機動戦士ガンダム THE ORIGIN 第13巻
本巻でようやく話しの本筋(1年戦争)のオープニングに近くなってきた。サイド2コロニーの1つ「アイランド・イフッシュ」を占拠、最後まで残った反対派住民を毒ガスで殺した末にコロニーごと地球の引力圏内へ移動させ、難攻不落といわれたジャブロー上へ落下させる。この計画を聞いたランバ・ラル大尉は「なるほどキレン殿なら考えそうなことだ」と言い、即刻断って一線を退く。さすが漢(おとこ)。当然、各現場を指揮するドズル中将も、これが人間として正しいなどとは思っていない。ただ、この戦争を早く終わりにしたいのだ。戦況はいよいよ厳しくなって来たのだが、大半の人は快く思っていない。これが正義だとは思っていない。しかし戦争は始まるのである。だれしもが巻き込まれていくのである。
ちなみに本巻と共に「公式ガイドブック」なるものも読んだ。いろいろな設定資料などがまとめられているのだが、読みたかったのは巻末の「その前夜」という特別書き下ろし。こちらも物語の始まる直前を描いている。アムロ達の住むサイド7へ攻撃が始まるほんの少し前、双方の人間はどのように過ごしていたのか…その心情が興味深い。サイド7は「アレ」の開発のために存在していた、だからこそ攻撃されたのだ。意外と「ガンダムTHE ORIGIN」は公式ガイドブックから入門しても良いかもしれない。まだの方、ぜひどうぞ。
トライガンマキシマム 第12巻
特別ガンアクションなんて興味無く、ドンパチにも闘いにも興味を持っていないオイラだが(だから格闘物のマンガなんて買ったこと無い)、どういうわけだかこの内藤泰弘著「トライガン・マキシマム」だけは読んでいる。新刊が出る度に読み返し、最近はその巧妙なセリフに興味を持っている。ああ、こんなカッコイイ台詞、自分の台本にも織り込めたら良いのに…。物語としては10巻で1つの大きな山場を迎えたあと、再び新展開となって本巻へ続いている。いよいよ主人公達の過去もハッキリしてきた。「遠いどこかの星で起こった話し」がいよいよ地球との関係を深めて近未来の話しになってくる。「無知のままの引き金?そんなものは歴史上奴らが一番引いてきたものだ」…そう、人間は愚かだが、美しく優しい。
イキガミ 第1巻、第2巻
「国家繁栄維持法」…国民に生命の価値を再認識させることを目的としたこの法律のもと、国民はみな幼少の頃にある予防接種を受ける。重要なのはそのワクチンではなく、その中に1/1000の確率で含まれているナノカプセルだ。このカプセルはある一定の年月が過ぎると(対象者が一定の年齢になると)破裂し、その者の命を奪う。対象者リストは役所で厳重に管理され、死亡予定時刻の24時間前になると、本人へ死亡予告書が配達される。それが通称「逝き紙(イキガミ)」と呼ばれるカードだ。間瀬元朗著「イキガミ」はそんな世界で、自分の死を宣告された者が残された24時間をどのように生きるのかを描いたもの。第1巻では過去にイジメに遭い、心に深い傷を負っている青年。そしてストリート時代一緒に頑張った相方を捨て、一人メジャーデビューを果たしたミュージシャン。第2巻ではドラッグの力を借りてでも過酷な労働に耐えて夢を追う番組制作会社ADを彼に持ち、彼の力になりたいと願う彼女。そして特別養護老人ホームに勤務しているが、職場ではミスばかりでいつも怒られている青年…。
それぞれが日々苦しみ悩みながら暮らしている時にイキガミはやってくる。残された24時間、彼らは必死で生きるのだ。その姿が悲しくも力強い。自分はどうするだろうか?何かやっておかなければいけない事はないだろうか?家族には最後に何と言ったら良いのだろうか?
緑を探す二人
カミさんがグロッキー状態である。ピョン吉は夜泣きと呼べるものは無いのだが、それでも毎晩2時間ごとに起きる。そしてグズる。夜中にグズるのは夜泣きと同じだが、カミさんがパィを投入すればガブガブ飲んでそのまま眠りにつくので、これは夜泣きの部類に入らないようである。単にノドが乾いたから要求する、それだけのようである。でもね、夜泣きでなくても何でもカミさんは2時間ごとに起こされるわけで、その都度あらぬ方向に移動しているピョン吉(9kg+)を抱えて戻し、パィ投入やオムツ換えをしているわけで…。そりゃ疲れも溜まるわってことです。昼間は昼間でピョン吉は驚くほど活発に動くし。
そんなわけで本日、オイラとピョン吉は二人して家を出る事にしました。時間にして4時間ほどだけど。こんな事、今日だけやってもそれほど効果無いのは分かっている。こういう事は継続的に行わないと、カミさんの疲れは取れない。しかも最近は仕事ばっかりで「ママ解放デー」も全然無かったしなぁ。これからもっとピョン吉の相手ができるよう、とりあえず今日から新たな気持ちで出掛ける「おさんぽ」と言う名の流浪の旅。
それにしても外は暑い。炎天下とはこういうのを言うのだ。フードを思い切りのばし、ピョン吉の日焼けと脱水症状に注意しながら、買ったばかりのバギーをトバす。日陰から日陰へ点々と忍者のように。なんだか近所の教会の礼拝堂は涼しそう。静かだし。しかし日曜礼拝はすでに終わっており、我々はクリスチャンでもない。勝手に入るわけにもいかず、二人して恨めしい目線を送りつつ、次なる避暑地「ダイエー」へ。途中、リアル喪黒福造に手を振られる。きょとんとした顔のピョン吉。この炎天下に上下黒いスーツ着て、黒い帽子かぶって、でっぷりとした恰幅の良さ。顔は笑っているが何か怖い。いるもんだなぁアニメキャラみたいな人って。
さて、ダイエーではあっちへウロウロ、こっちへウロウロ徘徊(何も買うものなんてないし)した結果、我々に最適な場所を発見。6階のエレベーターホール。窓際にベンチもあるし、空調の風もちょうど良い。6階家具・寝具売り場は他のフロアーよりも客が少なく、エレベーターから降りる人はまばら。ジュースの自販機もあって悠々と過ごせる。ピョン吉は窓からミニカーのように見える車を見て楽しんでいる。お前、高い所嫌いなんじゃなかったっけ?そうでもない事を発見。そしてやはり車に興味を持っている事を確信。こんな月齢で、もう車とか興味持つようになるんだなぁ。おっと忘れていた。我々は森や公園など、緑の下の木陰を探して歩くエコ親子である。以前もそうやって街を徘徊した。こんな所でいつまでもノホホンとしているバヤイではない。後ろ髪引かれつつ、再び炎天下の屋外へ。
まずは以前から目をつけていた竹林のある公園へ。行ってみると…こりゃアカン!涼しいのは涼しいが、ヤブ蚊が多くて辛抱たまらん。ピョン吉がブツブツ刺されてしまうのは避けたい。そういうわけで急いで退却。しかしここで1つの収穫が。
ここいら界隈には「みどりの散歩道」なるものがあるようである(後で分かったが区内にはこうした散歩道がいくつか設定されているようである)。緑の多い公園や施設を街路樹のある歩道や路地で繋げた1つのルートらしい。おー!それなら日陰だって沢山あるんじゃないか?それでは、とりあえずそのルートの出発点に設定されている某公園へ行ってみるとしよう。なんだかそこには池も噴水もあるようである。涼しげな感じじゃあないか。
しかし目的の公園に着き、持参のお茶で水分補給をすると、ピョン吉は眠りこけてしまった。こういう時、リクライニング機構の無い軽量バギーの場合、ちょっとかわいそうである。息苦しそうじゃないか。そういうわけで再び避暑地ダイエーへ。もちろん6階エレベーター前ホール。ここでオイラはピョン吉を抱え、さっき7階の本屋で購入した本を読みつつ涼む。30分ほどでピョン吉目覚める。最近のピョン吉は短時間睡眠が多い。それじゃあそろそろママの元へ帰りますか。お前もパィが恋しくなっただろ?外は西日が強くなった夕方。ちょっとはママの疲れが取れてるといいねぇ…。次回はママも一緒に「みどりの散歩道」 の続きを歩こうか。
博士の愛した数式
ちょっと前に読み終わっていたのだが、まだ感想を書いてなかったので、ここでひと言。
すでに映像化もされている小川洋子著「博士の愛した数式」。大事件が起こるでもなく、ただ、事故によって記憶障害を持つ老数学者と、そこに家政婦として入った「私」、と息子…その3人が過ごす毎日を描いている。老数学者は数学にしか興味がない。そして記憶は80分しか保てない。そんな彼とのコミュニケーションは困難を極めるのだが、家政婦である「私」の意外な柔軟性というか、人当たりの良さというか、創意工夫具合で次第に彼との生活へ順応していく。
更に「私」の10歳になる息子「ルート(頭のてっぺんが√記号のように平らだから。博士が名付けた)」の登場で、「何よりも優先して子供を大切にする」という彼の一面が現れ、3人は「友達」となった。博士の時間は事故の起こる前(それはまだ阪神タイガースで江夏豊の活躍が全盛であった頃)で止まっている。現在の新しい記憶は80分経てば消えてしまう。そんな中でも3人の関係がとてもなごやかに続けられているように見えたのは、皆が「やさしさ」を持っていたからだ。
そう、この物語では、皆が何か悲しい一面を持っているのだが、それ故に「やさしさ」にあふれている。だから読んでいて心地良いのだと思う。そしてオイラも仕事柄、数式や数字と向き合う事は多いが、「やさしさ」のある数学というのもあるのだと初めて気付かされた。
- 小川 洋子
- 博士の愛した数式
- 小川 洋子, くりた 陸
- 博士の愛した数式
ボキのナチヤスミ
どーも、毎日がナチヤスミの
ピョン吉でし。いやぁ今年の
ボーンは濃かった。生まれて初めての
ボーンヤスミだから去年まで何やってたんだか知らんけど。とにかくイベント盛りだくさんでし。売れっ子はツライじぇ。
まずはパィの出まくるママ方の
お墓参りからスタート。お墓にママジジが居るんでし。ジジー!始めまスて!やっと出てきたよ!抱っこされたままでなーむー。なぜ
もぁもぁと煙を焚くのか分からんのですが、この「センコー」の匂いがボーンの匂いなんでしなぁ…。
んで、次は
9ヶ月検診でし。いやー待った待った。じぇんじぇんボキの順番回ってこんのよ。混んでるし、診察したせんせーがなんか有名な人らしく…おまけになんか「
TOKYO大テーデン」なる事件があったせいでもあるそうで…予定を大幅にオーバーして4時間以上掛かっちまっただよ。こちとら分単位でスケジュール組んでるんでし!予定通り
離乳食たべたけど。待合室でな。困るんだよねーボキはね売れっ子なんでしよウレッコ!この後もイベント目白押しなんじゃ!ちゃんと
お昼寝もしたけど。待合室でな。腹いせに、裏庭で
記念写真撮ってやりまスた。できあがった写真を見てみたら、なんだかナース帽被ってるみたいでやんの。ちょうど服も白かったし。ナースコスプレと取っていただいてオケィ。
そんなわけで大幅に時間が押した状態でパパ方のお家(じぃじ&ばぁば)へ
急行。
マヒィねぇちゃん含め一族大集合。大賑わいで今度はパパご先祖のお参りに。お墓まっ暗ですた。なぜ昼間いかんのか?ボキちょっとおネム。エミネム。
ハナービってのもしたよ。見てるだけだったけどシュパシュパしてた。ちとコワ…い訳ないじゃん!コワくなんかないネーじぇんじぇん。はうぅ…
。
そしてそして最終日には「
うみ」へ。
うーみよぉー♪おぉーれーのうーみよぉー♪ママがどうしてもボキと行きたかったんだってさ。それくらいは付き合ってやるさー。ボキ、心広いさー。いやーしかし、おでれぇたね。あれ、なに?
風呂?おフーロ?あんなにデカいおフーロ、略してデカフーロ初めてみたよ!砂でジャリジャリだし。ちゃんと掃除してますかー?オマケにちべたい
。こらぁ!カアさん、
まだ水だよ!フーロ沸いてないよ!幼児だからって
なめんなよ!あーでも、みんな気持ち良さそうに入ってるなぁ。キッズ達よ、そんなにアバレるなよ大人げない。みんなではしゃいでるからこんなに水が波打っちゃうんだろ!
ザブ~ンボブ~ンって!怖いぢゃないか!うそ。コワくなんかないネーじぇんじぇん。ちょっと足付けたら、少し気持ち良かった。うひ
。
帰り道、ママがボキにこう言いまスた。「ちゃんと絵日記書くんだよ」って。ボキのナチヤスミはまだまだ続く。
脳内変化
最近読んだニュース記事で「男性も子供を持つと、脳内にそれまでは無かった物質が新たに分泌されるようになる」というものがあった。女性の体やホルモンバランスなどが、子供を持つことによって大きく変化するのは分かっているが、男性もそうなんだと証明されたようである。男性も父親になると色々と変わってくるのだ。昨今、子供がひどい目に遭うニュースは後を絶たない。虐待であったり事故であったり…。以前はそんなニュースを見ても、(悲しい気持ちにはなるが)どこかピンと来なかった。というか、いまひとつ現実味がなかった。子供がどれほど酷い仕打ちを受けたのか、なかなか実感できないんである。しかし子供を持ってからは想像がリアルになった。そして思考が変わった。例えば橋の上から突き落とされた事件、例えばプールの排水溝へ吸い込まれてしまった事件…いつもその被害者である子供の姿は我が子ピョン吉と重なり、オイラは身震いする。ピョン吉がそんな事になったら…という恐ろしさもあるが、オイラの脳内ではピョン吉=(イコール)オイラなので、ピョン吉が痛かったり苦しかったりする状況を想像しただけで、オイラの胸が痛くなったり苦しくなったりする。いつの間にか自分の苦しさにすり替わっている。
子供が病気になった時などに親が良く言う「できることなら代わってやりたい」という言葉。あれは本当だったのだ。子供の痛さ、苦しさを自分の事のように感じる「親」の行動は、ごく自然なものなのだと実感した。どうやら世間一般の父親同様、オイラの脳内にも今までになかった物質が分泌されだしたらしい。ぴゅぴゅっと。この世の中、雨あられのように降り注ぐ事件・事故から我が子を守る事はできるのだろうか?いや、守るために、危機回避のために新物質が分泌されているのだ。ぴゅぴゅっと。それ相応の事をしなければならない。
狛犬とピョン吉と花火
故郷の夜空に大きく華開く花火を見たのは何年ぶりだろうか?昔から海岸で打ち上げているので(かつては空へ打ち上げるだけでなく海へ水平に打ち込んだりもしてた。花火は水面または水中ぎりぎりの所で破裂するので地上からは上半分の花火と水面に映ってできた下半分を見ることになる。とうぜん水しぶきも激しくあがる。最近もやってるかどうかは不明)、浜辺に寝ころんで視界いっぱいに広がる花火を見た思い出がある。最近は縮小傾向にあるようだが、それでも地元の花火というものはある種特別なものがある。今年は今までと違いピョン吉を連れている。人混みの中へ入るのも嫌なので実家の近所にある神社から遠目に見ることにした。写真はその様子。狛犬ごしに上がる花火の図。
まだ8ヶ月ほどのピョン吉には、花火は理解できないだろう。しかし、我が子を抱いて地元の花火を見る…オイラの生まれ育った環境をひとつ見せる事ができた気がしてちょっと嬉しかった。
製鉄所横にハーバー?
作成した試作品をテスト的に店舗へ置かせてもらうべく(実際にお客さんに使ってもらって、様子を見るのだ)、千葉県の蘇我へ出向く。試作品の設置作業は店舗が閉店してからとなるので、28日(金)の23時から作業開始。終了は2時過ぎであった。
次の日の今日29日(土)、やはり機械の様子が心配なので見に行ってみる。カミさんとピョン吉の「お出掛け」も兼ねているので、家族3人で現場へ。なんとか無事に稼働しているようだ。よかった。ここの所、厳しい仕事状況で家族にも迷惑掛けているのは、この機械のせいである。その言い訳のためにも、実物を家族に見せたかった…というのもある。ま、何にしろ現状で全てが無事なので良しとする。
店舗があるのは「ハーバーシティ蘇我」という複合施設の中。元製鉄所の土地の一部を商業地域として再開発した所だ。ここ数年の不況により、蘇我を初めとして、千葉県は工業→商業(娯楽施設)への方向転換を余儀なくされているらしい。千葉県出身のオイラとしては、蘇我という地名は昔から知ってはいるが、現在のこの施設を見ると昔のイメージとはかけ離れてしまっている。まぁ、ちょっと建物の向こうを見れば、いまだにJFEの煙突などが見えたりするのだが…。
帰りはお台場へ寄り道。お台場は人は多いが、新しい街なのでベビーカーや乳幼児に対する配慮がされていて(それでもまだ配慮の足りない所が多い)、子持ち家族にとっては比較的過ごしやすい。なので、つい行ってしまうのだ。カミさんはソニーのショールームでようやく念願のデジタル一眼に触れる事ができた。なかなか良い造り。カミさんは重さと、使い勝手と、値段、それと「子供の美しい写真」という妄想で頭がゴチャゴチャになり悩んでいた。買うか買わずか…まだ結論は出ていない。夜景を見つつステーキを頬張りつつ(カミさんは母乳のおかげで物凄い食欲なのだ)心ゆくまで考えてくれたまえ。
驚きの成長度
人様の子供というのは恐ろしく成長が早い。しばらく会っていないうちに、「えー!こんなに大きくなったの!?」と驚くほど変化を遂げている。大人の「しばらく」という感覚は、さほど変化の無い大人のもので、日々成長している子供の時間には当てはまらないのだと実感する。
とはいえ、我が子の場合、毎日一緒に暮らしているわけで、「次に会うまでの間」というものが無いから感覚は違う…であろうと思っていた。実はそうではなかった!いや、確かに人の子の成長に驚くのとは、ちょっと意味合いが違うのだが、我が子でも十分驚愕に値するのである。
だってね、ほんの数ヶ月前は、あんなに小さかった
んですよ。手足は細いし、自己主張も少なくて、発する声もたよりない。それがね、あれよあれよと言う間にここまで大きくなるんですな(いや、これから更に大きくなるけど)。「ちょっと見ない間に大きくなる」のよりも、「目の前で大きくなる」方が驚きなわけです。小動物や植物ではなく、自分と同じ人間ですよ。自分の体に関して「成長」なるものがなかなか感じられない昨今、子供の成長は目を疑うばかりの速さで進んでいきます。
子供を持つと人間に対する感覚というか、人の見方がちょっと変わる。それは宇宙飛行士が大気圏外から青い地球を見て驚愕と共に愛しさを感じるのに近い…のだろうか?
これはオイラだけの感想ではない。カミさんも同じ
なのだ。