yokochikaの陽気なハバロフスク覚書 -39ページ目

2010冬 ベルサイユへいらっしゃい!

今朝は零下20度の中を旦那様は出勤して行きました。

零下30度は二度とゴメンこうむりたいような、
私の覚書には記録して貰いたいような
旦那様としては複雑みたい・・・?

さて、今日、整理したのは、このお方のお家


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yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  誰って? この人ですよォ。

ちゃむ様のリクエスト(?)にお答えして
タイトルは『ベルサイユにいらっしゃい。
おーほっほっほっ
元い、ベルサイユ宮殿の思い出です。

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yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  王室礼拝堂

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ベルサイユの女主人といえば、こちらの女性。
マリー・アントワネットと子供達。
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yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  鏡の間

ベルサイユよりオペラ座の方がキラキラしているかも?
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yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  庭園

この日は天候が悪く、雪のため、庭園は閉鎖されて見学出来ませんでした。
プチ・トリアノングラン・トリアノンも見学出来ず・・・ダウン
ハバロフスクの雪で鍛えられている我々には
「これしきの雪・・・。」と物足りなさが募ります。
冬は観光客が少なくて、そのお陰で
有名な鏡の間もゆっくり過ごせますが
庭園などのようにクローズされるものもあるから
善し悪しですねぇ~しょぼん
本当に残念でした汗

さらば、ベルサイユパー
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2010冬 モン・サンミッシェル

今朝は零下17度の中を旦那様は出勤して行きました。

旦那様は零下31度の中を出勤した日もあるのですが
そういう日は私が覚書を残さず、温かい日ばかり(それでも零下ですが)
覚書を書いているので寂しそう(?)です。

昨日の午前中と夕方以降にロシア人の知人達と
会話する機会が有りました。
私にとっては「ドモジェドボ空港爆破テロ」というショッキングな事件の後で、
ハバロフスクの人と言葉を交わす機会となり
変わらぬ日常を過ごす彼らと接する事が出来て
気持ちがホッとしました。
街中は警戒のためなのか、警察か軍なのか分かりませんが、
制服姿の人が多かったように感じましたし、パトカーも多かったような?
でも、「日本語を勉強したい」、「日本の事をもっと知りたい」という
知人達の気持ちに触れていると
私自身も気持ちが温かくなりました。

そうそう、「ちゃむ」さんが教えてくれた「大寒」の話は
知人達に大受けでたいへん喜ばれました。
改めて、教えてくれて「有り難う~ラブラブ

さて今日はモン・サンミッシェルの思い出を整理しました。

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  空が綺麗音譜

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オペラ座のキラキラとは全く違う表情で
質素なんですが魅了されます。

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修道院内の見学後は、『ラ・メール・プラール』のオムレツが
有名だと聞いたので行ってみました。

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1人分で玉子を5個使い、それを30分もの長い時間
かき混ぜるそうで、作業時間の長さにビックリ。
たかがオムレツ作りだけど、私には無理だね・・・。

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オムレツの焼き色が汚いですよね?
ガッカリしましたが、食べてみたら本当にフワフワでビックリしました。
やっぱり30分かけたお陰なのかな?
焼き色に関しては私のオムレツはどうも失敗色みたい。
旦那様のは綺麗な色のオムレツでした。

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yokochikaの陽気なハバロフスク覚書

最後にもう一度全体像を見とれて、お別れしました。

1月24日ドモジェドボ空港爆破テロ

本日26日、ただ今のハバロフスクは零下15度

2011年1月24日午後4時半(日本時間同10時半)過ぎ、
モスクワ近郊の
ドモジェドボ国際空港爆発が起き、
35人が死亡(う ち、少なくとも7人が外国人とされる)、約180人が負傷した。


yokochikaの陽気なハバロフスク覚書

ドモジェドボ空港はロシア最大規模の国際空港で
日本航空を含む外国の航空会社36 社、ロシアの29社、
ロシアを除く独立国家共同体(CIS)の12社の計77社が乗り入れている。

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書

私がこの事件を知ったのは24日深夜のニュース。
ハバロフスク時間はモスクワより7時間早い。
それまではローカル・ニュースで「ハバロフスクの雪が多くて、
骨折などの怪我で病院に行く人が多い。」といったもの。
ロシア語が分からないので、てっきり、その流れだと勘違いしつつ、
用事を片付けながらテレビを点けていた。
「それにしても、いつもの病院風景の画面と比べると
怪我人が多すぎる。各人の怪我の状態が酷すぎる。」と思っていたら
次に「テロ」という単語が聞き取れた。
ビックリしてテレビにちゃんと向き直って見たら
悲惨な状況が映り、大変な事件が起きた事が分かった。

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この自爆テロ事件を受け、ロシア政府は26日を
「喪に服する日」とし、各地で追悼式を行った。
テレビ局に対してはバラエティー番組の自粛を依頼したそうだ。
私も気になって、昨日・今日と、いつものバラエティー番組ではなく、
ニュース番組をつけた。
追悼式は、35人の犠牲者を出した空港でも行われ、
遺族や空港関係者らが犠牲者の冥福を祈った。

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ダボス会議(世界経済フォーラム)で
「反テロで連帯」を呼びかけるメドベージェフ大統領。
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メドベージェフ大統領の演説前に、起立して黙祷を捧げる聴衆。
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ダボス会議に出発する前、国内向けに、今回のテロ事件に関して
演説を行った大統領だが、その姿からは疲れと哀しみを感じた。

ロシア語が分からないし、悲惨な事件に対する同情心ゆえだろうが
心から哀しんでいるように見受けられる大統領のその姿は、
胸に迫る物があった。

ロシア・モスクワは昨年3月の地下鉄テロ、
昨年12月の民族主義者の暴動など不安な要素は大きい。

知人のロシア女性の
「テロは恐い。みんなどうして仲良くしないのか?」という声は
一般的で、かつ普遍的なものだと思う。

事件の犠牲になった皆さまのご冥福を心よりお祈りいたします

2010冬 パリ(2)

本日は零下13度の中を旦那様は出勤していきました。

ハバロフスクはモスクワより7時間の時差が有るため、
昨晩24日深夜ニュースにより
ドモジェドボ国際空港爆破テロが有った事を知る。

今日25日のハバロフスクは、どんな一日になるのだろうか・・・。

さて、今日はパリの思い出の中で、特に美術館巡りを整理しました。

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  オルセー美術館

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  
駅の構内で見た看板。
オルセー美術館で本物を鑑賞。

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 ルーブル美術館

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  ルーブルのピラミッド

開館時間前に行きましたが、すでに人が並び始めていました。


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私達が入館してから2時間後に館内から外をのぞくと
大勢の行列になっていました。

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早起きは三文の徳ですよ。
お陰でほぼ貸し切り状態で名画と対面する事が出来ました。

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yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  休憩タイム

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yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  鑑賞再開

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  ハンムラビ法典

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yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  兄弟みたい?

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  えっ、私みたい?

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  私はこっちでしょ?

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yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  ピラミッドの下から撮影

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  逆さピラミッド

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  オランジュリー美術館

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  モネ『睡蓮』の連作

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フラッシュは禁止ですが写真、ビデオの撮影は可能でした。
それにしても圧倒的なコレクションで
いずれの美術館も時間が足りないぐらいでした。

2010冬 パリ(1)

本日もハバロフスクは当然のごとく氷点下です。
しかし、ロシアの暖房はセントラル・ヒーティング・システムで
アタブレーニヤ(暖房)が効いているので、家の中では
夫婦共に半袖と短パンで過ごしています。
好きなように温度調節が出来ない仕組みで
部屋が暑すぎる時は窓を開けて、氷点下の冷気を取り込みます。
ベランダから外を眺めると外は雪だらけ。
室内は夏のスタイルなので、なんだか奇妙な気分です。

この暖房システム、エコに反してるよね?

今日は昨年12月下旬に出掛けたパリの思い出を整理しました。

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  凱旋門

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  凱旋門のアップ

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  凱旋門を下から激写

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  コンコルド広場

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  パリのシンボル、エッフェル塔

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  エッフェル塔を下から激写

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  エッフェル塔からの眺望

ヨーロッパの冬は日本より寒いけれど、空が青いな~。
しかし、ハバロフスクの冬(零下20度前後)を体感した後のパリは
我々には「温ったか~い音譜」もんですよ。

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  エッフェル塔を後にして・・・

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  ある日の朝食。美味しっ音譜

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  マドレーヌ教会

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  サント・シャペルの案内板

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  サント・シャペルの中

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  

圧倒的なステンドグラスの美しさ。

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書

キリスト教文化に詳しければ、もっと面白かったに違いないね。

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サント・シャペルは最高裁判所の中にあって
出入り口で少々迷ってしまった。


yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  サント・シャペルを後にして

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  コンシェルジュリー

フランス革命当時、マリー・アントワネットの牢獄だったところです。

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ハバロフスクは良いところですが、素朴です。
反動でパリの都会の雰囲気に、
すっかり「お上りさん」と化してしまい
ディスプレイの美しい店舗なども写真に撮りたくなっちゃう。

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エッフェル塔のライトアップ

yokochikaの陽気なハバロフスク覚書  シャンゼリゼ通り

シャンゼリゼ通りでは屋台のホットワインが美味しくて
身体も温まるので、歩くたびに飲んでしまった。