中村雅楽探偵全集。かわいそうな戸板康二 | mizusumashi-tei みずすまし亭通信

昭和の風景

 

歌舞伎・演劇の話。かつて世間が「色にふけったばっかりに(勘平)」「首が飛んでも動いて見せるわ(伊右衛門)」「お若えの、お待ちなせえやし」といえば幡随院長兵衛に決まっていた歌舞伎のセリフが共通認識だった時代はとうに過ぎ去ってしまった。イギリスの英ミステリのなかには、今でも延々とシェイクスピアを引いてウンチクを楽しませるものまであるというのに、日本ではこの伝統(共通認識)が途絶えてしまったのである。

 

昭和を代表する演芸の評論家・戸板康二(1915-1993)はそうした芝居を知らない観客と伝統芸能を架け橋すべく登場するのだが…

 

 

 

不良駕籠かき「雲助 くもすけ」をウンスケと呼ぶ時代に、伝統芸能の評論は(歌舞伎の血筋とともに積み上げてきた至芸のなんたるかを伝えるべく)余計な智能を絞らざるを得なかった。山本夏彦はそんな時代に生まれた(人の良い)戸板を「かわいそうな戸板康二」と『社交界たいがい(1999)文藝春秋』に書いている。

 

この戸板には、架空の歌舞伎役者(高松屋)中村雅楽を探偵とするミステリがあって『中村雅楽探偵全集(2007)創元推理文庫』全5巻にまとめられている。歌舞伎のしきたり、舞台の仕組など私のようなシロートにも判るように易しく描きつつ上質のミステリに仕上がっている。あの手この手で観劇の手引きとしたものか。

 

戸板康二:中村雅楽シリーズ(2007)創元推理文庫

戸板康二:歌舞伎ダイジェスト(1954)暮しの手帖社

戸板康二:あどけない女優  (1978)新評社   

矢野誠一:戸板康二の歳月  (1996)ちくま文庫