6000人ものユダヤ人にビザを配ったという。ソ連からの領事館撤退命令が出ていたにもかかわらずギリギリまで杉原さんは滞在し、しまいにはビザに貼る印紙がなくなってもなお「出国のための領事特別許可書」を代用して杉原さんがベルリン行きの列車に乗るホームの中まで発給を続けていたという。
シンドラーさんに比べると知名度は低いが、これほどまでの正義の人が日本にいたことを僕は誇りに思う。どんな権力にも屈せず間違ってるものにはめんと向かって「NO」と叫び自分の命も顧みずに正義を貫く。満州で日本軍から差別を受けていた現地人を助けたという報告もある、杉原さんの奥さんはそんな彼を「ただ純粋に正直な人」と言っていたそうだ。
後に杉原さんは彼の人間性を現すこんな言葉を述べている。
「私のしたことは外交官としては間違っていたかもしれないが、人間としては当然のこと。私には彼らを見殺しにすることはできなかった 。私に頼ってくる人々を見捨てるわけにはいかない。でなければ私は神に背く」
Yotsugi Bustersは正義を貫きます。

Yotsugi Bustersのラジオを是非お聞きください。
映画から学べるものは無限大ですね、モンチョイさんの言うように文学から学べるものはもっと無限大ですが、活字がダメなら映画をたくさん見ましょう。そこからたくさんの人生哲学や正義、道徳、愛を学べることでしょう。
僕が中学生くらいのときに見て心に深く残った作品はこれですね。
「シンドラーのリスト」
有名な映画なのでほとんどの人がご覧になってるかも知れませんがまだ見ていない人はおすすめです。
1993年に作られたスティーブン・スピルバーグ監督作品ですね。全編あえて白黒で描かれてる作品です。最後にちょっとだけカラーになるのですが、ネタバレも含めて説明をするのであしからず。
ストーリー
1939年9月、ナチス・ドイツ軍によりポーランドが占領され、ポーランドの都市クラクフもドイツ軍の占領下に置かれ、ユダヤ人を激しく蔑視するナチスはクラクフ在住のユダヤ人に移住を強制し、彼らをクラクフ・ゲットーの中へ追放し彼らに過酷な労働を強いていた。
そんな中、ナチ党の党員でもあるドイツ人実業家オスカー・シンドラーが、クラクフの町へやってきた。彼は戦争を利用してひと儲けすることを目論み、潰れた工場を買い取って琺瑯容器工場の経営を始めた。
有能なユダヤ人会計士イザック・シュターンに工場の経営を任せ、安価な労働力としてゲットーのユダヤ人を雇い入れ、また持ち前の社交性でSS(ナチスの親衛隊)の将校に取り入って自らの事業を拡大させていった。
しかしやがて残虐なSS将校アーモン・ゲート少尉がクラクフ・プワシュフ強制収容所の所長としてクラクフに赴任してきた。ゲートとその部下のSS隊員達は、ゲットーや収容所においてユダヤ人を次々と殺戮していく。シュターン初め、シンドラーの工場で働くユダヤ人たちにも危機が迫る中、金儲けにしか関心がなかったシンドラーの心境に変化が生じていく。そして彼はあるリストの作成を決意する・・・。
というもの。この話はまぎれもない実話でシンドラーさんはナチス党員でもあるにもかかわらずユダヤ人を虐殺することに大反対だった。同じ人間同士なのに虐殺なんて馬鹿げていると彼はこの暗黒の時代に正義を貫いたのである。
とりわけ僕が好きなシーンはまず最初の方にある、あるユダヤ人がシンドラーさんに「雇ってほしい」と頼みに来るシーン。シンドラーさんの工場なら虐殺される心配がないことを知っていたそのユダヤ人は「お願いします」と懇願するがシンドラーさんは「何言ってるんだ?うちを託児所かなんかと間違えてるんじゃないか?」と怒鳴りつけて追い返してしまう。しかし、その後でシンドラーさんは苦虫を噛み潰したような顔をして会計士のイザックに「さっきの人を雇ってやってくれ」とつぶやく。ここに彼の人間としての優しさを強く感じた。
そしてとりわけ、涙したシーンはやはり最後のシーン。結果的にシンドラーさんはユダヤ人のホロコーストの中で1100人以上ものユダヤ人を救った正義の人なのだ。ナチスの勢力が増して戦争が激化する中、シンドラーさんはその1100人ものユダヤ人を田舎の方の外れにある工場へと収容する、そうして一人でも多くのユダヤ人を助けようとしたのだ。
そして、戦争が終わりヒトラーは失脚、ここで悲しいのは一人もユダヤ人を殺していない、むしろ助けてあげたはずのシンドラーさんは実質ナチス党員だったため戦後の戦争犯罪人になってしまう。「私は戦争犯罪人だ、今夜夜逃げしなければならない」とユダヤ人たちに告げる。
するとユダヤ人たちはシンドラーさんにせめてものお礼をしようと僅かな金属や金歯などを抜いてもちよりシンドラーさんの為に指輪を作り、さらに1100人全員が「私たちはシンドラーさんに助けられました」と書いた署名をしたためた。
夜逃げの夜、1100人のユダヤ人の前で別れを告げるシンドラーさん。そしてユダヤ人たちは金の指輪と署名を渡し「もしも捕まったらこれを役立ててください」と告げる。それをもらったシンドラーさんは涙にくれる。
「みんなありがとう…でも私はもっとたくさんの人をすくってやれることができたはずだ…私はちっぽけな人間だ。この車を売ればあと1000人くらい助けられたはず、この勲章を売ればあと500人は助けられたはずだ…なのに私は何もできなかった…」
涙を流すシンドラーさんに会計士イザックは優しく「これだけたくさんの人を救ったのに、何を言うんですか?」と慰める。「みんなありがとう、ありがとう」と言ってシンドラーさんは車に乗って夜道を逃げていく。
そして映画はラストのシーン、ここでは実際にシンドラーさんに助けてもらったユダヤ人の本人たちが出演し、シンドラーさんのお墓に石を置いていくシーンが描かれる。ここの部分だけはカラーで描かれ映画の終を告げている。
監督のスピルバーグは「血に染まった金はもらえない」と監督料の受け取りを拒否したという。
すばらしい作品だった。まだ見てない人はおすすめ。
ところで日本にも「日本のシンドラー」と呼ばれた人がいたのをご存知かな?それは杉原千畝(すぎはらちうね)という人だ。
ちうねという発音の難しさから当時は「センポ」と呼ばれていたそうな。杉原さんは第二次世界大戦当時にリトアニアのカウナス領事館に外務省から赴任を命じられそこに滞在していたのだが連日大量のユダヤ人たちがビザの発給をもとめておしかけていた。
その光景を見た杉原さんは「日本政府に許可を申請してみる」と約束し、早速打診するも当時の日本はドイツとの同盟関係にあったためユダヤ人を助けることはドイツの政策に反することとなるためなかなか首を縦に振ることが出来なかった。どうやら当時の日本はユダヤ人に対して中立の立場をとっていたらしく「迫害はしないが助けもしない」というあやふやな位置だったそうな。
何度、掛け合っても「ちょっと待ってて」と日本政府にお茶を濁されて永遠に答えを得られないと悟った杉原さんはもう我慢ができなくなり、連日押しかけては泣きながら懇願し中には靴にキスをしてくるユダヤ人たちに正義の血がうずき、ユダヤ人たちが亡命できるように外務省の命令を無視しほぼ無制限にユダヤ人たちにビザを発給した。
一人でも多くの人を救おうと押しかけてくるユダヤ人に次々とビザを配り途中から記録するのもやめて、およそ6000人ものユダヤ人にビザを配ったという。ソ連からの領事館撤退命令が出ていたにもかかわらずギリギリまで杉原さんは滞在し、しまいにはビザに貼る印紙がなくなってもなお「出国のための領事特別許可書」を代用して杉原さんがベルリン行きの列車に乗るホームの中まで発給を続けていたという。
シンドラーさんに比べると知名度は低いが、これほどまでの正義の人が日本にいたことを僕は誇りに思う。どんな権力にも屈せず間違ってるものにはめんと向かって「NO」と叫び自分の命も顧みずに正義を貫く。満州で日本軍から差別を受けていた現地人を助けたという報告もある、杉原さんの奥さんはそんな彼を「ただ純粋に正直な人」と言っていたそうだ。
後に杉原さんは彼の人間性を現すこんな言葉を述べている。
「私のしたことは外交官としては間違っていたかもしれないが、人間としては当然のこと。私には彼らを見殺しにすることはできなかった 。私に頼ってくる人々を見捨てるわけにはいかない。でなければ私は神に背く」
Yotsugi Bustersは正義を貫きます。

Yotsugi Bustersのラジオを是非お聞きください。
The Hangover
モンチョイさん先述のように映画を見てきた。
映画はこちら。では、ちょっと見てみましょう。
結婚前のパーティーで酔っ払い過ぎて前夜の記憶がすっかり無くなった男たちが、失われた記憶を辿っていくというコメディ映画だ。
人様の金と時間を使ってまで見に行きたいと言った手前、つまらなかったらどうしようと思っていたが、そんな心配は杞憂に終わった。
酒のトラブルに関して臑に疵持つ我々Busters面々は身につまされる思いで、しかしだからこそ分かると共感し、酔っ払いの起こす八方破れの騒動に爆笑したのだった。
「人のふり見て我がふり直せ」とは言うが、我がふり直せないのが、お酒の魔力だ。
アルコールという魔術師に幻覚を見せられて操られるように、ミラクルは狂犬と化し、ウィリーは携帯を破砕し、モンチョイは地下鉄の無限ループにハマりこむ。
地獄で目覚めると吐き気と自己嫌悪に襲われ、酒など金輪際ゴメンだと誓うのだが、早ければ当日、次の日あたりにはその失敗談をツマミに酒を飲んでいる。
ホロコーストから生き延びた祖母の指輪を酔っ払った勢いでどうにかしてしまうというギャグがあったが、悲劇を喜劇にブラックジョークに昇華できるのは国柄の違いか。
コングロマリットにより映画産業ないしアメリカ経済を牛耳るユダヤ人の余裕なのか。
しかし、これだけ面白い映画なのに全国で10館しか上映していないとは。
マスコミによってお膳立てされた映画しかヒットせず、そうやって与えられたものだけ受け入れて、日本は気付かない内に世界から取り残さていくんだろうな。
これは何も映画に限ったことだけではない。日本人の体質の問題だ。
ま、そんなことはさて置き、掛け値なしに面白い映画。オススメです!

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結婚前のパーティーで酔っ払い過ぎて前夜の記憶がすっかり無くなった男たちが、失われた記憶を辿っていくというコメディ映画だ。
人様の金と時間を使ってまで見に行きたいと言った手前、つまらなかったらどうしようと思っていたが、そんな心配は杞憂に終わった。
酒のトラブルに関して臑に疵持つ我々Busters面々は身につまされる思いで、しかしだからこそ分かると共感し、酔っ払いの起こす八方破れの騒動に爆笑したのだった。
「人のふり見て我がふり直せ」とは言うが、我がふり直せないのが、お酒の魔力だ。
アルコールという魔術師に幻覚を見せられて操られるように、ミラクルは狂犬と化し、ウィリーは携帯を破砕し、モンチョイは地下鉄の無限ループにハマりこむ。
地獄で目覚めると吐き気と自己嫌悪に襲われ、酒など金輪際ゴメンだと誓うのだが、早ければ当日、次の日あたりにはその失敗談をツマミに酒を飲んでいる。
ホロコーストから生き延びた祖母の指輪を酔っ払った勢いでどうにかしてしまうというギャグがあったが、悲劇を喜劇にブラックジョークに昇華できるのは国柄の違いか。
コングロマリットにより映画産業ないしアメリカ経済を牛耳るユダヤ人の余裕なのか。
しかし、これだけ面白い映画なのに全国で10館しか上映していないとは。
マスコミによってお膳立てされた映画しかヒットせず、そうやって与えられたものだけ受け入れて、日本は気付かない内に世界から取り残さていくんだろうな。
これは何も映画に限ったことだけではない。日本人の体質の問題だ。
ま、そんなことはさて置き、掛け値なしに面白い映画。オススメです!

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we are all fucking assholes. no joke.
連投失礼します。
昨日はミラクルさんとウィリーさんと映画を観に行ったのだが、やはり正解だった。
抱腹絶倒ものの映画だった。
それはさておき、その後は例の如くカメハウスならぬミラハウス(ミラクル小林宅)にみんなで行ったのだが、昨日はミラクル小林さんがプッツンしまくっていて、こいつは石原マリかっ
と心の中でつっこんでしまった。 事の発端はゥディー氏とライヤー氏(両氏もYotsugi B'sのサブメンバー)がミラクルさんを弄りまくっていたら、ミラクル氏がマジギレをした次第である。
くすりとも笑えなかった。
27歳にもなってマジ喧嘩をしてる僕らはやはり東京の端っこあの悪名高い足立区の隣の葛飾区にアドレスを置いているという事を否が応でも実感させられる。
そうさ。所詮僕らはゲットー出身のイエローモンキ-だ。蛙の子は蛙である。鮭のようにたくましく川を逆流して1人前になる事なんてできやしねーんだ。
すっかり僕らも腹が出た汚い大人になっちまった。子供の頃の夢をみんな達成できてるか? 今の状態を過去の僕がみたら僕はなんと言うだろう?
僕は1つ悟っ たよ。 God doesn't exsist but I do.
昨日はミラクルさんとウィリーさんと映画を観に行ったのだが、やはり正解だった。
抱腹絶倒ものの映画だった。
それはさておき、その後は例の如くカメハウスならぬミラハウス(ミラクル小林宅)にみんなで行ったのだが、昨日はミラクル小林さんがプッツンしまくっていて、こいつは石原マリかっ
と心の中でつっこんでしまった。 事の発端はゥディー氏とライヤー氏(両氏もYotsugi B'sのサブメンバー)がミラクルさんを弄りまくっていたら、ミラクル氏がマジギレをした次第である。
くすりとも笑えなかった。
27歳にもなってマジ喧嘩をしてる僕らはやはり東京の端っこあの悪名高い足立区の隣の葛飾区にアドレスを置いているという事を否が応でも実感させられる。
そうさ。所詮僕らはゲットー出身のイエローモンキ-だ。蛙の子は蛙である。鮭のようにたくましく川を逆流して1人前になる事なんてできやしねーんだ。
すっかり僕らも腹が出た汚い大人になっちまった。子供の頃の夢をみんな達成できてるか? 今の状態を過去の僕がみたら僕はなんと言うだろう?
僕は1つ悟っ たよ。 God doesn't exsist but I do.
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