生まれて初めて
コンティニュアム・ムーヴメントというものを体験したとき
その当時わたしはハンズオンヒーリングにコミットして学んでいて
心理療法も、
身体からのアプローチのソマティックサイコセラピーはグループワークで学び
夢や無意識を扱うユング派の心理療法は個人セッションを定期的に受け続けて
すでに数年は経っていたし
ロルフィング(ボディワーク)も、いわゆる10セッションはとっくに終わり
数年前の自分に比べたら
身体も、心も、ずいぶんと健康になっていた頃だった。
ようやく
魂が求めていたものに出会った気がしていたし
いろんなことが
知識としても、実際の体験を通しても、人とのかかわりを通しても
大きく変化していた時期でもあり
なにか自分が少し賢くなったような
以前とは違う新しい自分になったような
そんなことを感じていた時期だったかもしれない。
だけど、
その頃のわたしの一日の時間の大半はパソコン仕事で過ぎていき
職場での人間関係と業務のストレスは相変わらず酷くて
身体や心の状態が、本人比で以前よりずっと良くなっていたからといって
肩こりは慢性的だったし
一日の終わりには、目はしょぼしょぼ、なんてことは、本当にいつものことだった。
私が初めて出会ったコンティニュアムの先生は、
スーザン・ハーパーという、小柄なアメリカ人女性で
創始者のエミリー・コンラッドと供に1970年代からコンティニュアムを作り上げてきた人。
共同創始者でありながら、エミリーとはまったく違う
少女のような、少年のような
キラキラとしたやわらかな魅力を持つ
とても深い知恵を身体に宿した教師。
そして
初めて訪れた高野山の宿坊で
初めてのコンティニュアムで
畳の床に、あぐらで座って
教えられるがままに声を出し
身体の感覚を感じていたとき
わたしは、じつはひどく心地悪かった。
ぜんぜん気持ちよくなかったし
普段は気にならなかった、首や肩の硬さをとても強く感じた。
実際、私の身体はひどい状態だった
コンティニュアム的な、液体の視点から言えば。
※うーん、いやいや、普通に見てもひどかった(苦笑)
だからこそ私にはコンティニュアムなわけだし、だから今もこれを愛し続けているのだ。
そして、心地悪いままに、声を出し続けていると
頭 (頭蓋骨の中に浮かぶ脳)が、ガンガンと何かに叩かれているように、すごく不快に振動した。
ああ、なんてこと、もう帰りたい。
これから6日間もこんなことを続けるなんて
無理。
つらい。
時間の無駄。
でもここは
高野山の山の中。
(笑笑
なので、帰るわけにも行かず…
スーザンに感想や質問をたずねられた時に
頭に声が響いて不快な感じがするけれど
これはいったい何が起きているのか?
不快さを感じないためにはどうしたらいいのか? と、質問した。
スーザンの答えは
「いろんな姿勢で試してごらんなさい。」
という、ひどく簡単な返事で
「ここをこうしたら。」
とか
「声の出し方が違うのよ」
とか
具体的にその場で何かを教えてくれるということはなかった(泣。
だから、その後
ときどきいつもとは違う姿勢とることを思い出しては
いつもと違う姿勢をとったときの
身体の感じや、声の響きや通る感じを
ゆっくりと
ていねいに
普段と比べたらひどく贅沢に時間をかけて感じていった。
翌日には
声を出すともの凄くいやな感じがしたことすらすっかり忘れて夢中になった。
わたしの身体の使い方は
身体のことを少しでも勉強している人からしたら簡単に見て取れることだし
身体のことなんかぜんぜん勉強していない人が見ても分かるほど
首が、パソコンや携帯の画面を、本を、一生懸命見つめ続けるために
いつも少し前に出ているのだった。
でもなぜか
人はそうしたことを
運よく他人から指摘されたとしても治そうとはしない。
不快を自覚して
自分の身体で、感覚で、
ああ、そうだったのか。
こうすれば心地いいんだ、楽になるんだ、こっちが自然な状態なんだ、と
腑に落ちるまでは。
コンティニュアムでは
自分の身体が先生です。
私たちは、自分の身体とその感覚が
唯一無二の、そして、誰よりも何よりもすぐれた教師であるということをどこかの時点で忘れてしまうので
(そんな教育になっているし、たいていの親もそんなことは知らない)
コンティニュアムを通して
動きを通して
身体を通して
声の響きを通して
呼吸を通して
水の共振作用を通して
私たちはそうしたことを思い出すのです。
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