柴田錬三郎。ほどほどで死にたいから | mizusumashi-tei みずすまし亭通信

柴田錬三郎

 

今の時代「眠狂四郎」の生みの親、柴田錬三郎は(若い人たちに)どれくらい読まれているのかな。あるいは市川雷蔵、田村正和、平幹二朗、片岡孝夫らによって演じられてきた次代の「狂四郎」は誰によってリメイクされるのだろうね。その折には、おそらく今までとは全く違ったキャラクターになるのだろう。

 

昭和のころまでは文士同士の交流が濃密だったから、作家の人となりなどもずいぶん書き残されていて、作品の周縁を訪ねるといった愉しみも捨てがたいものがある。川口松太郎『忘れ得ぬ人忘れ得ぬこと』や戸板康二『ちょっといい話』などには、そうしたネタが満載でフルーツみつ豆の缶詰のようだ。

 

川口松太郎:忘れ得ぬ人忘れ得ぬこと(1983)講談社

戸板康二:ちょっといい話(1978)文藝春秋    

 

川口松太郎は『鶴八鶴次郎』などで、第1回直木賞(1935)を受賞、徳川のご落胤が活躍する『新吾十番勝負』シリーズは映像化もされ人気作家だったが、今は年配者の記憶の片隅に棲息するばかり。その川口はかつて大衆雑誌の編集者だったことから文士との交流は広く、柴田錬三郎や水上勉とは刎頸の交わりにあった。

 

『忘れ得ぬ人』のなかの稿「柴練亡き寂しさ」では、柴練の「俺は嫌なんだよ、ほどほどで死にたいから睡眠薬も女もやめねえ」などと〝らしい〟会話が記録されている。

 

戸板『ちょっといい話』は、手元本では3ヶ月で11刷を重ね、この人気シリーズは4巻まで編まれた。この手の交遊記録本は手元にかなりあって紹介したらきりがないのだが、時おり引っ張り出して数編読むといったことを繰り返す。ある意味読書頻度が高い(隠れ座右)本ともいえる。

 

夕暮れの福島江

 

夕 景